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第57話 収獲

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 暫定女神は、ひとしきり騒ぐと落ち着きを取り戻した。

 初めて聞く落ち着いた口調での問いかけも、残念ながら分からない。椿も声に出して応えてみたり、念話みたいに頭の中で語りかけるなど、なんとか声を届けてみようとしたが、無駄だった。向こうの声は間違いなく届く、届いている。しかし、椿からは暫定女神に意思を伝えることはできないようだ。言葉が通じないどころか、届いていない節がある。

 そんな声も、仕舞には無念さが滲み出るようなボヤキを残して聞こえなくなった。



 眼鏡のイケメンことマーリン氏は、その声に関して、なんとか椿から情報を引き出そうとする。

 女神(?)の印象はこうだ。
 声は少し低いが落ち着いて貫禄がある。ロムトスに召喚される直前に邂逅した姿は、腰まであるストレートの濃い金髪だった。背丈は椿より低い、これは参考にならないか。表情による意思伝達を試みるあたり、ロムトス文化圏ではないかと考えられる。怒りっぽい。あと、雑な性格をしている感じがした。

 椿が捻り出したこれらの情報に、マーリンはいぶかしげだ。

 これまでに伝え聞く印象と随分と違うという主張なのだ。そもそも、この世界には女神が実在している。天啓と言う形でヒトに関わっているし、実際に天啓を授かって人々を導き、厄災を逃れた人物や国の記録だってあるのだ。

 マーリンは宮廷魔術師の筆頭として、教会の関係者と関わることがある。天啓なんてものは、信心深いヒトが授かると相場が決まっている。そのような人々はこぞって、女神は慈しみ深く、女性らしい柔らかな口調をしていると説くそうだ。

 んー、美化してるだけじゃないの? だってアレだよ? 明らかに第一印象としてもたらされるのは貫禄とかで、そんなものは気弱な人にしてみたら威圧感なだけだし。慈しみ深いとか、柔らかな、なんて真逆の印象だよ。

 そう言えば、衛星都市フーリィパチのイオキシー大司教も天啓を授かったとか聞いたな。女神がどんなもんか、ちゃんと聞いておくんだった。あー、これから通りかかるじゃん、聞きに行こうよ。

『結局、どんなお姿をされているのですか?』

 女神の貴色である白で全身の意匠を統一するほど信心深いシェロブさん、我慢できずに話に割り込んできた。

『なんか美人ってのは分かったけど
 アレよ、整いすぎてると個性が霞むのよ』

 つまり、顔の作りに関してはさっぱり。そう伝えると、普段は無表情なシェロブがションボリとしてしまった。

『そんなにがっかりしないで……
 シェロブ系の美人だったよ、
 美術品みたいな感じの』

『あ、分かります。
 シェロブさん、お人形さんみたいに
 整ってますよね』

『こんな顔して、容赦ないんですよー』

 茜に、覗き魔女のポーシャまで混じってきて、シェロブに似ているならあーだとか、濃い金髪に低い声とか凛々しい感じだろうとか、歳相応の娘さん達らしいキャイキャイが始まってしまった。女神に似てると言われて満更でもないのか、ほんのりと頬を染めるシェロブさん。あー、もう、かわいいな。



 兵士たちの努力により土俵はすべて崩されたが、新たな石板は見つからなかった。バーンと飛び散った石板の欠片もできるだけ掻き集めた。土俵とは質の違う石であったため、砂のように細かくなった部分以外は結構な量が集まってくれた。

 しかし、文字を埋めていた心石と似たガラスのような成分は遂に見つからなかった。

『ふむ、まるでポーションのように
 石板から溢れた魔力は場に留まった……

 この土地に魔力を還して癒やした、と。
 ツバキ殿の魔法は、人体を癒やす事ができる
 のですか。物質の強化といい、治癒といい、
 根本となった固有魔法は何なのでしょうね?
 一見すると、同じ魔法とは思えない。

 それと、あの心石のように見えた石は、触媒
 としてすべて使われてしまったのかもしれま
 せんね。ポーションの成分と一緒ですよ』

 ショックから立ち直ったマーリンが喋りまくる、次いで質問攻めだ。固有魔法とか言うけど、個人的には魔法より気功だと思っている。生命のエナジーなのだよ、それと根本を勘違いしている。そもそも物質強化ではない、植物や動物など生き物が由来の物しか強化できない。まあ、壊していいなら鉄も強化できるが。

『何故、鑑定の魔法に現れないのでしょうか』

 マーリンの疑問に、イオキシーお爺ちゃんの言葉を思い出す。

『イオキシーお爺ちゃんは、女神が自分に出来
 ないことをさせるために、私を異世界から
 呼び寄せたんだろうって。
 だから、女神の力では測れなくても何ら
 不思議ではないと言っていたけど』

 って、鑑定の魔法に出ないのは本当なのか。マーリン氏は余程の正直者か、または馬鹿なんだろう。手の内をバラシ過ぎだろうに、これもブラフなら大したもんだが。



 ――お昼を過ぎ、準備された昼食を皆で平らげる。汗だくのニジニ兵達も、食後はタライに水を使えて大喜びだ。魔法の水筒様様だとのたまう始末よ。

 あ、魔法の水筒で思い出した、マーリンなら魔法の道具を作れるのではないだろうか。

『魔具ですか、私も理屈は知っていますが、作ったことはありませんね。
 あれには魔法の才能が必要ないのですよ、むしろ造形美とかが必要で』

 綺麗に描けた魔法陣ほど効果が高い、とか。ノイズの少ない回路設計だ、とか。はたまた、抵抗の少ない銅線に流せる電流量だ、とか。そんな感じの、機能的な理屈があるらしい。

