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新たな動き Ⅰ
しおりを挟む「おいディル、何だよその怪我は!ヘボ国王側近の後始末で呼ばれたって聞いたら……血ダラダラで!」
「うるさい、耳に響く……応急処置はしてあるわよ。そんな大事じゃない」
ディッシュは視界に映った主人の姿を見ると血相を変えた。
きつく血止めはしてあるものの、まだ薄っすらと赤が滲んでいる。動かすのには支障が出そうだった。
ズカズカとカモーアの陣地に入ってくるディルだったが、周囲の人間は不安そうに声かけて駆け寄ってくる。
当の本人は澄ました顔でいるが痛みとは別で表情は少し曇り、幼い頃から共にいるディッシュはその変化を見逃さなかった。
それに口調が女のものに戻っている。カモーアの中にいる時は男の口調が主だったはず。
「そんなに慌てなくても命にかかわる怪我じゃない。すぐ治るわ」
ディルは気だるそうにドカッと腰を下ろすと、妖艶な仕草で前髪をかき上げ長い溜息をついた。
本人を見ていると怪我は大して問題はなさそうだが、精神面での些細な違いに疑問が残る。
心配する声に大丈夫だと示すが、その態度もいつもより雑だ。ディッシュは訝しげに見つめる。
「馬鹿か、結構深いぞ!お前を傷つけられる奴なんかそういねぇ。誰にやられたんだ」
強引にでもディルの手をひけば、一本の傷の筋から血が染み込んでいる。それを見るとざわっと不穏な空気が伝わっていく。
狂いのない真っ直ぐな剣で攻撃されたのだと悟ったディッシュは顔に怒りを浮かべる。
「女のケツ並みにデカい口を閉じたらどうなの。不快な雑音が鼓膜にガンガン響く」
「上等な皮肉は後回しだ。こっちだって主を傷つけられてむしゃくしゃしてるんでね。腹の虫がおさまらねぇよ」
ディルの剣の腕を知っているディッシュにはこの傷口の深さが理解できなかった。
ここ最近でディルが傷つけられたのは聞いたことがない。敵の返り血を浴びることはあっても、自分の血は流したのをあまり見たことがなかった。
「自分でブッ刺した」
「おいおいおい、元から変だった頭がついにおかしくなったのか。お前が変になるのは理由があるだろ、この数時間で何があった。言わねぇと"ディル君葛藤の日々、イリスとの過去秘話★☆"を公衆の面前で生演説するぞ」
「これ以上喋れないようにしてほしいのか?」
イリス、との言葉にディルはぴくんと反応した。面倒臭そうに目を細めると、怪我に響かない程度に腕を組んだ。ディッシュはその小さな動きをもちろん見逃さない。
「なら言えよ」
「だから自分で」
「イリスか?」
そう言うと、ディルは初めてゆっくりと目線を合わせた。
「……お姉さまは関係ない」
いつもより声が小さくなり、視線を外す。
「その間は何だ。イリスのあの腕なら不意打ちを取られてお前がやられても納得できないわけじゃない。問題はどうやってそんな経緯になったかだ」
ディッシュの中ではイリスがディルを傷つけたことは確定になった。
しかしあれほどディルを大事にし外敵から守っていたイリスが、どうしてそんなことをしたのか分からない。
イリスよりも権力が上による者の指示か――…一人だけ心当たりがあった。
こんな事態を引き起こした張本人。イリスに固執し、強引なやり方で手に入れた。
「そんなこと話してる暇はないでしょう。これからやることだって多い。至急、カモーアの幹部を集めなさい。論じる事が多すぎる」
「ディ……っ」
「優先順位をはっきりさせなさい。カモーアを立て直すために今は一秒でも時間が惜しい。中央組織の確立さえ終わっていないのに、くだらない事で無駄に出来ないわ」
有無を言わない口調を強め、ディルは早く動くように目で訴える。確かにこれから中核を担っていくディルにとって時間は大切なものだった。
後々、エドームからも詳しい交渉もあるはず。属国に下るサイとは違い、今までの立場が一転して上になる。
サイの連中には高飛車な奴もいて馬鹿にされてきたこともあり、一部のカモーアの人間はざまーみろと笑っていた。
「……分かった。だけど後で訳を聞くからな」
「聞かなくていい」
まだ言うかと呆れながらも、大量に重なる書簡の束を見てげんなりとしている。
怪我をしたのに、器用に腕を動かしているのをみて心の中で安堵する。ディッシュは溜息をつくと主の命令に従い、その場を後にした。
「悲惨な顔だな、イリス。綺麗な手も血で汚して、そんなにつらかったのか」
「………」
返事さえ返せないほど、頭が鉛を乗せたように痛くて重い。目が覚めれば、ライアンは部屋で書類に目を通していた。
ガンガンと揺れる心地で、体が石のように動かない。
ウィール。剣技場での激しい一件を思い出し、イリスはガバッと起き上がった。それでも眩暈が襲いかかる。
「痛ッ、なぜ、ここに……」
今でも強く剣を握りしめた力の感覚が残っている。手には包帯が巻き付けられて少し動きにくかった。
「ショックで気を失ったらしいな。医者に見せたら精神的なものだと言っていたぞ」
「ウィールは!ウィールはどうしたの」
最悪の展開が思い浮かんで、真っ蒼になってライアンに迫った。イリスは、自分の体調など、どうでもよかった。
「あぁ、あの餓鬼なら喚いてうるさかったから違う部屋に隔離した」
「生きて……生きて、いるのですね!」
よかった……と心から安堵して、涙腺が緩みかけて泣きそうになった。
もしかしたらと一瞬血の気が引いたが、生きているのならまだ安心できる。この人ならやりかねないと本当に怖かった。
「俺は幼子を簡単に手にかける鬼に見えるのか。まぁ、お前には恐怖でしかないだろうな」
そう言って一息つくと、椅子から立ち上がりイリスの側に近寄った。
「……っ」
びくっと身構えると、なぜかライアンにベットに誘導された。肩に手を添えられたと思ったら、すとんっとベットに腰をおろしていた。
「まだ寝ていろ。顔も蒼い」
「――え?」
予想外の言葉に、思わず聞き返していた。
「今日は無理をさせて悪かったな。屑の反応を試したかっただけだ。ほぼ予想通りに動いていたが」
「なぜ謝……?」
また、出た。優しさの見せかけなのか。
屑って。なぜここまで彼にこだわるのか。ディルを試して何になると言うのだろう。
「昨日も強引にヤったから体が疲れているんだろう、警戒心で肩に力が入り過ぎだ」
身長の高いライアンを見上げる形で視線が合わさり、魅惑的な笑みを浮かべているのが分かると居心地の悪さを感じてぷいっと背けた。
「……あら、貴方にも自覚はあるのね。意外です」
言葉に棘が含まれるのを止められない。
「俺は血が通ってないような冷徹な人間だと思ってるようだな。もうイリスには俺しかいないと分かっただろう?拠り所にしてきた屑もお前が憎いと言っていたからな」
「私にした仕打ちを考えれば当然です……!ディル、は……」
ディルはもう私の手の届かない所に、いる。少し震えるイリスは胸がちくっと痛み、無意識で苦しさを緩和させるためにシーツを握っていた。
「ならば、もっと残酷なことを教えてやろうか?ブレイヴ殿のことだ」
「お父、さま……?」
