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第71話 魔法の道具

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 結局のところ、休みの2日目は午後一杯を武具屋で過ごしてしまった。魔法銀の薙刀は、翌日の夕方に取りに伺うことになっている。

 あの表情豊かな地人は、やっぱりと言うかロムトス育ちだった。年寄り特有の、ちょっとした雑談に身の上話をねじ込んでくるアレで、知りたくもないのに知らさてしまった。

『碌な鉱石いしがないから、何を作るにも苦労したぞ。
 そのくせ、舞い込む依頼は修理ばっかりでな。
 でもまあ、飯は上手いし空気が美味かった。
 今度は数人で鉱石を持ち込もうと思っとるよ』

 数年前に鉱石の買い付けでニジニを訪れたところ、霊穴や魔物が増えた事などで簡単に戻れなくなったそうだ。足踏みしている間に、ニジニの水が合うのか居着いてしまったと言う。

 ロムトスでは霊穴が閉じられたと聞くし、落ち着くのは時間の問題だろう。近いうちに戻るよ。などと付け加えてきたが、いやー、どうだろうね。魔王さんとか言う未確認危険人物(?)が、まだ処理されずに残っているし。



 さて、明けて3日目である。

 今日もオリガ嬢がついてきた。曰く、椿と一緒に街を巡るのがとんでもなく良い社会勉強になるらしい。糞裕福なご令嬢が、めったに出られない籠の外を巡るのだ、体験するものすべてが新鮮なだけだろう。

 差し当たっての目標は魔法の道具だ、現在いまは白侍女シェロブが使っている魔法の水筒を、もうひとつかふたつ増やしたい。あれには、30人を賄って3日を過ごせる量の水が入る。おそらく1t近い量を飲み込んでいる。
 そんな量をどうやって汲んでいるのかと思ったら、シェロブさんは衛星都市フーリィパチの共同井戸に魔法のを作ってしまったそうだ。あの井戸から滝のように注ぎ出てくる水路の底に、簡単な意匠の白い石細工をはめ込んだそうな。

 シェロブの「壁抜け」魔法は、同じ意匠のある壁であれば離れていても通り抜けられる。予め出入り口を設置しておけば、好きなように行き来ができるのだ。とても魔法らしい魔法だ。

 その石細工から水筒を向こう側に出しておけば、井戸の水が入ってくるという訳だ。壁抜けで直接、水を出せばいいじゃないかって? 壁を抜ける質量で魔力を消費するから、それは効率的ではない。75kgに満たない椿を、シェロブは壁抜けで運ぶことができなかった。つまり75リットルまでしか取り出せない。

 注ぎ口だけ壁の向こうに出しておけば、勝手に水が入ってくる。どれだけ水を入れても、殆ど重さの変わらない水筒だ、その分しか魔力が要らないのだ。

 そんな奇跡の水筒を含む、数多の魔法道具を作る職人がニジニには居ると聞いていた。是非とも手に入れたいし、できれば自分で作れるようになると最上だ。

 そこで昨晩、イケメン眼鏡のマーリンに職人の所在を確認しようとしたが、マーリン自体を捕まえられなかった。その代わり、とても不機嫌な茜に遭遇してしまう。予想通りにあの眼鏡が忙しかったようで、相手をしてもらえなかったらしい。
 それではと、茜に職人の所在を訪ねてみた。ニジニで半年を過ごしたのだ、少しは街に明るいはずだがどうだろう?

「西側が職人街だそうです。
 まあ、行ったことないですけど」

 なんとも残念な答え。

 この茜、明るい割には受動的な性格をしている。
 出掛ける誰かと一緒する事はあるが、独りで出掛けることはしない。こちらでの友達がオリガ嬢のような身分ばかりなら、一緒くたに上餅に閉じこもっていた可能性がある。亜人討伐の経験があるようなので、外には出ているみたいだが、街に詳しくはないようだ。

 不機嫌な茜をこのまま放ったらかしては可哀想かな。と思い、ポーシャの手作り焼き菓子を与えたところ、すぐに機嫌を治して寮の部屋に戻っていった。容易い子だよ……



 茜の情報通りに西側から攻める。

 せっかくの買い物だからと、シェロブとポーシャには銀貨を与えておいた。素直に喜ぶ2人に、椿まで頬が緩む。銀貨は昨日、セバスチャン(仮)に両替してもらったものだ。それで、ニジニ土産に好きなものを買っておけばよい。買い食いするのも良いね。ああ、今日も教会で勉強すると言っていたスターシャに土産を忘れないように。

 そのセバスチャン(仮)、金貨を掲げて手招きすると、何処からともなく現れた。一緒に歩いているオリガ嬢が気付く間もなく、新たに両替を済ませて去っていった。これが異世界貴族の使用人だ、レベル高いぜ……

