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ポルノグラフィア 1
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「ポルノグラフィア」Ⅰ
秋田から電話があった。どうせ、ろくな話じゃないと思って井上は出た。
「おまえさ、今度の個展の最終日の打ち上げ、来ない?」
秋田は小さな画廊を、というか、フリースペースを営んでいる。
勿論、画商の経験もないこの男に、普通の商業絵画を仕入れて売ることなどできる訳もなく(できてもするような奴でもない)、貸し画廊や、自分の審美眼を頼りに企画展をやったりする。
それで飯が食える訳もなく、よくクラブパーティーなどをやって、何とか賃料を払っているような状態だ。
「金が無いんだ」
井上はボラれるのがイヤで、気もない生返事をした。
「金なんか取らんよ。参加者が酒と肴を持ち寄ってやるんだし。おまえも何か料理して持ってきてくれ。
そんなことじゃないんだ。会わせたい奴がいる」
秋田から、そんな話をされたのは初めてだ。
「誰?何してんの?」
「それがさ、マジで面白いからさ、とにかく来なよ。ああ、肴はちゃんと持ってこいよ。じゃあな」
返事を聞くこともなく秋田は電話を切った。
井上は、何だか激しく興味をそそられた。
仕事の打ち合わせを終えて家に戻ると、その日休みだった妹の日菜子がこたつで寝ている。
料理は交代でやるのだが、いかず後家の日菜子は片付け、掃除がまるでできない。
洗い物は昨夜のままで、洗濯物は降ろしてほかりっぱなし。
その洗濯物を被って、こたつで井上の息子の日斗志も寝ている。
「さんばらまきやん」
井上がひとりごちると、日斗志が目を覚ました。
「日出郎、晩飯は何?」
「だからオレをタメ口で呼ぶなって。もう腹減ったのか?」
汚いキッチンを絶望的な眼差しで眺めながら、だいたい日菜子がオレを「日出郎」って名前で呼ぶからこうなったんじゃねえかと、井上は疲れがいや増しながら洗濯物を脇にやった。
日菜子が起きた。そして気だるそうにこう言う。
「日出郎、晩ご飯何?」
親子なのはオレじゃなくてコイツじゃねえの?と、日出郎は心の中で呟いた。
シングルファーザーになるつもりはなかった。
どうして日斗志の親権を取ったのか、井上は自分でもよくわからなかった。
家事をやるようになったのは、離婚してからだった。
それまで家のことはほとんどやったためしがない。
東京に行っていた日菜子が、どうした訳か名古屋に戻ってきた。
いろいろな理由を聞いたが、どれもしっくりこないし、何より、実家でなく、井上の家に居候はじめたので、まあ、家賃も出してもらえればウィンウィンかと安易に考えもした。
井上と日菜子は、互いに一番の理解者だった。
そんな兄妹は、自分たち以外に見たことがなかった。
だから、正直なところ、別れた妻よりは、一緒に暮らすのが当然のようにすら感じられた。
そんな家庭はどこかおかしいんだと、井上はいつも思ってはいるが、おかしくはあっても悪くはないとも考えている。
食事を済まし、部屋に戻ると、気は進まないながら図面に目を通した。
井上は、建築図面の施工詳細図を書くことを生業にしている。
なかなかそれだけでは食えないので、自分では望まないながら、単発で現場監理の仕事を承けたりしている。
机の横には、山本六三の油彩をカラーコピーした額が吊るしてある。
一部にカルトな人気があるものの、一般にはほぼ無名なこの画家の絵を部屋に飾ることを、別れた妻は毛嫌いしていた。
彼女は保守的で、アートである前に不適切だと思っていたに違いない。
その山本六三の存在を教えてくれたのが、井上にとって腐れ縁の秋田だった。
秋田から電話があった。どうせ、ろくな話じゃないと思って井上は出た。
「おまえさ、今度の個展の最終日の打ち上げ、来ない?」
秋田は小さな画廊を、というか、フリースペースを営んでいる。
勿論、画商の経験もないこの男に、普通の商業絵画を仕入れて売ることなどできる訳もなく(できてもするような奴でもない)、貸し画廊や、自分の審美眼を頼りに企画展をやったりする。
それで飯が食える訳もなく、よくクラブパーティーなどをやって、何とか賃料を払っているような状態だ。
「金が無いんだ」
井上はボラれるのがイヤで、気もない生返事をした。
「金なんか取らんよ。参加者が酒と肴を持ち寄ってやるんだし。おまえも何か料理して持ってきてくれ。
そんなことじゃないんだ。会わせたい奴がいる」
秋田から、そんな話をされたのは初めてだ。
「誰?何してんの?」
「それがさ、マジで面白いからさ、とにかく来なよ。ああ、肴はちゃんと持ってこいよ。じゃあな」
返事を聞くこともなく秋田は電話を切った。
井上は、何だか激しく興味をそそられた。
仕事の打ち合わせを終えて家に戻ると、その日休みだった妹の日菜子がこたつで寝ている。
料理は交代でやるのだが、いかず後家の日菜子は片付け、掃除がまるでできない。
洗い物は昨夜のままで、洗濯物は降ろしてほかりっぱなし。
その洗濯物を被って、こたつで井上の息子の日斗志も寝ている。
「さんばらまきやん」
井上がひとりごちると、日斗志が目を覚ました。
「日出郎、晩飯は何?」
「だからオレをタメ口で呼ぶなって。もう腹減ったのか?」
汚いキッチンを絶望的な眼差しで眺めながら、だいたい日菜子がオレを「日出郎」って名前で呼ぶからこうなったんじゃねえかと、井上は疲れがいや増しながら洗濯物を脇にやった。
日菜子が起きた。そして気だるそうにこう言う。
「日出郎、晩ご飯何?」
親子なのはオレじゃなくてコイツじゃねえの?と、日出郎は心の中で呟いた。
シングルファーザーになるつもりはなかった。
どうして日斗志の親権を取ったのか、井上は自分でもよくわからなかった。
家事をやるようになったのは、離婚してからだった。
それまで家のことはほとんどやったためしがない。
東京に行っていた日菜子が、どうした訳か名古屋に戻ってきた。
いろいろな理由を聞いたが、どれもしっくりこないし、何より、実家でなく、井上の家に居候はじめたので、まあ、家賃も出してもらえればウィンウィンかと安易に考えもした。
井上と日菜子は、互いに一番の理解者だった。
そんな兄妹は、自分たち以外に見たことがなかった。
だから、正直なところ、別れた妻よりは、一緒に暮らすのが当然のようにすら感じられた。
そんな家庭はどこかおかしいんだと、井上はいつも思ってはいるが、おかしくはあっても悪くはないとも考えている。
食事を済まし、部屋に戻ると、気は進まないながら図面に目を通した。
井上は、建築図面の施工詳細図を書くことを生業にしている。
なかなかそれだけでは食えないので、自分では望まないながら、単発で現場監理の仕事を承けたりしている。
机の横には、山本六三の油彩をカラーコピーした額が吊るしてある。
一部にカルトな人気があるものの、一般にはほぼ無名なこの画家の絵を部屋に飾ることを、別れた妻は毛嫌いしていた。
彼女は保守的で、アートである前に不適切だと思っていたに違いない。
その山本六三の存在を教えてくれたのが、井上にとって腐れ縁の秋田だった。
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