すでにこの世にいない愛しい存在を突きつけられ、心臓が音を立てる。
「あの愚王は窮地に追い込められた時、自分の命を助ける代わりに国を売ると言ったんだ。王族の誇りよりも自分を優先させた」
「……ッ!」
「城も騎士団も国民さえ要らないと叫んでいたぞ。国の頂点に立つ男が呆れる話だ。死を恐れたが故に、自分から迷走していた」
そんなことが……イリスは最後に見た父の面影を脳内で再生した。
「誰だって死に直面したら怖気づくわ。貴方とて同じのはずよ」
「馬鹿め、死など恐れるものか。幼いころから常に危険が隣合わせだった。いつ死んでもおかしくなかったからな」
イリスはその言葉に何も言えなくなっていた。強がりなのか目を見たら分かる。確かにライアンは死を恐れていない、どこか諦めた目をしていた。
「平和ボケしたこの国とは違う。エドームでは毒殺や刺殺は珍しいことじゃない。何度だって命を狙われた」
エドームの歴史は血生臭いものが見え隠れしている。
兄弟同士の権力争いや不慮の事故と見せかけた暗殺。上層組織がもみ消す事実だって多いのを聞いたことがある。
イリスとて今まで遊んで生きてきたわけじゃなく、周辺国の情報を取り入れていた。
「その平和ボケした国を奪ったのは貴方です。強引に奪って得るのは反感だけよ」
「反感など権力で圧し潰せる。力で支配できないものは何もない」
「……そうですね、私の意見など小言に過ぎません。聞き流して下さい」
この人には何を言ってもきかない。自分という絶対的な存在によって世界が動いているのだろう。
ライアンが言うとおりエドームは荒々しい国であり、生き残れるために力と頭が必要になってくるのは事実なはず。
幼少期から苦労したのかもしれない。権力に脅かされて、周りの視線に耐えて、少しでも邪魔だと思われたら命を狙われて。
孤独。恐怖。不安。イリスが生きてきた環境とはかけ離れている世界だった。
常に気を張っている生活を強いられて、生きていく術を自分で取り入れて、つらい思いを繰り返して。唯一、信頼できるのは自分だけだったのか。
「なぜそんな顔をしている。お得意の同情か?」
「……違います」
つい考え事をしてはっと覚醒すると、思い切り首を振る。
いけない、少しでもこの人に同情してしまうところだった。育った環境が違っても、ライアンがしたことは許せない。
「馬鹿正直め。そんなお前も嫌いじゃないぞ」
「貴方の事など……簡単に命を弄んで……憎しみしか、感じないわ」
気紛れに髪を梳くライアンの手が時々耳を掠める。それがくすぐったくて、イリスは小さなくぐもった声を出す。
「それでいいさ、ただしベットの上では快感しか感じなくなる。昨日の続きでもするか?」
「……気が済むまで」
どうせ、今日にでも純潔を失うことになる。今か、もしくは近い未来に必ず起きるのだから時間など関係ない。
ただ体がだるい中、またあの感覚を経験するのは少しつらかった。ここ最近で起こった衝撃な出来事のせいで、不安定な感情が全身を蝕んでいた。
「と思ったが、今はやめておいてやる」
「……」
イリスは少し意外そうに見つめていた。
「今は寝ろ。夜まで時間はあるからな。今日はたっぷり可愛がってやるさ」
ライアンはイリスの顎を持ち上げ、そっとキスしてふっと笑いながら机に戻っていった。
イリスはベットに横なってからすぐに眠りに落ち、目が覚めたのは外が暗くなった夜だった。
動くのを邪魔する疲れを押し退け、ふらっと起き上がる。
部屋にはライアンの姿がない。属国になるサイや立て直されるカモーアを含め、戦いの後の処理に追われているんだろう。
サイを管理下に置くエドーム。サイに戻ってくる最中、ライアンにはこの国を手荒に扱わないように頼み込んだ。
返答は曖昧だったからどうなるかは分からない。そして近いうちにエドームの兵がさらに送られてくると踏んでいた。軍事力を強化するために。
グータンとも合流出来ずに、そのまま連れていかれた。
きっと彼は、国を奪われて殺気立つ騎士団を上手くまとめてくれていると思う…勝ち目のない戦いは避けてくれるはず。
「国民は怒りでいっぱいでしょうね……災厄を持ち込んだのは私だから」
祭典では名前を呼んで笑顔を見せてくれていた彼ら。手を振ってくれる姿はもうきっと見られない。
尻軽女として噂が流れてもおかしくはない。ライアンがこれほどまでに執着するのだから、嫌でも広がっているだろう。
「どうして、こんなことになったのかしら……」
「貴方が全て招いたことでしょう?」
――突然、深いトーンの声が舞い降りた。イリスは気配を感じなかったことに驚き、部屋を見渡して反射的に身構える。
夜に突き出した大きな窓に凛と立つ、細く女性らしさが整ったライン。暗さに紛れるように映ったのは、煌々と輝きを見せる見事な銀髪だった。
まさか、と口が動く。しかし、そんなはずはない。
「ディル……?」
「軽々しくその名を言わないで。汚れてしまうわ、サイ国の王女様」
吐き捨てる様に口にする、彼女――…
ディルをちらつかせる銀の瞳は、言葉に出来ない動揺を誘った。こちらを見つめる視線に背筋が凍りついた。それは明らかに冷たい憎悪だったから。
「イリス・サイ。私は絶対貴方を許さない」
そう口にすると、身軽に窓の手すりを抜け、地面へと消え去っていった。
「何、だったの……?」
生ぬるい風が透明のカーテンを揺らして真横を通り過ぎていくのが分かる。微かに交ざるのは嗅いだ事のない香りだった。
自分が見せた幻惑なのかと疑ってしまう程、すぐに消えてしまった。
それでも間違いなくいた、ディルと似ている風貌の女の子。
その瞳に刻まれていたのは敵意と憎悪に近いものだった。激しい炎をちらつかせながら、謎の言葉を残して去っていった。
確かに自分がしてきたことを考えると、誰に憎まれてもおかしくない。
しかしディルの名を口にしたあの瞬間、彼女の表情は一気に険しくなった。それが、どうも引っ掛かる。
これは本能的な、女の勘。嫌な胸騒ぎが起きて、いつまでも窓を見つめていた。
「駄目だわ……また考えてしまっている」
ディル。まるで底が見えない湖に身を投じてしまったように、彼に溺れているのが分かる。
いつの間にこんな深みにはまってしまったのだろう。もう、戻ってこれない。
このままではいつまでたっても前へ進めない……いくら頑張っても笑顔が、温もりが、恋しくなってしまう。
ライアンが言った言葉が胸に突き刺さって離れてくれない。
自分にはもう、何もないのだと。縋っても支えてくれる人など存在しないのだと。そんなことはないはずなのに、ぐるぐると旋回して臆病風に吹かれてしまう。
今までどれほど他人に頼って生きてきたのか思い知らされる。
そして、この心を占めていたのはいつだってディルなのだと突きつけられる。
「っ、や、だ……」
泣いている時間など、無駄な意味しか持たないのに。依存していたのかもしれない。すぐ隣にあった居場所に、すぐ近くにあった存在に、固執していたのかもしれない。
もう、どうしたらいい。今すぐにでも駆け出して、ディルに触れたいのに届かない。
「ディル……ディ、ル……っ!」
私は、ただ、孤独。ねぇ、誰か。私を、私に……!
