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第36話 大木の森と耳長

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 休憩を終えた商隊が出発する。

 椿を馬車に迎えようとする商人達をなんとか制し、椿は再び独りで歩きだした。

 商隊と分かれる前、自分の馬車に椿を乗せようと集まる商人達に、さっき治療で使ったポーションの空き瓶を指差し、振ってアピールした。瓶を売ってくれ、と。瓶と銀貨を掲げる椿に、中身入も含めて随分とたくさんの瓶を持ち寄ってくれた。そうなのだ、この先ポーションを作っても入れ物がない事に気付いたのだ。商人達のおかげで、瓶は1大銀貨で30個ほど買うことができた。

 それから、ポーションの材料を探して歩いているのだと伝えて、馬車に乗っていけ攻勢を凌いだのだった。瓶は水筒の水で洗い直し、着替えの間に挟んで持ち運ぶ。久々に水筒が活躍したよ。



 道中もなかなか気楽になった。発展型の身体強化魔法と魔ッチョ肉襦袢の熊モードのお陰で、日が落ちるまでに駅に着くのが簡単になったからだ。日が暮れてからでも、走れば間に合うのだ。だから、道さえ見失わないようにすれば良い。

 そうしてヨモギを探して道を少し外れ、外れては戻ると言う足取りを繰り返しながら進む。植生が変わって心配だったが、ヨモギはまだ見つけることができた。一箇所でも見つけることができれば、山盛り生えている。取り尽くさないよう、半分ずつくらいを根ごと引っこ抜いて束にしていった。

 このヨモギ束、カミラは乾燥させてからポーションにしていた。ヨモギ汁自体がポーションになると思っていたが、何の確証もない。実は、乾燥したときに葉の表面に着くカビが薬効を持つ、とかもあり得るのだ。とにかく、カミラと同じようにして作ってみよう。

 ザラ半紙を綴るために買った丈夫なタコ糸のような紐、巻物単位でしか売ってもらえなかったが却って良かった。これでヨモギ束を作れるし、束同士を連ねて肩に担いだりもできる。そんな風に持ち運びが容易になったため、王都の周りで集めたときより随分と多く集まった。このまま6束は集まると思う、瓶が30個程度じゃ収まらないんじゃないかな。ポーションを売っては、瓶を買うみたいな流れができたら良いな。



 そうやって上機嫌で道をゆく中、他よりも大木が多い場所に差し掛かった。木々の間隔は広く、足元は下草も低い。昼を大きく過ぎ、傾き始めた日が斜めに差し、ちょっとばかり幻想的な風景を作り出している。その風景の中に、人影を見つけた。

 気持ち悪いくらい美形の男が二人、こちらを見ていた。木々の葉が映り込むのか、みどり掛かった長い銀髪に、冬の空のような薄い青色の目をしている。過ぎた美形のせいか、やけに作り物っぽい印象を受けたが、どうやら原因は彼らの耳にあるらしい。長いとんがり耳をしている。

 おぉ…… 人類側のファンタジー生物に初邂逅だ。本当に美形で、絵画か映画か、そんな媒体から抜け出たような容姿をしている。こいつが森人エルフって奴かしら。

 思わず見惚れる椿を余所に、美形ふたりは互いに目配せをする。そして、片方がおもむろに弓に矢を番えるのが見えた。

 まさか、と思ったときには遅かった。バッチリ射掛けられた!

 またかい! 今度は無表情で襲ってきたぞ!! 

 寸でのところで身を捻って矢をかわす。その隙きに、すでに傍らまで迫っていた片割れが剣を打ち付けてきた。強化した木製の薙刀を盾に避け、なんとか体勢を立て直すが、次々に剣戟けんげきが襲い来る。

 2合、3合となんとかやり過ごし反撃を試みるが、その呼吸を読むように矢が飛んでくる。例の4人組なんか比較にならない連携だ。折角の長物を活かす間合いも作れない。身体強化魔法を編み直す隙きもない。耳長が振るう剣は、普段がけの魔ッチョ付きの椿を、腕力で圧倒してくる。あちらも、身体強化魔法を施しているのかもしれない。

 頼みの発展型の身体強化魔法は、油断すると光るので商隊と一緒に休憩を始めた時に解除していた。座るのに邪魔な熊モードもだ。このままではジリ貧になる、いつか矢に当たってしまう。

 なんとか強化をやり直す隙きを作らないと。

 一か八かと薙刀を地面に突き立てた。ついでに耳長のつま先を狙ったが、これは外れた。しかし、椿の行動に何かを警戒したのか、剣耳長が1歩分の間合いを空ける。地面が爆発するくらいあれば良かったんだが、ハッタリでも十分に効果があった。

