亡国の王子の復讐

朝日

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虚像の愛と蜜月 IV

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「――…お姉さま、起きて」

イリスは遠くから聞こえるディルの声に小さく目を開けた。

ぼんやりとする頭を一気に覚醒させると、近くにあるディルの顔を見て薄く微笑んだ。


「何時間くらい、眠ってた?」

「三時間ほどです。その間に下でだいぶ飲まされました」

「そう……でもディルが酔ったところなんて見たことがないわね。一度記憶を飛ばすほど飲ませてみたいわ」

「寝言を言っている暇があったら早く抜け出しますよ。全員酔わせるのに苦労したんですから……」

イリスは微熱を引いていたが体を動かせることを確認し、無言で頷いた。

確かに階下から聞こえるのは静寂で、目立った物音も聞こえなかった。窓を見つめると灰色の雲が空を舞い、宵が薄まり明け方が近いのだと分かる。


「武器は?」

「剣を数本だけ。もしもの時だけお抜き下さい。出来れば戦闘は避けたい」

片手で受け取ると、イリスは癖で切れ味を確かめていた。これはサーベルと形がよく似ていた。


「穏便にいくといいわね」

「そう願いますよ。では、窓の近くの樹木を伝って外へ。木登りが得意だったお姉さまなら簡単に届きます」

ディルは音を最小限に留めて窓を開く。しかし老朽が進んだ窓はギシィッと音が響いた。

木の太い枝は人間一人が登っても問題は無さそうだった。距離は大きかったが、イリスは跳躍をつけ飛び乗り難なく着地した。

するすると慣れたように下りていくと不安そうにディルを見上げる。静まり返った辺りに違和感を覚えつつも、ディルが降下してくるのを待った。


「出来るだけ音を殺して……距離があいたら走りましょう」

ゆっくりと歩き出し、慎重に酒場から離れていく。沈黙を守った建物が気味悪く感じて、早足になりそうな速度を一定に保つ。

イリスとディルは周囲を警戒しながら、霧で視界が悪い雑木林の中を進んでいく。

お互い、突き刺さるような複数の視線を強く感じていた。イリスは鷹のような目で気配を殺す相手の気圧におされ、剣を握る手に汗を滲ませる。


やはり、出先を狙われていた。ジワリと詰め寄ってくる無言の足音に緊張が高まってくる。

先を読まれて、囲まれた。


「……戦えますか」

ディルの低い声が問いかける。イリスは深い息を落として気を落ち着かせると剣を構えた。


「ええ。こればかりは、本気でやらないといけないわね」

「訓練ではありませんよ。私も、命がけですから。何が何でもカモーアへ帰ります」

ヒューゥイ!と仲間同士の指笛が鳴りだす。

全身から伝わってくる震え。実戦を経験して間も無く、今度はディルを隣に戦うことになろうとは考えられなかった。


「右の五人は私がやります。左側の二人をお願いします」

先手必勝。ディルは的確に相手の人数を捉え、真っ先に突っ込んでいった。イリスも樹に隠れていた二人の男に迫ると、素早く剣を振りかざし相手の懐に飛び込んでいく。


唐突の襲撃に焦った二人はすぐに体制を立て直したが、イリスの攻撃はそれよりも早かった。

力負けする相手とまともにぶつかっても勝機はない。戦いが長引くほど自分の身も危うくなる。イリスは実戦経験は浅くとも、重ねてきた剣技は本物だった。
カンッと暴れる剣を数回受け止め、イリスは一人目の胴を薙ぎ払い、一瞬で気絶させた。

