8 / 23
第一章
第5話 始まりを告げる戦い
しおりを挟む
深夜未明、俺は今東門騎士団の総本部へと来ている。
エレノアとの入浴が終わって気持ちよく寝ていた俺だったが、三時間もしないうちにたたき起こされて訳が分からないままにここまでやってきていた。
本部に着いた俺とエレノアはすぐに会議室へと通される。
会議室の中には大きく細長いテーブルに向かい合わせになりながら座る騎士や従者たちがおり、そして一番奥の上座に騎士たちを見渡すように現領主、フレデリック様が座っている。
ラーレちゃんやハインツ、それにベンノさんにドロシーまでいる。第一席次のカンナ様はいないが、これは相当深刻な状況なのかもしれない……。
「みな、集まったようだな」
俺たちが席に着いたのを見計らって、フリデリック様が口を開く。
「こんな深夜にわざわざ申し訳ないが、今回はかなりの緊急事態だ。【漆黒の悪魔】はみなも知っているだろう?」
もちろん知っている。ここにいるメンバーで【漆黒の悪魔】を知らない人は誰もいないだろう。
自由同盟の大幹部にして、何人もの騎士を打ち滅ぼしている危険人物だ。
「その【漆黒の悪魔】の拠点が見つかった」
「……!」
隣にいるエレノアが息を吞むのが聞こえる。
「ラーレがトラウゴッドを捜索中にそれらしきものを見つけてな、すぐに招集をかけたというわけだ。ありがとう、ラーレ」
フリデリック様がラーレを労う。
「と、とんでもございません!」
「謙遜はしなくていい。それよりも、具体的な情報を説明してあげてくれ」
「わ、わかりました……!」
ラーレちゃんが緊張した面持ちでフリデリック様の隣に立つ。
ふとハインツを見ると、あいつも緊張した様子である。
「えと、それでは説明させていただきます。東門領域市街地の外れに古びた広い屋敷があるのですが、そこにナギサ=ヴィドールと思しき人物が頻繫に出入りしているのを発見しました」
ナギサと言えば、【漆黒の悪魔】の部下として相当有名な奴だったはずだ。
そのナギサが出入りしているとなれば、本当に【漆黒の悪魔】の拠点なのかもしれない。
「ナギサ以外にも複数の人が入っているのを確認している事から、少なくとも現在も稼働中の拠点である可能性が高いです。ただし、既に私の監視魔法が見つかっているため、急がないと撤退している可能性もあります」
「それで今から強襲するというわけか。メンバーは?」
エレノアが質問する。
次期領主が内定しているだけあって会議でも自由に発言できるようだ。ちなみに俺は会議に出席するのはこれが初めてなので一切喋る気はない。下っ端だし。
「君とハインツ、それにルイスの三人だ」
え、俺?
「ルイスもですか?」
「ああ、私の魔法を使って彼と君たちを繋げれば、取り合えず死ぬことはないだろう」
ああ、そういう事ね。
たまにある“肉の盾”としての仕事というわけか。
フリデリック様の魔法は契約した物同士で傷や痛みを分け合うことが出来るという、ある意味大変便利な魔法だ。
俺とエレノアやハインツを繋げれば、俺が傷を肩代わりして【不死の魔法】で回復すれば俺の魔力が尽きるまで二人が死ぬことはない。
実に合理的で、俺みたいな雑魚でも戦力になる素晴らしい作戦だ。
俺が死ぬほど痛くて苦しいってことを除けば……。
「それではルイスの負担が大き過ぎます、それにこの三人では流石に戦力が足りないのではないでしょうか?」
エレノアが作戦に異を唱える。
確かに、【漆黒の悪魔】を相手にするには流石に戦力が足りていないように思えるが……。
「問題ない。カンナが後ほど合流する予定だ。君たちは威力偵察をしつつ足止めをしてくれればそれでいい」
それは心強いな。
第一席次にして王国最強の騎士が来るなら【漆黒の悪魔】もどうにかなるかもしれない。
俺の魔法があれば二人が死ぬことはほぼないし、かなりいい作戦だと思える。
「しかし……!」
だがエレノアが食い下がる。いったい何が気に食わないのだろう?
