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第一章
第3話 訓練協力
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「『風よ 強く 吹け』」
ドロシーがそういった瞬間、手から強風が放たれ俺を吹き飛ばす。
俺が使える二節の魔術ではなく、それより高等で才能が必要な三節の魔術は非常に強力で、年下の女の子がそれを使えるという事実が俺の小さなプライドを体ごと吹き飛ばしていく。
「ぐはぁっ」
壁にぶつかった衝撃で嗚咽が漏れる。
なんとか顔を前に向けると、ドロシーが剣を構えて真っすぐ突っ込んできているのが見えた。
俺は必死に体を動かし、ドロシーが放った大振りで緩慢な剣を躱す。
そしてその攻撃によってがら空きになった横っ腹に木刀を振りぬくと、苦悶の表情を浮かべて数歩後ろに下がる。
「女の子に攻撃するなんて、ひどい人ですねー」
相変わらず間の抜けた声で抗議してくる。
俺は構わず次の攻撃のために剣を構え、同時に魔力を集中する。
「『水よ 飛べ』」
俺の手から放たれた水が、ドロシーめがけて飛んでいく。
先ほどの魔術と違い二節の言葉しか紡いでいない魔術は、弱弱しくドロシーの元へと飛んでいく。
「……おにいさん、二節の魔術しか使えないんですかー?」
「それがどうかしたかよ」
「おもしろーい。そんな人でも、従者になれるんですねー」
心底馬鹿にしたような顔でそう言うと、俺の放った水を軽々と躱す。
「魔術ってのは、こうやって打つんですよー? 『水よ 強く 流れろ』」
先ほどの弱弱しい水の流れと違う、河の急流のような力強い水が目の前に押し寄せてくる。
「『土よ 壁となれ』……ぐっ」
寸での所で土の魔術で壁を造り水の勢いを殺したことで押し寄せて来た水の大部分をよけることが出来たが、それでも体に少し当たってしまう。
「そんな土くれでどうにかしようなんて、おにいさんかわいいですねー。クスクス」
わざとらしく笑いながら、俺を心底馬鹿にしてくる。
非常にムカつくが、今はどうにかここを乗り切る術を見つけなければ行けない。
できなければこのドSロリのサンドバッグだ。それは何としても避けたい。
いや、ドSなのかどうかは知らないけどね……。
「あんまり人を馬鹿にするなよ!」
俺は叫びながら木刀を構えて突っ込む。
突き崩して気絶させてやる。剣の腕なら俺の方が上だ。
「おにいさん、もしかして自分が木刀なの忘れてませんかー?」
ドロシーは余裕そうな顔で鉄の剣を構える。恐らく、俺の剣を切り落とすつもりなのだろう。
「忘れてなんていない。『光よ 輝け』」
俺は目をつぶりながら光の魔術を放つ。そして即座に目を開けると、案の定ドロシーが目を閉じながら苦しんでいる。
俺はその隙を見逃さず、腹に一撃入れようと振りかぶる。
「『炎よ 私の 壁となれ』」
だが俺の木刀が体にたどり着く直前、炎の壁がドロシーの周りに現れる。
ぎりぎりで動きを止め距離を取る。
その間に目が回復したのだろうか、炎の壁が消えドロシーがニヤニヤしながらこちらを見てくる。
「今のはすこーしだけひやひやしちゃいました。けど、ざんねんでしたねー。もう少しでしたのにー」
「別に、チャンスはまだあるさ」
俺はもう一度木刀を構え、先ほどと同じように突撃する。
光の魔術対策に目をつぶっていれば俺の攻撃は避けられず、目を開ければ光の魔術を打ち込めばいい。
炎の壁が来ても、今度は迷わず突っ込んでやる。さっきは急すぎて止まってしまったが【不死の魔法】がある俺なら、あの程度の炎どうにでもなる。
これは、俺が必死に練習した必殺の攻撃だ。
俺だってずっと騎士を夢見て鍛錬してきた。武器のハンデがあるとはいえ、ルーキーに簡単に負けてやれるほどやわではない。
勝ちを確信し、光の魔術を放とうと魔術をためる。
「『』……!?」
だが、俺の口から魔術の詠唱が出てこない。それどころか、言葉すら話すことが出来なくなっている。
正面にいるドロシーを見ると、口に人差し指を当てニヤニヤと笑っている。