「――俺を求めたらいい」
その時だった。深く響く声が聞こえたのは。
「……ライアン様」
ディルと呟いていたのを聞いていたのか。恥ずかしさが込み上げ、赤い顔を下に向けて涙を隠した。
この人には見られたくなかった。自分の心の弱みに付け込んで、どんな言葉を言うのか分からない。
俺を求めたらいい、なんて……彼を求められたらどれだけ楽か。大事なものを奪ったこの憎い人を、好きになれるはずなんてないのに。
足音が響いて、近づいてくるのが分かる。途端に緊張するイリスは、脅えたように体を小さく揺らした。
「ディル、ディルとお前は屑しか愛せないのか。どれだけ執着しているんだ」
「……っ、執着、など」
「していないと言えるのか?名前を呼ぶほど恋しくなっている癖に、どんな理由を付けて説明する気だ?」
イリスは、どんどん自分が無様になって追い詰められる気がした。
何も聞こえないように耳を塞いでしまいたい……でもそうしたらこの人から逃げる事になってしまう。
それでも結局、見えてくるのは純粋に温もりを欲する気持ちだけなのに、と。
「お前をずっと見ていたから知っている。あの屑を大切にし、いつでも見守っていたからな。そう簡単に切り離せないんだろう」
「……いずれ、切り離れてしまう運命だった……」
カモーアの軍が成立した時点で、ディルはもう私の知るディルではなくなってしまった。
「お前に残っているのは国への責任と義務だけで、私情など二の次。そんな中で感じるのは孤独や不安のはずだ」
「……お見事ですね、まさにそうです」
先程まで感じていた想いを、自分の姿を映し出す鏡のように当てられた。
「これ以上に傷つく必要もない。楽になったらいいだろう。お前には俺しかいない、俺を生きる理由にしたらいい」
ふ、と綻ぶ笑顔にゆっくりと目を向ける。それに、首を振って否定したかった。
――どこまでも計算高い人だと思い知らされる。
少しでも気が緩めば、このまま流れに身を任せてしまいそうになってしまう。
何もかも見透したまま、こうなることを予測して優しく耳元で囁く。一番残酷で楽な方法を、甘美な蜜のように誘いかける。
心の深い傷を作らせて、普段よりも劣る思考に靄をかけ、曖昧で揺れる未来を示してくる。
何よりもそれが絶対的な道だと微笑みかける。
「何も気負わなくてもいい。ありのままのお前を愛してやる。全ての苦しみから解放して、本当の幸せを見せてやれる」
「……しあ、わ…せ」
「そうだ。お前はもっと欲望に忠実になるべきだ。好きなものを愛でながら慈しみ、お前の手で導きだしたらいい」
嫌でも響いてくるこの声を受け入れてしまえと心の一部が問いかける。この人に従えばこれ以上、苦しまずに悲しまずに済むのだと言葉を重ねる。
戦いで倒れていく騎士達も、心を押し殺して生きる城内の人間も、誰も傷つかない。
「少なくても屑でつらくなることもなくなる。あいつ以上に幸せにしてやれる」
幸せとは何だったかさえ、今では遠かった。
「……私は幸せなんて、望んではいけないです。それよりも心から願うのは、サイに生きる国民の平和です」
イリスはライアンを逸らさずに見つめながら、静かに言葉を投げかけた。
「私とて、一人の人間です。確かに幸せや愛を欲する心は否定できません……貴方はきっと偽善者だと言うでしょう。それでも私の想いは変わりません」
そうだ、心の中で誓ったはずだった
身体を良いようにされたとしても、心までは渡したくない。片隅で理性が残っているのなら、それに縋りついて歯を食いしばろう。
醜いプライドだと言われても、自分であり続けるためにはいくらでも我慢しなくてはいけない。
「強情な奴だな。それでも、快感には抗えないだろう?」
温かい息とともにぺろっと耳たぶを甘噛みされてびくっと肩が震えた。そしてそのままベットに倒されて覆いかぶさってくる。
さらりと首筋を撫でられたかと思えば、クチャッと唾液を含ませて吸いついてきた。
「……っ」
自分だって身体にこんな敏感な部分があることを知らなかった。静電気のように白い稲妻が体内を徘徊していく。
薄いドレスに手をやり丸い円を描くように胸を揉まれる。ぐっと手で掴むと指先で煽るように先端部分を避けながら触れてきた。
些細な抵抗だとしてもイリスは顔を横に背け、必死で声を抑える。そんな様子をあざ笑うかのように上から見下ろしてくる視線が容赦ない。
「――今夜はお前にとって忘れられないものになる」
とびっきりの甘い声を出されると、一気にドレスを上にやられる。薄暗い夜の空気に触れ、露わになる下部にイリスはカッと赤くなった。
そして手が伸びてきて、躊躇いもなく秘部を擦りつけ始めた。湿り気が帯びるのを確認するとその速度を上げていく。
「……ッあ、んぅっ……ぃ、や……!」
上下に揺れる激しい指はコシコシコシッと止まることなく動き続けた。次第にクチュ、と艶めかしい音まで響いてくる。
「やぁ……ッ、ん、あっ、あ……!」
気が狂う様な白い波が再発する。
「やらしい音を出して濡れているぞ。イリスは言葉攻めされるとさらに喜ぶな」
中に蠢く存在感に痛みが広がっていくが、それを補うようにイリスの中で快感が膨れ上がる。
見せ付ける様に指を広げ、一本を中に出したり入れたりを繰り返す。イリスの意志に反してぬめっとした粘膜がライアンを離さない。その事実に、胸が締めつけられる。
「ん、ん……っ」
昨日よりも濡れるのが早くなっていた。奥に指を感じる度に、声が小さく漏れていく。
ジュポジュポッという卑猥な音がイリスの鼓膜に張り付いてくる。
「い、ぁ……っあ、あぁぁ!」
