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アンチ・リアル 7
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「アンチ・リアル」 7
その日は、深田薫が担当する半田の物件の現調に、日出郎は同行した。
もしも、山盛の持ってきた、藤田設計の案件に加わることになったら、今のスタジオから離れることになる。
藤田薫は、スタジオを辞めることを悩んでいる。
日出郎は、自分の不在によって、彼女との関係を失うことを怖れた。
藤田薫がいつ辞めるかわからない今、彼女を引き留める自信は日出郎にはなく、かといって、今以上の関係を求めたくはなかった。
頼子は、違う人間だった。
日出郎の世界とは違う人間だった。
好ましくない方の「違い」だったが、それでも日出郎には、大切な女だった。
頼子と、薫。
ドアを開けて入っていく心、ドアを閉じて後にする心、それは、息苦しい。
日出郎は、助手席の薫を見ながら、そんな不安と、二人きりの時間を過ごすささやかな幸福感を、行ったり来たりしている。
二人は、互いの好意をもってして、仕事にかこつけて、デートのような気分を楽しんだ。
薫が日出郎をどう思っているかはわからないが、サブカルチャー全般に共感できる部分が多い日出郎を、男友達として慕ってはいるだろう。
ニューオリンズ・ジャズや、ニーナ・シモン、トム・ウェィツなんか聴いてる20代の女の子に合わす持ち合わせは、あんまり無い。
日出郎は、嫌いじゃないだろうと、キャロル・キングの「タペストリー」を車内で流していた。
「これは誰?」
「キャロル・キングだよ。
このアルバムは、70年代のロック豊穣の年に、1年間に渡りビルボードのヒットチャートを制した名盤だ。
これにより、女性のシンガーソングライターの地位が、音楽界で確率されたんだ。」
薫の顔は、よく、穏やかな微笑をたたえたような表情になる。
その表情のせいもあるのか、本人にその気は無いのに、近しい異性をその気にさせるようで、度々口説かれることに閉口している。
自分も、そんな一人だがと、日出郎は内心苦笑する。
「以前ね、多分、この人だと思うんだけど、伝記映画を観たことがあるの。
凄く、良かった」
「キャロル・キングの映画があるなんて、知らなかったよ」
「主人公の人の旦那さんがね、自殺しちゃう話で…なんか、自分の音楽が時代に合わないって悩んで、主人公の女性歌手が励ますんだけど、切なかった…」
それは、キャロルが再婚した、ベーシストのチャールズ・ラーキーのことなのかどうか、映画を観ていない日出郎にはわからなかった。
ただわかることは、その話をする薫を、とても近くに感じたことだ。
いとおしい感情。
その感情を説明できる言葉など、存在しない。
それはやっかいだとわかっていながら、その恐ろしい麻薬に沈んでいく感触は、これもまた、説明できる言葉がない。
「ねぇ、映画、観ない?」
「うん!行こう。
日出さん、観たい映画あるの?」
「薫ちゃんが観たい映画でいいよ。
君がどんな映画を観たいのかが、観たいんだ。」
日出郎は、高速を使わず、下道を選んだ。
それは、薫も賛同した選択だ。
中汐田を抜け、名和を抜け、旧道を南下する。
「でね、こういう、なんていうのかな、映画とか音楽の話ができる人は、日出さんだけなの」
薫はそう言うと、にっこり微笑んだ。
日出郎は、意識が遠のく心地で、それを目一杯受け止めた。
その日は、深田薫が担当する半田の物件の現調に、日出郎は同行した。
もしも、山盛の持ってきた、藤田設計の案件に加わることになったら、今のスタジオから離れることになる。
藤田薫は、スタジオを辞めることを悩んでいる。
日出郎は、自分の不在によって、彼女との関係を失うことを怖れた。
藤田薫がいつ辞めるかわからない今、彼女を引き留める自信は日出郎にはなく、かといって、今以上の関係を求めたくはなかった。
頼子は、違う人間だった。
日出郎の世界とは違う人間だった。
好ましくない方の「違い」だったが、それでも日出郎には、大切な女だった。
頼子と、薫。
ドアを開けて入っていく心、ドアを閉じて後にする心、それは、息苦しい。
日出郎は、助手席の薫を見ながら、そんな不安と、二人きりの時間を過ごすささやかな幸福感を、行ったり来たりしている。
二人は、互いの好意をもってして、仕事にかこつけて、デートのような気分を楽しんだ。
薫が日出郎をどう思っているかはわからないが、サブカルチャー全般に共感できる部分が多い日出郎を、男友達として慕ってはいるだろう。
ニューオリンズ・ジャズや、ニーナ・シモン、トム・ウェィツなんか聴いてる20代の女の子に合わす持ち合わせは、あんまり無い。
日出郎は、嫌いじゃないだろうと、キャロル・キングの「タペストリー」を車内で流していた。
「これは誰?」
「キャロル・キングだよ。
このアルバムは、70年代のロック豊穣の年に、1年間に渡りビルボードのヒットチャートを制した名盤だ。
これにより、女性のシンガーソングライターの地位が、音楽界で確率されたんだ。」
薫の顔は、よく、穏やかな微笑をたたえたような表情になる。
その表情のせいもあるのか、本人にその気は無いのに、近しい異性をその気にさせるようで、度々口説かれることに閉口している。
自分も、そんな一人だがと、日出郎は内心苦笑する。
「以前ね、多分、この人だと思うんだけど、伝記映画を観たことがあるの。
凄く、良かった」
「キャロル・キングの映画があるなんて、知らなかったよ」
「主人公の人の旦那さんがね、自殺しちゃう話で…なんか、自分の音楽が時代に合わないって悩んで、主人公の女性歌手が励ますんだけど、切なかった…」
それは、キャロルが再婚した、ベーシストのチャールズ・ラーキーのことなのかどうか、映画を観ていない日出郎にはわからなかった。
ただわかることは、その話をする薫を、とても近くに感じたことだ。
いとおしい感情。
その感情を説明できる言葉など、存在しない。
それはやっかいだとわかっていながら、その恐ろしい麻薬に沈んでいく感触は、これもまた、説明できる言葉がない。
「ねぇ、映画、観ない?」
「うん!行こう。
日出さん、観たい映画あるの?」
「薫ちゃんが観たい映画でいいよ。
君がどんな映画を観たいのかが、観たいんだ。」
日出郎は、高速を使わず、下道を選んだ。
それは、薫も賛同した選択だ。
中汐田を抜け、名和を抜け、旧道を南下する。
「でね、こういう、なんていうのかな、映画とか音楽の話ができる人は、日出さんだけなの」
薫はそう言うと、にっこり微笑んだ。
日出郎は、意識が遠のく心地で、それを目一杯受け止めた。
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