「くどい、事態は一刻を争う緊急事態だ。言い争っている時間はない」
「……わかりました」
*
エレノアが納得したことで早速出発する事に俺たちは、フリデリック様に魔法をかけてもらいすぐに会議室を出た。
出発直前にドロシーから、「おにいさんも役にたてるんですねー」と、大変ありがたいお褒めの言葉をいただいた。
ムカつくので頭にげんこつを食らわせると、抗議の目線を送ってきたが無視することで事なきを得た。
「お前、あのドロシーって子と知り合いだったのか?」
道すがら、ハインツが俺に問いかける。
「ん? ああ、ちょっと訓練に付き合っただけだよ」
「ふーん……」
興味なさげだ。
じゃあなんで聞いたんだよ、と思わないでもないがこいつは割と自分勝手で独善的な奴なので慣れている。
「随分と失礼な奴だったな、私が領主になったら絶対に騎士にはしないな」
エレノアが怒りの声を上げる。
「けど、あいつの魔法はかなり強かったぞ」
「どんな魔法だ?」
魔法の話になると途端にハインツが食いつく。
騎士候補のライバルとして気になるのだろうか。
「相手の声を奪う、だったかな?」
「それはまた随分と凶悪な魔法だな。俺には全く意味がいないが」
ハインツが胸を張る。
実際こいつの【炎の魔法】は魔術のように詠唱を必要とするわけではないのでドロシーとの相性は抜群にいいだろう。
逆に、エレノアは相当相性が悪そうだ。
「どちらにしても、礼儀がなってないやつを私は好かん」
頑固おやじみたいだな。こんなに厳しかったか?
「ま、我らが主がお怒りなら俺も従うまでだよ」
こいつ、あんな年下の子供に何をするつもりだ……?
実際エレノアのためなら人殺しも厭わないだろうハインツが言うとちょっと怖いものがあるな。
「大丈夫、俺はそんなに怒ってないから」
俺がドロシーをかばうと、二人は目を丸くする。
「生意気言われた本人のお前が庇うなんて、やっぱり何かあるのか?」
ハインツが俺を問いただす。
「いやいや、何もねーよ」
「わかった! お前あの子の事ちょっと好みなんだろ」
恐ろしい事を言い出すな……。
俺はロリコンではないので、あんな成熟していない子にはなんの興味も湧かない。
「……」
エレノアが無言で俺を見つめてくる。
「いや、そんなわけないから」
「……まあいい」
どうにか主のお許しをいただけた。
原因を作った隣の大男がけたけたと笑っている。
「あんまり変なこと言うなよ!」
「悪かった悪かった。けどほら、かわいらしいのは事実だろう?」
まあ、見た目は確かに愛らしかったが中身が相当ひどいのを俺は知っている。
「俺はあんな子供に性欲は湧かないんだよ」
「へー、じゃあお前はどんな女が好きなんだ?」
どんな女……。
どうだろう、あまり考えたことなかったな。
「決まってる、私のような女だ。そうだろう?」
何故エレノアが答える……。
「いや、どうだろう……?」
なんとなく気恥ずかしさもあったので誤魔化すと、「は?」というドスの聞いた低い声と氷のような目線が俺に突き刺さる。
いや怖すぎるわ……!
「なんでもないです……」
「うんうん、それでいいんだ」
エレノアが満足そうに頷く。
自己評価が高くて羨ましい。
普通嫌われそうなものだが、実際その評価に見合った能力をしているんだから誰も逆らえないのだ。
「はあ……」
ハインツがため息をつく。
どうやらハインツも呆れているようだ。
*
それから少し歩くと、ラーレちゃんの言っていた古い石造りの屋敷が見えてきた。
空いたままの門から玄関まで伸びた石畳が持ち主の経済的な豊かさを感じさせ、正面玄関近くの庭に赤い花が咲き芝が整備されている様子は、人がまだ住んでいることを声高に主張する。
『目標地点に到着した。これからすぐに威力偵察を行う』
エレノアがメッセージの魔術で連絡すると、すぐに了解した旨の返事が来たので俺たちは早速屋敷の敷地内へと入る。
石畳を少し進み、改めて屋敷を見る。
部屋の明かりが灯されている様子はなく、中に人の気配もない。
「もう、撤退した後なのか?」
「どうだろう……とにかく、中に入ってみましょう。ハインツ、扉を壊して」
エレノアが強硬手段を口にする。
「それは困りますね」
上から女の声が聞こえる。急いで上を見上げると、玄関の上に女が二人座っている。
一人は黒いローブを羽織、足には黒い靴とタイツを履いた黒髪ロングの黒づくめの美女。
もう一人は赤いパーティドレスに身を包み茶色い髪を片側に縛った小さな女だ。
恐らく、声の主は赤いパーティドレスの方だろう。
「悪いけど、ここは私の家なの。早急にお引き取り願えるかしら?」
黒づくめの女がそう警告してくる。
この女、全身に黒い装飾を身にまとった【漆黒】とも思えるこの女は……。
「漆黒の悪魔……!」