二人目は手ごわかった。切り替えの早さといい、正確に急所を狙ってくる剣さばきといい、老練な使い手だった。


「女のくせに……っ」

何度も聞いた。女のくせに、非力な存在で。

イリスは歯を食いしばり全身で迫ってくる避けられない太刀から逃げるため、身を反り返した。

その瞬間に相手の足を踏みつけると体勢を崩させ、ボコッと腹を突いた。ガクンッと項垂れる男を地面に倒し、さっとディルの方を見る。



「さすがね、ディル」

地面に崩れ落ちた五人の男が目に映ると、イリスはほっと肩を撫でおろす。

ディルはパサッと剣先の血を払うと、口早に怪我はないですか?とイリスに尋ねる。


「ないわ。最後の一人はヒヤッとしたけれど……」

「急ぎましょう、大勢でこられたらさすがに勝ち目はないです。それに、二人の気配が消えた――…」


と、その時だった。

プツッと細かい針のような光が見え、紙一重で反応したディルはイリスを抱きかかえ地面へ身を投げる。

木の幹に突き刺さった小さな物体は、微かに毒のような香りがしてイリスは少しだけ青ざめた。


「毒針か……!」

チッと舌打ちするディルは飛んできた方向に持っていた剣を投げると、木の上に隠れていた一人に命中した。

イリスは木の間に身を屈め、死角に潜む敵から距離を取る。見えない相手からいつどこで攻撃されるか――…恐怖で心臓が悲鳴を上げた。


「くそっ」

ディルは自ら広いスペースに出て囮となり相手の場所を探ろうとした。イリスは顔を蒼くさせ、ダメよっと叫んだが、一秒の差で間に合わない。


「あっ!」

ディルの背中に狙いを定めてプッと真っ直ぐに毒針が飛来する。

イリスは持てる力全てを出して手を伸ばし、ディルの体を掴んだ。僅かな秒がスローのように流れて、次に感じたのは焼けるような痛みだった。


「イリス!」

崩れ落ちたイリスの体をディルが支える。

背中から全身に毒が回り、イリスの視界は一気に乱れた。割れるような頭痛と痙攣が同時に起き、意識がなくなる前にディルの服をぎゅっと掴んだ。


「っ私を置いて、逃げて……!狙われて、しまう…っ」

息が苦しい。即効性の毒だと分かった。


「喋るな!毒の回りが早くなる!」

「ダメよ……早く、行って……」


いけない、意識が遠くなる…逃げる事の出来ない暗闇へ、引きずり込まれる。

ディルが素早く毒針を抜き、口を押し当てて毒を吸い出そうとしているのが分かったが、イリスの五感は既に朦朧としていた。


このままでは二人とも捕まってしまう…ディルだけでも助けたいのに、体が言う事をきかない。


「ディ、ル……」

プツンッと記憶が飛んだのは、その後すぐだった。


――…ガタガタと、揺れる。

背中に分厚い板のような堅い感覚がしてイリスはハッと目が覚める。


「っ、動けな…」

きつく縛られた縄が視界に入り、サァッと血の気が引いていく。毒の名残のせいか体は思い通りにならず、頭は鈍器で打ち付けたように痛い。

焦ってディルを探したが、周囲は暗闇のため、なかなか目で確認出来ない。やっと暗さに慣れてきたら、少し離れたところにディルがいた。


うつ伏せで倒れている姿に冷や汗をかいたが、上下に息をしているのが見えると心の底から安堵した。

気を失っているのだろうか。心配になって声をかけようとしたら、走っている馬車の外から音がして思いとどまる。


「アイツ等、死んでねぇだろうな……大事な商品だぞ。まぁ男の方は最後まで暴れたせいで傷物だがな」

「原形は留めてあるから問題ねぇ。こんな儲け話は滅多ないからな、この後も慎重に扱えよ」

「チッ……面倒臭ぇな。あのクソガキ、毒を盛っても一人で十人は殺ったぜ。精々悶え苦しみながら、男色愛好家の回し物にされちまえ」

「本当に恐ろしい奴だったな。希少なカモーアの人間だから見栄えはそのままにしたかったが、あれじゃ仕方ねぇよ」


イリスは男たちの話を聞いて、大体の現状について掴めた。

奴隷、商人……つまりは彼らの手に落ちて、これから売りに出されるのだろう。

自分は不幸の星の下に生まれてしまったのだろうか…ディルまで巻き込んで、一体何をしているのだろう。 

途方もない自己嫌悪に苛まれ、イリスは瞼に薄い涙を浮かばせた。


ディルはイリスが意識を失くした後も戦ったが、結局は破れて捕らえられたのか。

自分が足を引っ張って、ディルの逃げるチャンスを奪ってしまった…一人なら、必ず追手を撒けたはずなのに。


「なァ、女のほうはヤっちまってもいいんじゃねぇのか?」

「死にたくなけりゃやめとけ。アレはとんでもなく面がいいから、久々に高値で売れる。一回手ぇ出しただけでも主に殺されるぜ」

「……男の方は?」

「あれだけ綺麗だと俺だって早まりそうになるがオススメはしねぇ。アレは人を狂わせる魅惑を持ってる……自分の破壊を招くだけだな」


イリスは繰り返される恐ろしい会話を聞きながら、近い未来、最悪の展開が訪れる事を悟った。

何とか打開できるようにしなければ。これ以上は、ディルの身が危ない。彼は自分がどんな犠牲になっても私を助けようとする。きっと躊躇いも、なく。


「俺達が今すべきなのは商品を無事に送り届けることだ。余計なことは考えるんじゃねぇよ」
 
「こんなイイ条件なんてこの先現れねぇってのに……」

 
あーぁっと惜しそうに息をつく男の声が聞こえ、イリスは向かう先がどこなのか予想もつかずにいた。

ディルの様子が気がかりで、小さな声で名前を呼んでみたが返事はない。不安が悶々と広がっていき、イリスは押し潰されそうな孤独を感じた。



一時間かした頃、見ているだけしか出来なかったイリスの表情に変化が訪れた。

ディルの手がピクッと動き、倒れていた体が少し揺れた。毒のせいで意識が落ちそうになったイリスはすっと目が覚める。


「ディル!聞こえる……?大丈夫?」

「痛っ……くそ、あいつら容赦ないな……お姉さま、大丈夫です」

「私が気絶した後、殴られたの?ずっと反応がなかったから、とても心配で……でも、目が覚めてよかった」

ディルはうつ伏せからイリスの方へ体勢を傾けた。イリスは安心した顔でほっと息をつく。


「あいつらに痛手を負わせたので、捕まった後は腹いせに少し殴られました。それよりもお姉さま、毒は?痺れますか?」

また、だ。自分の身よりも、他人の身を案じる。

誰よりも優しく、それ故にいつかディル自身が追い詰められそうで怖かった。


「まともに体は動かせないわ……申し訳ないけど、次に戦うのは厳しいと思う」

「それは私も同じです。あいつらも今まで以上に警戒を緩めないでしょうね」

つまりはどちらも攻防できない、絶望的な状況だということ。

このまま成す術もなく、獣の餌になるしかないのか。何が起きるのか、どんな目に合うのか、考えても悪い方向にしかいかない。

口を開けても不安しか出てこない気がした。イリスとディルは少しの間だけ無言になり、暗い思考に浸った。



「――似ている…」

何分かして、不意にディルは言葉を落とした。


「……エドルフに抱かれたあの夜の闇に、似ている。不気味なほど静かで、私は終わるのをひたすらに耐えていた」

「ディル…?」

「ここはあの拷問部屋と、同じ香りがする。思い出したくもない、忌々しい過去の一部」

ディルは冷めた瞳で天井を見上げ、過去の翳をちらつかせていた。イリスは涙が込み上げてきて、彼をぎゅっと抱きしめたかった。

残酷な仕打ちを受けたディルの心の傷は深淵まで抉られている。その消したい記憶をよみがえらせてしまった。


「……ねぇ、お姉さま」

ディルはどこか虚ろな顔で、乞うように尋ねた。


「私が、憎い?」

短いその言葉が、重く、深く響いた。

彼は無理矢理エドルフに迫られただけで、何も悪い事はしていない。エドルフがディルへの熱情を一方的に膨らませ、支配欲に駆られて国の情報を売ってしまった。


欲しい、自分だけのものにしたい。他の人をその目に映さないで。今の私とどう違うというのだろうか…?

