惚れ薬を飲ませようと思った彼女は自ら惚れ薬を飲む

水鳥聖子

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第1話 惚れ薬を飲ませようと思った彼女は自ら惚れ薬を飲む

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取り寄せてしまった。
私は段ボールから取り出した高級な箱を開けて、緩衝材に守られた小さな小瓶を恐る恐る取り出す。
通販サイトで購入した、10万円もする薬品。その効能は、惚れ薬。
同性である女の子を落とすには、この方法しか無いと、一縷の望みでネット検索をして手に入れた薬だ。
中学では私の趣味がバレていられなくなり、私の事を何も誰も知らない辺鄙な高校に通うことになったけれども、それでも彼女に出会えた幸運と比べると些細なことだった。
もう少しで彼女が家に来る。
何食わぬ顔で麦茶にこの薬を入れて呑ませれば、眠野さんは私のことが好きで仕方が無くなるだろう。
ドキドキしながら時間より少し早い時間で、眠野さんが来る。
大人びた格好で、こんな私相手にオシャレをしてくれる眠野さんに内心嬉しくなる。
私は彼女の横に並ぶには多分相応しくない、ナチュラルに素敵な眠野さん。
半眼で教室でそうしているように、小さくあくびを零す。なぜか眠野さんはいつも眠そうで、教室でも基本寝ていることが多い。
だからこうして遊びに誘うだけで結構苦労したりした。
「夢美ちゃん、これ、つまらないものだけど」
そう言って渡して来てくれたのは、そこそこ高級なお店のケーキだった。
同じクラスになって1年経つ彼女は、高校2年生になった私には未だに怖くて近付けないケーキ屋さんのケーキをお土産に買って来てくれる。
こういう気遣いも彼女を好きになってしまった理由の一つだ。
「外、暑かったでしょ。エアコンついてるから、中入って」
「うん。お邪魔しま~す」
サンダルの足首に巻かれたストラップを外すのを見て、彼女の足首が非常に細いし、素足がまるで日に当たったことが無いかのように白いなぁと思ってしまう。
そうしてサンダルを並べて横によける眠野さんの後ろ姿、ウェーブの掛かった茶髪が揺れる。
そしてフワッと香る眠野さんの香りに、心拍数が跳ね上がる。だめだ、どんどん私、眠野さんに恋してる。
「夢美ちゃん、顔赤いけど、熱中症?」
「え!? あ、ううん、大丈夫。心配してくれて、ありがとう、眠野さん」
まだ私は眠野さんのことを静香ちゃんと呼べずに居る。
だけど、惚れ薬を飲ませて彼女にした後、私は眠野さんのことを「静香ちゃん」と呼ぼうと決めていた。