「感じるのは、ココか?おい、そんなに睨みつけてもまるで効果がないぞ」
イリスは止む事のない刺激に苦しくなって涙目で眉を寄せた。
「ん……っふ……い、あぁぁ…ッ」
まさか、昨日や今日でこんな官能を経験することになろうとは。イリスは堪えるようにぎゅっと目を閉じた。
ライアンは長い金髪を垂れ、器用にたくし上げたドレスの中から片手で胸をいじり出す。触れなかった突起を左右に転がし、クリクリと押し潰したり摘んだりする。
「は…なして……何か、クる……っ、いや、やぁぁ――…!」
いつの間にか奥で二本に増えていた手がジュク、ズポッ、ジュクッと強烈な刺激を見せた。
足の指から頭の上まで上り詰めるぴりぴりした衝動がイリスの脳天を貫いた。派手にイッた後、何度か痙攣して小さく跳ねる。
「はぁ、はっ、は……っ」
頭が、思考が……おかしく、なる。余韻が幾層にも広がりを見せ、生理的な涙が頬を滑り落ちた。
そんなイリスは服を全部脱ぎ、筋が通った裸体のライアンに気付かずにいた。待ち望んだ時がやっと訪れたと恍惚とした笑みを見せ、ギシッとベットに体を置く。
「挿れるぞ」
その言葉に、イリスは耳を疑った。
「――え…?」
そして感じたのは、体を引き裂くような強い痛みだった。
「おいポンコツ、起きなさい」
ガッと鈍い音が狭い室内に大きく響いた。
その衝撃を受けたであろう人物は「ぐあっ」と痛そうな悲鳴を上げて、その場でぷるぷると震えながら蹲まる。
苦しそうに涙目で殴った相手を睨みつけた。夜目がきけば、美しい銀髪を解いたディルが上から見下ろしていた。
「っにすんだよ!俺の貴重な睡眠時間を削りやがって!日々主のために粉骨砕身で働いてやっているのに面倒なことをパシるわ、いきなり鉄拳をくらわすわ、俺に恨みでもあんのか!」
ディッシュは地味に痛かった箇所を押さえ、心地いい睡眠から現実へ意識を覚醒させた。
「ありまくりよ。それよりもちょっと付き合いなさい。ポンコツのために新しい仕事よ」
くいっと手を曲げてついてこいと示すと、ディルは早々と歩き出す。
「え、俺に恨みあんの!?というかポンコツって何だよ!お、おい待て、何処行くんだよ!」
慌ててそのままの格好で走り出すディッシュは、俺はとことんお人好しだなと心で嘆息した。
真夜中のためほとんど明かりはついていないが、何人かの騎士が交代で松明を揺らしながら巡回を続けていた。
エドームが約束を破棄するような時に備え、いつでも指示が出せるようにカモーアの上部の人間も待機している。
もちろん向こうもカモーアが変な行動を起こさないか注視し、見張りを置いていることだろう。
何かの弾みでいつ戦闘が起きるか分からない。特にディルの負傷によりエドールとサイへの不信感が膨れ上がった。
主を傷つけられ再び戦を起こそうと逸る者もいるかもしれないとディルは考え、勝手な行動は取らないように四時間前程に召集をかけたばかりだった。
ディッシュは最近までまともに眠れたことがなく、常に気を張っていた生活を送っていた。
仮眠を取る際にもディルの傍を離れず、危険が起こったら真っ先に反応出来るように準備は欠かさなかった。
今日一日にしても、それはめまぐるしく時間は過ぎていったがディルはどこか浮かない顔をしていた。
それでも集中力を持続させ、的確な政治の構成を練り、何人かの意見を仰いでいた。
イリスだな……とディッシュは考える。
今回のことは様々な因果が絡み合い、複雑な結果をもたらした。カモーアにとっては喜ばしいものになったが、イリスには不幸としか言いようのない結果に終わった。
ライアン王子の籠の中に押し込められ、さぞ苦しい思いをしているはずだ。
ここまでの被害を出しても、イリスを手に入れたかったのだろうか。ただ、ライアン王子は馬鹿ではない。国をも揺るがす事態にまで発展しても、その後の処理に抜かりはなかった。
ディッシュはディルの後をついていくと、見た事のある場所に辿り着いた。
「訓練場?何でこんな所に……って、木刀投げんなよ危ない!」
咄嗟に受け取ったが、もし反応できなかったらぶつかっていた所だった。ディル自身も木刀を手にし、ブンッと綺麗な動きで素振りをしている。
「待て待て待て、まさか今から試合しようってわけじゃないだろうな……?」
剣技場ではない、騎士の中でも下位にある者がよく稽古をする場所だった。それでも剣技場よりも若干広く、多くの男たちがここで剣術を高めている。
夜中まで鍛錬する者もいるが、今日はあまり人気がなかった。後ろの隅で自手練をしていたカモーアの若い騎士がいきなりやってきた二人に驚きつつサッと敬礼してそそくさと立ち去っていった。
ディッシュは少し冷たいオーラを醸し出す目の前の人間に冷や汗をかいた。怒気を纏っているようにも見えるが、自分を押し込んでいるように感じた。
「そのまさかだよ。俺とやり合えるのも久しぶりだろ?光栄だと思えポンコツ」
「おい嘘だろ、死ねと言ってるのか。しかも扱いひどくなってねぇ……?ッあ、え!?わ、分かった分かった!最後まで付き合うから睨むなよ!」
「賢明な判断だ、それじゃ構えろ」
既に構えの姿勢に入っているディルはいつでも攻撃を開始できた。
「ちょ、待ってって!お前けがしてるくせに何言ってんだよ!もっとひどくなるだろ」
と、ディッシュが言った後にディルは素早い速度で迫ると、左斜めから木刀を振った。
ぎりぎりで防御すると身の危険を感じて遠くまで距離を取りつつ、攻撃の範囲を見やる。しかしさすがと言うべきか、間髪を入れずに真正面から襲いかかってきた。
「っ!」
早い!しかも手を抜いてない……!
