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試される絆 Ⅱ
しおりを挟む「ディル様っ!」
誰かの黄色い声が聞こえた。イリスは感極まってそれ以上は先に進めず、紳士服を身に纏ったディルをじっと見つめる。
短くなった銀髪は肩あたりまで伸び、一つに結われていた。背はピンと伸び、銀の瞳は力強い光に満ちていた。数ヶ月見ないうちに、また一つ成長していた。
夢にまで見たディルをいざ前にすれば、イリスの足は動かなかった。ただ、目を奪われ、涙が込み上げる。制御できない思いを抱え、地面に根が張ったように立ち尽くした。
一人一人、丁寧に挨拶するディルは、誰かを探しているようだった。
豊満な胸をギリギリまで晒した姫に腕を組まれても、嫌な顔をせず、にこやかに笑いかける。その顔を見て、イリスは怖いくらい嫉妬しているのを感じた。
「大変な幼少期を過ごしたとか……心中お察しいたします。ところで、妃の候補を考えていらして?」
「さっきからずるいわよ、貴方っ!ねぇ、ディル様、今度私の国へおいで下さい。最高のおもてなしでお迎えいたしますわ」
「はっ、そんな貧相な体で媚を売っても振り向いてくれないわよ。そんな小娘置いておいて、ディル様……もしまだお相手がいらっしゃらないのであれば、私をお考えくださいね。意中の方はいますの?」
ディルを巡って火花を散らす姫たちを困ったように見つめる。しかしディルはハッキリと頷き、形のいい唇を開いた。
「生涯ただ一人と、この心に誓った方がいます」
ディルはこれ以上ないほど、艶麗に微笑む。花が綻んだような美しさに、周りにいた姫たちは、ほうと溜息をもらした。
「あら、残念ですわ……もし心変りがありましたら、いつでもお待ちしています」
それでも離れようとしない姫は誘惑を続けていた。めげずに上目遣いや色っぽい仕草を駆使し、少しでも気を引こうと粘っている。
イリスは沸々と怒りが込み上げると同時に、無性に悔しくなった。自分にも女の武器や自信があれば、迷わずディルに向かって行けた。釣り合いなど何も意識せずにその腕の中で甘えられたのだと悲しくなる。
「……あれが、噂のディル王子かよ。クソムカつく顔だな。欠点一つ見当たらねぇ。まぁ……さすが、王族の風格は出てるな」
「ルド……!」
後ろからひょっこり顔を出したルドに、イリスは驚いた。ディルを凝視する目は険しく、眉間には深い皺が寄っている。
「せっかく会えたんだろ。話くらいして来いよ。ここまで来て怖じ気ついたのか?」
「それは……」
口ごもるイリスに、ルドは首を前に突き出してディルを示す。
「アイツもアイツで姫様を探してるみたいだぜ。しっかしあんだけ女に囲まれていい気なもんだな……姫様が近くにいるのに、気付かねぇのかよ」
ルドは不機嫌そうに吐き捨てる。すると、ディルがこちらへ向いた。
一瞬してイリスの呼吸が止まり、バチリと絡み合う視線に体が縛られる。全身の血が騒ぎ立ち、動揺して一歩足を退いた。ディルは真っ直ぐイリスを見つめていた。
「見てるぞ、姫様。おい……」
ただ突っ立ているイリスに呆れ、ルドは面倒臭そうに舌打ちした。何を思ったのか、突然イリスを抱き寄せる。そしてディルに挑戦的な笑みを送り、一気にイリスの顔を近付けた。
混乱するイリスの吐息が、ルドの顔にかかる。後少しで唇が触れてしまいそうだった。ルドの張りつめた空気にイリスは身を強張らせる。お互いに数秒だけ見つめ合った。それからルドは強引にイリスを抱き上げ、大広間の入り口から遠ざかっていく。
「ルド、戻りなさい…!」
「あー姫様は黙ってろ。アイツが本当に想ってるなら、すぐにでも来るはずだ」
そう言うと、素早く目を走らせ、使われていない部屋を探す。人をかき分けグイグイ進んでいくと、誰も使っていない暗い個室に入った。
ベットは置かれていた。ルドはそこにイリスを下ろすと、いきなり覆いかぶさってきた。恐怖を感じて逃げようとするイリスの動きを封じ込め、そのまま強い力で組み敷く。
今まで見せた事のなかったルドの手荒いやり方に、イリスは困惑する。手をぐっと掴み無表情で顔を寄せるルドにやめてと叫び、嫌がって抵抗した。
ルドの舌が首筋を這う。鎖骨まで辿りつくと、唾液を絡ませて吸いつく。ゾワッとする感覚にイリスは首を振って手足をバタつかせた。
細い腕にどんな強い力が隠されているのか、暴れてもビクともしない。ググッと鈍い音を出しながら手を頭上に固定される。イリスはどうすることも出来ずに混乱してルドを見つめた。
「俺でも、感じてくれるんだ?」
低い声で耳元に囁かれる。イリスはぎゅっと目を閉じ、肩に顔を寄せる。
「やめて、ルド……いきなり、どうしたの。何が、したいの…」
