それはまるで宇宙のように未知で。

たこやき

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春、彼らは出会った。

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春。始まりの季節。桜の木々が並び、桃色の花弁がひらりと舞う。春特有のぬるまっこい匂いがして、それがどうも腹立たしい。それは何年経っても変わる事はなく、生まれて十六回目の春は相も変わらず不快なままで、心に靄がかかったまま学校へ行く羽目になった。
一年も通えば慣れたもので、新学期といえど特に緊張感なんてものはなく、ただいつものように電車に揺られながら登校していた。本日の七時三十分発の電車はいつもより学生や社会人が多く、電車内の圧迫感で息が詰まりそうになる。朝食を抜いた身体には酷で、何かが喉につっかえるような感覚がした。途端にぐわぐわと視界が揺れ、耳鳴りの音と共に周囲の音が遠ざかる。
『あ、これ………ダメなやつ』
目眩と耳鳴りで立つのがやっと。あと五分で目的の駅に着くのに、その五分が異様に長く感じる。水を飲もうにも、この状況じゃ身動き一つたりとも取れやしない。身長は平均よりも高いはずだが、それでも身動きが出来ないのだから、本日の車内の混み具合の異常さにはうんざりしてしまう。
睨むようにスマホを見るが、まだ三十秒しか経っていなかった。じわりと背中に嫌な汗をかく。
『早く着いて………』
「だ、大丈夫ですか?具合でも悪いんじゃ…。顔も真っ青ですし…。と、とりあえず、こっち来て下さい。」
見ず知らずの青年に連れられて、ドア近くの優先席に座らされた。面倒事を避ける事を暗黙の了解としているこの時代に、こうも優しい人がいたものだと素直に感動した。この時、この十数分の間で初めて呼吸ができた気がして、安堵の気持ちで胸がいっぱいだった。とりあえず鞄の中からペットボトルを取り出し、突っかえた喉でも飲めるくらいのちびちびとした量の水を飲んだ。そして、ようやく喋れるようになった口で青年にお礼を言う。
「すみません…助けて下さり、ありがとうございました。」
「ぜ、全然、気にしないで、下さい。」
人助けという立派な事をしたのだからもっと胸を張っていれば良いものを、青年は何故かオドオドとした調子で胸の前で指を弄り、こちらと視線を合わせようとしなかった。分厚いメガネにとても手入れしてるとは思えない髪の毛、すらっと高い背を台無しにするかの如く背中は丸まっていて、どちらかといえば仲良くなれるようなタイプの男性では無かった。そんな彼の胸の辺りを見れば、青く輝く見慣れた校章があった。
「それ…浜波の青学年…新入生ですか?」
「あっ、はっ、そう…です。今年、浜波高校に入学しました…。あっ、貴方は先輩だったんですね…。赤は…な、何年生だっけ…えっと…」
「赤学年は2年生。3年生は緑学年ですね。」
「そ、そうでした!ありがとう…ございます…。」
新入生はニヘラと笑って頬をポリポリとかいた。笑顔はとても下手くそだったが、不思議と愛嬌のある笑い方をする人だった。
そんな事を考えていると、電車内にポーンという音が鳴り響いた。
【お待たせ致しました。次は浜波、浜波でございます。お出口は、左側です。】
電車内のアナウンスが目的地を告げた。先程までの目眩や吐き気も落ち着いてきて、あんなに長く感じた五分があっという間に過ぎていた。ぎゅうぎゅうの人の間を通って電車から降り、改札を通ってホームから階段を下る。…隣には新入生がピッタリと着いてきている。まさか、入学から一週間も経っているのに学校までの道が分からない訳では無いだろう。学校は目と鼻の先だ。なんならもう見えている。…新入生が何を考えているかは不明だが、このまま一緒に登校するのはリスクが高い。せっかくの高校生活、彼には思う存分楽しんで欲しい。変な噂が立つ前に、予防線を張る事にした。
「さっきは助けて下さり、本当にありがとうございました。それじゃ、また学校で。」
「えっ、あっ、あ………待って下さい!!!」
別れを告げてくるりと振り返ったのに、新入生は手首を両手で掴んで引き止めてきた。こちらが予防線を張ったのに、他に何か用があるのだろうか。新入生の方に向き直ると、新入生は先程よりもオドオドしていて視線をぐるぐると泳がせながら、ボソボソと口を動かしている。
「せ、せっかくだから…一緒に行きませんか?ぼ、僕…友達いなくて…せ、先輩と友達に、なれたら、な、なんて…」
率直な感想は驚き。この新入生は何を言っているのだろうと、失礼ながらも怪訝な目を向けてしまった。しかし、ふと自分の下半身に目を向けた時、新入生の言動の全てが理解できた。