まるで静かにしろと命じているかのようなその仕草を、俺はさっきも見ていたことを思い出す。
そうだ、あの時のベンノさんは明らかにおかしかったではないか。
まるで今の俺の状況と同じように急に声が出なくなっていた。
「気づきましたー?」
声が出ないせいで反応できずにいる俺を見て、ドロシーは馬鹿にしたようにこちらを見据える。
「声、出ないでしょー? それが私の魔法なんですよー。【相手の声を奪う魔法】。おにいさんみたいな二節の魔術しか使えないざこでも、致命的でしょー?」
反論しようにも声が出ない事には何もできない。俺はただ、木刀を構えることかできない。
どうして戦い始める前にベンノさんの異変をもっと深く考えなかったのか、わかっていたからといってどうにかなっていたかはわからないが、今はただ悔しい。
「ざーこざーこ」
クスクスと笑いながら、罵ってくる。俺にはもう、それを受け入れるしかなかった。
「じゃあ、そろそろ本気で倒しちゃいますねー。頑張ってサンドバッグになってくださいね、お・に・い・さ・ん」
魔術が無ければただの木刀で真剣に勝てるわけがない。俺の敗北、つまりはサンドバッグになることが確定したのだ。
俺の敗北が決定的になった瞬間から明らかにテンションが高い。
やっぱりこのロリっ子、ドSである。
*
「ねえ、痛い? 苦しい? 死んじゃいそうー?」
「……!!!」
それからの戦いは一方的であった。
いや、戦いというよりはただの蹂躙に近い。
既に木刀を切り捨てられた俺は、ただ体を切られては回復し攻撃を受け続けるだけの人形でしかなった。
「ふふふ、そうねー、死ねないんだったわねー」
嘲笑うようにそう言うと、生えたての俺の右腕を切り落とす。
激痛と共に、腕から噴水のように血が噴き出る。
「すごーい。これで死なないんだから、おにいさんも十分強いですよー。もしかしたらー、騎士にもなれる、かもー?」
痛みで目の前がクラクラする。俺は右腕に魔力を込めて、自分の右腕を“再定義“する。
すると直ぐに傷一つない右腕が出来上がる。痛みもひき、また痛み以外の事に集中することが出来るようになる。
「本当それ、どうなってるんですかー? 気になるなー。もういっかいみたいなー」
そう言って、また剣を振りかぶりながら近づいてくる。
その瞬間、今まで黙っていたベンノさんが間に入る。
「今日はここまでとする。これ以上は危険だ」
ようやく終わりか……。
何度切られたか数えきれない。今日の子は今まででも一番ひどかったかもしれないな。普通はもう少し人を切るのにためらいを持つものだが、ドロシーはまるで俺が虫か何かのように躊躇なく切り込み続けてきた。
「えー、もう終わりですかー?」
心底不満そうにドロシーが抗議するが、正直限界だ。
致命傷を治したわけではないので魔力にはまだ余裕があるが、それでも心の方はかなり疲弊している。
「だめだ、また機会があるだろうからその時までは我慢しなさい」
「……はーい」
え、また機会あるの?もう嫌だよ俺は……。
「それじゃおにいさん、またよろしくねー」
そう言うとドロシーは、俺の返事も聞かず外に出ていった。
「大丈夫か?」
「ええ、まあ……。体は、大丈夫ですよ」
嘘は言っていない。むしろ問題なのは体ではなく心だ。
木刀とは言え、ルーキーにこれだけボロボロにされてまともな精神状態でいられる方がどうかしているだろう。
とにかく、今日は早く家で寝たい。
「お前の光の魔術を使った一撃、悪くなかったぞ。今回は相性が悪かったが、お前の魔術との相性もいいしもっと努力すれば騎士だって目指せるかもしれない」
「……ありがとうございます」
素直に喜べない。努力なら、既に俺なりに出来ることはやっているつもりだ。
これ以上の努力なんて、どうやってやればいいのか見当もつかないほどだ。
「はげめよ、応援してる」
「頑張ります……」
ベンノさんの折角の労いも、今の俺にはほとんど響かなかった。
*
「あの……おつかれさま、です」
落ち込みながら訓練場を出ると、ショートヘアの小さな女の子が話しかけてきた。
「ラーレちゃん、どうしてここに?」
