刹那

Hyuga

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刹那

壱、御破算

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 奴が彼岸に召されてから何度目の春だろうか。
生き死にを考えるようになったのも奴の死が原因だろう。
私は床についた彼を救おうと、祖父に縋り付いたこともあった。
祖父は私を突き飛ばしこう言った。
「薬礼も払えん客人まらうとなぞ、野垂れ死にさせてしまえ。それよりお前、そのようなあさましい朋友ともがきとは縁を切れ。お前のためだ。」

 父を亡くし母をも亡くし、山奥でひっそりと暮らしている十二の私の朋友は、外を駆けることが好きな快活な子だ。しかし、彼は日を追うごとに衰弱していった。 見る見るうちに痩せ細り、食事も「味がしない」と大好物のかささぎすら口に入れなくなった彼は、辛うじて水を一口、息絶えそうな猫のようにうつ伏せですすり飲むだけだった。
そんな姿を見ていた私は彼に何かしてやりたいと、祖父に薬の作り方を教えてくれと頼み込んだ。
「私も薬師になる。金ならいくらでも出してやるからすべてを教えてくれ。」
必死で怒鳴る私に祖父は口を開けず、大きい真紅の薬箪笥くすりだんすの前に静かに佇み、何かを決心したかのような表情を浮かべると、おもむろに引き出しに手をかけた。祖父が乾燥した草を煎じ始めると、私は目の前の節の多い木の幹のような手に、じっと舐めるような視線を這わせた。
「薬湯ぐらいならお前でも作れるだろう。今し方俺が作っていたのが馬車道草とよもぎを使った簡単な煎じ薬だ、よく見て覚えろ。」
「これは濃く煎じ、喉によく絡ませ飲み込ませろ。咳の病にはこれが良く効く。」
そう言って祖父は、出来たばかりの薬湯を何の躊躇もなく土間にぶちまけた。
「馬車道草一年ひととせ、蓬春梅雨。はよう持ってこい。」
そう言う祖父の言の葉を耳に残し、私は山へ走って行った。

 時に人は、愛し愛され死んでいく。
もしくは一人静かに誰にも感傷されることなく死んでいく。
もしくは…

     何かを恨み、死んでいくだろう。

「―――葉鶴、調子はどうだい?」
「あぁ、一作さん。おいらはもう鵲はいらないよ。」
いつもよりは少し楽そうな声に安心した。が、屈託そうな彼の言霊ことだまに私は気づいたていた。
「少し出てくる。」玄関のくたびれたすだれを軽くすくいながら彼に声をかけると、淋しそうな笑みを浮かべて「気を付けて。」と言ってくれた。
「―――馬車道草ヒトトセ、蓬ハルツユ…」
暗号のように並べられた言葉を頼りに、春である今はこの二つの薬草が手に入ることを知った。
 山の峠をおりる途中、平らで少し広い道に出た。まるで京の都の長い軒並みの如く、大きな土道の両端を挟む大量の馬車道草を、持ってきた小さい籠いっぱいに詰め込んだ。瞬間、何かが鈍い音を立てて私の背中に激突した。
「いっさくっ…!」
それは、顔を赤く染め息が切れ、苦しそうに顔の汗を拭いながら口を塞ぎ背中から滑り落ちる葉鶴だった。
「馬鹿か!何故ここまできたんだ。お前は家で安静にしていろと言ったろう。」
首を抱き上げ血色を見ると、赤く火照ってはいるが少し青ざめたような肌の色をしていた。
「おいら、一作さんがいないと寝れないんよ。怖い夢みちまって、おいら、彼岸に連れていかれる夢を何べんも何べんも見るんだ。」
泣きそうな顔を私はゆっくり抱きしめた。
「もういい、静かに息整えよう。」
葉鶴の体からゆっくり力が抜け、落ち着いたという事が体で感じる事ができた。安心しきると眠ってしまった彼を背負い、少し彼には大きい薄黄色が主の青碧せいへき色が綺麗に浮かぶ葉鶴の羽織りで、自分の身体と葉鶴の身体を軽く縛り付け、私はそのまま蓬を探すことにした。

 山小屋に着いても彼はぐっすり寝てしまっていた。
その間に私は祖父の手をまね、煎じたそれを祖父の所にもって行った。
 「―――思ったほど悪くはない出来だ。お前のことだ、卑怯なことをするとは思っとらん。」
私は祖父の言葉に安心した。これを彼に飲ませても大丈夫という事だ。
「俺はお前にこれ以上専ら教えぬ。これ以上知りたけりゃ自分で、自力で調べろ。」
「自力で…とは。」
「無毒か有毒か肌に触れさせて、せいぜいちまちま調べるんだな。」と、
もしそれでなんらかの原因で私がどうなってもいいと言わんばかりの嗤い混じりの冷たい言葉に、謎の決意が沸いた。
何だってやってやろう。

 峠を往復するのに3時間以上かかる。祖父の薬種屋やくしゅやから山小屋まで帰ると夜の帳が落ち、空があかつきに輝くのをこの目で見たのは、当時じゅうはちの私には初めてのことだった。疲れでよく動かない足を叩きながら、やっとのことで山小屋の土間に着いた。その瞬間から私の意識は深い眠りの奥底に落ちていった。