やりにくい方向からの片手での攻め。怪我をしていることを感じさせない動きはどこにも隙がない。
両手で木刀を持ったら敵わないとディッシュは力の差を認めるしかなかった。力を込めて思いっきり後ろにさがらせると、少し弾む息を整えて叫ぶ。
「少しは加減を考えろっての!こっちは目覚めたばっかりだっ、つー、のッ!何を苛立ってるのか知らねーけど、俺を当てつけにすんなよ!」
「お前なんか愚痴の捌け口で十分だ。俺と対等に戦える奴も限られてくるからな」
「へーへー、ナチュラルな上から目線ありがとぉ、ございまぁ~す!くっ……どうせ、頭ん中イリスでいっぱいなんだろーが!」
「黙れ」
再度、木刀を強い力で縦に振ってくる。やばい、と思ったディッシュは必死で攻撃を避けるしか方法はなかった。
ディルの雰囲気が危ないものに変わり、顔も少し険しくなった。
「ぅ、おいっ!何でイリスつったら目の色変えるんだよ!」
「お姉さまの名前を出すな」
「あ、っぶね、手加減なしかよ!お前の気持ちも分かるけどな、どうしようもないだろ!イリスのことだって、つらいけど耐えるしかない……」
なぜか、しーんと音が止んだ。え、今の死語……?とディッシュは後悔したが、もうやり直しはきかない。
これだけは言わなくてはいけないか、と腹を括って続きを言った。
「エドームの王子に良いようにされているのは、俺たちじゃ止められない。分かるだろ……悔しいけど、助けられない。カモーアの何人かだって内心ムカついてるんだ」
「……」
「そりゃあのクソムカつく王子に一発蹴りを入れたいさ。それでも今まで罵声や嘲りにも耐えてきた。必死で温めてきた俺達の目的や夢を壊せないだろ?せっかく叶う時が来たんだよ、この機会を逃すわけにはいかない」
「ディッシュ」
「イリスは大事な奴だ、これは変わらない。でも、カモーアを滅ぼすわけにはいかない。これだけは譲れない」
そう言うと、ディッシュはふーと息をついた。
「……ディル、お前酒飲んだだろ。今夜は酔いが回るのが早いみたいだな。イリスで感情的になるのも珍しいことだ。ヤケクソになって飲んだんだろ」
ディルから酒の匂いがするのに気付くと、ディッシュはそう問いかける。
「はっ……ディッシュ如きが分かったような口をきくな」
「分かってないと言わねぇよ、ばぁか。認めたくないのかもしれないけどな、お前の左腕、血が滲んでるぞ」
確かに包帯には傷口から赤が滲んでいた。ディルの左手は血管が浮かぶほど強く握られている。
ディッシュはその様子を静かに見つめ、木刀を地面に置いた。
「少ない理性にしがみ付くしか、自分を抑えられないんだろ……今日だってこんな真夜中から俺と試合することで一時現実から逃れている。違うか?」
「……」
「胸糞悪いのはお互い様なんだよ。まぁ……俺の場合はあまり考えないようにしてるだけだけどな。イリスの顔を見たら、歯止めが利かなくなってどこかに連れ去っちまいそうだ」
「……」
「ディルも同じ思いなんだろ。いや、それ以上に荒れてるようだな…ここまで投げやりになってんだから」
ディッシュは何も言わないディルに優しく声をかける。
「イリスを突き放してるのもつらいはずだ。これ以上イリスに危害が及ばないように嘘ばかり言ってるのも疲れるだろ。少しは発散しろよ」
「じゃぁお前で発散させてもらおうか」
「や、断る。命がいくつあっても足りないからな」
半分本気で言うと、少しの間だけ沈黙が流れた。
「――…今日くらい、本音を吐いちまってもいいんじゃないのか?俺は聞き流しとくから。眠いからここで寝るし」
そう言えば本当に地べたに転がり眠り出した。信じられないとディルが異様なものを見る目つきで視線を送っている。
ディッシュは寝たふりをかまして、嘘くさい大きな寝息を立て出した。
「……おいポンコツ、寝たのか」
返事をしないことを確認すると、長い溜息をついてディルも腰を下ろす。
しばらく何も言わず黙りこみ、刻々と時間が過ぎていく。 頑固な奴だな、とディッシュは呆れる。イリスのことになると昔からこうだった。
本格的にディッシュは睡魔に襲われ、うとうととし出した頃だった。ディルは乱暴に前髪を掻きあげ、額に手を当てて声を絞り出した。
「――イリスの泣き顔が、頭の中から離れないんだよ…」
苦しそうに、語り出す。
「あいつを泣かせたいわけじゃない……俺を守る事に躊躇いがないのを見ると腹が立つ。俺にそんな価値なんてない、イリスを傷つけることしか出来ないだろ」
ディッシュは目を閉じたまま、ちゃんと聞いていた。久しぶりに聞く本音に、言いようのない思いが込み上げてくる。
ディルは木刀を握ると、ドンッと大きな音を立てて地面に突き立てた。
「止まらない……イリスを見ると、心の底辺にある欲望が抑えきれなくなる。どれだけ我慢してきたと思ってるんだ。あいつの体だけじゃ足りない。全部、心でさえも……すべてを手に入れないと気が済まないんだよ…」
「………」
全てを。いつだって自分を押し殺してきたディルの気持ちの裏を垣間見て、ディッシュは胸が痛くなる。
「今だってそうだ。ライアンがイリスに触れていると思うと、どうにかなってしまいそうになる。この嫉妬に身を投じて、迷いなくライアンを手にかけてしまいそうだ」
ディッシュはここまでの激しい想いに驚きを隠せない。酔いのせいか、今日はよく喋っている。普段言わないことや奥底にある胸の内をこうやって語るのも珍しいことだった。
そしてやはり、イリスを求めるうちの一人なのだと気づかされる。
「……一生、赦しはしないだろう。国王の息の根を止めた事を。俺を恨んで、憎んで、苦しみ続ける」
俺がそうだったように、と今にも消えそうな声が空中に放たれる。
「それでいいと思った。憎まれた方が楽だと言い聞かせた。なのにあいつは……どこまでも、純粋で」
くしゃくしゃと髪をいじりながら、思い悩むように顔を歪ませた。
「突き放しても、冷たくしても、遠ざけても……何をしても、あいつが離れない。逆に存在が濃くなっていく……どうにも出来ない。酔いに身を任せても、剣に思考を封じ込めても、現実から逃れても、あいつしか……考えられない」
女々しいな、と一言呟いた。
「あ、痛ッ――!い、あぁっ……」
「さすがにキツイな。イリス、力を抜いて身を任せろ。直によくなる」
イリスはあまりの痛さと圧迫感にじたばたと暴れて悲鳴を上げる。堪え切れない涙がぽろぽろと流れ落ちてきた。濡れている入口は初めての侵入をなかなか許さない。
甘い香りがライアンからふわりと漂ってくる。短い嗚咽を上げながら強烈な苦しさから逃れたくて、目の前にあるものにしがみ付くしかなかった。
イリスの敏感な部分を指で上下に刺激され、ライアンは同時にぺろっと胸の先端を舌で転がした。
クリクリクリッと擦れる度に、体の奥から感度を増やしていく。そうすると若干、力が抜けた。
「ん、んっ……っつ…!」
「そうだ、拒否しようとするな」
ぬるりと滑る割れ目から硬いモノが入ってくる。絶対入らないと思っていたのに、体は受け入れる準備を整えていた。
時々加わる快感のおかげか痛みが少しは軽減される。歯を食いしばって耐えるイリスはぎゅっと目を閉じた。
