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第四章 人狼の激情譚
楽しい記憶は教室の星のように
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紗世さんに注意喚起を受けて以来、俺は頻繁に記憶を失うようになってしまった。いいや、もしかしたら今までは睡眠中だとか無意識下の時に起きていただけで、タイミングがずれているのかもしれない。
ただ、記憶を失うというのは只ならぬ焦燥感と失望感に駆られてしまうものだと気が付いた。
俺が記憶を失っている間に何が起こっているのだろう?そう考えても記憶の引き出しが開くことはない。
そもそも、今こうやって要の隣にいる俺は俺なのか?記憶を失っている間の俺なのか?それとも、これから消えてしまう記憶の一部なのだろうか?俺は…誰だ?
自分が自分でない感覚は慣れようと思えば慣れるのかもしれないが、そんな慣れなど手に入れたくない。だが、いつまでもこうやって怯えている訳にもいかない。矛盾した思いが脳内と心臓をループしている。
「おい…大丈夫か?顔色悪いぞ」
要がぺたっと手のひらを俺の額にくっつけて、余ったもう片方の手で自らの額を触った。どうやら俺の熱を確かめているようだ。しかし俺に熱はないので意味は全くない。顔色が悪いのに体調には変わりがない俺を少しだけ疑問に思っているようだったが、「元気ならまあいいや」と早々に諦められてしまった。
「最近思いつめてるみたいだし…あ、寒いから?寒いとみの虫みたいになっちゃうもんなぁお前」
語尾に(笑)でもつきそうなくらいに笑い飛ばしてくれたが、笑いごとではないのである。テストだったら100%出るくらいの重要度だ。寒い朝夕は満足に運動も出来ないくらいなのだから、本格的に病院送りになってもいいのだ。というか、解決出来る方法があるのなら早急に解決してほしい。紗世さん、こういう依頼引き受けてくれないのかな。
「普段はマスクとマフラーしてるし大丈夫だよ…教室は暖房効いてるしね」
一昔前までは、教室にエアコンなんて贅沢なものはついていなかったようだ。しかしここ最近になって、熱中症だとかなんやらで設置され始めたらしい。校長に大喝采を送りたいほどの偉業だ。
冷える朝の中を必死に登校してきた俺の体を温めてくれるのはこのエアコンなので、本当にとても助かっている。おかげで教室ではマフラーをしていなくても生きていける。
「風邪引いてんのかなって思ってたけど、寒さ対策だったんだな」
「うん、俺風邪引かないしね」
心配して損だった、と言わんばかりに唇を尖らせた要に、俺は些細な自慢をしてみた。が、全く噛みついてくることはなくスルーされた。酷い。もしかして、要も風邪を引かないから当たり前のことだと思っているのだろうか。
そうだったら非常に腹立たしい。
「全然関係ないんだけどさ、最近高梨さんとどうよ」
「本当に関係なくて笑うわ。いや、どうって言われてもなぁ…」
高梨さんが要に告白したのがきっかけで、二人は交際を始めたのだ。最近は暗くなるのが早いということで最終下校時間が統一なので一緒に帰っているそうだ。このリア充め。
消えてしまった水上國さんが不憫に思えてしまって、いまだに首にかけてある瑠璃色の貝殻を握りしめてしまう。この貝殻からは、水上國さんのような雰囲気を感じるので勝手に水上國さんだと思いこんでいる。違っていたら持ち主にはとても申し訳ない。
「…まぁ、ぼちぼちだよ」
「なんだって!!?高梨の恋愛事情!?」
要がぽつりと恥ずかしそうに呟いたのを掻き消すような大声が背後から響いた。鼓膜を突き破るようなヘルツの持ち主は吉沢だ。恋愛ごとには問答無用で突っ込んでくる厄介なやつ。
「おい!大声でいうなよバカ!」
「しーらなーい!さあ、早く教えたまえこの私に!」
「誰が教えるかよ!」
みっともなくて下らない言い争いと駆け引きが俺の横で繰り広げられている。
何とか恋愛話を聞き出したい吉沢と、どうしても吉沢だけには教えたくない要。どちらも必死で引く様子はないようだ。とりあえず俺の鼓膜が可哀想だからさっさとやめてほしい。
「ね、小泉だって気になるでしょ!」
吉沢はぐりんと首だけを此方に向けて尋ねた。こいつほど知りたがるやつもいないので、俺は「まあ、ちょっとはね」と曖昧にして答えを返した。
「なんだよつれないやつー」
「ナイス依月」
ブーイングと称讃が飛び交うこの状況がなんだか可笑しくてふふふっと笑ってしまった。
「笑ってるくらいなら小泉もこいつから聞き出してよ!」
「依月には教えてやるけど吉沢だけは絶対無理!!」
喧嘩という名のじゃれあいが収まる筈もなく、結局先生が教室に入ってくるまで終わらなかった。鼓膜の寿命が縮んだのを体感し、溜息を吐いて現代文の教科書を机に出す。
やがてチャイムが鳴って授業が始まっても、吉沢と要は口をぱくぱくさせて交渉と否定を繰り返している。なんて醜い争いなの…っ!?と、どこかで聞いたアニメの台詞を頭の中で流し、黒板に映る白文字をノートに写した。
先生が黒板の文字を黒板消しでさっと消した。チョークの粉が教室内に舞って、太陽光でキラキラと輝いていた。昼の空に浮かぶ星にも見えたし、儚く散ってゆく塵のようにも見えた。
楽しい記憶も教室の星のように消えてしまうと感じてしまって、無性に泣きたくなった。
ただ、記憶を失うというのは只ならぬ焦燥感と失望感に駆られてしまうものだと気が付いた。
俺が記憶を失っている間に何が起こっているのだろう?そう考えても記憶の引き出しが開くことはない。
そもそも、今こうやって要の隣にいる俺は俺なのか?記憶を失っている間の俺なのか?それとも、これから消えてしまう記憶の一部なのだろうか?俺は…誰だ?