「別に。俺が姫様に欲情してたって不思議じゃねぇだろ?ライアン様もいねぇし、好都合…」
――その時、だった。バンッ!とけたたましい音が響いてドアが開かれる。驚いてイリスが顔を上げれば、息を切らしたディルが立っていた。
ルドから、押し倒されているイリスへ目を向ける。見る者すべてを射殺すような、恐ろしい視線が突き刺さった。ルドは来たかと口の端を吊り上げて笑う。
呆然とするイリスが数回瞬きをすれば、ディルはルドに殴りかかっていた。ルドはドカッと壁に叩きつけられる。いてぇと呟く間もなく、ディルはルドの胸倉を掴んで冷たく見下ろした。
「容赦ねぇな、ディル王子。そんなに血がのぼったか?」
ルドは臆することもなく、面白そうにディルを観察した。
「イリスに何をした」
「見て分かんねぇのかよ。ヤってたんだよ、姫様とな。自由を奪った方が興奮するだろ?まぁ、姫様もまんざらではない様子だったな。別に一人や二人問題ねぇ。あんただって姫様を善がらせてイかせたんだろ」
その言葉を受けて、ディルの理性は木っ端みじんに吹っ飛んだ。再び手に拳を握り、思いっきりルドを殴る。イリスは冷や汗をかいてやめてと叫び、体を使って止めに入った。
ハッ、ハッと息を荒げてルドを睨みつけるディルは、乱暴に銀髪をふりほどき、イリスを強くぎゅっと抱きしめた。突然ディルの腕の中におさまったイリスは、大きく目を見開く。
「何も、されていないか」
「大、丈夫……」
懐かしい香りに包まれると、イリスは涙を浮かばせて抱きしめ返した。噛みしめるように、唇を引き結ぶ。
会いたくて会いたくて仕方なかった。ディルが近くにいると思うと、熱いものが胸を満たしていく。掠れた声で名を呼べば、さらに強い力が加わった。
「気が気じゃなかった。こんな男が、イリスの体に触れていると思うと……イリス」
もう耐えきれないとばかりに唇がぶつかった。ディルは舌を絡ませると、熱情に従うまま責め立てる。余裕のない激しさにイリスの目の前が白くなっていった。
ディルの舌に追いつこうとしても間に合わない。切ない息が漏れるが、それすらもディルの口が奪う。キスを通して伝わってくる切迫感にイリスは飲まれそうになった。
心にあるものすべてが裸にされ、ディルだけを感じた。貪婪に求める姿は、人間性をも捨ててしまっていると不透明な思考が示す。しかし、再び会えた喜びがすぐにでも打ち消した。
「フ、んっ……!ディ、ル…ディルッ…!」
「イリス……」
首に手を回して夢中にしがみ付くイリスを見て、ディルはベットまで連れ込みそうになった。しかしハッと現実に戻り、名残惜しそうに顔を離す。
銀が糸を引いて、途中で切れた。イリスはとろんとした目のまま、ディルを縋るように見つめる。体内に滾った熱をどうにかして散らせたかった。それでもぎゅっと服を掴んで、昂る感情を抑えつけた。
「……会いたかった、イリス」
そう口にするディルは、優しく微笑みかける。イリスもポタポタと涙の粒を散らせながら、小さく頷いた。
その様子を見ていたルドは、この息が詰まるような空間にめまいがしそうになった。
濃厚に絡み合う二人を邪魔することなど出来ない。無防備になったイリスは、完全な女になっていた。加えてディルがどれだけイリスを大事にしているかなど、触れている手がすべてを物語る。
全身で求め合うとはこういうことなのだと、ルドは嘆息しながら思い知った。ロズが言っていたことも今になれば分かる。お互いに心の奥底まで繋がっている二人を引き離すなど残酷すぎる。だからこそ、束の間の幸せでもいいから与えてやりたいと願うのだろう。
ひりひりと赤くなる頬を押さえ、ルドは脱力して壁に寄りかかる。打ち付けた背中も痛み、相当な力で吹き飛ばされたのだと苦笑いした。
なかなか踏み出さないイリスに苛立って行動してはみたものの、とんでもない目に合ったとげんなりする。思っていた以上に、ディルはイリスを愛していたのだと分かった。
「クッソ……」
ルドは無意識に悪態をつき、顔に手を当て心を落ち着かせた。
「……とんだ恋愛ごっこだな」
ルドの低い声が、室内に響いた。
「希望も未来も何もねぇのに、ご苦労なこった。隠れるように密会することしか出来ねぇくせに、何が会いたかっただ。よく言うぜ」
「ルド……」
イリスは戸惑いながらルドを見た。ディルは無表情のまま、黙って聞いていた。
「恋人気取ってんじゃねぇよ。姫様の努力も苦しみも全部分かってやれずに、ここに来てやっと抱き締めることが出来たんだろ」
ディルを睨みつけるルドは、よろめきながら立ち上がった。
「今すぐにでも奪いに来いよ。国なんてどうでもいいだろ。そんなにも愛してんなら、姫様の想いに応えてやれ!」
「ルド、何を……」