「痛いか?もうすぐだから安心しろ」
「っ、抜い……て…」
安心など出来るわけがない。もう普通の感覚が分からない。どんどん内側が広がっていくつらさから逃れたい。頬は薄桃色に染まって、湿った息が定期的に漏れだしていく。
「おい、そんなに締め付けるな。キツイだろ……」
そんな無理を押しつけないでほしい。苦痛と快感が入り混じり乱れ合い、狂いそうになった。
とにかく抜いてほしい。力なんか強くなる一方で、ライアンの体に絡みつく脚に気を配れない。
「……入ったぞ」
ライアンの満足そうな声が聞こえて、イリスは虚ろな目で体を震わせた。
「分かるか?お前は俺を受け入れた。一つに繋がったんだ」
そう言うと、ライアンから、慈しむような熱いキスが落ちてきた。
突然のことに驚いたが、忍び寄る舌に逆らえずに口を開けてしまう。自然の流れのように柔らかい感触が何度もぶつかる。
頭が白くなって自分が消えてしまいそうになる。これが気持ちいいということなのかは分からない。ただ意識が朦朧となるような不思議な感覚。
追いかけてくるから反射的に逃げてしまう。それでもあっという間に捕まってしまう舌……
気がつけば緩いリズムでライアンが動き出していた。はっと現実に戻って、イリスは苦しくて眉根を寄せた。
「……痛、い…」
経験したことのない引き裂かれるような圧迫感。
純潔など意識した事はなかったのに、今はものすごく近くで強烈に感じる。
まさか今この瞬間に失うことになると思わなかったけれど、何年先でもいい、心から愛した人に捧げられたら…なんて、子供のように考えていた。恥ずかしい事だけど、そんな淡い夢のような憧れが心の中にあった。
こだわっていたわけでもない。例え相手が誰であろうと、いつかは通る道なのだから。
――ああ……それなのに、どうして。
あの人が、頭に浮かんでしまうの。
引き締まった胸板が、間近で体温を与えてくる。イリスは震える手触れた。
「この痛みを忘れるな。今を頭に刻み込め。俺という存在を焼きつけるために」
そばにある激しい動きに体がどうにかなりそうになった。
淫らな音を奏でる秘部に繋がっているものが大きすぎて…つらい。浮かされる熱に必死でついていく。
「あ、はぁっ……っん、ふっ……」
「色っぽい喘ぎ声だな。いつ見ても飽きが来ない」
突き上げられる度に痛みが全身を襲いかかってくる。
イタイ。痛い。みんな、こんなことを繰り返してきたの?もう、裂けてしまう。
「今はつらくとも、次第に気持ち良くなる。現に声も上ずっているぞ」
口から飛び出していく声に自制がきかない。色んなことが頭を巡ってせめぎ合い、そして弾んで消えていく。
「やぁあッ、ん……あっ、ああ……っ!」
ああ。どうして、どうして、どう し て ……
この頭を支配しているのは、貴方なの。
「ずっと、お前とこうすることが夢だった」
ズポズポッと音が響く中でライアンが切なげな顔をして薄く笑う。
見た事のない柔い雰囲気に包まれると、イリスはなんとも言えない気持ちになり目を開いて戸惑う。
それでも余裕などなく、すぐに何も考えられなくなった。
「やはり格別だな……今まで抱いてきた女とは違う。こうしているだけで、心が満たされる」
激しさを増す中で伝わってくるのは、荒い感情じゃない。少しだけ優しさが含まれた、いつもの気性と矛盾している姿。
どちらが本当の彼なのか未だに分からない。表と裏があるように、様々な多面性がある。
ぴりぴりとした痺れた感覚が体に這い、足の先が小刻みに揺れる。
さらに吸いつくような口付けまで降ってきてどうにかなりそうになった。じゅくじゅくっと混じり合う熱が速度を上げていく。
「ん……んッ、あ……!」
「そうだ。手を離さず、俺にしがみ付いていろ。何も怖くない、そのまま身を預けていればいい」
「あっ!やぁ……ダ、メッ……おかしく、なっ」
思わずぎゅっと締め付けてしまう。そうすれば、中にあるものがさらに質量を増した。まだ大きくなのかと血の気が引いていく。
認めたくない感覚が徐々に体を覆い始め、止まる事のない律動に息がはずんでいく。痛みに勝る快楽に首を振りたくなる。
「はっ、狭いな。なかなか動けない。イリスは、ココが好きなんだろ?」
敏感になる箇所を重点的に突かれ、じれったいもどかしさが込み上げる。
女に慣れているのか、どこがいいのか熟知しているようで、反応を試してきた。
「やめ……も、抜い……っ、あ……ああ、ぁ!」
イリスは先に達してしまい、ぴくんぴくんと跳ね、息遣いが荒くなる。呆然とした様子になりながらも、必死で自分の体を落ち着かせようとした。
「先にイくな、まだ俺が達していないぞ。こんなに蜜を垂れ流して喜んでいるのは分かったが」
「痛、い……」
「嘘をつけ。あれだけ声を上げておきながら、まだ否定するか」
甘い声、艶然な体、下肢の鈍痛。全てを受け入れたくなくて、ただ涙するしか出来なかった。
ライアンは自分の欲望を満たすまで煽りながらも奥に突き上げてくる。疲れ切った体にはもう体力がなく、イリスはじっと耐えるしかない。
心にあるのは自分への嫌悪感だけだった。
「……や…ッ」
ドピュッと白い液が子宮あたりでざわつくのが分かった。
はっとなったがもう既に遅い。ポタッと一粒の汗がライアンから伝ってきて視線が絡み合う。諦めた顔をしているのだろうとイリスは感じた。
「――俺の子を孕めばいい。そうしたらお前は真の意味で俺から離れられなくなる」
まるで呪文のような言葉はイリスの心を縛り付けて重みとなっていく。狭い鳥籠の中で、ただの駒のように遊戯となるしかない。
「……貴方からは、逃げられないわ」
イリスは自分へと突きつける様に呟いたら、ライアンはゆるゆると唇を曲げて微笑んだだけだった。
――――
―――
――
―
凍てつくような心にあるのは、焦がれるあの人の残り香。
どうして貴方で、私なのだろう。万という人々の中で、巡り巡って出会ったのはなぜなのだろう。
尽きない欲望がそっと囁いてくる。全てを捨てて、思いのままに縋りついたらいい。
自分が欲してやまない存在に。ただ、愛してほしいと。
憎い。大嫌いだとそう言われたのに。最大の感情で拒否されても、尚。
私は夢でも 面影を、探している。
「――痛むか、イリス」
薄い光がまぶたの上に差し込んでくる。ゆっくりと目を開ければ、裸体のライアンが顔を覗きこんでいた。
目覚めたばかりでぼんやりとしたまま、下部に鈍い痛みが走って、イリスは顔を歪ませた。
昨夜の激しい行為を思い出して、恥ずかしさが込み上げてくる。ライアンを直視できずに俯いてしまった。
「……大丈夫、です」
小さな声を出して返事をする。自分も裸だと分かると、カッと赤くなりながら縮こまる。
初な反応に微笑むライアンはイリスに頭を撫でた。温かい手がふわっと優しい手つきで髪を梳いていく。
「俺でさえ理性が飛んだ。あまり加減してやれなくて悪かったな」
「……いえ」
慣れないこのやり取りに短い返事しか出来ない。
優しさを持って接していれば、いつか自分の心が傾くと思っているのだろうか。そんな単純に見られているのだろうか。イリスは頭の中で考えながら、思考に蓋をした。
