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アンチ・リアル 22
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「アンチ・リアル」 22
日菜子と別れて家に帰る道すがら、日出郎はなんともいえない気持ちだった。
日菜子に、自分が持っていた城景都の2点の版画を渡した。
頼子は、日出郎が好む官能的な絵画を毛嫌いしている。
ブルーノ・ブルーニのリトグラフを仕事部屋に掛けているが、「日斗志が見るでしょ。こんな絵を掛けないでよ」としょっちゅう抗議している。
頼子は言い出したらきかない性格で、諦めることはないだろう。
ブルーノ・ブルーニにでさえそんな扱いだ。
結婚する前に所蔵していたが、城景都などもっての外と激怒することは目に見えている。
10代の頃からベルメール、山本六三、アルフォンスイノウエ、金子國義、そして城景都などの絵画を、日出郎の蔵書を通して兄と同じように耽溺してきた日菜子には、きっと嬉しいプレゼントになる。
日出郎は、そう踏んでいた。
日菜子は、「いいの?」と聞いた。
「ああ、箪笥の肥やしにはもったいない。
やっぱり、人の目に触れることで、絵画は絵画足り得るから」
日出郎はそう言って、日菜子の手に額を入れた紙袋を握らせた。
「じゃあ、私が預かるということにしようよ。
この絵には、日出郎の想いがあるからね」
日菜子はやさしくそう返すと、名残惜しげに言った。
「日出郎、今日はありがとうね。明日朝一で帰るから、今日はここでさよならね」
「いや、ホテルまで荷物を運ぶよ」
日出郎は紙袋と引き換えるように、日菜子のキャリーバッグを持った。
池田公園の横のスタンドバーから、日菜子の宿までは大した距離はない。
「日出郎、ひとつ、言っておきたいことがあるわ」
日菜子は、ちょっと困ったような表情を浮かべて日出郎を見た。
「言おうかどうか、迷ったんだけどさ」
「なんか、悩みでもあるの?」
日出郎は日菜子の顔を見て不安を覚えた。
「ううん、私にはないわ
日出郎、あなたよ」
日菜子はそう言うと、立ち止まって日出郎を見た。
「火遊びは、燃えてしまう前に消した方がいい」
日出郎は驚きのあまり、絶句して日菜子を見返した。
日菜子と会ったのは久しぶりで、もちろん、薫のことなど微塵も触れてはいないのだ。
「この城景都がそうだったように、陽の当たらないところに、その気持ちを隠すのよ。
義姉さんの心に触れてしまう前に」
日出郎は、一体どう返していいのかわからなかった。
笑って誤魔化せるほど、日菜子は単純な女ではない。
妹の前で認めたくないが、かといって、もう否定しきれる自信すらなかった。
「どうして…そう、思うの?」
「どうしてそう思わないのかしら?
私たちは、二人で一つの存在なのよ。
日出郎のことは、私にはわかるから」
「お前がそう思うってことは、頼子もそんな風に思っているんかな?」
日出郎の不安は、日菜子によって発火した。
「それはわからない。それに…」
日菜子は少し悲しげな表情で日出郎を見た。
「お義姉さんは、日出郎と私の兄妹の繋がりに気を持っていかれてるから、他の異性の存在まで気が廻らないというのが、きっと現実だと思う」
日出郎は、いろんな感情が一気に押し寄せて、もう日菜子に何も返せなかった。
二人は並んで、黙ったまま歩いた。
ホテルの前で、日菜子はありがとうと言った。
「最後に聞きたいんだけど、日菜子は、頼子のことをどう思ってる?」
日菜子は、やさしく兄を見た。
「お義姉さんのことを大切に思ってる。
日出郎が愛した女の人だから。
だから、日出郎には、愛し抜いて欲しいの」
「日菜子、ありがとう」
日出郎は笑顔で応えて、日菜子の下を後にした。
帰りの街は、色を喪くして見えた。
薫のことを思い出した。
それを手にする勇気も、それを手離す勇気すらも、日出郎には持てる気がしなかった。
頼子の顔を浮かべた。