突然どうしたのと、心配そうにイリスはルドに近寄る。しかし返って来たのは、ディルに対する嫌悪だった。
「姫様は黙ってろ。これは男と男の話だ……よく聞け、ディル王子。大事な女も守れない奴が、自分の国なんか治められるか!」
「……その通りだ」
「認めてんじゃねぇよ、カス!姫様がどれだけアンタを思ってんのか知らねぇだろ!ただでさえ妊娠して情緒不安定なの……」
イリスはサッと血の気を引いて、ルドっ!と大きく叫んだ。ハッとしてルドは口を押さえる。ディルの顔色が一瞬にして変化した。
「――…妊、娠?」
本当なのかとイリスの体に触れて問いかける。イリスの瞳が惑うように揺れ、肩の震えが肯定だと示した。
「いつから?」
「最近、分かって……」
ディルの視線が、イリスの腹部に注がれる。二人で見つめ合い、数秒の間に様々な感情が交錯した。
「どうしてもっと早くに言わなかった…」
「言えないわ……こんな、大事なこと…ディルの妨げになりたくなかったもの!貴方の道を塞いでしまうのなら、ずっと黙っていた方が良かった…!」
ぎゅっとディルの胸元を掴み、イリスは顔を下に沈めた。
「イリス」
ディルは混乱したように、イリスの名を呼んで抱き寄せた。
「宿った命は私が必ず守り通して見せるからッ……ディルはディルで、やるべきことをやって……!せっかく掴み取った未来を、私のせいで無駄にはしないで!」
「俺はっ」
「あの日選んだ選択を、私は後悔していないわ。何があっても、ディルとの約束だけは貫き通すから……お願い。私を、信じて!ディルの存在が、生きる全てなの。その思いだけが、私をここに立たせてくれるの……!」
全霊で言葉を放つイリスを、ディルは歯を食い縛る思いで見つめる。そんなイリスにルドも黙りこみ、頭を掻きむしった。
「何の約束が知らねぇけどな。そんな脆い繋がりでやっていけると思うなよ。だいだい、どっちの子か分からねぇだろ……確率的にはライアン様かもしれねぇがな、万が一ってこともあり得るんだぞ」
「分かってるわ……」
「そうなりゃ、エドームが黙っちゃいない。カモーアだって近親婚がしきたりなんだろ。その赤ん坊がどんな扱いを受けるか、考えただけで頭が痛くなる。姫様は微妙な立場に立たされてんだよ」
冷静に現実を突きつけるルドの発言は、イリスにとって耳を塞ぎたいものばかりだった。
しかしディルは澄み切った表情をして、何の迷いもなく言葉を口にした。
「イリスの子が誰であろうと俺は揺らがない。イリスは俺のものだ。必ず、奪い返す」
「イラつかせんな。じゃあ何で今行動しないんだよ!手段なんか何でもいいだろ。ここから連れ去ってやれば、姫様の苦しみはすぐにでも解放される」
ルドは顔を赤くさせながら、ふっと我に帰る。何で俺がこんなに熱くなってんだよとぼそり呟いた。
落ち着いて考えてみれば、ディルが行動しないのも一理ある。戦が終わって平穏が訪れた今が、妊娠したイリスには一番過ごしやすい環境だった。
女を奪い合うという愚かな理由で再び戦を起こせば、平和を何よりも願うイリスが罪の意識に耐えられなくなるのは目に見えている。それでもいつかは火花を散らしてぶつかる日がくる。それは避けられないはずだった。
「ハッ、面白い事になっているな」
――そんな時、沈んだ空気にある室内に、場違いな声が飛び込んできた。
その声の主に、ディルとイリスは過剰な反応を示す。
嫌でも浮かんでくるエドームの記憶がイリスの体を戦慄させた。なぜこんな所にと目を見張る。ディルは素早くイリスを後ろにやると、張り詰めた面持ちで身構えた。
ルドも警戒心を露わにして、いつ何が起こってもいいように腰を低く屈める。
「久しいな、イリス。会いに来てやったぞ」
そこにいたのは、エドームの第一王子ゼクスだった。
予想もしない訪問者にイリスは驚きを隠せない。フローラから聞いた話に、ゼクスが来るというものはなかった。ということは、突発的にやってきたということになる。
「何の用だ、ゼクス王子」
「ああ……前は気付かなかったが、お前がファンシー家の長男だったとはな。顔がやつれて分からなかった」
「んなことはどうでもいい。姫様の前に現れて、何が目的かを聞いてんだよ!」
ルドの咆哮を煩わしそうに見つめ、それでもゼクスは楽しそうに笑みを浮かべる。
他人の幸せを貪る、捕食者のような目だった。奥底に渦巻く欲望は、何を狙っているのか分からない。イリスは恐怖が込み上げ、ディルの背中をぎゅっと握った。
「別に噛みつこうとしてるわけじゃない。父上からきつく咎められているからな……今日ここへ来たのは真実を告げるためだ。九年前のカモーアとサイの戦いの真相をな……」
ピクリと、ディルが眉を寄せた。ルドも不審げに顔をしかめる。