この子はラーレちゃん。ハインツの妹で、大柄な兄とは違いとても小柄でかわいらしい女の子だ。
「えっと、あの、その、たまたまルイスさんを見かけて……」
「見かけて?」
「ま、魔法で……」
「もしかして、ずっと見てた?」
「……はい」
うわ、俺がボロボロに切り刻まれるところを見られてたのか……。それはちょっと辛い。知り合いのおにいさん的ポジションでいたかったのに、一気に株価大暴落である。
ちなみにこの子は、【炎の魔法】なんて主人公チックな魔法をもつ兄とは違い、【動物の視界を奪う魔法】を使う偵察タイプだ。
とことん似ていない兄妹である。
「大丈夫……じゃないですよね」
「いや、大丈夫だよ。俺の魔法は【不死】だから」
そう強がると、ラーレちゃんは目を細める。
「体は大丈夫でも、心が、ダメになっちゃいますよ?」
この子の言う通り、どちらかというと心がボロボロだ。非常につらい。
だが、表に出してしまえばエレノアや周りにたくさんの迷惑をかけてしまう。
今更ギブアップというわけにはいかないのだ。
「心配してくれてありがとう。けど大丈夫、慣れてるからね」
心底強がり、どうにか笑顔を作る。
ラーレちゃんの顔がひどく曇る。多分、強がりがばれてしまったようだ。
「エレノアさんには伝えているんですか? この任務の事」
俺は首を横に振る。
こんな惨めな役割、エレノアに知られたくない。俺はやっぱり、彼女の隣に立ちたいのだ。
どれだけ痛い思いをしようと、苦しい思いをしようと、惨めな思いをしようと、それでもエレノアを生涯わが主と呼ぶのが、俺の夢だ。
「本当に限界が来たと思ったら、伝えます。どうか、自分を大切にしてください……」
ラーレちゃんが目を赤くしながらそう忠告する。
きっと彼女なりに思う所があるのだろうが、今は我慢してもらう以外にない。
「ありがとう」
「いえ……。それでは、また」
そう言ってラーレちゃんは会議室の方へと歩いて行った。
偵察系の魔法使いとして非常に重宝されている子だから、きっとこの忠告も忙しい合間を縫ってきてくれたんだろう。
俺は心から感謝して、出口へと向かった。
ドロシーがそういった瞬間、手から強風が放たれ俺を吹き飛ばす。
俺が使える二節の魔術ではなく、それより高等で才能が必要な三節の魔術は非常に強力で、年下の女の子がそれを使えるという事実が俺の小さなプライドを体ごと吹き飛ばしていく。
「ぐはぁっ」
壁にぶつかった衝撃で嗚咽が漏れる。
なんとか顔を前に向けると、ドロシーが剣を構えて真っすぐ突っ込んできているのが見えた。
俺は必死に体を動かし、ドロシーが放った大振りで緩慢な剣を躱す。
そしてその攻撃によってがら空きになった横っ腹に木刀を振りぬくと、苦悶の表情を浮かべて数歩後ろに下がる。
「女の子に攻撃するなんて、ひどい人ですねー」
相変わらず間の抜けた声で抗議してくる。
俺は構わず次の攻撃のために剣を構え、同時に魔力を集中する。
「『水よ 飛べ』」
俺の手から放たれた水が、ドロシーめがけて飛んでいく。
先ほどの魔術と違い二節の言葉しか紡いでいない魔術は、弱弱しくドロシーの元へと飛んでいく。
「……おにいさん、二節の魔術しか使えないんですかー?」
「それがどうかしたかよ」
「おもしろーい。そんな人でも、従者になれるんですねー」
心底馬鹿にしたような顔でそう言うと、俺の放った水を軽々と躱す。
「魔術ってのは、こうやって打つんですよー? 『水よ 強く 流れろ』」
先ほどの弱弱しい水の流れと違う、河の急流のような力強い水が目の前に押し寄せてくる。
「『土よ 壁となれ』……ぐっ」
寸での所で土の魔術で壁を造り水の勢いを殺したことで押し寄せて来た水の大部分をよけることが出来たが、それでも体に少し当たってしまう。
「そんな土くれでどうにかしようなんて、おにいさんかわいいですねー。クスクス」
わざとらしく笑いながら、俺を心底馬鹿にしてくる。
非常にムカつくが、今はどうにかここを乗り切る術を見つけなければ行けない。
できなければこのドSロリのサンドバッグだ。それは何としても避けたい。