人を想う気持ちが歪に湾曲し、残酷な今をつくってしまった。ライアンはディルがいなければと口にしていた。でも…そんな悲しい事、思いたくない。


「……貴方を心の底から憎めたら、楽になれたのかもしれない」

そうすれば簡単に自分を解放できた。許されない憎しみを原動力にして、生きる力に変えることも容易かった。

今までディルがそうしてきたように。本当は自分自身を苦しめているだけだったはずなのに。


ディルと繋がってこれたのも九年前のあの約束があったからで。

消えそうな儚さも、ディルが手の届く範囲にいたからこそ、存在することができた。

本当は、立場も地位も責任もいらない。何も縛りつけられない自由の空間で、ただディルの横顔を見つめていたかった。

「伝えたい想いですら、貴方に言えなくなってしまったわ…」

どこかで間違えてしまったのかもしれない。道を踏み外して、気付けば遠い地平線の彼方に残像だけのこしていった。


「……今から行く場所は人間の尊厳を地に落とした、劣悪で理不尽で救いようのない世界です」

「ディルはそんな所で、生きてきたの…?」

「純粋な貴方が耐えられるようなものじゃない。それでもこればかりは、避けられない…お姉さまだけでも助けたかった」


ガタンッと大きな音を立てて、馬車が一時停止するのが分かった。

ディルは眉をひそめて視線を外す。ガラッと後ろの扉が開けば、眩しい光が飛び込んできて片目を瞑る。

馬車を動かしていた二人組が「仲良くお目覚めかァ?」と口の端を上げながら笑うのが見えた。



「オラッ、って毒で満足に歩けないのか……面倒だが抱えていくぜ」

イリスはひょいと抱え上げられ、目の前に聳える古い建物の中に連れ込まれていった。


「ディル…っ!」

すぐでも離れていく。ディルが必ず助けるからと口を動かしているのが分かり、どんどん姿が見えなくなる。


「暴れんなよ、お嬢サマ。どうにも出来ねぇことくらい分かってんだろ。アイツのことは諦めな、美少年好きなオッサンが綺麗に処理するだろうからな~」

「離してっ!」

もし今抱えているのがサイの王女だと知ったらどうするのだろう。

男の背中に縛られたままの腕を叩きつけるが、まったくといって効果がない。

さらにはイリスの尻をさらりと撫でられて、ゾワッと気持ちの悪い悪寒がした。


「あー…強気な女見ると調教したくてウズウズすんな。このまま持って帰りてぇ…」

冗談じゃないとイリスは怯むが、すぐに睨みつけた。


「貴方達、ずっとこの商売をしてるのでしょう。奴隷にされる人の気持ちを少しでも考えたことはあるのっ…?」

「んなモン考えてたらキリがねぇよ。この世は上か下かが常だろ。呪うんだったら自分の運命でも嘆けよ」

そう言っている間に通路を歩き、両脇に仄暗い牢屋が見えてきた。

光の射さない場所で一部からは腐臭が漂ってくる。イリスは閉じ込められている様々な人と視線が交わった。

虚無、絶望、悲観、諦め、恐怖…数え切れないほどの感情を宿した目だった。


イリスを物欲しそうにしながら、焦点の定まっていない男が牢の入り口にやってきて手を伸ばそうとした。

もちろん届かなかったが、ひび割れた手と栄養不足の細い腕に目を見張る。

不衛生で掃除のされていない檻の中に押し込められてるのは一人ではない。ギラついた顔で新入りか、とこそこそ会話していた。


「お仲間だぜ。ま、お嬢サマは今日にでもお目に掛かって売られるだろ。今でも十分綺麗だからすぐに寝室行きだ」

「こ、ここの人たちはいつから……?」

「しぶとい奴は何年もいるぜ。時々金のないお偉いさんが品定めにくるくらいだな。そんな風に憐れんでたらこの先気がもたねェぞ?」


今でさえショックで倒れてしまいそうなのに。イリスは徐々に蒼ざめて力がなくなっていく。

そして男は比較的綺麗な牢屋の前に立ち、鍵を差し込んでギギギと開けた。


「ホラよ、ここらで一番マシな牢屋だ。すぐに呼びに来るがじっとしてろよ。出口なんかないけどな」

ぬめった地面に投げ出され、縛られていた縄を刀で切られる。

イリスは自由になった瞬間、男の急所である股間目掛けて何とか足を蹴り上げたが、先読みした男に逃げられる。

あっぶねぇな!と楽しそうな声が聞こえて、気付いたときには錠が落ちる音が響いていた。


「それだけ元気なのも今のうちだ。中にいる奴等に喧嘩は売るな。大人しくした方が身のためだぜ~」

そのまま立ち去っていく男を目で追いながら、イリスは悔しそうに鉄格子を握った。


「おい、お前……」

背後から低い声が自分を呼んでいるのが分かり、さっと振り向いた。

中には二人の男がいて、イリスはさすがに身構えた。とは言っても毒の影響ですぐには反応出来なかった。


「女か…まだ壊れていない奴とは珍しい。護身術も会得しているのか……かなり強いな」

「こんな奴見てると滅茶苦茶にしたくなるなァ。まだ何も知らない目をしてるぜ」

どちらも綺麗な均整のとれた顔をしていた。ここでは重宝されているのだろう。



「そんな固まるなって。この前きたどっかの貴族の娘よりはいい面してんな。こっちに来て仲良くしようぜ?」

「やめとけ。すぐにでも売られる」

二人の体は華奢でも、独特の威圧や場慣れした落ち着き、そして何より…同じ雰囲気を感じる。

この人たち、きっと体術か剣術を鍛えられている。もしかしたら闘人場で見られた剣奴のような者なのかもしれない。


一人は金髪を背中まで長くのばしている。もう一人は首元でバッサリ切られ、右耳に大きな黄色の耳飾りをしていた。

イリスは見た事のあるそれに目がいき、古い記憶の中にある人物と重ねた。まるで接点のない人なのにどうして――…?


