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ヒロインのピンチには

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「ミャミャミャンミャ……(何でこんなことに……)」
 数日雨が続いて、久し振りに晴れた日、私はTL漫画の冒頭みたいな台詞を吐いてしまった。
 いきなり絡みから始まって、くんずほぐれつしつつ、そうなった状況を回想で語る系のアレである。大抵の場合、そうならざるを得なかったということではなく、強引に迫られて流されてるだけなんだけど。


 という訳で、私も流されていた。
 川を。


 今までは妄想はふくらませても、実際は猫になる以外、特記することもない暮らしを送っていたのに。まあ、猫になるだけでも大概だけどさ。
 天気の良さにつられて猫になっていたのをいいことに散歩に出て、よりによって橋の上で足を滑らせるなんて。橋には落下防止柵的なものはついていない。ニ十センチ程度の高さの縁があるだけで、猫の私は当然のごとくその縁の上を歩いていた訳で。
 だって、ああいうところって猫用道路じゃん!?
 濁流にのまれかけている今、平和で退屈な日常をつまらないと思っていた自分を殴りたい。


 初夏とはいえ、川の水は冷たかった。数日雨が続いた所為か水量が多いというか流れが速い。容赦なく体温を奪われる。流されている途中で流木と接触した右足が酷く痛む。さほど酷い傷ではないと思うが、流水の中では血は止まらない。
「ミャー、ミャミャン!?(まずいよね、これまずいよね!?)」
 猫の私の体は小さい。体温にしろ血液量にしろ、すぐに限界が来る。小動物はこれが怖い。
「ミャアアアアアアアア(諦めちゃだめ、あの橋から這い登るんだからっ)」
 かなり流されて、王城の近くまで来てしまったが、そこには少し長い橋があった。王都の橋は基本的に通行部分が平らになるように間を土で埋めているアーチ橋だ。今まで下を潜ってきた橋はアーチが一つだったが、次の橋は二つある。川の中ほどを流れていればアーチとアーチの間の橋脚? 部分に取り付けるかもしれない。


「ミャッミャッ(はぁはぁ)」
 橋の下を潜り終えたところで何とか引っ掛かることには成功したが、石造りのアーチを垂直に這い上がるような体力は残っていない。
「ミャー、ミャアアア!(誰か、誰かー!)」
 橋を通る人に気付いてもらおうと叫ぶが、水音にかき消されるのか、誰一人こちらを見ることもない。
「ミャ……ミャァ(だ……れか)」
 水の流れは気まぐれで、一瞬ふわっと浮いてそのまままた流される。手足をばたつかせると逆に水の中に沈み込んで息が苦しい。
 意識が遠のいていく。


 おっかしいな、ヒロインのピンチには必ずヒーローが救いに現れる筈なのに。
 あ、私、モブだったっ!
 脳内で一人突っ込みをしてしまう。前の自分がどこに住んでいたかなんてことは覚えてないんだけど、前世の私、多分関西人。
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