エレノアが驚きと恐怖を併せたような声を上げる。
「そう呼ばれるのは本意じゃないのだけれど」
腰まで伸びた黒い髪をかき上げながら、事もなげにそう答える。
否定しないか……。ということは、間違いないな。
彼女こそ【漆黒の悪魔】その人なのであろう。噂の凶悪な犯罪者がこんなに美人だったなんて驚きだ。
「ここはお前たちの拠点なのか?」
俺は勇気を出して問いかける。漆黒の悪魔と目が合った。
「ええ、そうね。だから悪いけど帰ってもらえるかしら?」
「そういう訳にはいかないな」
ハインツが鞘に手をかけながら声を上げる。
「ナギサ、悪いけどよろしく。私は面倒だからここで見ているわ」
「えー! 私引越しの手伝いもしてくたくたですよ! 人使い荒いです!」
ナギサと呼ばれた女が抗議する。
想像よりも軽い様子に驚くが、緊張を絶やすことはできない。
「ダメよ、やりなさい。実戦テストも兼ねてあれも貸してあげるから」
「……はーい、わかりましたよ。はあ……。と、いうわけで侵入者のみなさん!」
ナギサが明るい声でこちらに話しかけてくる。
俺たちはみな一様に鞘に手をかけ最大限の警戒をする。
「申し訳ないですが立ち去ってもらいますね。と言っても私一人では少々大変なので……」
ナギサが両手を叩く。
すると、屋敷から大きな物音が聞こえ石畳が揺れる。
「な、なんだ!?」
俺たちが驚きうろたえていると、玄関の扉がぶち破られて中から巨大な男が出てくる。
その男に見覚えがあった。そしてそれは、二人も同じだったのだろう。目を丸くして目の前の男を見る。
「トラウゴッドさん……?」
ハインツが絞り出すように声を出す。
ここ数日二人がずっと探していた騎士が、目の前で正気を失ったように立っている。
「助っ人を呼んじゃいました! これでも二対三で少々不利ですけど……」
助っ人って、どういうことだ?
「みなさん、ぼへーっとしてるけどわかってます? もう戦いは始まってるんですよ……!」
呆けている俺たち目掛けてナギサが槍らしきものを構えて飛んでくる。そして目の前からはトラウゴッドさんが突っ込んでくる。
どうやら、俺たちに心の準備をする暇はないらしい。
状況を整理する間もなく、戦いの幕が上がったのだった。
エレノアとの入浴が終わって気持ちよく寝ていた俺だったが、三時間もしないうちにたたき起こされて訳が分からないままにここまでやってきていた。
本部に着いた俺とエレノアはすぐに会議室へと通される。
会議室の中には大きく細長いテーブルに向かい合わせになりながら座る騎士や従者たちがおり、そして一番奥の上座に騎士たちを見渡すように現領主、フレデリック様が座っている。
ラーレちゃんやハインツ、それにベンノさんにドロシーまでいる。第一席次のカンナ様はいないが、これは相当深刻な状況なのかもしれない……。
「みな、集まったようだな」
俺たちが席に着いたのを見計らって、フリデリック様が口を開く。
「こんな深夜にわざわざ申し訳ないが、今回はかなりの緊急事態だ。【漆黒の悪魔】はみなも知っているだろう?」
もちろん知っている。ここにいるメンバーで【漆黒の悪魔】を知らない人は誰もいないだろう。
自由同盟の大幹部にして、何人もの騎士を打ち滅ぼしている危険人物だ。
「その【漆黒の悪魔】の拠点が見つかった」
「……!」
隣にいるエレノアが息を吞むのが聞こえる。
「ラーレがトラウゴッドを捜索中にそれらしきものを見つけてな、すぐに招集をかけたというわけだ。ありがとう、ラーレ」
フリデリック様がラーレを労う。
「と、とんでもございません!」
「謙遜はしなくていい。それよりも、具体的な情報を説明してあげてくれ」
「わ、わかりました……!」
ラーレちゃんが緊張した面持ちでフリデリック様の隣に立つ。
ふとハインツを見ると、あいつも緊張した様子である。
「えと、それでは説明させていただきます。東門領域市街地の外れに古びた広い屋敷があるのですが、そこにナギサ=ヴィドールと思しき人物が頻繫に出入りしているのを発見しました」
ナギサと言えば、【漆黒の悪魔】の部下として相当有名な奴だったはずだ。
そのナギサが出入りしているとなれば、本当に【漆黒の悪魔】の拠点なのかもしれない。
「ナギサ以外にも複数の人が入っているのを確認している事から、少なくとも現在も稼働中の拠点である可能性が高いです。ただし、既に私の監視魔法が見つかっているため、急がないと撤退している可能性もあります」
「それで今から強襲するというわけか。メンバーは?」
エレノアが質問する。
次期領主が内定しているだけあって会議でも自由に発言できるようだ。ちなみに俺は会議に出席するのはこれが初めてなので一切喋る気はない。下っ端だし。
「君とハインツ、それにルイスの三人だ」
え、俺?
