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第20話 駅の中

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 木戸から出てきたのは、革製の鎧で武装した兵士達だった。3人も居るなら、とっとと出てきて加勢してくれても良かったじゃないか。ひとりが掲げる松明に、部長とその一味達が照らし出される。それを指さしては「おー」だの「ほー」だの言っている。あの特徴ある眼鏡の外国人タレント並の顔芸付きだ。この世界の人達が大げさに表情を変えるのは、どうやら文化らしい。

 騒ぐ兵を押しのけて、ひときわ体格の良い男が現れる。
 お嬢ちゃん大丈夫かい? って顔で、ポンと左肩を叩かれたものだから、うきゃっ、と声を上げてしまう。忘れていた痛みが襲ってきた。左腕が凄い熱を持って、腫れているようだ。折れてなければいいけど…… レントゲンもなさそうなこの世界で骨を折ったら、元通りにくっつかなさそうで怖い。

 椿より背の高いこの男はひと目で鍛えていると判る、横幅なんて、私の2倍はあるんじゃなかろうか。お前が壁になれば部長相手も随分と楽だったろうに、この役立たずめ。痛みに呻く椿を、男は申し訳なさそうに木戸の方へ導いた。

 木戸の内側は広場になっていた。左手に馬を止めるスペースやうまやが見える。屋根付きの大きな井戸に、奥に見える2階建ての建物は宿屋だろうか。反対の右手には石と木でできた建物もある、無骨な作りが兵舎っぽい。椿はその兵舎っぽい方に招き入れられた。

 エントランスのすぐ左手にある20畳くらいの部屋に招き入れられた。ここは食堂だろうか、壁に燭台がたくさん掛かっていて十分に明るい。窓際には木のベンチとワインテーブルのセットが幾つか見える。リビングとしても使っているのかもしれない。椿をベンチのひとつに座らせた男は、そこで待っていろと言って部屋を出ていった。言葉は分からんが、地面を2度指すジェスチャーだ、間違ってないだろう。

 しばらくすると先程の男が、恰幅のいい女将さん風の女の人を伴って戻ってきた。反対側の建物に居た人だろうか。何か言って、上着を脱ぐような仕草をする。脱げと言うことか、椿は痛みを堪えて外套を外し上着を脱いだ。すると男が椿のシャツの袖を、肩のあたりでビリっと見事に破いてしまった。

「わー! 何するの! 人の一張羅をーっ!」

 知らない言葉に男の方はギョッとしていたが、女将さんはちゃっちゃと包帯と添え木を取り出して椿の隣に座った。どうやら治療をしてくれるようだ。ほら、ちゃんとしなよと言ってるのが分かる。そんなお叱りと共に、女将さんの肘は男の脇に見事に吸い込まれた。

 うげっと声を上げながら、男も治療に加わってくる。椿の腫れた腕に添え木を当てて包帯を巻く。2本で挟むように、キツ過ぎずユル過ぎず、上手いこと固定していく。そのまま、お腹の方に腕を回し、おへその上で吊るした。おー、これは腕を折った人によく見る光景だ。

 助かる、骨折の治療なんてまったく知らない。この男は、郊外に駐在しているあたり、訓練された軍人さんなのかも。服の上から、怪我の状況を判断できるなんて凄いな。

 女将さんも手慣れてるあたり、ここで治療する人が多いのだろうか。王都まで戻ってしまえばとも思ったが、ここいらからが安全圏なのかもしれない。だからこそ、ゴブリン部隊長に手こずる程度の戦力しか置いていなかったのだ。

「※※※、※※※※※※※※※※?」

「ごめんなさい、『言葉』『少ない』です。」

 こりゃ、面倒だなーって顔をする男、分かりやすい。となりでは、じゃあ家へ来なさい、とばかりにドーンと胸を叩く女将さん。世話になるぜ、と笑顔で立ち上がる椿を見た女将さんは手招きしながら部屋を出ていく。付いていくと、やはり厩のある方の建物に入っていく。そのまま2階の一番手前の部屋に案内された。

 この国ではスタンダードなのか、パンとスープを供された。宿賃に銀貨は何枚かと聞いてみたが、首を振って豪快に笑う女将さん。どうやらタダで止めてくれるようだ。あのゴブリンは驚異だったのだろうか、救われた、ありがとう、と言う流れなのかも。と言うか、いつの間に椿が倒したと認知されているんだ。

 食事が終わる頃に、女将さんはお湯を張ったタライを持ち込んできた。椿のシャツを脱がして、体を拭いてくれた。先程、破かれた袖と一緒にシャツを持ち出していく女将さん。代わりに、すこし大きめのシャツを着させられる。着替えが終わった頃に、また男がやってきた。そして、そのまま吊るした腕を体に固定するように、更に包帯を巻かれた。

 おやすみーとばかりに、女将さんと男が揃って手をひらひらとして部屋を出ていく。カミラもあの仕草をしていたな。日本でもバイバイと、上げた手を左右に振る仕草がある。こちらでは、腕を上げてから手首を回すような仕草が同じ意味になるらしい。


 ・・・・・


 大分落ち着いた、もう動かそうとしなければ痛くない。

 取り敢えず、手荷物の確認をしてみる。カミラがくれたウエストポーチには、例のお金入れの巾着袋とポーションが入っていた。あの日、大量に売ったポーションの代金をほとんど入れてくれたようだ。そして、結構な厚さの手紙もあった。いずれ読めるようになる、いや、なれとの叱咤激励だろう。嬉しさの余り、ちょっと泣きそうになる。落ち着いたら絶対に会いに行くぞ…… プロポーズしてもよい。

 そう言えばポーションって、作り方は知っているが使い方は知らないな。明日、あの兵士に聞いてみよう。ポーションを見せれば、何か反応してくれるかもしれない。

 ザラ半紙を綴じた手作りイラスト&単語帳や、数本の鉛筆を入れた筆入れも無事だ。あと、必要なのは水筒だな。2時間走ってやっと気付いた。自販機なんて無いのだから。 ……油紙も欲しいな、手紙が濡れないように。

 強化に関しては、もっと研究が必要だ。一回強化したらボロボロになるなど、何本剣があっても足りない。何かうまい方法があるはずだ。

 明日から、色々実験してみよう。
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