悪魔と死者のモノローグ

水鳥聖子

文字の大きさ
上 下
2 / 12

【玲】プロローグ

しおりを挟む
彼女は私の手を握るために近付いて、そして手を伸ばす。
細い。身長は私より低いけど、多分一般的な女子高生からしたら高い方。
不健康なまでに痩せた彼女の体躯は、しかし出る所が出て居るために逆にスタイルを良く見せていた。
けれども、その美しい造形を彩る装飾は、酷く濁って、私が殺さずとも彼女は既に死んでいた。
触れた手は冷たく震え、まるで生きて居たいと必死に呼び掛けているようでもある。

私は彼女を殺した、社会的に。

腕の中で抱かれた少女は、まるで日に当たった事が無いかの様に真っ白で、そして先程の瞳と相まって人形のように感じられた。
私の中で寒さに震える少女を、私は嬉しく思った。
寒いと言う事は、逆を言えば温まりたい。生きて居たい。まだそう思ってくれているようで。
見ず知らずの彼女は、身体は冷えていたけれども、生きた温かさを持っていた。
当たり前のことなのに、ただ、その当たり前が今喪われずに済んだことに、心の底から良かったと思う。
冷たくなった彼女、悲痛と絶望に染まった表情で、涙と糞尿を垂れ流した彼女を、心の底から見たくないと思った。
そして、それと同時に、私は彼女が自ら命を絶とうとし、自らの存在価値に気付かない彼女に対して、思った。

彼女が欲しい、私だけの彼女にしたい。

そんな独占欲が渦巻いて、気付けば私は彼女を社会的に殺す事と引き換えに、彼女を私の物にしようとした。
彼女は私に何をされても良い、もう私は死んだのだから、この身体も心も、好きにして良いと言った。
その言質はまるで甘い禁断の果実の様に、甘美に私を誘惑した。
そして私は彼女の言質を取って、私だけのものにした。
これは彼女のためじゃない、私のための、利己的な理由による、彼女の全ての略取。
まるで私は彼女が死のうとしている所に囁く悪魔のようで、ただただ私は己の欲望のままに彼女を欲していた。

「貴女、名前は?」
「汐音。汐音栞です」
「名字も、名前も、女の子の名前らしい可愛い名前ね」
「お姉さんは?」
「玲。金子玲。私は女性らしくない名前かな」
「素敵です……。金子玲……お姉さま……」
「……うん。お姉さま、良い響きだ」

私達はそれぞれ名を名乗り、このままでは風邪をひくので、家に彼女を連れて行く。
傍に停めてあった車に乗ると、そのまま彼女の住む家とは真逆の方へ車を走らせる。
気付けば彼女は、隣で眠ってた。都合が良い。
私は彼女の出会いに感謝した。この奇跡は、願っても二度と手に入らないだろう。
そして、それを知らせてくれた、家の近くの占い師には、更なる謝礼を用意しないとと思った。

何せ、彼女と出会った私は、2つ離れた県に住んでいたのだから。
しおりを挟む

処理中です...