「脅えてもいないぞ、コイツ。自信あんのか?」

「貴方……もしかして、元貴族の人?」

イリスはそう問えば、二人の目が一瞬にして険しくなった。

どうしてだろう。この人を見ているとなぜかライアンの腹心であるレインが浮かんでくる。


「その耳飾り、ルドベキアの花の色とそっくり……花言葉は『公平、強い精神力、正義』でしょう?」

「お前……何者だ」

敵を見るかのような目で射ぬかれる。

差し出がましいことを言っているかもしれない、でももしこの仮定が本物なら大変なことになる。


「黄色い花びらが球体の花芯を中心にして、きれいに放射状に広がっている姿は、人々に対して平等な判断を下す判事の言葉のように……ファンシー家の象徴だったわ」

「――!」

険悪なムードになってしまい、イリスはピアスが光る男に首元を押さえ付けられていた。

強い力でグッと迫られ、カハッと息が苦しくなる。頭の中に浮かんだ一つの考えがこの人の強面を見て確信へと変わりそうだった。


「待てよ、コイツはただ者じゃない。話を聞いた方がいい」

「痛めつけてから殺してやろうか。女如きが図々しくファンシー家の名を語るな。二度とその口を開けないようにしてやる」

「落ち着け、ルド。女が死ぬぞ」

キリキリと首を絞められ、イリスは頭に血が上り、何も言葉が出ない。

やっとのことでルドと呼ばれた男が手を離せば、ケホケホッと息切れを起こす。本気で死ぬかと思った。


「おい女ァ、俺の気が変わる前に自分が何者か吐きだせ。嘘ついたらそこで殺す。いいな?」

「……相手の名を聞く前に、自分から名乗るのが礼儀ではないの?」

なんてことを言っているのか。イリスは馬鹿すぎる発言に自分を殴りたくなった。

それでもいきなり首を絞められて、悔しい気持ちはあった。煽ったつもりはなかったが、ルドにとっては禁句だったのだろう。


「よっぽど死にたいようだな……歯ぁ食い縛れよ」

「ごめんなさい、勘に障ってしまったなら謝ります。悪気があったわけじゃないの」

「あ?じゃあ最初から言うなよ。バカなのか?単細胞なのか?良いのは見た目だけなのか?どこまでも思慮に欠ける奴だな」

言わせておけばこのヤロウ……とイリスは顔に怒気を浮かばせたが、何も言わないでおいた。


「こんなこと言っても、きっと信じてはくれないと思います。声を大にして言える身分ではないから…」

「言うだけ言ってみろ。本当かどうかは俺らが判断する」

イリスは逃げ場がないことを理解し、深い息を落とした。今更この状況がどうにか出来るわけじゃない。一刻も早くディルを助けに行きたいのに。


「私はイリス・サイ…サイの第二王女です」

「――……舐めてんのか?」

「だから言いたくなかったのよ」

ホラと言わんばかりにイリスは顔をしかめた。



「……冗談が言えるような空気じゃないだろ。言い逃れなら大した根性の持ち主だ」

「コイツ、目は逸らしていなかった。本当のことなのか……だとしたらようやく運が回ってきたようだな」

ルドがパキパキッと手が鳴り始め、イリスは身の危険を感じて鉄格子ギリギリまで下がった。

怖い、目が笑っていない。何度も見てきた憎悪に満ち溢れた瞳で、一歩迫ってくる。


「知ってるか?お前の親父が犯した史上最低な事件を……お前らのせいで俺らの人生は狂わされたぜ」

「……教えて」

その言葉に、聞き覚えがある。ライアンの父、エドームの王が口にしていたこと。


『あいつが影でやっていた真実を知ったらどうなるだろうな?絶望して苦痛に嘆くか、罪悪を感じて跪くか?』

『地獄と直通するような悪事の数々を教えてやろうか?普段どんな父親を振る舞っていたかは知らないが一気に地へ突き落とされるだろうな』


自分の父親が何を思い、何を犯し、何を傷つけたのか答えは自分で探すんだな。


「呑気なもんだぜ、お姫様も…教えてやるよ、俺はファンシー家長男ルド・エル・ファンシー。サイの王が命じた放火で犠牲になった一族の生き残りだよ」

「……放、火…?」

イリスは耳を疑って、思わず聞き返していた。


「サイの王は変わった性癖の持ち主だったらしいな。サイでは禁止されていた奴隷をエドームから多く流しこんでいた。己の快楽を満たすだけにな」

「そんな、こと……」

あり得ないことはない。ディルを見ていたら確実に否定はできない。


「その事態に気付いた父上が密告しようと動いたのを把握して、証拠を消す為に事故と見せかけた火事を引き起こした」

「待ってっ!お父さまが起こしたものだと、どうして分かるの…?」

「分かるさ、サイの王と父上は友人関係だったからな。現に俺はその現場に居合わせた。極秘で入国したサイの兵が火を放つ瞬間をこの目で目撃したよ」

イリスは信じたくないと顔を曇らせた。

記憶にあるファンシー家の主は、正義心の熱い人だった。不正が行われていたら無視はできないはず。


「全てを消し去った。屋敷にいた無関係の者まで火によって焼き殺され、一日で財産も家族も失った」

「――…」

イリスは絶句して開いた口がふさがらなかった。

父がそんなことをする人だとは思えなかった。優しくて真っ直ぐで、国のために動いて…立派な人だと尊敬もしていた。

広い背中を見て育ってきて、いつか支えになれるように努力もした。王の負担を少しでも和らげ、何かの役立てればと密かに思いを募らせていた。

裏でそんな途方もない悪事を働いているなんて考えもしなかった。すべて、自分の甘えのせいで。


王族。国の象徴であるべき者。そう強く教わってきた。

なのに私たちの存在は、人々に不幸の種を植え付けているだけなのかもしれない。

 
「何も知らなかったとは幸せなこった。おかげでこっちは奴隷の生活を強いられてんだからな」

「……ずっと、ここに?」

「あァ。命からがら逃げのびたが、運が悪い事に奴隷商人に捕まってこのザマだ。弟なんてとっくの昔に売られたぜ」

イリスは体を震わせて、前にいるルドを見つめた。

どんなに深い恨みを抱えて、その目に映しているのか。明るい人生をどん底に突き落とし、幸せと隔離された場所で生きることになった彼は。

自分など今まで十分すぎるほど平安な生活を送ってきた。今、その報いを受けて当然だった。


「弄り殺すだけじゃ足りねぇよ。まずはそのキラキラした目をズタズタにして切り刻んでやろうか…」

本気だった。狂気を感じさせる強烈なまでの圧倒にイリスは脅えたように肩を震わせた。


「ルド、気持ちは分かるがやめとけ。この女は相当高い値がつけられて売られる。商品に手を出したらお前が死ぬことになる」

「勿体ぶんなよ、足指の一本ぐらい構わねぇだろ?泣き叫ぶ姿見ねぇと気が治まらない」


どうすればいい。イリスは針に蝕まれるような閉鎖的なこの場所で身が竦む恐怖を感じた。


「ムカつくんだよ。こんな綺麗に育ってきた奴を見るとなァ…殺しはしねぇから今ここで犯してやるよ」

「…っ!」

イリスはすぐに蒼ざめ、後退しようとしたが背中にぶつかるのは硬い鉄格子。


「……ハァ。出来るだけ壊すなよ。お前は激しすぎるからな、女の方がもたない」

もう一人の男は勝手にしろと言いたげに後ろを向いて横になってしまった。助けを期待していたわけじゃなかったが、これ以上干渉する気はないようで何も言わなくなった。



「ハッ、すっかり恐怖で体が竦んじまってるな」

ルドはせせら笑いながら、イリスの細い腕を掴んで奥へと引き寄せる。

イリスの睫毛の輪郭が暗がりに浮かぶ。繊細なまでに美しいのに、強い光を宿したその顔を間近で見たルドは少しだけ顔をしかめた。

何者にも屈しないと感じさせる誇り高い輝きがイリスの存在を際立たせ、逸らすことのない目は固い意志を宿していた。


まだ、終われない。例えどれだけ無様になっても、ディルにもう一度会って、必ずサイに帰る。そんな強い決意が固まっていた。


「……少しは楽しめそうだな、王女様。気高い女を蹂躙するのは好きだぜ」

グイッと顎を持ち上げられ、縛られたように動けなくなる。逃げも隠れもしないイリスは絶望と隣り合わせでも、決意は揺らがなかった。


「言えよ、グチャグチャになるまで犯して下さいってな。プライドも誇りも粉々にしてやる」

「そう簡単に、捨てられるものじゃない……」

そう言えば力任せに長い金髪を握られ、額と額がゴツンとぶつかった。

かなりの衝撃でイリスは痛みに顔を歪める。途端に世界がぐらりと揺れ、意識を失いかけた。


「雌犬は大人しく従ってりゃいいんだよ…何度も言わせるな、次は首を絞めるぞ」

「……嫌だと言ったら?」

イリスは火に油を注ぐと分かった上で、睨みつけたまま負けじと言い返した。意外そうにルドは目を細め、面白い女だと愉しそうににやりと笑う。

服の上から胸を擦られ、先端を探し当てられるとグッと加減になく潰される。五本の指が這いずり回り、ゾゾッと冷たい感覚が背筋を駆け抜けた。

手慣れていて、どこか敏感なのかすぐに把握する動き。イリスは苦痛だと示すように眉をひそめた。


「どうやら痛い思いしてぇみたいだな。愛撫なしで指ブチ込んでやるよ」

「っ!」

足を曲げられ穿いていたズボンに手が侵入し、ゴソゴソと秘部に指が入っていく。

ズポッと遠慮なしに指が割れ目に入り、イリスは必死に声を押さえて微力の抵抗をする。毒の名残が消えていたら間違いなくこの男の顔面に拳をぶつけていた。


「……おい、濡れてんぞ。犯されてると思って感じてたのかよ?王女のくせにやらしー女…心臓の音も半端ねぇし」

それはディルとの一件があったからで…!

