蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

文字の大きさ
5 / 119

バレンタインにごねた男の話

しおりを挟む


「お前も大概、瑠璃也のことが好きだよな」

 四つ年下の恋人を後ろから抱き込みながら、三輪辰史は唇を尖らせてそう言った。彼女――天月比奈は先程から熱心に、バレンタインにちなんだ贈り物のギフトカタログを眺めている。ページの隅に貼り付けられた付箋には、名島瑠璃也。あのお気楽大学生の名前が丁寧な字で書き込まれていた。

「何がですか?」

 手を止めて振り返ってくる――その無防備な横顔が、今はなんとも面白くない。辰史は恨めしげな視線で比奈を一瞥すると、拗ねたようにそっぽを向いた。

「あんなガキには5円チョコでもくれておけばいいんだ。どうせ味なんて分からないだろ。あいつ、馬鹿舌だし」
「そうでもありませんよ」

 不機嫌の理由にようやく気付いてくれたのだろう――けれど比奈は脇へとカタログを寄せて体を半分ほど振り返らせながらも、かの大学生を庇ったのだった。そのことも、面白くない。辰史はほんの少しだけ頬を引き攣らせたのだが、彼女はそれに気付かなかったらしい。

「瑠璃也君、甘いものに関してはすごく舌が肥えていて」
「けっ、あの糖尿病予備軍が」
「それに、せっかくのお誕生日ですし。毎年、誕生日プレゼントで代替されて義理チョコすらもらえないんだって嘆いていたので――」

 まったく、その優しさには涙が出る。

「俺にもそれくらい優しくしてくれると嬉しいんだが」

 子供じみた嫉妬だという自覚はあった。十間あきらなどがこの場にいれば、鬱陶しいと一蹴されていたかもしれない――そんなことを思わず呟けば、比奈は心外そうな顔をした。

「わたし、辰史さんに優しくないですか?」

 ほんの少しだけ眉をひそめて訊いてくる彼女に、辰史は大きく頷いた。

「ああ。サディストもいいとこだ。なんせ、俺の目の前で当たり前のように他の男へのプレゼントを選んでンだからな」
「見えないところで知らないうちに準備している方が、辰史さん的には嫌かなぁと思ったんですよ」
「そりゃどうも。取るに足らない暇な大学生の誕生日をお前がスルーしてくれれば、何も言うことはないんだけどな」

 分かっている。含みなど何もないことは。けれどどうしても納得ができずに、辰史は比奈を抱く腕にぎゅうぎゅうと強く力を込めた。苦しいですよ。と苦笑交じりの声が聞こえるが、無視しておく。

「心配しなくても、辰史さんの分もちゃんと用意してありますから」
「当然だろ。これでないとか言われたら、俺はあいつを埋めるぞ」
「どこにですか……」

 ぐったりと――諦めたのだろう、全身から力を抜いてもたれかかってくる恋人の耳元で、辰史はもう一度唸った。

「ていうか、比奈」
「はい?」
「お前、まだ俺の質問に答えてないぞ」
「質問ですか?」
「……最初の」

 ――瑠璃也のこと、好きだろ。
 探るような瞳で問えば、比奈は今度こそ呆れたようだった。

「答えるまでもないと思ったんですけど」
「何だよ、それ」

 答えるまでもなくお気に入り。もしくは、答えるまでもなく好きだとでも言うのだろうか。
(やっぱり埋めよう。すぐに埋めよう)
 ぶつぶつと呟く辰史の鼓膜に、溜息交じりの柔らかな否定が聞こえてくる。

「違いますよ」

 ふっと視線に気付いて比奈を見つめると、彼女の瞳は赤に染まっていた。拗ねているのか、照れているのか。いくつかの感情がない交ぜになった色。その分かりやすくも複雑な瞳から真意を読み解こうと顔を近付ける――そんな辰史の胸を、比奈はそっと押し返した。
 それは理不尽な嫉妬へのささやかな抗議だったのかもしれない。

「すごく、信用がないんですね」
「何が」
「わたしは……」

 ――いつだって、辰史さんだけのつもりなんですけど。
 嘆くように吐き出された、言葉。それは――少なくとも辰史にとっては――遠慮がちすぎるようにも思える、愛の告白だった。たっぷりと十秒ほどその言葉の意味を考えた辰史は、我に返るとにやつきそうになる口元を片手で押さえた。

「それ、どういう意味か説明してくれよ。もっと具体的に。なあ比奈」
「い、嫌ですよ!? 私十分恥ずかしいこと言いましたよね?」
「十分なんて」

 ――思えるかよ。
 いつだって自分は、まだ足りないと思ってしまうのだ。幸福を噛みしめつつも、その先を期待せずにはいられない。
 十間あきらに聞かれていたのならば、やはり鬱陶しいと一蹴されていたであろう台詞を口の中で呟いた男は、全力で恥ずかしがる腕の中の恋人へ強請るように口付けを落とした。



END
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...