今は体の方が重くてつらい。少し動くだけでも大変だった。
「お前の香りはいつでも誘惑してくるな。何度でも挿れたくなる」
まさかと思って冷や汗をかくと、今はしないとライアンは喉で笑う。
ほっと安心するとかなり距離が密着していることに気付き、少し離れようとしたがライアンの手が伸びる。
「もっと近くに寄れ。お前の温度を感じたい」
「……っ、や、恥ずか……し」
「もう隅々まで見ているだろう。何を恥ずかしがる必要がある」
「――っ!」
羞恥がイリスの顔に熱を集中させる。そんなことを言われたら、何も言い返せない。
「………」
認めたくないけれど、人の肌というのは柔くて心地いい。
この人の体温を感じていると、遠い昔に自分を抱きしめてくれた母親の温かさを思い出す。
お姉さまと自分を産んで何年間か後に、病に罹って亡くなった母。元々病弱であった彼女は、床に伏せる事もあったらしい。
それでもいつもにこにこと優しい笑顔で父と触れ合っていたと聞く。
地位は低い家柄の出身だったけれど、美しいと称されていたのを聞きつけた父がお城に呼び寄せた。そして二人の子をもうけた。
お母さまは父といて幸せだったのだろうか。命果てるまで父と添い遂げ、最期は何を想ってこの世を去ったのだろう。
優しい子になってね、と微笑みかけてくれたことが思い浮かんだ。
静かな風のような沈黙が流れて、イリスは睫毛を伏せて身動ぎをせずに黙っていた。
ライアンの逞しい体の中にいると、言いようのない感情に支配される。嫌なのに、憎いのに、悔しいのに、どうして母と重ねてしまったのだろう。どこかで、母と似ている部分がある気がする。
「近々国民にお前を正室に迎えると発表する。凱旋式も上げる予定だ」
「――!私などを正室などに……っ」
「周りの奴らの悔しい顔が思い浮かぶな。お前を独占している様を見せつけてやるさ」
イリスは眉根を寄せてぎゅっと手を握ると顔を俯かせた。
この人は本当に子供を作るつもりなのかもしれない。そうしたら今度こそ……
「お前の生きる理由は、俺だ」
まるで子供に言い聞かせるように何度もそうやって耳元でささやく。憂いを宿した瞳に見つめられ、視線が重なり合うと唇を塞がれていた。
体は奪われてしまっても、心までは渡さない。強く心に焼き付けて逃れる術もないまま、イリスはただじっと動かずにライアンと接吻を続けた。
「――ライアン様、お目覚めですか」
ドア越しから聞こえた男の声がキスを中断させた。唾液が口を伝って離れると、イリスは手でゴシゴシと擦る。
そんな様子を面白がって見ると、ライアンはベットから立ち上がって返事をする。
「ああ。まだドアを開けるなよ」
素早く服に袖を通して着替えていく。流れを目で追っていたイリスは慌ててシーツを手繰り寄せて体を隠す。
「お待ちしています。ご準備が整いましたらお声をおかけください」
聞いた事のある声……ライアンの側近だと思い出す。
口数が少ない印象を受けた。どこか冷え切った雰囲気で、自分を多く語らないのだと思う。ただ忠誠心は厚く、きっとライアンのためなら命を差し出すほど忠誠を誓っているのが伝わってきた。
「入ってきてもいいぞ」
イリスは私がいるのに……とは言えず、一礼して入ってくる男と視線を合わせずに下を向いた。
どうにもエドームの人間に覚えるのは恐怖で、体が少し強張りシーツを握る。この下は生まれたままの姿だと思うと恥ずかしさで赤くなる。
「……姫君がいらっしゃいましたか」
特に興味もなさそうに言うと、ライアンに目を向ける。
「あまり見るなよ。どんな男でも簡単に欲情しそうだからな」
ライアンは長い金髪を手で払い、反応を窺うように見つめる。
「主の姫に手を出す勇気はありませんよ。それにこの方だけには欲情しませんから」
棘のある言い方で睨みつけてくる。憎悪を感じさせるその瞳に疑問を感じた。この人に何かをした覚えはないとイリスは不審に思う。
「昔のことをまだ引きずっているのか。イリスを恨んでも仕方がないだろう、レイン」
まったく話が見えてこないイリスはよく分からずに聞いていた。レインと呼ばれた男は少しきつい表情のままで溜息をつく。
「そのお話はやめてください、もう過去の事です。それよりもサイの騎士がいきり立っています。いかがなさいますか」
「は、格の差が分かっていないようだな。俺が出て一言いってやる」
面倒臭そうに言うとイリスへ近づき、再び唇を重ねる。
「ん……っ!?」
「お前は今日一日休んでいろ。あんなに激しく突いたから身体もきついだろう」
くすっと笑うライアンはぽんぽんっとイリスの頭を撫でて部屋を出ていこうとする。
「やることが山積しています。姫君と戯れるのは構いませんが、公務に支障が出ないほどになさってください」
ちらっとイリスを見つめると、ライアンの後ろをついていく。少し呆然としながら、バタンと閉まるドアをしばらく見つめていた。
「痛…っ」
とにかく着替えようと思い、ベットから降りようとすれば下肢に重みが走る。
「のんびりしている時間なんて、ないわ……」
まずはウィールとサミルの無事を確認しなくてはいけない。実際会ってみないと安心できない。
身体的に深く傷ついてはいなくても、精神的にはかなり堪えているはずだから。
早く、抱きしめてあげないと。あんな小さな体で恐怖と戦っていたんだろう。抱えるものが大きすぎる。
つらい体を奮い立たせて何とか簡素なドレスを着ることが出来た。
クローゼットにはどこからか用意されてきたイリス用のドレスが並んでいる。これからはこの部屋で暮らしていくことになるのか……と考えた。
あれこれしている内にコンコンッとノックする音が聞こえた。ロズだと分かると、入ってと声をかける。
「ひ、姫様……」
やつれたような顔で入ってくる姿に胸が痛む。一晩中起きていたのかもしれない。
「心配をかけてごめんね……私は、大丈夫。いきなりで悪いけれど、サミルとウィールの居場所はどこか知っている?」
「別室にて監視状態にあるとの報告は聞いておりますが……場所までは分かりません。それよりもイリス様……!」
ロズは何か言いたげに声を上ずる。
「そう、だったら自分で聞くしかないわね。出歩きは禁止されていないから直接ライアン様に……」
「イリス様……!」
ロズにガッと肩を掴まれて、突然のことで驚いたイリスは反動で一歩足が下がる。
「そんな痛々しい顔をしてっ!貴方は強がろうとして……私は……何、も」
「ロ、ズ……?」
ぎゅっと引き寄せられて、戸惑って名前を呼んだ。震えているのが伝わってきて、切なくなった。
「力不足なのは分かっております。きついお言葉ばかり申し上げて、重責ばかり押し付けていることも……それなのにイリス様を見ていると、心が痛くて……」
「……今も昔もずっと優しいのね、ロズは。でも私は大丈夫。無理をしているくらいがちょうどいいの。他のことは考えずに済むから」
ディルのことを、考えたくない。
「それが私のためでもあるの。本当につらい時は必ず口に出すから…ね、私を信じて。今を、無駄にしたくないの」
そっと背中に手を回して安心させるようにゆっくりと言った。