いや、ドSなのかどうかは知らないけどね……。
「あんまり人を馬鹿にするなよ!」
俺は叫びながら木刀を構えて突っ込む。
突き崩して気絶させてやる。剣の腕なら俺の方が上だ。
「おにいさん、もしかして自分が木刀なの忘れてませんかー?」
ドロシーは余裕そうな顔で鉄の剣を構える。恐らく、俺の剣を切り落とすつもりなのだろう。
「忘れてなんていない。『光よ 輝け』」
俺は目をつぶりながら光の魔術を放つ。そして即座に目を開けると、案の定ドロシーが目を閉じながら苦しんでいる。
俺はその隙を見逃さず、腹に一撃入れようと振りかぶる。
「『炎よ 私の 壁となれ』」
だが俺の木刀が体にたどり着く直前、炎の壁がドロシーの周りに現れる。
ぎりぎりで動きを止め距離を取る。
その間に目が回復したのだろうか、炎の壁が消えドロシーがニヤニヤしながらこちらを見てくる。
「今のはすこーしだけひやひやしちゃいました。けど、ざんねんでしたねー。もう少しでしたのにー」
「別に、チャンスはまだあるさ」
俺はもう一度木刀を構え、先ほどと同じように突撃する。
光の魔術対策に目をつぶっていれば俺の攻撃は避けられず、目を開ければ光の魔術を打ち込めばいい。
炎の壁が来ても、今度は迷わず突っ込んでやる。さっきは急すぎて止まってしまったが【不死の魔法】がある俺なら、あの程度の炎どうにでもなる。
これは、俺が必死に練習した必殺の攻撃だ。
俺だってずっと騎士を夢見て鍛錬してきた。武器のハンデがあるとはいえ、ルーキーに簡単に負けてやれるほどやわではない。
勝ちを確信し、光の魔術を放とうと魔術をためる。
「『』……!?」
だが、俺の口から魔術の詠唱が出てこない。それどころか、言葉すら話すことが出来なくなっている。
正面にいるドロシーを見ると、口に人差し指を当てニヤニヤと笑っている。
まるで静かにしろと命じているかのようなその仕草を、俺はさっきも見ていたことを思い出す。
そうだ、あの時のベンノさんは明らかにおかしかったではないか。
まるで今の俺の状況と同じように急に声が出なくなっていた。
「気づきましたー?」
声が出ないせいで反応できずにいる俺を見て、ドロシーは馬鹿にしたようにこちらを見据える。
「声、出ないでしょー? それが私の魔法なんですよー。【相手の声を奪う魔法】。おにいさんみたいな二節の魔術しか使えないざこでも、致命的でしょー?」
反論しようにも声が出ない事には何もできない。俺はただ、木刀を構えることかできない。
どうして戦い始める前にベンノさんの異変をもっと深く考えなかったのか、わかっていたからといってどうにかなっていたかはわからないが、今はただ悔しい。
「ざーこざーこ」
クスクスと笑いながら、罵ってくる。俺にはもう、それを受け入れるしかなかった。
「じゃあ、そろそろ本気で倒しちゃいますねー。頑張ってサンドバッグになってくださいね、お・に・い・さ・ん」
魔術が無ければただの木刀で真剣に勝てるわけがない。俺の敗北、つまりはサンドバッグになることが確定したのだ。
俺の敗北が決定的になった瞬間から明らかにテンションが高い。
やっぱりこのロリっ子、ドSである。
*
「ねえ、痛い? 苦しい? 死んじゃいそうー?」
「……!!!」
それからの戦いは一方的であった。
いや、戦いというよりはただの蹂躙に近い。
既に木刀を切り捨てられた俺は、ただ体を切られては回復し攻撃を受け続けるだけの人形でしかなった。
「ふふふ、そうねー、死ねないんだったわねー」
嘲笑うようにそう言うと、生えたての俺の右腕を切り落とす。
激痛と共に、腕から噴水のように血が噴き出る。
「すごーい。これで死なないんだから、おにいさんも十分強いですよー。もしかしたらー、騎士にもなれる、かもー?」
痛みで目の前がクラクラする。俺は右腕に魔力を込めて、自分の右腕を“再定義“する。
すると直ぐに傷一つない右腕が出来上がる。痛みもひき、また痛み以外の事に集中することが出来るようになる。
「本当それ、どうなってるんですかー? 気になるなー。もういっかいみたいなー」
そう言って、また剣を振りかぶりながら近づいてくる。
