それはまるで宇宙のように未知で。

たこやき

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春、開戦の狼煙が上がる

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…水着を着たくないと学生が拒否する理由が何となく分かる。これはキツイ。緊張云々もさることながら、生徒全員からの視線が物凄く痛々しい。
「え、なにあのちっちゃい先輩…すっごい可愛い…。」
「スタイルやっば…顔小さいし足長い…。」
「うわえっろ~あんなのタダで見れるなんて水泳部入るしかなくね?」
「名前なんて言うんだろ~?後でオンスタ繋がろ~。」
ヒソヒソと聞こえるのは賞賛と下卑た会話。批判が無いだけ有難いと思うしかなかった。このまま長くここに立っているのは得策では無い。それは部長である咲良も同じ事を考えていたようで、無理やり作った引き攣った笑顔で発表を続けた。
「えー…改めまして。こんにちは水泳部です。動画見てくださり、ありがとうございました。如何でしたでしょうか?」
舞台下の新入生を眺めていると、何人かの生徒がクスクスと笑っているのが見える。水泳部存続の危機とはいえ、やはり水着はNGだったか。反省しつつため息を吐くと、丁度手前の方に明月くんの姿が見えた。
「さ、よ先輩………?」
彼は目をまん丸くしてこちらを見ている。特に何も悪い事はしてないのだが、何故か申し訳ない気持ちにさせられてしまった。自嘲気味な苦笑いをしていると、横にいた男子生徒が明月くんに絡んできた様子が目に入る。
「え、明月って星野先輩と知り合いなの!?ねぇねぇどんな人?てかどうやって知り合ったの?てか、オンスタ持ってる?limeは?」
「し、知らないです…何にも。」
「はぁ?明らかに知ってるだろ。譫言みたいに先輩の名前呼んでたじゃん。」
「ほ、ホントに…僕…知らなくて…すみません。」
「何隠してんだよ。あ、もしかして自分だけの先輩にしたいとか?陰キャのくせして一丁前に独占欲?うわーないわー。てか、一生相手にされないんだから諦めた方がよくね?」
ゲラゲラと笑う男子生徒、黙り込む月島くん。一部始終の会話を密かに聞いていたが、とても聞いてられるような内容ではなかった。それは隣で発表をしている咲良と葵にも聞こえていたようで、物凄い顰めっ面をしている。発表もあるので笑顔のままだが、目は笑ってなかった。
「………煩い。」
「あ?聞こえないんだけど。」
黙り込んでいた明月くんがぼそりと言葉をこぼす。すると男子生徒は、明月くんの言葉が気に食わなかったのか彼を睨みつけて舌打ちをした。まさに一触即発。少しでも刺激すれば喧嘩になる事は目に見えて分かった。
…自分の出る幕など無い事は重々承知だ。ただでさえ目立っている自分が明月くんを庇えば、彼諸共噂のエサにされるだろう。それに、もしこのまま喧嘩になったとしても、教員が駆けつけてくれる。しかしその後は?明月くんも男子生徒も教員に目をつけられる。クラスの人達からも嫌煙させる。
………『友達がいない』。彼の言葉が頭を支配した。
「っ、咲良ごめん、マイク貸して。」
「っ!!!煩いって………」
『キーーーーーーン』
突然マイクのハウリングが起こった。正確には起こしたのだが。その途端、体育館の中は静寂に包まれた。騒いでいた人も、笑っていた人も、男子生徒も、明月くんも。皆揃って静かになった。
「…失礼致しました。さて。ここまで水泳部の活動内容を聞いてもらいましたが。」
そこで発表を一度止め、階段を使って舞台から降りる。そして男子生徒の元へと向かい、声色を変えぬまま目の前で発表を続ける。
「皆さんも疑問に思っているはずです。何故私達が水着を着て部活動説明会に望んでいるのかを。端的に申しますと、この水着は通常の水着と異なる競泳用水着で、私達水泳部のユニフォームだからです。じゃあそこの君。」