「ルイスもですか?」
「ああ、私の魔法を使って彼と君たちを繋げれば、取り合えず死ぬことはないだろう」
ああ、そういう事ね。
たまにある“肉の盾”としての仕事というわけか。
フリデリック様の魔法は契約した物同士で傷や痛みを分け合うことが出来るという、ある意味大変便利な魔法だ。
俺とエレノアやハインツを繋げれば、俺が傷を肩代わりして【不死の魔法】で回復すれば俺の魔力が尽きるまで二人が死ぬことはない。
実に合理的で、俺みたいな雑魚でも戦力になる素晴らしい作戦だ。
俺が死ぬほど痛くて苦しいってことを除けば……。
「それではルイスの負担が大き過ぎます、それにこの三人では流石に戦力が足りないのではないでしょうか?」
エレノアが作戦に異を唱える。
確かに、【漆黒の悪魔】を相手にするには流石に戦力が足りていないように思えるが……。
「問題ない。カンナが後ほど合流する予定だ。君たちは威力偵察をしつつ足止めをしてくれればそれでいい」
それは心強いな。
第一席次にして王国最強の騎士が来るなら【漆黒の悪魔】もどうにかなるかもしれない。
俺の魔法があれば二人が死ぬことはほぼないし、かなりいい作戦だと思える。
「しかし……!」
だがエレノアが食い下がる。いったい何が気に食わないのだろう?
「くどい、事態は一刻を争う緊急事態だ。言い争っている時間はない」
「……わかりました」
*
エレノアが納得したことで早速出発する事に俺たちは、フリデリック様に魔法をかけてもらいすぐに会議室を出た。
出発直前にドロシーから、「おにいさんも役にたてるんですねー」と、大変ありがたいお褒めの言葉をいただいた。
ムカつくので頭にげんこつを食らわせると、抗議の目線を送ってきたが無視することで事なきを得た。
「お前、あのドロシーって子と知り合いだったのか?」
道すがら、ハインツが俺に問いかける。
「ん? ああ、ちょっと訓練に付き合っただけだよ」
「ふーん……」
興味なさげだ。
じゃあなんで聞いたんだよ、と思わないでもないがこいつは割と自分勝手で独善的な奴なので慣れている。
「随分と失礼な奴だったな、私が領主になったら絶対に騎士にはしないな」
エレノアが怒りの声を上げる。
「けど、あいつの魔法はかなり強かったぞ」
「どんな魔法だ?」
魔法の話になると途端にハインツが食いつく。
騎士候補のライバルとして気になるのだろうか。
「相手の声を奪う、だったかな?」
「それはまた随分と凶悪な魔法だな。俺には全く意味がいないが」
ハインツが胸を張る。
実際こいつの【炎の魔法】は魔術のように詠唱を必要とするわけではないのでドロシーとの相性は抜群にいいだろう。
逆に、エレノアは相当相性が悪そうだ。
「どちらにしても、礼儀がなってないやつを私は好かん」
頑固おやじみたいだな。こんなに厳しかったか?
「ま、我らが主がお怒りなら俺も従うまでだよ」
こいつ、あんな年下の子供に何をするつもりだ……?