イリスはエドームの闘人場でのゼクスの言葉を思い出した。あのときも似たようなことを言われ、胸の中に引っ掛かりを感じたのを覚えている。
なぜ今、そんなことを話すのか。全てが計算されたようなタイミングに、嫌な緊張感が支配した。知ってしまえば、自分を包む環境ががひっくり返るような予感がした。
「聞きたいか。真相を聞けば、ライアンとイリスの関係は一変するだろう。カモーアの王子に限っては自制を失うだろうな」
「んな嘘くさい話をして信用すると思ってんのか?でっち上げなら、腹抱えて笑い飛ばすぜ」
「信じるか信じないかはお前たち次第だ。俺は、ずっとこの機会を窺っていた。何もかもが絡まり、一瞬にして崩れ去るような瞬間をな……」
怖い。それでも、逸らせない。イリスは足先の力がなくなってきた。
ディルは氷のような表情でゼクスを見つめている。受け入れようとしているのか、拒絶しようとしているのかは読み取れない。しかし、底無しの暗闇へ引きずり込まれるような引力を感じた。
「まぁ、お前たちが聞かなくても全てを話す。知らねばならないことだ。九年前の戦い、すべてを引き起こしたのは――」
ライアンだよ、と残酷に笑いかける。
「国境付近の小さな争いが飛び火して国を巻き込む大規模な戦争になった。それを仕掛けたのは、当時十四歳だったライアンだった。
やり方は大胆だが、確実な方法。根も葉もない噂だ。確か、サイの奴らがカモーアの民家を放火したとかいう内容だった。実際に小火騒ぎを起こしたのはライアンの命で極秘入国していたエドームの密偵だよ。
他の噂にも幼子を誘拐して山に捨てたというのもあった。さすがにこれは実行するのをやめたらしいな。
古くから犬猿の仲にあった両国は、すぐにその噂を信じた。後は見守るだけでいい。全てがライアンの想像通りに事が運んだ。
サイとカモーアの戦力も国内に忍ばせた密偵で把握済みだ。もし総力戦で戦っていたら確実にカモーアが勝利していたが、ライアンはエドームの情報網を駆使してサイが勝つように仕向けたんだよ。
同盟国であったサイに裏から本営の居場所を知らせ、一気に王都を討たせた。戦いは情報がすべてを支配する。後は戦略だが、それもライアンが考えたものだ。俺が見ても確かに抜かりはなかった。我が弟ながらよくここまで張り巡らせたものだと感心した。
――十四歳の餓鬼に、そんなことが出来るわけがない?やり遂げたんだよ、ライアンはな。なぜかって?何をしてでもイリスが欲しかったからだ。
ライアンはイリスを手に入れる為に、この戦いを引き起こさせた。そして何年も耐え抜き、カモーアが反旗を翻した途端、時は熟したと行動したわけだ。
エドルフとかいうサイの宰相から仕入れた情報で、手薄になったサイの王都をすぐさま制圧し、それからカモーアの野営地に向かい、イリスと合流した。王都が混乱していても、イリスに現状を伝えようとサイの隠密はしっかり働いていたが、それはライアンが足止めさせた。だから、イリスに王都制圧の一報は届かなかった。もしそこが変わっていたらライアンも焦っただろうな。あの状況下だからこそ、カモーアも手を引いた。いい条件で国が返ってくるなら願ったりかなったりだからな」
イリスは、何も言えないまま、ゼクスの言葉を聞いていた。
「ライアンの腹心、レインを利用したのも賢かったな。サイの王都制圧でも、あいつはいい働きをした。
まぁ……ファンシー家の事件は俺でも反吐が出る。ライアンは憎しみを果たす代わりに自分の忠実な僕となれと言い、何が起きても裏切ることはない家来を得た。エドームではそんな義理がたい奴なんていない。誰もが野心を燃やし、美味しい餌があったら飛び付き、いつでも地位向上を狙っている。そんな中でレインはサイの亡王ブレイヴを痛めつけ、長年の復讐を果たし、ライアンに絶対的な忠誠を誓ったわけだ」
その言葉に、ルドも口を噤む。
蒼白となるイリスは、エドームの王と謁見したことを思い出した。
『ふ、お前が何年も執着し策を巡らせてまで手に入れようとしただけのことはある……それからサイの全権をお前に託そう、後は煮るなり焼くなり好きにするがいい』
あのとき口にしていたのは、ライアンの行動を意味していたのだと気づく。
「エドームの王子としての面子を立たせるためにも、サイの支配は必要だった。イリスが何年も求婚を拒否し、あしらっていたのもエドームでは笑い話だったからな。
俺からしてみれば無理矢理でも犯してしまえばいいものを、ライアンは全てを成し終えてから、イリスの純潔を奪った。その方が不安要素もなく、確実性があったからだろう。用心深い奴だ。ここまで回りくどいことをするんだからな……」
そこまで言うと、ゼクスは世にも恐ろしい顔をした。