そう言って男子生徒を指名した。
「えっ、俺?」
「そうです、君です。この水着って幾らすると思いますか?」
男子生徒は口籠もりながら視線を泳がせており、さっきの主将な態度が嘘のようであった。
「え…あ…っと…三千円くらい?」
やっと絞り出した彼の答えに対し、ニコリと笑みを返した。男子生徒もヘヘッと笑っていたが、それを無視して彼から目線を外し、会場全体へと目を向ける。
「なるほど。ちなみに、おおよそですが相場は一枚一万円です。私達水泳部員はこの競泳用水着を大会用と練習用に分けて購入しており、一人当たり平均で五枚ほど持っています。総額五万円ですね。」
「ご…五万…!?水着だけで!?」
男子生徒は当然の如く驚いていたが、会場全体も驚きに包まれたようでガヤガヤと騒ぐ声が聞こえた。
「そうです。しかし、大会用の水着は何回も着ることができないので、一、二年に一回のペースで買い替えています。私も水着だけで十万以上は使っています。」
「待って、水着ってそんなに高いの!?」
ちょうど男子生徒の斜め前にいた女子生徒が目を丸くさせて驚いている。そう、貴方達が見ているのはただの水着ではない。これは、浜波高校水泳部員の覚悟の証だ。それをこの場の全員に伝えなければ。
いつまでもこの場で発表する訳にはいかないので、また階段を上って舞台へと戻る。そして、葵と咲良の隣でまた発表を続ける。
「しかし、この水着には高額な理由があります。それは、撥水性の良さです。競泳において、水の抵抗は最大の敵です。水の抵抗があればあるほどスピードが落ちて、タイムが遅くなってしまいますから。この水着は水の抵抗を最小限に抑える為に撥水加工を施し、この形になりました。この水着だからスピードを出して泳ぐことが出来るんです。しかし、この水着は機能性を重視している為、少々露出が激しいです。正直、本日この場でこの格好をしていいものか、部員同士で話し合いに話し合いを重ねました。しかし、最終的に『私達のユニフォーム、私達の誇りを新入生の皆さんにお見せして、皆さんに水泳部の魅力を余す事なくお伝えしたい。』という結論となりました。私達部員の思いはただ一つ、水泳部に入って充実した部活動を送って欲しい。それだけです。私達は水泳部の魅力を一つたりとも零さず皆さんにお伝えしたつもりです。本日一六時から、第二体育館横のプールでお待ちしております。私達は、水泳部の魅力に心惹かれた同志を心待ちにしております!」
話終わってみて気づいたが、体育館がシーン…と静まり返っている。話を…熱心に聞いてくれたのだろうか?それとも、引かれてしまっただろうか。こんなに目立つつもりはなかった。ただ平凡に過ごせればいいと、そう思っていたのに…。…自分の軽率な行動に吐き気がする。
焦りと緊張でベラベラと話してしまったが、ずっとマイクを占領していては部長である咲良が何も話せない事に、今になってはたと気づく。申し訳ない事この上ない。
場を荒らすだけ荒らして咲良にマイクを返すのも如何なものかと考えたが、発表の手順は質疑応答、必要事項の説明、部長からの言葉となってるので、震える手で咲良にマイクを託した。そんな私の様子を、咲良と葵は怪訝そうに見ている。本当に申し訳な…
「ありがとう、あとは任せて。」
「小夜の発表とっっっても良かったよ、ありがとう。」
…二人は小声でそう言った。もう目が耐えられそうにない。このまま大声で泣いて二人に抱きつきたいくらいだ。もう、この感情をどう言葉にしていいか分からない。あったかい気持ちと苦しい気持ちで、心が痛い。
二人は両隣から肩を組んでくれた。咲良と葵は悪い笑顔を浮かべながら、発表を続けてくれた。
「皆さん、私たちの熱い想いは届いたでしょうか?ここからチラホラと聞こえましたが…人の大切なものを簡単に侮辱するのはダメですよ。」
「みんなのおかげで水泳部の魅力をさらにお伝えする事ができました!良かったら放課後、水泳部に遊びに来てくださーい!とびきり美味しいお菓子と、キツーいメニューを用意して待ってまーす!」