 人頭鳥のときに拾い集めた石をカバンから掴みだし、投げつけた。1つではない、多数の石を剣では打ち払うことはできない。剣耳長が大きく、横に飛び退いた。すかさず飛び来る矢を、地面に伏せて避け、その隙きに魔力を編んだ。まずは、魔ッチョの肉襦袢を編み上げ熊モードを展開する。

 起き上がると同時に、左手で地面を掬う。文字通り抉り取ったのは、バケツに一杯分の量はある土だ。実際の椿の手よりも、広く大きく覆う魔力の筋肉でかき上げた土を剣耳長に浴びせかける。
 数kgはある量だ、土と一緒に剣耳長が後ろに吹っ飛んでいった。

 視界の端で、弓耳長が矢を引き絞るのが見える。それに構わず、薙刀に駆け寄り地面から引き抜いた。そして、薙刀と魔ッチョを含めた全身に魔力を掛け巡らす。遠慮なしの発展型身体強化を施していく。

 すでに、魔ッチョを構成する魔力を編んだ繊維が物体に干渉する事は確認している。続いて弓耳長が放った矢は、椿の身体に届く前に静止した。密度を高めた魔力の筋肉繊維は、目論見通り矢を阻んだのだ。さしずめ熊の毛皮と言ったところか、流石の熊モードだ!

 剣の方はまだ、こちらに向き直っていない。矢が効かないと分かった耳長が弓を捨て、椿に向かって手を差し向けて、ウニャウニャ呟いている。このパターンは糞魔女の時に学習している、耳長は魔法を放つ積もりだ。

 あの戦闘の経験も、一応は役に立ったと言うものだ。糞魔女が放った炎は、魔力を篭めた木片で簡単に散らすことができた。熊モードを持つ今なら、腕を振るうだけで掻き消すことができるだろう。

 放たれる魔法に備え、椿は更に魔力を編む。

 全身を満たした魔力が、白く発光する。髪も視界の端で白く染まるのが見える。

 ズバッ! 不意に胸元に激しい衝撃を受ける。何かが、椿の構える薙刀を回り込んで、胸元に着弾した。風か?! 見えないのか! 反則じゃないか!!

 後ろに吹き飛ばされながらも、風の刃が身体に届いていないことを確認する。危ない、また服を台無しにされるところだ。

 地面に背中が着いた瞬間に、後転して起き上がる。耳長に向き直ると、すでに剣の方も体勢を整えていた。

 仕切り直しだ。

「※※※※※※!!」

 すると突然、ふたりが同時にこちらに手を向け、何かを叫ぶ。合体魔法とかか?! 不味いと思った椿は地面を蹴り、弾け飛ぶように剣耳長に肉薄した。現在、椿が取りうる最大の強化魔法が、当に化物的な身体能力を実現してくれる。

 薙刀の間合いの一番外側から、脛打ちを浴びせた。右足の無くなった剣耳長が崩れ落ちる。それを掬い上げるように、返す刃で逆袈裟に斬る。

 転がる剣耳長を飛び越し、八双へ構えを移して迫る。

「※※※※※※※※※※!
 ※※※※※※※※※※※※※※、※※※※※※※※※」

 斬りつけようとしたその瞬間、弓耳長がその場に傅き何事か喚く。思わず、振り上げた薙刀を下ろしてしまった。ここにきて、耳長が初めて表情を変えていた。

「何を言っているか分からないんだよ、このハゲ」

 命乞いか? 戦意を失った相手を斬るのは、流石にためらわれる。耳長はそんな椿の表情を読んだのか、最後に苦々しい表情を残して、あっという間に走り去ってしまった。

 うーむ…… 腹の立つ奴らだ…… いきなり襲いかかってきて、やばくなったらトンズラとか……

 こっちの剣耳長はどうしようか、一応弔っておこうか。



 この辺りで一際ひときわ大きな木を選んで、熊の手でざくざくと根本を掘る。十分な深さと広さになったので、剣耳長を元通りの順番に横たえる。墓標として、耳長が使っていたサーベルを刺しておいた。パクろうと思ったが、死者の持ち物は縁起が悪そうだし、止めておいた。

 しかしまあ、エルフってのは人間とは違う神様を信仰しているイメージだったのだが。いきなり襲ってくるあたり、教会の連中と同じ信仰を持っているのだろうか? それとも、根本的に人類と敵対しているのだろうか? 人間と一緒に居るところを見てみないと分からない。いや、そもそも、初めて見たし。判断しろってのが無理なのだ。

 弓耳長の風魔法で散らばってしまったヨモギをまとめ直して、道に戻った。

 本当に、人の持ち物を壊すのが好きだな、この世界の連中は。

 思い出したが、革が強化できるか試しておかないと。次に外套を台無しにされたら、発狂しかねない。



 釈然としない気持ちで、新たにヨモギを集めながら進んだ。
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