 曰く、魔法の才能は必要ないが、職人の大半は作れても試せない。逆のパターンもあり、魔法の才能があっても造形美がないと碌なものにならない。
 ……マーリンは造形美がないんだな、つまり。
 石板のスケッチもアレだったし。あとで、椿が描き起こした石板のスケッチを渡してあげようか。

 ニジニには魔法の道具『魔具』の職人が多いそうだ。興味があるなら、向こうで紹介してくれるとマーリンが言う。少しだけ、あの糞な国に行く楽しみができた。今度は、茜から離れなければ酷い目に合わないだろう。シェロブ達も居てくれるだろうし……



 さて、昼食を終えて撤収の準備を始めるニジニ兵達を尻目に、再び机に集合する。

 茜を鑑定するのだ。鑑定は、やはりマーリンの固有魔法であった。割と発現する人が多い魔法だそうな。緑の魔力を持つこの男は、職業柄、調べ物が多い。趣味の考古学でも、調べ物が多いのは同じだろう。土壌や出土品の分析や解析を行う。それら業務をなんとか、早く正確に遂行するべく発現したのが鑑定の魔法なのだそう。マーリン氏は口が軽すぎやしないか? 固有魔法の内容とか、秘匿するべきものだと思うんだけど。……まあ、バレても差し支えない内容に思えるけども、鑑定はありふれているらしいし。

 ニジニでは固有魔法に至る術士は稀なため、内容はともかく、宮廷魔術師の筆頭まで押し上げられてしまったようだ。落ち着いた見た目からは想像しにくいが、あの糞王子や茜と大して歳が違わないらしい。くそっ、若い才能とか妬ましい。

『やはり、ロムトス語の技能を授かっているようです』

『都合良すぎるでしょう……』

『でも、これで椿さん達の話に付いていけます』

 予想通りのマーリンの言葉にボヤく椿、対して茜は嬉しそうだ。

 と言うか、何故こんな突然に? さっきの場を癒やしたから? 女神も出てきたな、あいつの仕業か? すぐ側に居たんだ、茜にくれるなら、椿にもくれたった良いだろうに。ニジニ語の技能とかをさ!!

 そうなのだ、茜が授かったのはロムトス語だ。椿に与える予定があったものが、間違って茜にいったのであればロムトス語の技能であるのはおかしい。茜ははじめから持っていたもの。やっぱり、あの糞女神は椿を手助けする気はようだ。

『ツバキ殿がニジニ語を使えれば、
 女神様に直接お尋ねできるかもしれませんね。

 覚えますか?』

『えー……』

 教わるならカミラからが良い、多分だけど使えるだろう、彼女は。

 それに、マーリンとはあまりお近づきになりたくない。茜の視線が痛いから。心配しなくても、殴ったら死にそうな男は要らんよ。って言っても駄目なんだろうなー、若い女の子は面倒だ。

 そもそも、この世界に情を残すような事をする訳がない。最終目標は、元の世界に帰ることなんだから。


 ・・・・・


 午後も遅く、一行はクッサイ集落から離れる。

 今度は、はじめから椿の強化が当てにされている。樹木などを左右に避けるように広げて歩くのだ、根に足が取られないし、服に枝が引っかからない。即席の道を作ることができる。

 植物の体はまるごと筋肉みたいなものなので、身体強化魔法である程度、動かすことができるのだ。元々、身体強化魔法は魔力を血液の循環のように自身の体に巡らせている。それを、体の外まで広げた形だ。意外と、広くできた。

 楽に歩ける道を、ニジニ軍はがむしゃらに歩く。行きでこうむったストレスを発散するかのように。その歩みは小走りに近い速度になってくる。そんなペースの中、明らかに覗き魔女のポーシャが遅れてきた。一行の中では、唯一の非体育会系で万年運動不足な彼女だ、仕方あるまい。こっそりと、身体強化魔法を施してあげる。

 シェロブのように隠蔽が上手でない椿の魔法はすぐにスターシャにバレた。バレたからどうだと言うことはないが、この女神官はいつも要らないことを言う。

『その魔法、ここの全員に掛けたら
 早く帰れるんじゃないでしょうか?』

 スターシャなりの冗談だったのかもしれない、だが椿は真に受けてしまった。

『その発想はなかった』

 樹木に強化魔法を掛けるため、すでに歩く全員が収まるくらい魔力の循環を広げている。その経路を増やすだけなのだ、全員に強化を施すことなんて別けない。

 それっー!



 ……その結果、ニジニ兵達、全員が走り出した。

 はじめに上がったのは、疲れが消えたことへのどよめきだった。体が資本の兵達だ、すぐに身体能力が上がっていることにも気づいてしまう。若い兵達が調子に乗って走り出す、すると隊列を伸ばしてはいけないと殿の中堅達も速度を上げる。最後には、それに押し出されるように、中央に居た椿たちも走り始める形となった。

 結局ポーシャは、ほとんど疲れないとはいえ、転けないように必死の形相で走る羽目になった。不憫な……
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