「――――くさん、一作さん」
誰かが私を呼ぶ声で、私は深い沼底から意識を取り戻した。
「すまない、はよう。そうだ、私がこさえた薬湯を飲んでくれ。」
「…ぁお。」
か弱い声で返事らしき言葉を返した。昨日無理をして出てきた所為せいか、今日は体調が悪そうだ。
「茶碗で飲むのは辛そうだが、口移しと茶碗どちらがいい。」
「腕も首もうんごかねぇ。」
言葉もちゃんと発すのが大変そうだ。
私は自分が作った薬湯を少し口に含み、彼と口づけを交わすと彼はゆっくり飲み込み、ほほ笑んだ。
「どうだ、うまいか。」
「ぁは、にがいや。」
「…釜土、火がもうちいせぇなあ。少しまきを増やすか。」
私はこの艱難辛苦かんなんしんくを前に感情を抑えられず、募りに募った沈痛の涙はついに溢れ出し、強く抱えた薪をそっと濡らした。

 私が薬を煎じれるようになってから一月ばかり経った。
薬師になろうと決めてから私は祖父の薬種屋に通うようになり、葉鶴のもとに毎日通うことがなくなった。心配し過ぎたせいで、一度沸かした薬の入った鍋を噴き溢してしまい祖父に思い切り殴られたこともあった。しかし日に日に少しずつ、咳込むことがなくなってきた彼に少し安心していたが寝たきりだ。
遅すぎた。
衰弱が進みすぎ、身体はもう口しか動かなく、水を飲むことすら一人で出来なくなった。さすがに周りも気にかけ始め、彼の知人や親戚が介護するようになった。

「今日は山小屋へ行きます。夜までに外に干してある、あー、絞り布を中に入れるのを頼んます。」
いつもの格好で腰掛袋の準備をしていると、草履で砂利を勢いよく踏み、駆け寄ってくる音がした。
「失敬、一作の坊はいるか。」
息を切らした若い青年が、薬種屋の表で叫んでいた。よく見ると、葉鶴の伯父おじだった。
「伯父さん、どうしました。今から山小屋へ向かおうとしていた所だったんですが。」
少し焦った表情に不安が募る。
「…とりあえず、小屋まで。」
準備途中の袋を急いで腰に縛りつけ、小屋まで走っていった。
ゆっくり歩いていくと半日かかる峠道も、本気で走れば1時間あれば着くだろう。なんせ、山の奥、狩りやらすると半日はかかる。
 道中、さすがに走りっぱなしは疲れる。膝に手をついて息を整えていると、茂みの中に追儺面ついなめん狩衣かりぎぬの子供がこちらを見ている。背格好が葉鶴と瓜二つだったもんで、つい見入ってしまった。
「おい、もう行くぞ。」
伯父の声に我に返り、もう目の前の山小屋に最後の体力を振り絞り走っていった。

小屋に着き上に止めてある簾をくぐると、静かに息をしながら眠っている葉鶴の首を、赤い塗料が縄の紋様を一周ぐるりと描いていた。
「…縄痣ってわけでもなさそうだ、一体どうして。」
縄の紋様を指で撫でると、私の指にも赤い塗料がついた。
墨なのかよくわからないまま、私は首を濡らした袖で拭くと全て綺麗に色は落ちた。
「一作さん…?」
目を覚ました彼は、不思議そうに私の名を呼んだ。
「ああやはり一作さんだ。…おいらさっき、眠ってる間にぽっくり死んじまったかと思ったよ。」
「体の調子はどうだい。お前、さっき首に縄の紋様をした赤い色がついていてな、拭っていたんだ。」
彼は首を傾げ、何かに気付いたかのように「はっ」という顔をした。
「そういや、夢で雀と話したんだ。足が縄で縛られててな、おいらがほどいてやったんだ。そいだらその雀、人間に化けたんだ!顔は紙の面で見えんかったのだけれど。」
道中見たあのこどもは、死神だったのだろうか。
「縄ほどいちまったので、祟られて首に縄きざまれたんかなぁ。」
久しく楽しそうに見た夢を話す葉鶴に相槌を打っていると、なんだか安心して眠気が襲ってきた。
彼に寄り掛かる私は眠りにつく瞬間、小さな手が私に触れたのを覚えている。

 夜目が覚め、ぬくもりが自分のものしか無いことに気付いた。
「葉鶴…!」
葉鶴が居ない。嫌な予感は彼がその場にいなくとも、すぐに理由を知らしめられた。
布団から外に向かって人を引き擦ったような跡が外に向かって伸びている。
流石に無事だとは思っていない。
私は心を決め、夜の山の中に入り彼を探しに行った。

小半時ほど跡を這い、途絶えた先には息絶えたであろう葉鶴が横たわっていた。悲観な感情を押し殺し、葉鶴の首から伸びている縄の先を目で追うと道中見かけたあの少年が佇んでいた。私はどうもその少年が葉鶴にしか見えなかった。
「葉鶴...?」
軽くこくっと頷き、泣いているのか軽く震えているように見えた。
葉鶴の心を持ったその少年は歩いて私の近くに膝をついて座った。
「身体がすっと軽くなったと思ったら、
おいらが落ちててな、怖いよ一作さん。」
私は葉鶴の亡骸、その少年を一緒に抱きしめ追儺面を掬うと、涙でぐちゃぐちゃになった葉鶴の顔があった。

「おいらこれ、生きてるのかな。」
墓前で呟く葉鶴に、私はどう声をかければいいのか分からなかった。
「おいら、ちゃんと隠岐 葉鶴おき はづるなのかな。」
静かに俯く葉鶴に私は提案した。
「葉鶴はもういない。お前、新しい名を付け新しく私と一緒に生きよう。」
彼はぽかんとしていたが、徐々に顔は明るくなり「うん」と頷いた。

私は彼に、きざみという名前をつけた。
もう死ぬことはないであろう彼に、出会った一人一人の刹那な人生に些細なことでいいから何か出会いや思い出を刻んで欲しい。
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