「新入生くん。友達になるのは構わないけど…女子と2人で登校したら、いくら友達とはいえ勘違いされてしまうと思いますよ。」
極度の冷え性で、年の半分をスラックスで過ごす私は、初対面の人によく男性と間違われる。運動部という事もあり、髪はバッサリと切ってショートにしている。それに身長も女性の平均では高い方なので、身体的特徴も相まってその勘違いを助長させてしまっている。
「へあっ!?あっ…あ………」
「新入生くん!?」
先程とは打って変わり、今度は新入生の方がフラフラと目眩を起こし、茹で蛸のように顔を真っ赤にさせてその場にうずくまってしまった。そして「僕はなんて事を…女の子と話しちゃったこんな根暗陰キャの僕なのにどうしよう…絶対キモいって思われた引かれたどうしよう…綺麗な人だし絶対クラスの上位カーストだようわやらかした…絶対噂になる『陰キャのくせしてナンパしてるぷーくすくす』って笑われるんだうわ死ねる辛すぎるもう死のうかな」と相変わらずボソボソと早口で自らに死刑宣告をしていた。別にそこまで思い詰めなくとも…。
「ぜ、絶対に死なないで下さいね。よくある事ですから、紛らわしい見た目してる私の方に非があるので…」
「そ、そんな事ないです!せ、先輩は、先輩の着たい服を着てるだけで、ぼ、僕が勝手に、勘違いして…は、恥ずかしい…。」
初めての感覚だった。この格好をして、勘違いさせてしまったのに、責められなかった。『紛らわしい』だの『気持ち悪い』だの、言おうと思えば言えるはずだった。それなのに、真っ先に勘違いした自分を反省している彼は、おそらくとてもいい人なんだろう。どちらかといえば仲良くなれるようなタイプの男性では無い…なんて、見た目で判断しているのは私の方ではないか。なんて愚かで、浅ましい。
「…新入生くん。」
「ひゃ、ひゃいっ!!!」
「お、怯えられると話しにくいですね…。」
「す、すみません!!!」
「あー…気にしないで下さい。新入生くん、ここは高校の最寄り駅ですし、もうすぐ学生が沢山いらっしゃいます。さっきもお伝えしたように、勘違いされていい事はないので、ここに長くはいられません。」
「そ、そう…ですよね。」
「だから、とりあえず今は私のオンスタお伝えします。お友達ですから。オンスタやってます?」
「お、お友達…!あ、ありがとうございます!で、でも…オンスタは、や、やって…ない…です…。オ、オンスタって、キラキラした陽キャのアプリですし、ぼ、僕みたいな陰キャには、ひ、必要のないアプリで、す…。す、すみません…。」
「そんな卑下しなくても…。それじゃlimeはやってますか?」
「ら、limeならやってます…。」
「それならlimeで繋がりましょう。これ、私のQRコードです。」
「あっ、えっ、QRコード…えっと、あぁ違うこれじゃない、えっと…」
新入生はオロオロしながら両手にスマホを握り、操作が上手くいかずにワタワタしている。もはや学生のメインツールから外されつつあるlimeの使い方ですら辿々しい。疑っていた訳ではないが、彼の『友達がいない』発言は本当らしい。
「ちょっと見せて下さい。まずはここのホームに行ってみて、そこからこの友達追加を押して…そうそう、その後にQRコードが出てくるので、そこをタップしてみて下さい。」
「で、出来た…!」
新入生はパァッと少年のように目を輝かせて、スマホを上に掲げた。お役に立てたようで何よりです。
友達追加の欄に増えた名前を見てみる。新入生の名前は明月光あかつき ひかるくん、と言うらしい。彼は自分の事を陰キャと言うが、陰キャとは真逆の輝かしい名前ではないか。
「せ、先輩の名前…。あ、星野小夜ほしの さよさん…って言うんですね。さ、小夜先輩。ヘヘ、綺麗な名前ですね。」
明月くんは眩しいくらいの笑顔で私の名前を呼ぶ。明月くん、距離感が掴めない人だ。本人がいいのならいいのだけど。いきなりの名前呼びに少々戸惑ってしまう。
「ありがとう、お褒めに預かり光栄です。…そろそろ八時になりますね。これから学生がいっぱい登校すると思うので、そろそろ学校へ向かいましょう。それじゃあ、失礼します。」
「は、はい!ありがとうございまひた!あっ、あ…し、失礼します!!!」
明月くんはバタバタと走って校舎へ向かう。目と鼻の先、とは言ったが、彼の危なっかしさで学校に辿り着くだろうか。不安な気持ちは拭えないが、これ以上関わってはいけない。彼との関係は友達。私達がそう認識していても、第三者がそう認識するとは限らない。だから、不容易に関わってはいけない。…人間関係は簡単に変わってしまう、永続的なものでは無いのだから。…やはり春は嫌いだ。
私は駅前のコンビニで時間を潰した後、のんびりと登校することにした。
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