リビングの絨毯で、足を横にしてお姉さん座りをする眠野さんは、それだけでモデルのように可愛い。
雑誌を読んでいる姿も絵になるし、と言うか睫毛長いな……。
私は惚れ薬を入れた麦茶を眠野さんの目の前に置いた。
すると眠野さんは麦茶が入ったコップを直ぐに手に取らずに、困ったような表情を私に向けて、驚くべき言葉を口にした。
「これ、惚れ薬入ってるんでしょ?」
「えっ……」
なんで、と思った私の疑問を晴らすように、眠野さんは側にあった配送時に使われた段ボールを取り出す。
ただの梱包だと思って投げっぱなしにした箱の中に、惚れ薬の説明書が入っていたのだ。
「……ごめんなさい! その……、気持ち悪いよね? こんなことして、本当にごめ―――」
「いいよ別に。夢美ちゃんに惚れるのも悪く無いだろうしね」
そう言って眠野さんは麦茶を一気に煽る。喉を通り、眠野さんは私が止めるのも聞かずに、惚れ薬が入った麦茶を全て飲み干した。
「夢美ちゃん、麦茶、お替りもらえるかな?」
「……はい!」
眠野さんの言葉に嬉しくなって、私は急いで台所に向かい、新しいグラスに氷を入れて、そこに麦茶を入れる。
そしてそれを再び眠野さんの前に持っていく。
「ありがと」
そう言った眠野さんの顔は、とても綺麗で可愛くて、私の心臓は破裂してしまいそうになる。
いつもと変わらない眠野さん、効果は30分程したら現れると言う。
ドキドキしながら私は、その後雑誌を見ながら普通に談笑する。
「そろそろ効き目が出て来ると思うんだけど、どう?」
「んー、特に何も感じないけど……」
そう言いながら欠伸を零す眠野さんに、私は思わず見入ってしまう。
やっぱり眠野さんはとても美人で、スタイルが良くて、性格も良い。それに、私のことを好きで居てくれている(予定)。
「ねぇ、眠野さん。……どうしてあんなことしたの?」
「あんなことって?」
「惚けないでよ、惚れ薬入ってるって分かってて、なんで飲んだの!?」
「惚けると惚れるって、同じ漢字書くよねぇ~」
「だから!」
「ふわぁ~……。眠くなっちゃった、ちょっとソファ借りるねぇ~」
そう言うと、眠野さんは絨毯に座りながら、ソファーに腕まくりをして眠る。
直ぐに寝息が聞こえ、私は吐き出そうとした言葉を飲み込まざるを得なくなった。
「……もう」
惚れ薬の効果が現れるまであと10分くらいだろうか。
ドキドキしながら、私は眠野さんの横顔を眺め続けた。
「静香ちゃん、起きて、風邪ひいちゃう」
「むぅ、夢美ちゃん、夢美ちゃんのベッドで眠りたいなぁ~」
目を擦って、あくびをしながら体を起こす。
眠野さんは惚れ薬の効果が表れても表れて無くても言いそうなので、余計に頭を抱えることになる。
けれども、一先ずここで寝かせる訳に行かないから、私は彼女をベッドに連れて行って、そのまま寝かせようとする。
離れようとした所、眠野さんは私を抱き寄せてベッドに連れ込む。
抱き枕状態の私の後ろで、眠野さんは寝息を立てていた。
「もぉ……」
こうなったら仕方が無いと諦め、私も眠野さんの温もりを感じつつ、眠気に身を任せることにした。
「おやすみ、静香ちゃん」
「おやすみ~、夢美ちゃん」
そんな声が、どこか遠くに聞こえる。
眠野さんの声が心地よく、私を安心させてくれる。
だけど、暫くしてなんだか体が熱い気がして、目が覚める。
そして、自分の体に違和感を覚える。何だか、胸が重い。
私は恐る恐る視線を下に向ける。
そこには、眠野さんが私の胸に顔を埋めて眠っていた。
そして、その手は、私のお尻に触れていて、私は慌てて眠野さんを起こそうとする。
だけど、眠野さんは一向に起きる気配が無く、私は眠野さんを揺さぶったりしてみるけど、それでも全然起きなかった。
それどころか、眠野さんの手は更に大胆になり、お腹を撫でたり、太ももを触り始める始末。
私は恥ずかしさと、ゾクゾクする感覚に遂にただ我慢するだけになっていた。