 そしてやってきたのは、上餅の壁に沿って商店が並び建つ通りだ。街の中心である上餅に近いほど、騒音を嫌う職種が集まる。外縁には荷降ろし人夫の気合声が途切れないからだ。王宮や、教会、学校から騒音を遠ざけるのは仕方のないことだ。

 さっそく通りひとつ分を巡る。見たところ、装飾品を取り扱う職人が最も多いようだ。この世界の住人は、耳や首、指よりも、服に装飾を施すのを好んでいる。ボタンや、襟元、裾周りなど、ちりりと揺れる装飾が多い。その人の名前や職業に因むものを身に着けるのが主流のようだ。勿論、首飾りに耳飾り、指輪だってあるが、どちらかと言うとファンキーな気質な人が好むようだ。

 他に見て分かったのは装丁師、錬金術師、薬師などの店だろうか。

 更に捜索の範囲を広げると、目的の職人はふたつ外側の通りにあった。沢山の家電ならぬ魔法道具が並んでいる、ぱっと見は家電量販店かと思うくらいだ。燭台や焜炉、手水鉢など大型の物が多い。他にも、自動で開閉する窓や、扉の建具まである。ここらへんは上餅の住人がお客なのかもしれない。

 しかし、ない。水筒は見当たらない。

 支払いに金貨を使うような魔法の道具を持ち歩く人がいないからだろうか? 小さな道具は少ないように見える。仕方がないので、職人に聞き込みする。
 水筒の話を出すと、そんな変わり種を作るのは奴くらいだと、ある職人を紹介してくれた。その職人は作る道具がニッチ過ぎて商売にならず、家賃の安い東部の通りに店を構えているらしい。

 東部か、お昼も近いし市場に飲食店もある、あちらでお茶にしてから訪ねる事にしよう。



 お昼を過ぎて、東部を訪ねる。

 その店はすぐに見つかった。広い店舗の真ん中に、商品を平置きしていた。とても品数が少ないのだ。ちょっと異様で目立っている。
 見覚えのある水筒が平置きで陳列されているのを始め、確かに変わり種が並んでいるのが分かる。先程みてきた家電量販店たちとは程遠い、小ぶりな道具ばかりだ。

 まず、矢だ。このやじりは心石だろうか? 当たったら燃える矢とか? 馬鹿すぎる、魔法で火の玉を飛ばしたらいいじゃないか! はたまた敵を追従する矢とか? それも魔法で出来る。

 次はなんだろう、写真立てに見える。手にとって眺めて見ると、椿の顔が浮かび上がってきた。本当に写真だった、これはまともじゃないか。魔力を流すと映り込んだ景色が残るようだ。しかし続けて魔力を流してみると、椿の顔は消えて新しい景色が浮かび上がった。これでは、不意に触っただけで残しておきたい写真が消えてしまう! 現状を固定する機構が必要だぞ。

 他にも、機能だけ見ると凄いのに、残念な道具が転がっていた。
 ここで、一番まともなのは水筒くらいじゃないか。そりゃあ売れないよ。

 しかし、水筒の心石はすでに青く光っている。できれば自分で魔力を籠めたいのだが、これは上書きできるんだろうか。壊す覚悟で、上書きを試そうかと言うタイミングで、店主が奥から現れた。

『ようこそおいでくださいました。
 おや、いつぞやの聖女様ではないですか』

 お? おー? ロムトスの開拓村で会った商人か!
 なんと、ニジニの職人だったのか。

 これは話が早い、挨拶もほどほどに交渉を開始する。空の心石の水筒を寄越せと掛け合ってみると、条件付きで了承を得た。条件とは勿論、余分に水筒を作ることだ。

『あの水筒は、当分のあいだ商売に困らないぐらいの値段で売れましたよ。
 おかげで新しい道具を作る暇ができたんです』

 高価な商品を店頭に置きっぱなしで目を離していた理由はそれか。新しい商品とは、ひょっとするとこれらのガラクタだろうか……

 暇なら話に付き合えと、魔法道具に関して根掘り葉掘りしておく。

 聞くところ、魔法道具の心石には、期待する働きに関連深い魔力を籠める必要があるそうだ。明かりの道具なら赤い魔力が良い。扉などは空圧機(圧力の差で押し引きする)を動かしているらしく、黄色い魔力が良い。

 そして魔法の水筒なら、青い魔力が良い。
 そこで青い魔力の持ち主の多い、ロムトスに渡って他人を頼っていたそうだ。青い魔力は流体を司る、風を起こしたり水の流れを変えたり…… はて、それで何故、容量が増えるのだろうか?