日菜子の声が聞こえた。
俺はどうにかしていると思った。
その通りなんだと。
日菜子と別れて家に帰る道すがら、日出郎はなんともいえない気持ちだった。
日菜子に、自分が持っていた城景都の2点の版画を渡した。
頼子は、日出郎が好む官能的な絵画を毛嫌いしている。
ブルーノ・ブルーニのリトグラフを仕事部屋に掛けているが、「日斗志が見るでしょ。こんな絵を掛けないでよ」としょっちゅう抗議している。
頼子は言い出したらきかない性格で、諦めることはないだろう。
ブルーノ・ブルーニにでさえそんな扱いだ。
結婚する前に所蔵していたが、城景都などもっての外と激怒することは目に見えている。
10代の頃からベルメール、山本六三、アルフォンスイノウエ、金子國義、そして城景都などの絵画を、日出郎の蔵書を通して兄と同じように耽溺してきた日菜子には、きっと嬉しいプレゼントになる。
日出郎は、そう踏んでいた。
日菜子は、「いいの?」と聞いた。
「ああ、箪笥の肥やしにはもったいない。
やっぱり、人の目に触れることで、絵画は絵画足り得るから」
日出郎はそう言って、日菜子の手に額を入れた紙袋を握らせた。
「じゃあ、私が預かるということにしようよ。
この絵には、日出郎の想いがあるからね」
日菜子はやさしくそう返すと、名残惜しげに言った。
「日出郎、今日はありがとうね。明日朝一で帰るから、今日はここでさよならね」
「いや、ホテルまで荷物を運ぶよ」
日出郎は紙袋と引き換えるように、日菜子のキャリーバッグを持った。
池田公園の横のスタンドバーから、日菜子の宿までは大した距離はない。
「日出郎、ひとつ、言っておきたいことがあるわ」
日菜子は、ちょっと困ったような表情を浮かべて日出郎を見た。
「言おうかどうか、迷ったんだけどさ」
「なんか、悩みでもあるの?」
日出郎は日菜子の顔を見て不安を覚えた。
「ううん、私にはないわ
日出郎、あなたよ」
日菜子はそう言うと、立ち止まって日出郎を見た。
「火遊びは、燃えてしまう前に消した方がいい」
日出郎は驚きのあまり、絶句して日菜子を見返した。
日菜子と会ったのは久しぶりで、もちろん、薫のことなど微塵も触れてはいないのだ。
「この城景都がそうだったように、陽の当たらないところに、その気持ちを隠すのよ。
義姉さんの心に触れてしまう前に」
日出郎は、一体どう返していいのかわからなかった。
笑って誤魔化せるほど、日菜子は単純な女ではない。
妹の前で認めたくないが、かといって、もう否定しきれる自信すらなかった。
「どうして…そう、思うの?」
「どうしてそう思わないのかしら?
私たちは、二人で一つの存在なのよ。
日出郎のことは、私にはわかるから」
「お前がそう思うってことは、頼子もそんな風に思っているんかな?」
日出郎の不安は、日菜子によって発火した。
「それはわからない。それに…」
日菜子は少し悲しげな表情で日出郎を見た。
「お義姉さんは、日出郎と私の兄妹の繋がりに気を持っていかれてるから、他の異性の存在まで気が廻らないというのが、きっと現実だと思う」
日出郎は、いろんな感情が一気に押し寄せて、もう日菜子に何も返せなかった。
二人は並んで、黙ったまま歩いた。
ホテルの前で、日菜子はありがとうと言った。
「最後に聞きたいんだけど、日菜子は、頼子のことをどう思ってる?」
日菜子は、やさしく兄を見た。
「お義姉さんのことを大切に思ってる。
日出郎が愛した女の人だから。
だから、日出郎には、愛し抜いて欲しいの」
「日菜子、ありがとう」
日出郎は笑顔で応えて、日菜子の下を後にした。
帰りの街は、色を喪くして見えた。
薫のことを思い出した。
それを手にする勇気も、それを手離す勇気すらも、日出郎には持てる気がしなかった。
頼子の顔を浮かべた。
日菜子の声が聞こえた。
俺はどうにかしていると思った。
その通りなんだと。
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