「愛されているなァ、イリス……ここまでしてイリスを手に入れたライアンの想いを踏みにじってでも、カモーアの王子との色恋を貫き通すか。さぞや罪悪が付き纏うだろうな……?」
イリスの全身に、心に、魂に、その言葉が重く深く、最奥にまでのしかかってくる。
聞いてはいけないことを、聞いてしまった。どこまでも一途に思い続けたライアンの心が、今になって波のように押し寄せる。
どう、すれば、いいのか……
「つまりは……全て、ライアンが仕向けたものだと言うのか?」
身も凍るような声が、イリスの不安をかき立てる。
ディルから負の感情が全身から伝わってきて、今にも発火しそうなほど緊迫していた。ルドもその激しさを受けて、身をかたくさせる。
「ふざけるな。そのせいで、一体何人が犠牲になった……!」
「俺に言っても仕方がないだろう。ライアンの目の前で問うといい。俺は真実を伝えに来ただけだ」
ゼクスは不気味な笑みで、怒るディルを煽った。それだけ言うと、影に身を投じるように姿を消していく。
イリスは最後までゼクスを見届けると、心配そうにディルの顔を窺った。瞬間的に目が合えば、ディルに強い力で手を握られ、勢いよく部屋から出た。
「ディル!」
「直接、確かめる……真偽は、ライアンの口から聞く」
人目も気にせずに、ディルはひたすらに突き進んでいった。足早に歩くディルを、イリスは必死でついていく。ルドは胸騒ぎを感じて、その後を追った。
「待って。ディル、落ち着いて……!」
イリスが声をかけても、ディルの表情は険しかった。
何分たったか分からない。時間の感覚が曖昧で、イリスはこれから直面することに怯えを感じた。この状態でライアンに会いたくなかった。しかし残酷にも、その時はすぐにやってきた。
ライアンは、供を連れずに一人で外に出ていた。城内の壁に背中を預け、唇は薄く弧を描いたまま、動揺せずにイリス達を迎えた。
「……俺に隠れて逢瀬とは。勇気があるな」
口調にも乱れがなく、余裕が感じられる。対してディルは、怒りを込めて口を開いた。
「ゼクスから、全てを聞いた。イリスを手に入れるため、影で動いていたことも……何か弁解があるなら聞こう。もしそれが真実だと言うのなら……」
その続きが、語られることはなかった。イリスはやめて、とディルの手に触れる。イリスの手は、小刻みに揺れていた。
「弁解だと?ゼクスが何を言ったのか分からないが、俺は何年も前から策を張り巡らせていた。道徳に反して、人間としてやってはいけないことも手に付けた。サイやカモーアを手駒にしていたのも事実だ」
「己の私欲のために、何人もの命を無駄にさせたと言うのか……?」
「否定は出来ない。まぁ、俺が火付け役にならずとも、サイとカモーアが戦を起こすのは目に見えていた。どちらかの国が滅ぼされることは避けられなかった。そうなる前に、イリスがいるサイに手を貸しただけのことだ」
卑怯だと言うか?と、ライアンは試すようにディルを見つめる。
「それだけの覚悟が、今のお前にはないんだろう。人の欲を利用し、心底手に入れたいものを得るため、他人の幸せを踏みにじる。俺はイリスを傍に置くためなら、どんなことでもしてやると決めていた。だからこそ、今イリスは俺の手の中にある。それが屑との違いだ」
「……ッ」
「言い返せないか?俺の言っていることに間違いはないからな」
ライアンは、ディルの後ろにいるイリスに視線を移した。
「――…完璧だと思っていた策にも、ただ一つ、致命的な誤算があった。それは、イリスが屑に惹かれたことだ。今ではどうしようもないほど思い合っている。俺がどうにかすることはできない。阻止するたびに、イリスの想いは屑に増していくからな……」
一瞬だけ、ライアンの表情が、切なげに笑う。
「それでもいい。イリスが笑みを見せるなら、それが俺の生きる理由になる」
その言葉に、イリスは泣きそうになった。
清いまでに思ってくれていることは、分かっていた。真っ直ぐ過ぎて、苦しくなる。発作のように、切なくなる。鼻の奥が痛くなり、イリスは声を詰まらせた。
交差する思いは、ぐちゃぐちゃに絡み合い、不協和音を奏でる。
何をどう責めれば、救いの光が射すのか。根底に存在するのは、真っ直ぐな心だった。複雑に入り組んだ茨には、焦げ付くような鈍い痛みが満ちていた。
これまでの悲劇を逆に辿れば、必ずイリスに到達する。しかし、ディルが骨の髄まで経験した屈辱の日々を照らしたのもまたイリスだった。
出口のない世界をぐるぐると彷徨うかのように運命は残酷な指標を示し、決して白には交わらない個々の行く先を告げる。
「そんな犠牲の中で、苦しんだのか……」
ディルの口から無に近い感情が滑り落ちる。しかし次の瞬間には怒りにも似つかない激しい炎が瞳の奥に燃え上がった。