イリスは熱っぽい息を漏らし気持ちが悪くて突き離そうとしたが、ルドの逞しい腕にぐんと引き寄せられる。
 
その際、ルドの股間からはみ出たものと接触し、イリスは驚きで小さな悲鳴を上げた。


「処女か?いや。純潔は失ってるな、つまんねぇ」

「やめて……」

ジュポジュポッと何度も奥まで手を入れようとする。突起の部分に微かに触れた時は体が浮きかけた。


「エッロ……か細い声で言っても意味ねぇよ。こんなビクビク興奮させてさ、恥ずかしくないわけ?指なんかもうヌメヌメで汚れてんだけど」

「貴方になんか、感じてないわっ……それは、ディルだったから」

「何、王女様ヤリマンかよ?どうりで色気があるわけだ。普段も腰浮かせてアンアン声上げながらヨガって?見た目のわりにド変態の雌豚だな」

な、なんてことを……イリスは容赦ない言葉に顔を赤くさせて首を振った。 


「ココ、俺の手ぇ離さないの分かる?ヒクヒク吸いつけてどんどんエロいのが溢れてくる。どうしようもなく気持ちいいんだろ?」

「……っ」

「んな脅えても仕方ないだろ。ほら、イきたい?自分でケツ動かして達してみろよ」

繰り返される卑猥の連鎖にイリスは何も言い返せなくなっていた。せめて睨みつけてやろうと目に力を入れる。


「――反抗的な雌豚だな。認めたくないって顔してる」

ルドは心底たのしそうに妖艶な笑みを深めていく。しかし誰かの足音を聞きとるとチッと舌打ちをした。

 
「いいとこで来やがって…」

イリスは中断されたことに深く安堵して、ダッと脱力した。そして目の前に現れた人影を見て、全身に悪寒が走った。





「探したぞ、イリス」


そこにいたのは、もう二度と会いたくなかったゼクスの姿だった。



「ど、どうして……」

イリスは声が震えて、幻のようにゼクスを見つめた。

早すぎる。川から流れ落ちて酒場に辿り付き、今ここにいることをどうやって予測していたのか。そして狂気を感じさせる執着に息を詰まらせた。


「やはりここにいたようだな、俺の目星に狂いはなかった。随分と手間取らせてくれたな」

ゼクスはガンッと鉄格子を足で蹴り、妖しい笑みを浮かべて舐め回すようにイリスを眺めた。

怖くて仕方なかったが、動物が全身の毛を逆立て敵を威嚇するような迫力でイリスは睨み付ける。


「銀髪の方はもう回収させてもらったよ。今頃、小奇麗な拷問部屋で縛りつけられている頃だろう」

「っ、ディルは関係ないでしょう!今すぐに解放してください!」

「オイオイ……俺にここまでさせといて、愉しみはナシだと?まずは銀髪の方からじわじわと追い詰めてやるよ」

「やめて!ディルには手を出さないで!」

イリスは傷ついたディルの姿が思い浮かび、感情的になって叫んだ。牢の中にいる二人はどういう状況か掴めず、訝しげな顔をしている。

取り乱すイリスにゼクスは満足したような顔をして、不安を与えるようにドスを利かす。


「二、三時間したらまたここに来よう。それまでは美しい玩具で我慢してやるさ」

絶望して顔色が悪くなるイリスは、高笑いするゼクスの後ろ姿を見つめ続けた。


「おい、一体どういうことだ?」

ルドは訳が分からないという顔でイリスに尋ねる。そばにいた男も興味が出てきたのか、近くに寄ってきた。


「……一緒にいた彼があの人に捕まって、今から痛めつけられる。本当は私が狙いだったのに、罪のないディルを巻き込んでしまった」

「随分と端折ったな。内容は分かるが、今からヤられる男との関係は何なんだ?駆け落ちってやつか」

「私が、大事な人。あの人に襲われたところを助けてくれて……そんな、どうしたら、ここから出なきゃ」

イリスは言い聞かせるように呟き、鉄格子を強く握った。

しかし返ってくるのは硬い感触と冷たい温度。一人だろうが複数だろうが、鍵がなければ開けられるはずがない。


「無駄だな、何があっても開けられないぜ。ここでずっと待ってるしかねぇな」

「耐えられない!お願い、助けて……何でもするわ、何でもするから!」

「お前、自分の立場分かってんの?俺を人生を奪った仇を救えって?バカだろ」

ルドの服を掴んで助けを乞うても、希望の光は見いだせなかった。

そんな都合のいい話があるわけがない。こうしている間にも、ディルが追い詰められているのに。イリスはペタンと地面に座り込んで、頭が真っ白になった。


「おめぇら、飯だぞ」

その時、聞いた事のある声が耳をかすめた。振り向けば酒場で見た顎髭の男が少ないパンを持って牢の前に立っていた。


「お、新入りかー…って、お嬢ちゃんじゃないか。可哀相に、逃げ切れなかったんだな」

「貴方……やっぱり、ここの人だったの…」

「リリィとは別々なのか。まあ、アイツにも恨みっこなしって言ってあるんだ。そんな期待されても、どうにもしてやれねぇよ」


現実はどこまでも残酷で、冷たかった。



「なんか萎えるなー…強気な方が好きだったのに、今じゃそこらへんのか弱い女と変わらねぇ」

ルドが頭をかきながら、放心しているイリスを見つめる。


「それにしてもおかしいことだらけだな。サイの王女がなぜここにいる?しかも謎の男に追われて」

「知らねぇよ、興味ねぇしな。復讐とか言っても無抵抗な女抱いても面白くないし、王女様は放っておいても勝手に自滅だな」

「おめぇら、お嬢ちゃんは繊細なんだから手を出すなよ」

なぜか顎髭の男は牢の中に入ってきた。親しい間柄なのかと思わせるような雰囲気があった。


「……ね、」

イリスは縋るように口を開いた。


「まともに歩けないの。毒針の解毒剤だけでも、持っていない……?」

「あるが、大して現状が変わるわけじゃないぜ?」

ガサゴソと服の間を漁る顎髭の男を見ながら、イリスは険しい表情を作る。


「体だけでも、動かせるようになりたいの。せめてあの人の急所に蹴りを入れてやるわ……」

瞳に怒りを燃やして、イリスは顎髭の男からもらった解毒剤を一気に飲み込んだ。


「迷いなく口に入れるとは豪快だな。嘘だとは思わなかったのか?」

「今動けない私に嘘をついても仕方ないでしょう。それに、この人は心の底から悪には見えないから」

口を拭って、イリスは冷たい壁に背中を預けた。


「ラグレム、随分と気に入られてんなァ。深い仲なのか?」

ルドは茶化すように口端を上げて笑う。


「馬鹿言え。まずお嬢ちゃんはリリィしか見てないだろ、俺なんか眼中にねぇよ」

「相手はリリィっていうのか、変な名前だな。王女様がプライド捨ててまで助けを求めるからどんな奴かと思ったぜ」

「おい、さっきから王女様王女様ってボケてんのか?んな高い身分の人間がこんな場所にいるわけねぇだろ」

「はっ、信じられねぇかもしれないが本物だぜ?俺がファンシー家の人間だってすぐに言い当てたからな。しかもサイの王女様ときた」

嘘だろ…?とラグレムが目を見張らせる。

ルドは離れているイリスのそばにより、グッと髪を掴んで近くに引き寄せる。痛みに顔をしかめたイリスはそのまま強い力に流された。


「大事な奴が弄られる様を見て傷つけ。自分の非力さを思い知るだろうからな」

間近でぶつかる憎悪を孕んだ目に、イリスは逸らすことなく悲しそうに受け止めた。


「……こんなこと言っても、貴方のためにならないかもしれない。でも伝えておくわ。サイの王であり、私の父はもうこの世にいない」

「は?」

「ディルの手によって亡くなったわ。エドームの王子に甚振られて死が間近だった。お父さまの最期を私は見届けたわ」

夢に出てきたこともあるくらい、あの瞬間は鮮烈に頭に焼き付いている。