 青い魔力のシェロブが「壁抜け」するのだ、水筒は「底抜け」なんだろう。

 行商くんがいそいそと、奥から水筒を抱えてきた。10個ほどの水筒に、まだ魔力の籠もっていない黒い心石が見て取れた。

 ふむ、これだけあるなら3つくらいはせしめられるだろうか。

『前は2個ほどに魔力を籠めて力尽きていましたよね。
 こんなにいっぺんに大丈夫ですか?』 

『あの頃は、魔法を覚えて1ヶ月も経ってなかったもの。
 今なら何個でも大丈夫よ』

『えっ?』

 まずはひとつを手に取り、以前と同じ要領で魔力を込める。お椀にした手のひらの中央に心石がくるようにするのだ。漏斗で液体を詰めるように、手のひらを巡る魔力を心石に流し込んでいく。

 ある程度で、心石が魔力を受け付けなくなってしまった。前より多くの魔力を籠めれば、容量が増えるかと思ったが限界があるようだ。これでは手持ちの水筒とほとんど差がないではないか。まあ、これ以上は贅沢か。

 2つ目の水筒が受け付けたのも、同じような量であった。心石に注ぎ込んでいるから、心石の大きさに引っ張られるのかもしれない。

『ちょっと……!
 そんなに無理をなさったら倒れてしまいますわ』

 続けて3つ目を、のタイミングでオリガ嬢に静止されてしまった。

 割と非常識な量を使っているらしい。今まで3馬鹿に突っ込みを入れられたことはなかったが、どうなんだ? と、シェロブに顔を向ける。

『まあ、お嬢さまですから』

 椿のやる事を、我々のちんけな常識に収めることはないと言う。

『すぐに忘れてしまいますが、女神に遣わされた方でしたわね。
 大地を癒やす使命を帯びているのですもの、
 確かにこれくらい魔力があって然るべきかしら……』

 言われてみればそうだ。惑星の傷を癒やす必要があるのだ、白い魔力を持っている事だけが巻き込まれた理由ではないかもしれない。これまでは、守り人の石版を都合よく使えた。この先、独りで一から霊穴を塞ぐ対処をする機会がないとは言えない。

 茜も、魔法の燃費がやたら良いだけで、無理を続ければガス欠になっていたな。異世界人なら皆、たくさん魔力を持っている、なんて都合の良い事はないようだ。

『……ん? 私が異常なの?』

『やっとお気づきになりましたか。
 でも異常ではなく、特別だとお考えなさりませ』

 まあ、多くて困ることはないだろう。

 続けて、残りの水筒も白くしてしまう。どれも、似たりよったりの容量で落ち着いてしまった。どうせなら、心石の大きさを変えてみたいところだが。

 そう言えば、ヒトにも魔力を溜められたな。覗き魔女ポーシャに注いでみたり、カザンにも試したことがある。ある程度、魔法が使える人は皆、椿が押し込んだ魔力を身体に保っていた。寝ると消えてしまうのは、本人であっても同様だが。

 試しに、すでに青く光る石の水筒に魔力を籠めてみる。すると、魔力は散ってしまい、新たに注ぐことはできなかった。うーむ、てっきり青い魔力に変わって、足される感じになると思ったのだが。

 次に、シェロブを手招きして膝の上に座らせる。そしてシェロブの心石を経由して、青く染めた魔力を水筒の心石に注いでみた。いけると思ったが、これも散ってしまった。どういう理屈なんだろう。

『一度死んだ心石に魔力を注ぐと生き返るのですが、
 そこでしまうのですよ』

 魔力で心石が生き返るとして、その時の量が上限になるのか。さきほど新たに注いだ魔力が散ったのは、単に上限を超えて溢れてしまったのだ。
 今更だが、水筒の魔力は使えば減るらしい。気付かなかった。
 シェロブが自分で補充していると言う。この場合は、椿の染め上げた白い心石が、シェロブの青い魔力を白く変えるそうだ。

 魔法の道具は、特定の働きしかしない。そのように作っている。そのため、魔法として使うよりもずっと魔力の効率がいいらしい。職人の手腕も影響するそうだが。

 だとすれば、この行商くんの職人としての腕はよいのであろう。

 1tの水だ、単純にシェロブの13倍を超える効率だもの。もっとも、水しか運べないなどの制限があるが。そこはさっき聞いた通り、効率を上げる仕組みなんだろう。

『しかし、これがすべて売れたら
 私は人生を2、3度やり直しても遊んで暮らせますよ』

 水筒を抱えてホクホク顔の行商くん。
 まあ、売れればね……

 遊んで暮らせる金額なのだ、そうとう高額だぞ。ほいほい金を出すやつが居るのか。そもそも、ロムトスで作ったもうひとつの水筒は、ニジニの男前国王が買い取ったそうだ。そんな連中しか手を出せないのだぞ?

 ああ、王様、なるほど。繋がった。

 どうやって、ロムトスの聖女召喚を嗅ぎつけたのかと思っていたが、水筒のせいか。あの水筒の心石は、椿の魔力で白く光っていた。

 ロムトス遠征は、この白い魔力が聖女の存在を裏付けたために実現したのかも。

 残念ながら、釣れたのは聖女(?)の椿だけどね。
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