「守れるものはこの手で守りたい。どんな小さなことでもいい。私が行動することで何か変わるなら、意味あるものにしたい」
お願い、協力して。イリスは真っ直ぐに言葉を繋ぎ、薄っすらと微笑んだ。
「お父さまが愛した国を、繋ぎ止めておきたい。きっとまた、笑い合える日がくるから」
「……はい」
ロズはしっかりと頷いて返してくれた。
「ウィール、サミル……」
絞り出した声の先にいたのは、縮こまるようにして隅に追いやられた弟と妹の姿だった。
周りを見れば逃げ出さないように見張られた閉鎖的な空間。ずっとここに閉じ込められていたのか。
ウィールは一瞬信じられないように目を見開けば、緊張の糸がプツンと切れたかのように駆け寄ってくる。
「お姉さまああーっ!」
泣き顔さえあまり見せた事のない弟が、強く抱きしめて離さない。サミルも震えながら温もりを求める。
どれだけつらかったか考えるだけで胸が張り裂けそうになる。すぐそばにいてあげられずにいたことが本当に情けない。
突然暗転した日常と不安だけが残る城内で、ずっと孤独と戦い続けたのだろう。
「ごめんね。すぐに、来てあげられなくて……」
優しく頭を撫でながら、さらに体を抱きしめる。
ここまで追い込められていた。ウィールを見ていて思う。
幼いながらに次期国王として育てられたウィールは高い誇りと自尊心を持っていた。深い知識を吸収し、周りに認められるために振る舞ってきた。簡単に弱い自分をさらけ出すような子じゃない。
「うっ、うぅ……」
「怖い思いをしたわね……でも大丈夫、もう絶対に離さないから。何も考えなくていい、私が何とかするからね」
こんな小さな子を危ない目に合わせるわけにはいかない。
既にウィールは怖い思いをして震えあがった。ディルとの戦いを目のあたりにして強いショックを受けたはず。
血を見るだけでも恐ろしいのに、自分が取引の材料として使われ、姉は錯乱して倒れたのだから。
「お姉さま……っ」
嗚咽を上げ縋りつく力は、いつもより激しい。気高くありなさいと教え込まれたが、もうそんな余裕もないほどに危うかったのだろう。
サミルは何も言わずにぎゅっと服を握って下を向いている。
「ひどい扱いを受けなかった?怪我をして……食事は?痛いところはない?」
「だ、いじょうぶ……です。僕が暴れたので、抑えつけられただけで……最低限の食事も、与えられています……」
イリスは強い子だと改めて思う。質問にもちゃんと答えて、自分を律している。
「よかったわ。貴方達が無事で本当に、安心した……もう誰も失いたくないの。大丈夫、私が必ず守り通して見せるから」
「まさか、お父さまは…!」
ウィールは真っ蒼になって食いついてくる。揺らいだ目は真実を欲していて、嘘など望んでいなかった。
否定したくても事実は変わらない。ありのまましか伝えられない。
「黙っていても、いつか分かる事かもしれない…・…酷な話だけど、嘘はつけない。お父さまは、亡くなったわ」
「そんな……!誰がやったんです!僕が殺してやる!!」
強い怒りの形相にイリスは悲しくなった。初めて会ったときのディルを見ているかのようで、心臓がぎゅっと痛くなる。
「……貴方は、知らなくていい。お願い、復讐の鬼に囚われないで。どれだけ憎くても、恨んでも、お父さまは還ってこない。受け止めるしか、出来ないの……」
なんて残酷な事を言うのだろう。まだ五歳に言うべき言葉が見つからなかった。
自分とて、心の奥底には燃え盛る激しい想いが息を潜めている。いつ息吹を上げるか分からなかった。
「あの、ライアンとかいうエドームの王子ですか……っ!罪なき国を攻め入り、父を死に追いやって……お姉さままでも……!」
「ウィール」
いけない、ウィールの目がどんどん変わってきている。止める事のできない怒りを言葉にするしか抑えきれないのだろう。
イリスは胸が詰まりながら、痛いほど分かるその感情に何も言えなかった。
周囲にいたエドームの騎士はライアンの名にぴくんと反応し、睨みつけてくる。
「僕には許せません!何をしたって言うんです!どうしてこんな扱いを受けなければいけないのですか……!」
「……ごめんね」
私のせいで、と続きが出てこなくて喉に引っ掛かる。誰も何も悪くなかった。ただ私がいたからいけなかった。この惨事も生まれなかった。
嘆いていても仕方ないと自分を奮い立たせても、声を上げて泣いてしまいたかった。だけど、この子たちの前では泣けない。
「どうして、どうしてですか……悔しいです。僕は、憎いです……!」
「もう、何も言わないで、ウィール。貴方の想いは、ちゃんと分かっているから……とても、分かるから……」
今は謝るしかできないけれど。いつかきっと、きっと。貴方達が安心して暮らせる環境を作ってみせる。目をぎゅっと閉じて、ウィールとサミルを包みこんだ。
「教えてやろうか、サイの王子様」
そんな時、聞こえた声にびくんと背中が震える。ウィールは体を固めて泣き止み、半歩後ずさった。
「ライ、アン……」
「呼び捨てとはいい度胸だな。俺に盾突くとどうなるか教えてやろうか?」
ふっと威圧的に笑みをこぼせば、ウィールはびくびくと脅えて地面に腰を落とす。
情けないなと馬鹿にする視線を送りながら、近くに寄って上から見下した。
「お前に足りないもの――…永久に得られない資質。俺と違うのは圧倒的な格の差、だ。よく覚えておけ」
「……っ」
「今すぐに俺を殺したいだろう?やってみろ、それがどれだけ愚かなのか証明してやる」
「貴様!!」
ウィールはカッと頭に血が上り、勢いよく立ちあがった。グッと手を丸めて感情に従うまま、拳を突き立てる。
勝気で挑戦的な笑みを浮かべながら体を屈めるライアン。それを見てさらに憎しみが広がる。
「待ちなさい、ウィール!」
イリスはバッと手を広げて二人の間に入る。悲しそうに瞼を伏せるとウィールの拳を受け止める。
「……ッ!」
咄嗟にウィールは力を加減したものの、完全にイリスの体に当たった。
五歳とは言え全ての力を込めた強さは大きく、バランスを崩しカハッと息を漏らして床に倒れた。
「お姉さま……!そんな……ごめんなさい、ごめんなさい!」
我を取り戻し、駆け寄って泣きながら謝罪を繰り返す。イリスはふらっと上体を起こすと、殴られた箇所を押さえて、小さく笑った。
「怪我がなくて、よかった。大丈夫……痛くないから」
「お姉さま……」
震えて体を抱きしめるウィールは顔が蒼くなった。生まれて初めて傷つけてしまった相手がイリスだと分かると、冷や汗が止まらない。
「余計ない事をして。お前はいつも人を庇うのか」
ウィールを強引に退かせると、イリスを抱えて立ち上がった。
「ライアン、様……?」
どこかに行こうとする姿勢に見て心配そうに訊ねる。
「怪我ばかりして、こっちの身にもなれ。五体満足でいられないのか。医務室に運ぶぞ」
「待って、まだ……!」
「もう充分だ、あの餓鬼がまた暴れ出す。行くぞ」
そう吐き捨てると呆然とするウィールを残したまま去っていってしまう。
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