思い出したくもないほど、時々苦しさが込み上げてくる。全てを否定したいほどの喪失感、そして身体の一部を失ったような衝撃を受けた。
 

「そいつは朗報だ、胸糞悪ぃサイの王が殺されたって?俺が殺してやるつもりだったのに先を越されたか」

「……貴方の復讐は、次は私に向けられる?目の前に憎い敵の娘がいるのだから」

繰り返される連鎖にイリスは疲れを感じていた。

どこにいても尽きる事のない憎しみの鎖は心に絡みついて解けない。生涯その茨のような棘で自分を蝕んでいくのだろう。


「何、続きが欲しくて煽ってんの?お望みなら何度も犯してやるけど?その綺麗な体ごと、骨まで穢してやるよ」

「私は綺麗なんかじゃないわ……この手で人も傷つけた。体だってもう自分のものじゃない。血も涙も憎しみも全部見た」


結局、大切な皆の命でさえ無残に散らしただけで。

折り重なるようにして繋がれていく感情の波に支配されて、自分を追い詰めるしか出来なかった。そして心のどこかで救いを求めて手を伸ばした。

陽だまりのような温かさを欲して、今でも過去に縋って生きている。


「貴方の痛みだって受け止めることさえ出来ずに、この瞬間だって大切な人の苦しさを増やしているだけの存在なのよ…それが王女だなんて誰が認めると言うの?」

イリスはルドの手をガシッと掴んで、つらそうに言葉を続ける。


「――生きる価値に値しない、ただの死に損ないよ、私は」

「……分かってんじゃねぇか」

「雌豚以下でしょうね…そんな私でも、残された国を背負う責任はある。託された使命を全うするまで、私は死ねないわ」


だから、ごめんなさい。イリスは小さく呟いた。



「大した度胸だ。お前みたいな女が国なんて任せられるのか謎だがな」

ルドのそばにいた名の知らない男はイリスを見つめて言った。


「エドームの王子がサイの王女に執着しているのは知っていたが……風の噂じゃ王女を手に入れるために戦いを起こしたって聞いたぜ?だとしたらとんでもねぇ王子だな」

ラグレムは末恐ろしい……と呟いた。


「サイは今や亡国になったってことか。滅ぼされたカモーアは復活して形勢逆転。さぞや鼻が高いだろうな」

「ハッ、ざまねぇな!自分のせいで国が追い込まれたのかよ!で、今は誰かに狙われてこんな牢屋の中で惨めに震えて?こりゃあ傑作だなっ、おいラグレム次の新作で使えよ!」

悲劇のお姫様の題目でな!とルドは腹を抱えて大笑いしながらイリスの頭をポンポン叩いた。


「そりゃあサイの人間から恨まれるわな。耐えきれなくなってエドームに亡命でもしてきたわけ?」

「こんな危ない国に逃げてきても命を落とすだけ……」

「違いねぇ!噂のライアン様に敗国の示しとしてここまで連れてこられた、ってとこだろ?何回か顔を見たことあったけど生意気そうなガキだったなァ」

ファンシー家はエドームでも力を揮った貴族の一つだった。多少なりとも王族に謁見するような機会があり、王子とも顔見知りの面識があったのかもしれない。

それでもさっきゼクスを見た時、誰か分かっていないようだった。まさかあの人が第一王子だとは思わなかったのだろう。


「何とまあ、この子も不憫というか……例え王族の一人でも同情したくなるような薄幸さだな」

「今までお気楽に暮らしてきたんだろ。罰が当たったんだよ、罰が」

「本当に、そうね……」

イリスは疲れたように目を閉じ、ディルのことを考える。 

一体どんなひどい目に合っているのだろうか。非道なゼクスの仕打ちは自分の想像を凌駕するだろう。

誰でもいい、一刻も早くディルをここから連れ出してほしい。何の罪もないディルをどうして巻き込んでしまったのか。

 
「世の中残酷だからな。女一人が足掻いたところで無駄な抵抗に終わるだけだ。王女様の従者も可哀相だよな~さっきの男は相当エグそうだからすぐに堕ちるさ」

「従者……?」

ディルのことを従者と捉えたらしいルドは違うのか?とフッと笑みを浮かべた。


「私はエドームに入国するとき誰も供をつけなかった。サイの人間は私だけで王城まで行ったから」

「はっ?お前バカすぎるだろ。そんなの襲ってくれと言ってるようなもんだろーが」

「供をつけたらそれこそ格好の餌食になる。傷つくのは私一人でいいもの」

「――…待てよ、そういや銀髪つってたな?だとしたらカモーアの人間だろ。エドームに正式な用があって入国できるのは上位の者だけ。オイ、まさか……」


どこまでも勘のいい人だとイリスは心の中で感心した。

優秀だったバロン氏の息子だけあって、頭の回転も速い。すぐに答えに辿りついた。



「カモーアの王子がここにいるんじゃねぇだろうな?おいラグレム、カモーアの王子って言ったら名前はディルだったか?」

ルドは冗談だろと渇いた笑いをこぼした。


「名前はディル・カモーア……あっ!」

黙るイリスを見て、ラグレムはハッとしたように反応する。


「記憶があやふやだがカモーアの王子はサイ側に生け捕りにされたのは覚えてるぜ。今までどうやって暮らしてきたか知らねぇがな」

「じゃあさっき王女が言ってた、サイの王の止めを刺したのはディル王子か。仇と復讐は見事に果たしたわけだな」

早い……ここまで言い当てられるなんて。イリスは三人の吸収力に驚いていた。


「ご愁傷様だな、王女様。ついには不幸なカモーアの王子まで破滅に導いたわけだ。とんだ災厄を運んでくるな」

「……ただの疫病神になりそうね」

「おもしれぇ、ここまで災難続きの女もまずいない」

ルドは、な?テオと同意を求めるように笑った。


「ああ。父親の悪事も露呈して憐れみすら感じるよ」 

「だからリリィと偽名を名乗ったのか。あれだけリリィが警告したのも頷けるぜ、こんなこと命がいくつあっても足りねぇ。単に俺を巻き込みたくなかったってことか……」

ラグレムは暗い顔のイリスに同情するような目を向けた。


「お願い、ここで話したことは誰にも言わないで。私のせいでこれ以上貴方達まで苦しめたくないの。何も知らない、何も聞いていない。そうすれば無害でいられるから……」

「人の心配までご苦労なこった。都合良くライアン様が助けに来てくれるとでも?」

「希望は薄いわ。でもきっと来る。分からないけれど、そんな気がする。絶望して嘆くより、少しでも前向きになるようにそう思っていたいだけね」


強引で乱暴な人。それでも、全てをかけて自分を愛そうとする人。

欲したものを簡単に諦めるような精神はしていない……泥を踏みつけてでもやってくる。


「人を惹き付けて止まないあの人の真っ直ぐさは私も尊敬してるから……本当は、こんなこと思ってはいけないけれど」

イリスは消え入りそうな色を放つ瞳を伏せ、ぎゅっと強く手を丸めた。


「つくづく変な女だな、強いのか弱いのか分からねぇ。ピーピー喚く奴かと思ったら意外に根性はあるし」

ルドは最初の荒々しさを奥へ押し込め、イリスをじっと見つめた。

 
「……褒め言葉として受け取っておくわ。その仮面もいつまでもつのか分からないけれど、最後まで抗ってみせる。どんな醜態を晒しても、私は誰よりもディルが大切だから」


寂風に混じって霞んで見えそうなイリスの微笑みに牢屋にいた三人は思わず目を瞬かせる。

そのまま目を閉じ深く息を吐いて、恐怖を押し殺すように微かに震える小さな体に声をかける者はいなかった。



今ここでラグレムの隙をついて鍵を持ち出し、早くディルのところへ行きたい。

しかしルドとテオがいる限り、それは不可能だろう。仮に上手くいったとしても、この建物の中にいる人間に捕まってしまう。