その瞬間、今まで黙っていたベンノさんが間に入る。
「今日はここまでとする。これ以上は危険だ」
ようやく終わりか……。
何度切られたか数えきれない。今日の子は今まででも一番ひどかったかもしれないな。普通はもう少し人を切るのにためらいを持つものだが、ドロシーはまるで俺が虫か何かのように躊躇なく切り込み続けてきた。
「えー、もう終わりですかー?」
心底不満そうにドロシーが抗議するが、正直限界だ。
致命傷を治したわけではないので魔力にはまだ余裕があるが、それでも心の方はかなり疲弊している。
「だめだ、また機会があるだろうからその時までは我慢しなさい」
「……はーい」
え、また機会あるの?もう嫌だよ俺は……。
「それじゃおにいさん、またよろしくねー」
そう言うとドロシーは、俺の返事も聞かず外に出ていった。
「大丈夫か?」
「ええ、まあ……。体は、大丈夫ですよ」
嘘は言っていない。むしろ問題なのは体ではなく心だ。
木刀とは言え、ルーキーにこれだけボロボロにされてまともな精神状態でいられる方がどうかしているだろう。
とにかく、今日は早く家で寝たい。
「お前の光の魔術を使った一撃、悪くなかったぞ。今回は相性が悪かったが、お前の魔術との相性もいいしもっと努力すれば騎士だって目指せるかもしれない」
「……ありがとうございます」
素直に喜べない。努力なら、既に俺なりに出来ることはやっているつもりだ。
これ以上の努力なんて、どうやってやればいいのか見当もつかないほどだ。
「はげめよ、応援してる」
「頑張ります……」
ベンノさんの折角の労いも、今の俺にはほとんど響かなかった。
*
「あの……おつかれさま、です」
落ち込みながら訓練場を出ると、ショートヘアの小さな女の子が話しかけてきた。
「ラーレちゃん、どうしてここに?」
この子はラーレちゃん。ハインツの妹で、大柄な兄とは違いとても小柄でかわいらしい女の子だ。
「えっと、あの、その、たまたまルイスさんを見かけて……」
「見かけて?」
「ま、魔法で……」
「もしかして、ずっと見てた?」
「……はい」
うわ、俺がボロボロに切り刻まれるところを見られてたのか……。それはちょっと辛い。知り合いのおにいさん的ポジションでいたかったのに、一気に株価大暴落である。
ちなみにこの子は、【炎の魔法】なんて主人公チックな魔法をもつ兄とは違い、【動物の視界を奪う魔法】を使う偵察タイプだ。
とことん似ていない兄妹である。
「大丈夫……じゃないですよね」
「いや、大丈夫だよ。俺の魔法は【不死】だから」
そう強がると、ラーレちゃんは目を細める。
「体は大丈夫でも、心が、ダメになっちゃいますよ?」
この子の言う通り、どちらかというと心がボロボロだ。非常につらい。
だが、表に出してしまえばエレノアや周りにたくさんの迷惑をかけてしまう。
今更ギブアップというわけにはいかないのだ。
「心配してくれてありがとう。けど大丈夫、慣れてるからね」
心底強がり、どうにか笑顔を作る。
ラーレちゃんの顔がひどく曇る。多分、強がりがばれてしまったようだ。
「エレノアさんには伝えているんですか? この任務の事」
俺は首を横に振る。
こんな惨めな役割、エレノアに知られたくない。俺はやっぱり、彼女の隣に立ちたいのだ。
どれだけ痛い思いをしようと、苦しい思いをしようと、惨めな思いをしようと、それでもエレノアを生涯わが主と呼ぶのが、俺の夢だ。
「本当に限界が来たと思ったら、伝えます。どうか、自分を大切にしてください……」
ラーレちゃんが目を赤くしながらそう忠告する。
きっと彼女なりに思う所があるのだろうが、今は我慢してもらう以外にない。
「ありがとう」
「いえ……。それでは、また」
そう言ってラーレちゃんは会議室の方へと歩いて行った。
偵察系の魔法使いとして非常に重宝されている子だから、きっとこの忠告も忙しい合間を縫ってきてくれたんだろう。
俺は心から感謝して、出口へと向かった。
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