「以上で水泳部からの発表を終わります。ご清聴、ありがとうございました!」
二人の礼に合わせて、慌てて礼をする。…拍手がまばらだ。恐る恐る顔を上げると、新入生は不思議そうな顔をしながら拍手をしていた。
『あぁこれ…やっちゃったなぁ。』
それが素直な感想だった。
咲良も葵も、勿論私だって本気で準備をしてきた。水泳部存続にかける気持ちは本物だった。だから今までだって手を抜かずに準備を重ねてきた。全ては水泳部の為に。…それなのに。…あの時、あの一瞬だけ、水泳部存続以外の事に頭を持ってかれてしまった。冷静な自分なら、それが得策ではない事なんて分かるはずなのに。…全ては自分都合の勝手な行動。ヒーロー気取りもいいところだ。現実はそう甘くない事を、苦いほど知っているというのに。…あぁもう、苦しい。
「小夜、笑って。」
「小夜に泣き顔似合わないよ。」
…励ましてくれる仲間の言葉が辛い。二人だって恥ずかしいはずなのに、気にかけてくれる優しさが、とても苦しい。自分が勝手な行動をしたせいで、こうなっているのに。
………何も変わってない。
苦し紛れに浮かべた笑み。そのまま舞台袖に引き上げようとした、その時。
「水泳部ー!カッコよかったぞー!」
聞き馴染みのある声。一年間、厳しくも見守ってくれたあの声。三人で顔を見合わせる。
「…水上部長、咲良達の発表聞いてくれてたんだ。」
「…ウケる。やっぱ熱血系だね、あの人。」
「…うん。本当…聞いてくれて有難いよ。」
まだ苦しいけれど、尊敬していた先輩に褒められたという事実で胸がいっぱいになった。感傷に浸っていると、突然横から葵の大声が聞こえて、耳がキーンとなる。
「ぶちょー!!!!!ありがとー!!!!!」
葵はそう言って手をブンブンと振った。すると、部長も手をブンブンと振り返してくれた。続いて咲良と共に手を振ると、部長はこれでもかと手を振ってくれる。腕が外れてしまわないかと不安にさせられるほどだ。
舞台袖まで戻ると、他の部活は何事も無かったかのように作業をしている。傷を抉られないだけ有難い。それは司会の生徒も同じで、先程と変わらないテンションで進行を進める。次は生物部だそうで、生物部の生徒は亀やら熱帯魚やらを慎重に運び出している。
出番が終わった私達水泳部は、貸与していたパソコンを借りた時の状態に戻し、舞台袖奥に置いておいた部活用ジャージを履いた。上も下もジャージなのだから、恥ずかしいなんて気持ちは微塵も湧き上がらない…はずだった。
もうとてつもなく苦しい。穴があったら入りたいし、ロープがあったら…なんて考えてしまう。舞台上の水槽で壁をよじ登ろうとしている亀を見ながら体育座りをしていると、後ろから葵が覆い被さってくる。…うーん、距離感。拒否する元気もないので、目の前にだらんとぶら下がってる手のひらをいじり回す。すると頭上から、葵の切なげな声が聞こえてきた。
「小夜。水着の件、無理言ってごめん。水着で出れば、あんな事言われるって想像ついたよね。…ウチ馬鹿だから、そんなの想像できなくって…結局小夜に嫌な思いさせちゃった。」
「咲良も…ごめん。部長として言うべきだったのに、全部空に任せちゃって…。小夜は何にも悪くないから、苦しそうな顔しないで。」
「う、ううん!そんな、気にしないで!私も、どんよりしててごめん…。」
「「謝らないで!」よ。」
「ごめ………。ううん、ありがとう。」
…二人がそんな風に思ってくれているなんて思ってもみなかった。勝手に行動して引っ掻き回して、迷惑をかけてしまったというのに、何て暖かい人達何だろう。二人と手を繋いで、その手を額に持ってくる。
「本当に…ありがとう…。」
二人は何も言わず、黙って手を貸してくれた。
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