やってみないと分からない。運が良ければディルがいる場所に辿りつけるかもしれない。

そう言って自分を励ますが毒がまだ抜け切れていないことを考えても成功する確立はますます下がっていく。


確かにラグレムがくれたものは解毒剤だった。体のだるさも抜けてきて、手を動かしても痺れない。きっと立ち上がれるし戦おうとすれば戦えるが、本領の力は発揮できない。

どうしたらいいのだろう。このまま何もせずにゼクスの手に落ちてしまうのを待つなんて出来ない…もう既に時間がたっている。


「はぁ……」

イリスは悲観的になりがちな思考を落ち着かせるため顔に手を当て、震える体を必死に抑えようとした。


「この白けた空気どうしてくれんだよ」

ルドは欠伸をしながら面倒臭そうに呟いた。


「あと少ししたら王女も連れ出される。それまでの縁だ」

「そんなこと分かってんだよ。言いたいのは何でここまで重苦しくなってんだってことだ。まるで俺らが同情してるみたいじゃねぇか」

バカみてぇと不機嫌そうにぼやくルドに、テオは呆れて息を吐き出した。


「何とかしてやりたいのか?この薄幸な王女を」

「はぁー?お前頭逝っちまったのか?こんな奴、勝手に野垂れ死ねばいいだろ。喧嘩売ってんのか?」

二人は喧嘩腰になり、ラグレムは笑いながら仲裁に入った。


「おーおーそんなカリカリすんなよ、ルド。どうせ俺たちにしてやれることはないだろーが。どうなっても仕方ねぇしこれ以上の情は必要ない。そうだろ?」

「そりゃそうだ」

「お嬢ちゃんには悪ぃが、これが世の習わしだ。誰でも自分が一番可愛いんだよ」

ラグレムの言う通りだとイリスも無言で首を縦に頷いた。

何も出来ないまま刻々と時間だけが過ぎていき、じゃあなと言葉を最後にラグレムもこの牢屋から出ていった。

残されたイリスは口数も減って、顔を沈めて押し潰されそうな不安に耐える。ルドとテオは横になって眠りに入っていった。


時々、遠くから甲高い喘ぎ声のような悲鳴が聞こえてくる。ディルの声かと思って身震いしたが、彼とは違って安心する自分が情けなかった。

苦痛に嘆く声や鎖の音が響く拷問のような空間で孤独を感じながら、ディルをひたすらに思った。

やがて時間の感覚が分からなくなってくると不意に誰かの足音が聞こえて、イリスはビクリと反応した。


「――…待たせたな。迎えに来てやったぞ、イリス」

「あ……!」

ゼクスがギラついた笑みを浮かべ、濃い影を纏って立っていた。

その手には薄い血が垂れており、イリスの心臓がどんどん早鐘を打っていく。


「来い。大人しくすれば優しくしてやるぞ?」

拒否さえ許さないような強い口調にイリスは従うしか選択肢がなかった。

ここまで来て逃げ道はない。イリスは這うように牢の入り口までやってくると、ギギと音がして鍵が開かれた。 



「お願いが、一つ。私は何をされてもいい。ただディルだけは解放して下さい。約束していただけるなら私は何でも言うとおりにします」

懇願するようにゼクスに迫ったが、返ってきたのは冷たい微笑みだけだった。


「それはできない相談だな。まぁ……イリスの態度次第なら考えてやらないこともない」

さぁ行こうかと肩に血がこびり付いた手を当てられ、イリスはブルッと体を揺らした。

ゼクスの後ろにはこの建物の有力者であろう人物と他にも体格のいい三人の男がいて、イリスは眉間に皺を寄せた。


「暴れようなんて思うなよ」

低い声で囁かれるとすぐに硬い鎖に繋がれ、ゼクスに引かれるまま長い廊下を進んでいく。一歩一歩が恐ろしくて、何度も足が絡まった。

 
「待て」

ゼクスが思い立ったように足を止めて、イリスが入っていた暗い牢の中を見つめる。


「イリス、あの男たちに何かされなかったのか?」

「……特には。彼らはまだ自我があり聡いようなので、商品の私には手を出さなかったのでしょう」

何の感情も込めずにイリスが言うと、ゼクスは納得したのかクツクツと喉で笑った。


「イリスはずいぶんと物分かりがいいな。これからどんな目に合うか不安で仕方ないか?」

後ろから髪を掬われ、玩具のようにもてあそばれる。


「拒否権なんて、何も用意していないくせに。そんなに私を翻弄するのが楽しいですか……」

「ああ、ゾクゾクする」

何も出来ないのが悔しくて歯を噛んでゼクスを睨む。この先に待っている絶望に五感すべてが飲み込まれていきそうで自分を保つので精一杯だった。



「覚悟はいいか?俺の機嫌を損ねたら王子の指が一本ずつなくなっていくと思え。お前はただ従っていればいい……例えどんな命令でもな」

脅えている様子を隠しきれないイリスの耳元でゼクスは囁いた。

少ない灯りが頼りなく揺れ、清潔感とはかけ離れた部屋のドアの前で佇む。


この中に、ディルがいる。

変わり果てた姿を見るかもしれない恐怖なのか、一秒でも早く会いたい焦がれなのか、ぐちゃぐちゃになった感情が心で暴れ出す。

ニタニタと下品な笑みを浮かべた男たちが早く中に入れと急かしてきた。


「これだけは、確認させてください。ディルは、無事ですか」

「それは自分の目で見てみればいい」

外見は保証しないような言い方にイリスの不安は膨れ上がる。

ゼクスに背中を押され、震える手でドアノブを握るが力が入らない。

全身を覆い尽くす嫌悪にイリスの呼吸は小さく乱れ、それでも勇気を出してゆっくりと開いていく。

 
先に目が入ったのは日の射さない暗い部屋の全体だった。

中は大きい。人を陥れるための器具が並び、イリスの血の気が引いていく。

上から下へ視線がずれ、飛び散る赤が地面に広がり、倒れた人影を見ると空気を裂くような悲鳴を上げた。


「ディル!!」

ガチャリと鎖が動きを遮って、横たわる人の側に駆け寄ることが出来なかった。

心臓がバックンバックンとけたたましく鳴り響き、目を凝らしてギリギリまで手を伸ばす。イリスの呼吸が一瞬止まり、時間が割れるような錯覚がした。


違う。ディルはあんなに小さくない……別の人が床に伏して絶命している。

そしてさらに奥へ目線を向ければ、息を荒くして肩を動かす誰かがいた。その人は椅子に何重もの縄でくぐり付けられ身動きが取れていなかった。

イリスの口が声にならないまま、ディル……と紡がれる。


「――おい、これを飲め」

後ろにいた男の一人がイリスの体を拘束すると無理やりに何かを飲ませた。

突然の事に成す術がなく、喉を伝う熱い液体が胃へと入っていく。

のぼせたような感覚と理性を奪い取るような甘い疼き。体中に感じる奇妙な心地に吐き気が込み上げた。

何、この薬と考える前に思考が白く霞んでいき、イリスはその場に崩れ落ちる。


「さすがの効き目だな。女では一瞬か」

「はい、入手困難な特注の媚薬ですぜ。たっぷりお楽しみいただけるかと思います」

「ハ、あの銀髪は三倍の濃度で飲ませてもまだ理性を保っているバケモノか…見上げた精神力だな」

ゼクスは面白そうに口の端を上げ、イリスの元へ足をつくと静かに命令を始めた。


「俺の声が分かるだろう、お前とカモーアの王子に強力な媚薬を盛った。もちろん解毒剤はない」

「ど……して…」

アツくて仕方ない体と戦いながら、イリスはぼんやりと聞こえるゼクスの声に耳を傾ける。

トロンとした瞳は焦点をずらして揺れていた。イリスはほんの少しの自我に必死で縋りつく。


「今から言う言葉で哀れな犬を慰めろ。家畜に服は必要はない、お前の手で脱がせながら手コキでじんわりとイかせてやれ」