何年にも渡って蓄積された憎悪が再び目を開く。内から溢れ出る衝動に抗えないまま、腰にさしていた剣を抜刀し、狂いなく狙いを定め、ライアンへ向けた。
「俺から全てを奪ったのは……ライアン、お前だ!」
剥き出しにされたディルの叫びを間近で見たイリスは、咄嗟にライアンの前に出ていた。
「やめて、ディル……!」
イリスの目は焦燥に揺れていた。
考えるよりも先に体が動く。その行動が何を意味するのかまで頭が回らない。ただ、ここまで思ってくれるライアンを傷つけてほしくないと思ったのは確かだった。
雁字搦めになった感情で胸が一杯になり、イリスは何をどうしたらいいのか考えることにも余裕がなかった。必死についていこうとしても込み上げる苦しさが遮って、正常な思考に辿りつけない。この衝動の答えを、誰かに教えてほしかった。
「退け、イリス!」
ディルに睨みつけられ、イリスは身を竦ませる。それでも退かなかった。逃げることは、しなかった。
「剣を、下ろして……今ここで憎しみをぶつけても、何もならないわ。これまで築き上げてきた貴方の立場を悪くするだけ……!」
「庇うのか、ライアンを!俺の苦しみを、イリスは誰よりも近くで見てきたはずだ。復讐こそが生きる道だった!何を信じてここまでやって来た……!この手で守り切れなかった人の無念を晴らすために俺は……!」
「ええ、ずっと見てきた。私がいたからディルは苦しんだ!貴方を止める権利なんて、ないわ……でも、だめ…ここを譲れば、ディルの未来が崩れてしまう…そんなことはさせない!」
悲痛の声が、イリスから放たれる。イリス自身も、見えない苦しみから助けを求めているかのようだった。それを見たディルの力が僅かに緩む。
「お願い。この人を、傷つけないで……」
イリスの手は、震えていた。止め処なく涙がこぼれ、行き場を失う。
ディルが受けてきた痛みを償えるものなら、この身を差し出す覚悟はある。しかし、お腹に宿った小さな生命まで巻き込みたくはなかった。
いつ切り捨てられてもおかしくはなかった。神経の末端にまで刻まれた憎しみと怒りは簡単に癒えるものではない。風化されるはずもない。何層にも連なってどこまでも深く昏く積み重なっていく。
「……っ」
ディルの顔を見ているだけでイリスは胸が張り裂けそうになる。こんなことをしたいわけじゃない、とディルが訴えかけているようにも思えた。
とても一言では片付けられない感情が抑制を越えて言葉を失い、暴走しているのだとイリスも分かっていた。だからこそ、ディルが作り上げてきた努力を、水泡に帰する結果にはさせたくない。
「屑。自分が何をしているのか分かっているのか。一体誰に刃を向けている?」
そんな時、ライアンの低い声が地を這うように闇空に響いていく。
「認めたくないようなら教えてやる。今この現状は、お前の心を表したもの。憎しみの矛先が分からずに、ただ自棄を起こしている幼稚な振る舞いだ」
そしてライアンが、イリスを静かに引き寄せた。
「お前は、優しすぎる。憎い奴を身を挺して庇う。その意味だって分かるだろう。俺に揺らいでいるのにも気付いているはずだ」
「ひど、い……」
イリスは嗚咽を吐き、顔を埋める。
「言っただろう。イリスを手に入れるためなら、何でもすると。お前たちの仲に亀裂が走るのなら、俺にも十分可能性がある」
そしてライアンは、ディルに視線を変えた。
「悔しいか?愛しいイリスは俺の腕の中にある。気に入らないのなら、斬りかかればいい。当然、お前は出来ないだろうな。その様子ではイリスが妊娠したことも知っているだろう。尚の事、俺を殺めることはできない。躊躇して時間が経つたびに、お前たちの絆は薄まっていく――…さぁ、屑はどうする?」
嘲笑うわけでも見下すわけなく、ライアンは問いかけ、答えを待つ。
ディルは数秒逡巡すると歯を食い縛り、ゆっくりと剣を下ろしていく。顔を下に向けると地面に剣を投げ付け、カランッと大きな音がなった。
「この瞬間でさえ、先読みしていたと言うのか……?」
ディルは力なく震えるイリスを見つめ、ライアンにたずねる。
「有り得なくはないと思っていた。イリスの性格を考えたら、俺を守ろうとするだろうと分かっていた」
ライアンは、そう言ってイリスを抱き上げる。
イリスは思った。何もかも投げ出してディルのところに駆けだす勇気があれば、迷うこともなくライアンの腕から離れられた。
全てを捨て去る覚悟がなかったのだと思い知る。失い難い大切な人たちが頭を掠めた。そして、お腹に宿った子を守りぬくことが何よりも大事だと感じた。
ディルとの未来を諦めたわけではない。しかし、今必要なのは時間だった。ゼクスが告げた事実を受け入れるためには、ディルの隣にいるべきではないのだと考える。