そんな一生とも思える長い時間を耐えていると、不意に眠野さんが目を覚ます。
そして目を細めて、ゆっくりと目を擦りながら起き上がる。
寝汗で眠野さんから耐えられない程の良い香りが、ありがとうございます。
「夢美ちゃんのベッド、夢美ちゃんの匂いで安心して、つい眠っちゃった。おはよ~、……どったの?」
「……なんでもないです」
眠野さんの手が、未だに私のお尻を掴んでいるので、私は赤面して俯く。
すると眠野さんは私を抱きしめ、耳元で囁いた。
眠野さんの吐息に背筋を震わせ、私も眠野さんをギュッと抱きしめる。
そして私は眠野さんに向き直る。
「眠野さん。大事なお話があります。って言っても、もう眠野さんには惚れ薬を入れたことも含めてバレてるけど。でもね、聞いて欲しいの」
眠野さんは何も言わずに、私の言葉を待っている。
きっと、私が何を言おうとしているのか、既に察しているのだろう。
私は深呼吸をして、意を決して口を開く。
ずっと言いたかった言葉。
眠野さんに言いたくて、言い出せなかったこと。
それは――。
「眠野静香さん。私は貴女が好きです。どうしようも無いくらいに、私は貴女に恋をしてしまいました。だけど、私は私が憎いです。同性だから、貴女と付き合えないと思ってしまったことを。そして惚れ薬なんて卑怯な手を使ったことを……」
「夢美ちゃん、泣かないで」
「ごめんなさい、こんなこと言って、困らせちゃって」
「違うよ夢美ちゃん。嬉しいんだよ。だって、私が先に告白しようと思ってたんだもん。夢美ちゃんのことが好き過ぎて、どうしたら良いかわかんなくて、それで、夢美ちゃんと2年生になって同じクラスになれたら、もっと仲良くなって、それからって考えてたんだけど……」
「え、それって……」
「あはは……。実は惚れ薬前から惚れてました。でも、勇気が出せなくて、寧ろ私が惚れ薬に頼っちゃった感じかな?」
「静香ちゃん……」
「夢美ちゃん、大好きだよ」
「私も、好き。愛しています」
「うん。私も、夢美ちゃんを愛しています」
私達2人はお互いの気持ちを確かめるように唇を重ねる。
初めてのキスは、とても甘くて蕩けてしまいそうな味だった。
「んっ……。ねぇ、静香ちゃん。今更なんだけど、私って静香ちゃんの彼女になったってことでいいのよね? なんか、実感湧かなくって」
「………。ふふふ、夢美ちゃんは可愛いねぇ~」
「ちょ、ちょっと! 静香ちゃん!」
私は静香ちゃんに抱き寄せられ、頭を撫でられる。
静香ちゃんは私よりも身長が高いし、こうして抱きしめられているだけで、静香ちゃんに包まれているみたいで……。
「夢美ちゃん、今日泊まっても良い?」
「えぇ!? そ、その、私は別に構わないけど、静香ちゃんのお母さんとか大丈夫なの?」
「私、こう見えて一人暮らしだから。それに恋人同士なんだから問題無いでしょ」
「うぅ~」
私は顔を真っ赤にして、何も言い返せなくなる。
確かに、惚れ薬を使ってまで私は静香ちゃんに想いを伝えた。
そして、静香ちゃんも私と同じ様に想ってくれていた。
つまり、両思い。
これはもう、そういう流れになるしかない。
「それにしても、学校どうしよっか。両想いだって分かったら、途端にべたべたしたくなっちゃった」
「恥ずかしいから、隠してたいけど……。静香ちゃんは、私との関係を話したい?」
「どうしても無理にって訳じゃないし、理解を得られるのも難しいからねぇ。夢美ちゃんは?」
「私も、出来れば隠しておきたいかな。私達は、まだ学生だし、色々言われるのも嫌だもの」
「そうだね~」
そう言うと、静香ちゃんは私を抱きしめたままベッドに倒れ込む。
そしてそのまま私を抱き枕のように抱きしめる。
私はそんな彼女の背中に腕を回し、ギュッと抱きしめる。
すると、彼女は私の頬に手を添えると、私の顔に自分の顔を寄せてくる。
そして、また私達の唇が重なり合う。
今度は触れるだけの優しいキス。
だけど、その時間は永遠とも思える程長く感じる。
名残惜しく離れていくと、静香ちゃんは照れくさそうにはにかむ。
その表情が可愛くて、私は思わず笑みをこぼしてしまう。
そして私たちは笑い合い、もう一度強く抱きしめ合った。
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