自分が自分でない感覚は慣れようと思えば慣れるのかもしれないが、そんな慣れなど手に入れたくない。だが、いつまでもこうやって怯えている訳にもいかない。矛盾した思いが脳内と心臓をループしている。
「おい…大丈夫か?顔色悪いぞ」
要がぺたっと手のひらを俺の額にくっつけて、余ったもう片方の手で自らの額を触った。どうやら俺の熱を確かめているようだ。しかし俺に熱はないので意味は全くない。顔色が悪いのに体調には変わりがない俺を少しだけ疑問に思っているようだったが、「元気ならまあいいや」と早々に諦められてしまった。
「最近思いつめてるみたいだし…あ、寒いから?寒いとみの虫みたいになっちゃうもんなぁお前」
語尾に(笑)でもつきそうなくらいに笑い飛ばしてくれたが、笑いごとではないのである。テストだったら100%出るくらいの重要度だ。寒い朝夕は満足に運動も出来ないくらいなのだから、本格的に病院送りになってもいいのだ。というか、解決出来る方法があるのなら早急に解決してほしい。紗世さん、こういう依頼引き受けてくれないのかな。
「普段はマスクとマフラーしてるし大丈夫だよ…教室は暖房効いてるしね」
一昔前までは、教室にエアコンなんて贅沢なものはついていなかったようだ。しかしここ最近になって、熱中症だとかなんやらで設置され始めたらしい。校長に大喝采を送りたいほどの偉業だ。
冷える朝の中を必死に登校してきた俺の体を温めてくれるのはこのエアコンなので、本当にとても助かっている。おかげで教室ではマフラーをしていなくても生きていける。
「風邪引いてんのかなって思ってたけど、寒さ対策だったんだな」
「うん、俺風邪引かないしね」
心配して損だった、と言わんばかりに唇を尖らせた要に、俺は些細な自慢をしてみた。が、全く噛みついてくることはなくスルーされた。酷い。もしかして、要も風邪を引かないから当たり前のことだと思っているのだろうか。
そうだったら非常に腹立たしい。
「全然関係ないんだけどさ、最近高梨さんとどうよ」
「本当に関係なくて笑うわ。いや、どうって言われてもなぁ…」
高梨さんが要に告白したのがきっかけで、二人は交際を始めたのだ。最近は暗くなるのが早いということで最終下校時間が統一なので一緒に帰っているそうだ。このリア充め。
消えてしまった水上國さんが不憫に思えてしまって、いまだに首にかけてある瑠璃色の貝殻を握りしめてしまう。この貝殻からは、水上國さんのような雰囲気を感じるので勝手に水上國さんだと思いこんでいる。違っていたら持ち主にはとても申し訳ない。
「…まぁ、ぼちぼちだよ」
「なんだって!!?高梨の恋愛事情!?」
要がぽつりと恥ずかしそうに呟いたのを掻き消すような大声が背後から響いた。鼓膜を突き破るようなヘルツの持ち主は吉沢だ。恋愛ごとには問答無用で突っ込んでくる厄介なやつ。
「おい!大声でいうなよバカ!」
「しーらなーい!さあ、早く教えたまえこの私に!」
「誰が教えるかよ!」
みっともなくて下らない言い争いと駆け引きが俺の横で繰り広げられている。
何とか恋愛話を聞き出したい吉沢と、どうしても吉沢だけには教えたくない要。どちらも必死で引く様子はないようだ。とりあえず俺の鼓膜が可哀想だからさっさとやめてほしい。
「ね、小泉だって気になるでしょ!」
吉沢はぐりんと首だけを此方に向けて尋ねた。こいつほど知りたがるやつもいないので、俺は「まあ、ちょっとはね」と曖昧にして答えを返した。
「なんだよつれないやつー」
「ナイス依月」
ブーイングと称讃が飛び交うこの状況がなんだか可笑しくてふふふっと笑ってしまった。
「笑ってるくらいなら小泉もこいつから聞き出してよ!」
「依月には教えてやるけど吉沢だけは絶対無理!!」
喧嘩という名のじゃれあいが収まる筈もなく、結局先生が教室に入ってくるまで終わらなかった。鼓膜の寿命が縮んだのを体感し、溜息を吐いて現代文の教科書を机に出す。
やがてチャイムが鳴って授業が始まっても、吉沢と要は口をぱくぱくさせて交渉と否定を繰り返している。なんて醜い争いなの…っ!?と、どこかで聞いたアニメの台詞を頭の中で流し、黒板に映る白文字をノートに写した。
先生が黒板の文字を黒板消しでさっと消した。チョークの粉が教室内に舞って、太陽光でキラキラと輝いていた。昼の空に浮かぶ星にも見えたし、儚く散ってゆく塵のようにも見えた。
楽しい記憶も教室の星のように消えてしまうと感じてしまって、無性に泣きたくなった。
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