イリスを抱きあげるライアンは真っ直ぐディルの方へ歩いていく。イリスに拒む力は生まれなかった。しかしすれ違う時、ディルははっきりと言いきった。
「何があっても、俺の心は変わらない」
ディルの目に、強い光が浮かんだ。
「いつだってイリスを思ってる――…俺を、信じろ」
その言葉を聞いた途端、イリスの心が打ち震えた。
目を細めるライアンはディルを一瞥すると、何も言わずに横を通り過ぎていく。ディルは苦しそうな顔をしたまま、イリスの姿を目で追い続けた。
夜の闇は全てを吸い込みそうで、冷たい空気はしんみりとイリスの肌を突き刺す。
支えているライアンの体温を感じながら、イリスは下を向いて涙を耐えた。それを見て、宥めるかのようにライアンの手が背中に回る。優しい手つきに、苦しさがまた込み上げてきた。
「俺が、憎いか?」
何度だって聞いた問いに、以前なら躊躇せずに頷いたはずだった。
変わっていく思いは、徐々に熱を増していく。深いブルーの瞳が交わる時、心臓の鼓動がドクッと反応するのが分かった。銀と金の影を纏い、揺れ惑う思いを抱いて、イリスは小さく首を振った。
「お前を、苦しめたいわけじゃない。イリスは俺のそばにいて、笑えばいい。他には何も望まない」
ただ簡単な事を、ぽつりと漏らす。
しかし共に過ごすということが、どれだけの罪悪を感じることになるのか。イリスには途方もない事のように思えた。
ゼクスが言った通り、ライアンとの関係に変化が生じようとしていた。それでも、何が起きてもディルとの約束は果たすと誓ったあの日の心をより強固なものにするため、イリスは瞳を閉じる。
「屑のことを忘れろとは言わない。今はただ、無事に子を産むことだけを考えたらいい」
「……どうして、そんなにも優しいのですか…私は裏切ることしか出来ないのに、貴方は非難することもない!」
イリスはやり場のない切なさに蝕まれ、八つ当たりのようにライアンの服を握りしめる。自分一人の存在が、この人の人生を大きく変えてしまったのだと思うと堪らなかった。
「――…お前がここにいるという奇跡だけで、俺は十分だ」
覆い被せるように口にしたライアンは、淡く笑みを深める。イリスはその優しげな眼差しに、ぐっと息を詰まらせた。
「イリスを縛り付けることでしか、近くに置けないことが歯がゆい。さっさと身を任せてしまえばいいと何度思ったか。簡単には心をさらけ出さないのも、俺を離さなかった。何もかもが、引きつけられた」
柔らかい重低音に揺れ、気がつけば部屋にやってきていた。
イリスはベットに下ろされ、ライアンを見上げる形になる。ぶつかる視線は、染み込むような熱を帯びていた。
「お前は、覚えていないだろうな。曇りがない真っ直ぐな目で、『貴方は悪魔じゃない』と語ったあの日の事を。母親殺しと影で囁かれ、誰からも煙たがられていた俺を、イリスは怯えることもなく笑顔で話しかけてきた」
「……それ、は…」
イリスは困ったような顔をして、過去の記憶を手繰り寄せる。しかし結びついたのは、ディルとの日々だった。
幼少期にライアンと会ったときのことを覚えていなかった。あの頃は何もかもが新鮮で、目の前に見えるすべてが輝いていた。今思い返せば、大事に育ててもらったのだとよく分かる。
申し訳なさそうに眉を下げるイリスを見つめ、フと息を漏らせば、ライアンは横に寝転がった。イリスに向かい合うと、どこか懐かしそうに語り出した。
「あの日イリスは、俺が怖くないのか?と問えば、どうして?と不思議そうに聞き返した。俺は人殺しだと睨みを利かせて脅せば、貴方は違うと無邪気に笑い返す。呆れて物も言えなかったが、誰からも愛されて育っているのだとすぐに分かった。イリスには何の邪気も感じなかったからな」
「……そんなに、子供でしたか?」
「ああ。清々しいまでに純粋だった。この世に蔓延る人間の欲に無知なのだと当時はイリスを馬鹿にしていたが、本当は羨ましかったんだろう。何の憎悪に当てられることもなく、健やかに生きていけるイリスが恨めしくもあった。そしてイリスを知るうちに、加速度的に俺の心を揺さぶっていった」
愛おしそうに頬を撫でられると、イリスの表情は徐々に強張っていった。
「何をしてでも手に入れると決めた。それこそ、執念だった。今まで数え切れないほど女を抱いたが、一度も満たされたことはない。恋だの愛だの、甘ったるい感情は到底理解出来なかった。女はただ性欲処理にすぎなかった」
不思議なものだな、とライアンは目を伏せて呟く。
「そんな俺が、こんなにも一人の女を愛しいと感じるとは……何があっても離したくない。もう、心までは譲らなくてもいい。そばにいるだけで、満たされる」
そしてぎゅっと抱きしめられた。その強さで、思いは十二分に伝わってきた。
