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1.やけ酒でもしないとやってらんないわよ
しおりを挟むその日まで、私、藤川春香は、勝ち組の女だと思っていた。
勤務先は都心のオフィスビル。
朝から晩までバリバリ働く毎日。就職したばかりの頃はうまくいかないことも多かったけど負けじと5年頑張ったら、結構トントン拍子で昇進しちゃったりして。
まさにこれからだー!って息巻いてた。
そりゃ、残業も山ほどあったし、急なトラブル対応に追われた時は、まじ死ぬって何回も思った時あったよ?
でも、それでも続けてこられたのは、やっぱり、仕事が好きだったからだよねー。
やっぱり好きって気持ちは大切よ。
うんうん。
大学時代から付き合ってた彼氏とも婚約が決まって。
仕事が忙しくてなかなか会えなくても、彼氏からのメッセージを読んだだけで、一瞬で元気チャージ!っていうの?疲れてても体がすぐにシャキッとしてさ。
愛の力ってすごいな~って実感した瞬間だったわ。
本当に彼のこと大好きだったんだよ?
…その日までは。
その日は、いつもより早めに上がらせてもらえたからルンルン気分で彼氏と同棲している家に帰ったの。
ただいまー!って、玄関で彼のこと呼んでも、なかなか出てこないから、寝てるのかな?と思って、寝室に行ったの。
そしたら…
「彼氏が知らない女とセックスしてたと?」
隣でウイスキーのグラスの氷をからからと転がしていた男が私の話を遮って話のオチを言ってしまう。
「なんでオチ知ってるのよー!!??」
「なんでって……君がずっと同じ話を5回以上繰り返しているからでしょ」
そう言い終わると男はウイスキーを一気に呷った。
「元彼は寂しさのあまりに浮気をしていて、そのまま婚約破棄を申し込まれる。君はショックのあまりに仕事でミスを連発。任されていたプロジェクトをおろされて、さらに大撃沈。人生はじめての挫折に耐えきれず、こうやって君は毎夜酒に逃げている……で合ってるよね?」
「うぐぐ……」
第三者から改めて客観的に今の自分の状況を語られると、かなり心にぐさっと刺さるものがあった。
そんな自分の不甲斐なさを忘れるようと、私はグラスになみなみに注がれたお酒をぐっと飲み干す。その瞬間、一気に体中にアルコールが回り、世界がくるりと回転した。
男が語ったように、私は、元彼と婚約破棄をしてからというものの、毎夜のように呑んだくれている。
そうじゃないとやっていられなかった。寝ても覚めても元彼とのことを思い出してしまって正気でいられない。お酒を飲んでいる間は、何もかも忘れられるから、今夜もこうやって、バーのカウンターで酒を呷っていた。
「ちょっと……君、相当酔ってるでしょ?もうやめたほうがいいんじゃない?」
「うるしゃいわね~!こんにゃこと…こんにゃこと…のまにゃいとやってらんにゃいわよ~!!」
「あっ」
アルコールで呂律が回らなくなってきた私は、男の節くれだった手に握られていたウイスキーのグラスをひったくって勢いで飲み干す。
「うわ~……」
男は氷のように冷めた目でこちらを見つめている。
黄金の液体の最後の一滴が私の喉をこくりと伝ったとき、私は完全に理性というトリガーを失った。
「えっへっへっ。かんせつキス~」
「今どきそんなベタなセクハラする奴いないよ」
男に向かってにかぁと笑いながら、氷だけが残った空のグラスをからからと振る私と、バーテンダーに新しい酒を注文しながら私にセクハラと、極めて冷静に言い放つ男。
「はぁ~……ほんとに最悪」
体がぽっぽっと火照る感覚を覚えながら、私は、ぶつぶつと文句を言う。
「……ふーん」
男はいかにも面倒臭そうな様子で、新しい酒のグラスを傾ける。
「…にゃんか言いなさいよ」
「酔っ払いに絡まれると面倒なので嫌でーす」
「ここまで付き合ったんだからはりゃくくりなしゃいよぉお!!」
「知りませーん」
あー。むかつくむかつくむかつく!
「にゃんで、あんたの顔、彼氏とそっくりにゃのぉ!?」
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