蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

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張り子の虎【耳中人】

4.

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 それから二十分。
 辰史がやってきた。蛟堂から病院まで、およそ十五分。御霊に呼ばれ、すぐに店を飛び出してきたことになる。実際、かなり慌ててきたのだろう。いつも後ろに撫でつけている前髪が、乱れて額にかかっている。彼は名島瑠璃也と岡山太郎を引きずってきて、比奈の顔を見るなり勢いよく頭を下げたのだった。

「すまん!」

 と――
 わけが分からず目を白黒させる比奈に、辰史が言った。

「こいつらから話を聞いてお前のことを探していたんだが、入れ違いになっちまった」
「どういうことでしょう?」
「これだ」

 辰史が差し出してきたのは、木製の小箱である。

「開けても?」
「ああ」

 頷く彼から小箱を受け取り、比奈は真鍮製の留め金をはずした。開いた蓋の内側には、赤の塗料で見たことのない紋様が描かれている。ベロア生地が貼られたクッションの上に、やはり赤い人工石が二つ光っている。シンプルなピアスだった。

「思念、ですか?」

 それにしては様子がおかしかったような気もするが。
 首を傾げる比奈に、辰史は「いや――」と曖昧に否定した。その歯切れの悪さは、彼らしくない。先を促すでもなく、静かに続きを待つ。ややあって、彼が口を開いた。

「…………オカルトグッズだ」

 苦い声で、一言。

「オカルト?」

 馴染みのない単語に、比奈はますます眉をひそめた。
 異能者の間で、オカルトという言葉はあまり使われない。一般人が怪奇現象と呼ぶような事象の多くは、異能者にとって解決できない問題ではないからだ。たとえば幽霊、霊障などは、ほとんど思念と同義だし、長く「呪い」と信じられてきたものにも、「呪症」という名が付けられた。誰かが「未知」を見つければ、才能ある異能者がそれを研究する。あるいは生まれ持っての異能の才で、接触を可能にしてしまう。

「……たまに胡散臭そうなもんを見つけると、気になっちまうんだよな」

 やはり気まずそうに、辰史が言った。
 その言い方と彼の様子から、比奈はどうにか結論を見つけた。

「つまり、民間で売られている怪しげな商品……ということでしょうか?」
「そう。そういうこと」
「まあ、辰史さんくらいの異能者になってしまうと、得体の知れないものに刺激を求めたくなってしまうこともあるんでしょうけど……」

 項垂れる辰史を見ていると、責めるのも可哀想かという気になってくる。
 比奈が慣れたふうにフォローをすると、横から太郎が口を挟んだ。

「……比奈さん、そうやって叔父さんのことを甘やかすのはよくないですよ」

 それを聞いた辰史が、バッと顔を上げる。

「お前、そんなこと言って! 発端を作ったのは俺だが、そもそもお前と瑠璃也が人の荷物を勝手に開けるからこんなことになったんだろうが!」
「ぼ、僕は関係ないです。あきらくんとふざけて封筒を取り合ったのは、瑠璃也で――」
「監督責任だ。監督責任」
「なんで僕が瑠璃也のことにまで責任を持たないといけないんですか」
「だって保護者みたいなもんだろ、こいつの」

 抗議する甥に言い返しながら、瑠璃也の足を蹴り付ける。

「いたっ、痛いですよ、三輪さん」
「うるせえ。大体お前は、俺が留守するたび調子に乗りやがって」
「調子に乗ったわけじゃないですよー」

 店からずっとこの調子で小突かれてきたのか、瑠璃也は半泣きだった。こちらもなんとなく放っておくわけにもいかず、比奈は二人の間に割って入った。

「まあまあ、病院ですから。落ち着いてください」

 毒づいている辰史をなだめ、なんとなく現状を把握する。

「辰史さんが買ったオカルトグッズを、十間くんと瑠璃也くんが開けてしまったということですよね。それで、このピアスはどういったものなんです?」
「名前は、『耳中人』――その名のとおり『聊斎志異』の『耳中人』が元ネタだ」
「『耳中人』?」

 『聊斎志異』の名は聞いたことがある――中国、清初の作家、蒲松齢が民間伝承から着想を得て執筆した、怪異譚だ。およそ五百話もあるため、その中の一篇と言われても比奈にはぴんとこなかった。こちらの反応を予想していたように、辰史が続けてくる。

「淄川県に、譚晋玄という男がいた。こいつは不老長寿の術を習得するため、数ヶ月に亘って修行をしていた。そんなある日、結跏趺坐をしていると耳の中で蝉の羽音のような音を聞いたんだ。『会おうか』と、その声に譚晋玄は喜んだ。目に見えないものの声を聞けるようになって、修行が終わりに近付いていると思ったわけだな。それからは結跏趺坐をするたび、声が聞こえた。何度も『会おうか』と問いかけられれば、答えてみたくなるのが人のさがだ。あるとき、譚晋玄は『会おうか』と答えた。すると耳の中から夜叉のような顔をした小人が這い出して、地面を歩き回りはじめた」

 彼の話を聞きながら、比奈はあきらの耳の中から出てきた白い塊を思い出した。

「譚晋玄はこれを見守っていたが、不意に隣の家の住人がものを貸してくれと戸を叩いた。その音を聞いた小人は、慌てふためいた。その瞬間、譚晋玄の気は遠くなり、そのまま気が狂ったように喚くばかりになっちまったというわけさ。まあ、物語の中では半年後には介抱に向かったとあるが……」

 辰史の話が、そこで途切れる。
 言いにくそうな彼の表情を見るに、半年でよくなって終わり――というわけではなさそうだ。嫌な予感を覚え、比奈はベッドに横たわるあきらへと視線を移した。

「……十間くんがどうなるのか、辰史さんにも分からないんですね?」
「主人の命令に従って他人に災いをなす小さな悪鬼……という触れ込みだったが、信じちゃいなかったんだ。なにせ通販の量産品だからな。同じ思念を量産するなんて無理だし、特定古物にしたって条件は同じだ」
「式神ではないんですか?」

 これは、太郎だ。辰史があっさり否定する。

「俺でさえ、式神三体を常時現出させておくことは不可能なんだぞ。いつ呼び出されるか分からんものを大量に、しかも素人に扱えるように術を組むなんて人間技じゃない」

 だとしても、異能には違いないだろう。

「〈SHIN〉ってお店なんですよね。直接、訊きに行ったらだめなんですか?」

 それまで考え込んでいた瑠璃也が、思い付いたように訊ねた。

「そうは言ってもな、実店舗のない店だ。しかも倉庫は上海で――」

 途方に暮れた声で言って――辰史は、ふと気付いたように言葉を切った。

「上海……」

 太郎も気付いたようだ。ハッと目を大きく開いて、辰史と顔を見合わせる。

「秋寅叔父さん!」
「兄貴!」

 叫んだのは同時だった。



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