イリスはどう表現していいか分からない思いが胸を満たし、ゆっくりとライアンの背中に触れた。包まれる温度に目頭が熱くなり、濡れた瞼を閉じる。
ライアンはもう眠れ、と諭すように口にして、いつまでもイリスの頭を撫で続ける。
やがてイリスから小さな寝息が聞こえると、穏やかな表情で視線を送り、その寝顔を眺めていた。
ブンッ、ブンッ…と単調な音が弾ける。その滑らかさは一定の間隔で繰り返され、相手をじわりじわりと追い詰めていく。
型のない動きはまるで生きているかのように舞い踊る。力は加わっていないように思えて、刀を圧砕されるような強い槍撃だった。
一振り、二振り、三振りと続けば、痛みにもがく耳障りな声が響き、剣を持った男がまた一人と地面に崩れ去る。しかし確実に息を止める方法ではなく、四肢の自由を奪う的確な攻撃だった。
「…手間取らせんな。こっちも面倒事は避けてぇんだからよ。力の差は思い知っただろうが。死にたくねぇなら、今すぐ誰の刺客か答えろ」
ううっと呻く男の胸倉を掴み、片手で槍を持つ男――ルドは、険しい顔でたずねた。
「痛い目見ることになるって、分かってんだろ。俺が誰か分かってここに来たはずだ。姫様は優しくても、俺は容赦しねぇぞ」
鬼を思わせる形相に、相手の男の背筋は冷える。そして敗北を悟ると、すぅっと小さく息を吸って自らの舌を思いっきり噛み切った。
ものの数秒で隠し持っていた懐剣を取り出し、躊躇いもなく命の源に突き刺す。間近で見たルドはチッと舌打ちをし、絶命し力なく項垂れる男を地面に倒した。
「自決しやがった…口止めされてたのか」
ルドは悔しそうに目元を歪め、後味が悪そうに槍の先の血を払う。既に息をしていない三人の男を横目で見て、考え込むように腕を組んだ。
謎の刺客は確実にイリスの命を狙っていた。出先を追っていたルドは攻撃を図り、動けないようにするため腱に狙いを定め、後々に吐かせようとしたが全員が自ら命を絶った。
その潔さに虫唾が走る。もし窮地に追い込まれたら、そうするように告げられたのだろう。周到に用意された計画に、不気味な黒い影が潜んでいるように思え、ルドは眉間に鋭い皺を寄せた。
「――腕は落ちちゃいねぇな、ルド」
突然、後ろから馴染みのある声がした。誰なのか気配で分かっていたルドは、あぁと小さな返事をかえす。
「元気だったか。相変わらず醜い顔で安心したぜ、ラグレム。三月ぶりか」
「オイオイ、ご挨拶だなァ。まぁこっちは楽しくやってるつもりだよ。良い待遇で働かせてもらっているからな」
顎髭の男ラグレムは、薄っすら笑みを浮かべながら、久しぶりの面会を喜んだ。
物陰で様子を見ていたのか、体についた葉を払いながら、ルドのそばにやってくる。エドームに居た頃よりも上質な服を纏い、武人としての風格が出ていた。
「へぇ…いい恰好してんじゃねぇか」
「まぁな。似合うだろ?カモーアでもちょいイケの親父で密かにモテてんだよ。でもそっちは……結構派手にやらかしてんなァ」
ラグレムは刺客の男たちに視線を移して呟いた。
「どうせ、エドームの第一王子派の奴等が寄越してきたんだろうよ。姫様が身籠ったのが男児なら後が厄介になるからな。こいつらも腕の立つ刺客だったから、久しぶりに苦戦したぜ」
「何を言うやら。闘人場の賭け金が常に上位で、槍撃なら誰にも負けなかったお前が、簡単にやられたりするかよ。ちょうどいい腕慣らしにはなっただろ?」
「ハッ、褒めるのが上手になったか、元執事さんよぉ…伊達に今まで生きてきてねぇからな、護衛くらいなら姫様の役には立つ」
ルドがそう言えば、ラグレムは意外そうに目を細める。会わない期間に何があったのかは分からないが、以前のルドよりも変わっているように感じた。
「……随分お嬢ちゃんに惚れこんでるみたいだな」
どうなんだ?と顎を突き出して、ラグレムは問う。
「ヴァカ、んなわけねぇだろ。ふざけるのもそのゲジマユと天狗みたいな鼻だけにしろ……大事な駒には生きててもらわなきゃ困るんだよ。姫様に死なれちゃ、何もかもが無駄になる」
「……テオとの連絡は?」
「途絶えることはねぇよ。あいつもあいつで計画通り動いている。破目を外すことはねぇ。それだけの力があるからな」
「前にも言ったがその件で俺は一切関与しねぇからな。バロン様の意志を貫くんなら、止めはしない。ただ、結果はどうなっても知らねぇ……無茶だけはすんなよ」
ラグレムはポンポンッと励ますようにルドの肩をたたく。フッと笑みをこぼすと、ルドはゆるりと口角を上げた。
「あぁ。やり遂げてみせるさ」
ルドの目は、燃え上がるような情熱と、力強い輝きに満ちていた。
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