「……のっ外、道!何のために、こんな」

イリスは意味を理解すると、泣きそうに紅潮した顔でつらそうに叫んだ。


「まずは犬の右手の薬指からイッとこうか?」

「っ!分かり……まし、た…」

鋭利な刃物が視界に入ると、イリスは慌てて従順な態度に変えた。そして耳打ちされた言葉に目を見開き、勢いよく首を振ったが思い直す。

そしてはぁっ、はぁっと息を乱して立ち上がり、揺りかごのような体で倒れながらもディルの近くに歩いていく。後ろにはイリスの鎖を持った男がついていった。



長い金髪の女性が倒れている場所を避け、イリスはディルのところにやってきて足をつく。

ディルに目立った外傷はなく、解かれた銀の髪が背中に垂れている。浅い息を何度も吐きながら脱力したように下を向いていた。

繋がれた鎖が離れ、イリスは真っ先にディルの顔に触れて無事を確かめた。赤い頬に手をやれば、ものすごく熱かった。


「ディル……っ」

張り裂けそうな痛みを覚えながら、掠れた声で名前を呼ぶ。そうするとピクンとディルの体が反応し、閉じていた目が開かれる。


「イリ、ス……?」

その声に覇気はなく、疲れ切っていた。ディルは全身は火傷したように高温で、服の上からでもその熱が伝わってきた。

イリスの体に降りかかる薬の威力でさえ強力で、意識していないのに汗が噴き出してくる。三倍の効果がかかっているディルの負担は計り知れない。

頭が朦朧としそうな中、ゼクスが命令した行為をしなければならないという精神的重圧がのしかかる。


「こんな風になるまで、本当に、ごめんなさい……」

「何もされて、いないか…?いや、ここにいるということは…あいつに、何か…強要されているのか…」

クソ…と悔しそうに顔を歪ませて悪態を吐く。

イリスとディルはお互い苦しそうに呼吸しながら、心の奥底から這い上がってくる性的興奮を否定できなかった。ディルは何時間も苦しめられたせいで、満足に体を動かすことも出来ない。

肌の内側から刺すように込み上げる欲求と戦いながら、イリスは絞り出すように言葉を繋げる。


「これから、やること……私の、意志じゃないっ、お願い、これだけは分かって……」

濡れた瞳を瞬かせながら、余裕がなさそうにディルの服をぎゅっと握る。その手は小さな震えを刻んでいた。


「やめろ。予想は、つく……イリスも、媚薬を盛られたのか……」

「本当はこんなこと、したくない……でも、そうしなきゃ…貴方を、守れない」

後ろから痛いほど視線を感じる。早くしろと強い威圧が飛んできて、やっとイリスはディルの足の上に登った。

迫り来る羞恥に耐えながら、一度躊躇ったが緊張で潤んだ唇をそっとディルに押し当てる。そのまま舌をディルの口内へ強引に入れ込んだ。

 
「っ、イリ……!」

ド ク ンッとディルの体が敏感に跳ねあがる。高まった感度にイリスもいやらしい気持ちが浮かんできた。


「黙ってて。全部、私がするから……気持ちよく、なりたいでしょう?」

自分でも驚くほど甘ったるい声を出す。ディルは顔をしかめたが必死な形相のイリスを間近で見つめると数秒黙って観念したように思い通りにさせる。 


「ん……っ」

微妙な角度を変えて啄ばむようにキスをすれば、レロッと舌がこすれて交じり合う。クチャッと響く音にイリスは顔を火照らせながら口付けを続けていく。

そしてディルの頬から首筋にかけて手を滑らせる。汗で包まれた逞しい体に触れていると背徳な感じがしてさらにイリスの息は弾んでいった。


心の熱を溶かすような色香と理性を吸い取っていく濡れた銀の目がイリスを狂わせていく。

人目があるのも忘れそうになって、イリスはディルの衣服へ手をかける。縛られて脱がすことは無理だと分かると服の間から指を入れ、引き締まった腹部に触れた。

バラバラとそれぞれの指が動くと徐々に上へ向かっていき、少し尖って存在を主張していた胸の頂きを優しく摘み、グリグリと押し付けた。


「ぅ、アっ…!」

神経がギリギリまで昂ったディルから耐えきれず喘ぎ声が漏れる。


「ディル……我慢、しなくていいの。ずっと 欲しくて……堪らなかった、くせに。こんな、ところ……ビンビンに……硬くして、興奮してたの…?」

ゼクスから言われた台詞をディルの耳元で復唱する。

疼いて仕方ない体に逆らえない自分が情けなく、刺激に震えているディルがこれ以上ないほど厭らしく妖艶で心臓が悲鳴を上げた。

露わになるディルの肌を撫でる手が焼けつくように温度を上げる。イリスは言われた通りの順番で服をたくし上げ、今度は胸の先端を口の中に含み舌先で突く。


「――っ…!」

ディルは汗を飛び散らし、くぐもった嬌声を何とか押し殺す。
 
ディルの背中が曲線を描いてしなり、苦しいと思ったイリスは瞳に涙を浮かばせて一旦口を離す。

しかし性欲に耐えるディルの顔を見て一刻も早く終わらせたい気持ちが強くなり、強引にもう一度突起を舐め、片方は指を使って弄った。

ライアンにですらしたことのないことを今自分がディルにしていると思うと、膣内が自然と濡れていくのが分かり、体が震えだす。


「どこで……そん、なッ…!クッ……ア、あぁ…」

感じて、いる?見た事のないディルの乱れた姿はあまりにも刺激的すぎて戸惑って仕方ない。

後ろから嫌でも感じる視線に気づくと、これ以上の醜態を晒すことへの羞恥が渦のように湧き上がる。


イリスは一番触れたくない部分に目を移すと、ゴクッと息を呑んで手を這わした…



「ゼクス様も罪な人ですなぁ。銀髪の目の前で奴隷の女を散々弄んだ挙句、その場で容赦なく切り捨てるとは」

後ろでジッと様子を見ていた男は鼻息を荒くしながらゼクスに話しかける。

人形のように転がった金髪の女は既に息はしておらず、ゼクスはフッと口を曲げた。


「精神を削り取った方が薬の効果が促進される。イリスと似ている女を見つけ犯すことにより犬の性欲を煽って最後にズタズタに切り裂く。やっていて爽快だったよ。まぁあれだけ持ち堪えるとは思わなかったが、今はそうも言っていられないだろう」

「まったく、あんな筋金入りの理性を持つ奴なんて早々いませんよ。あぁ惜しいですなぁ……競売に掛けたら最高なんですがね」

「競売に掛けても大した金は入らないだろう。生きていれば後でたっぷり金を与えてやる」

「期待しております。あの奴隷の女もまだ価値のある商品だったのですがゼクス様の申し出となれば断ることも出来ませんしなぁ!」

奴隷商人のトップは肥えた体を揺らし、黄ばんだ歯を見せながらハハハッと豪快に笑う。

そしてイリスとディルの行為を見ながら興奮したように一物を握り、自慰まで始めた。他の三人も耐えきれずに同じ行動を出る。


「お楽しみは最後に取っておくんだな。イリスが犬の陰茎をいじり、自分の中へ挿入るまでは我慢しろ」

「生殺しですよ、ホントに……ここまでおあずけをくらうのはちと厳しいですなぁ。あの下手くそな手付きがじれったくソソられます」

ヒヒヒッと下品な笑い声を上げ夢中で扱く男を汚らわしい目で見つめるゼクスは、拙いやり方で戸惑いながら手を動かすイリスに視線を変えた。

恥ずかしさで顔を火照らせ、やりたくもないことを強要されている姿は何ともいじらしく可愛く思えた。ゼクスは知らぬ内に緩々と口角が上がり、ひっそりとこう呟いた。


「さぁ、この状況を見たライアンはどう壊れる?」

ああ、堪らないな……と狂気じみた目が微かに揺れ、全身からくる興奮の波を感じた。

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