実際エレノアのためなら人殺しも厭わないだろうハインツが言うとちょっと怖いものがあるな。
「大丈夫、俺はそんなに怒ってないから」
俺がドロシーをかばうと、二人は目を丸くする。
「生意気言われた本人のお前が庇うなんて、やっぱり何かあるのか?」
ハインツが俺を問いただす。
「いやいや、何もねーよ」
「わかった! お前あの子の事ちょっと好みなんだろ」
恐ろしい事を言い出すな……。
俺はロリコンではないので、あんな成熟していない子にはなんの興味も湧かない。
「……」
エレノアが無言で俺を見つめてくる。
「いや、そんなわけないから」
「……まあいい」
どうにか主のお許しをいただけた。
原因を作った隣の大男がけたけたと笑っている。
「あんまり変なこと言うなよ!」
「悪かった悪かった。けどほら、かわいらしいのは事実だろう?」
まあ、見た目は確かに愛らしかったが中身が相当ひどいのを俺は知っている。
「俺はあんな子供に性欲は湧かないんだよ」
「へー、じゃあお前はどんな女が好きなんだ?」
どんな女……。
どうだろう、あまり考えたことなかったな。
「決まってる、私のような女だ。そうだろう?」
何故エレノアが答える……。
「いや、どうだろう……?」
なんとなく気恥ずかしさもあったので誤魔化すと、「は?」というドスの聞いた低い声と氷のような目線が俺に突き刺さる。
いや怖すぎるわ……!
「なんでもないです……」
「うんうん、それでいいんだ」
エレノアが満足そうに頷く。
自己評価が高くて羨ましい。
普通嫌われそうなものだが、実際その評価に見合った能力をしているんだから誰も逆らえないのだ。
「はあ……」
ハインツがため息をつく。
どうやらハインツも呆れているようだ。
*
それから少し歩くと、ラーレちゃんの言っていた古い石造りの屋敷が見えてきた。
空いたままの門から玄関まで伸びた石畳が持ち主の経済的な豊かさを感じさせ、正面玄関近くの庭に赤い花が咲き芝が整備されている様子は、人がまだ住んでいることを声高に主張する。
『目標地点に到着した。これからすぐに威力偵察を行う』
エレノアがメッセージの魔術で連絡すると、すぐに了解した旨の返事が来たので俺たちは早速屋敷の敷地内へと入る。
石畳を少し進み、改めて屋敷を見る。
部屋の明かりが灯されている様子はなく、中に人の気配もない。
「もう、撤退した後なのか?」
「どうだろう……とにかく、中に入ってみましょう。ハインツ、扉を壊して」
エレノアが強硬手段を口にする。
「それは困りますね」
上から女の声が聞こえる。急いで上を見上げると、玄関の上に女が二人座っている。
一人は黒いローブを羽織、足には黒い靴とタイツを履いた黒髪ロングの黒づくめの美女。
もう一人は赤いパーティドレスに身を包み茶色い髪を片側に縛った小さな女だ。
恐らく、声の主は赤いパーティドレスの方だろう。
「悪いけど、ここは私の家なの。早急にお引き取り願えるかしら?」
黒づくめの女がそう警告してくる。
この女、全身に黒い装飾を身にまとった【漆黒】とも思えるこの女は……。
「漆黒の悪魔……!」
エレノアが驚きと恐怖を併せたような声を上げる。
「そう呼ばれるのは本意じゃないのだけれど」
腰まで伸びた黒い髪をかき上げながら、事もなげにそう答える。
否定しないか……。ということは、間違いないな。
彼女こそ【漆黒の悪魔】その人なのであろう。噂の凶悪な犯罪者がこんなに美人だったなんて驚きだ。
「ここはお前たちの拠点なのか?」
俺は勇気を出して問いかける。漆黒の悪魔と目が合った。
「ええ、そうね。だから悪いけど帰ってもらえるかしら?」
「そういう訳にはいかないな」
ハインツが鞘に手をかけながら声を上げる。
「ナギサ、悪いけどよろしく。私は面倒だからここで見ているわ」
「えー! 私引越しの手伝いもしてくたくたですよ! 人使い荒いです!」
ナギサと呼ばれた女が抗議する。
想像よりも軽い様子に驚くが、緊張を絶やすことはできない。
「ダメよ、やりなさい。実戦テストも兼ねてあれも貸してあげるから」
「……はーい、わかりましたよ。はあ……。と、いうわけで侵入者のみなさん!」
ナギサが明るい声でこちらに話しかけてくる。
俺たちはみな一様に鞘に手をかけ最大限の警戒をする。
「申し訳ないですが立ち去ってもらいますね。と言っても私一人では少々大変なので……」
ナギサが両手を叩く。
すると、屋敷から大きな物音が聞こえ石畳が揺れる。
「な、なんだ!?」
俺たちが驚きうろたえていると、玄関の扉がぶち破られて中から巨大な男が出てくる。
その男に見覚えがあった。そしてそれは、二人も同じだったのだろう。目を丸くして目の前の男を見る。
「トラウゴッドさん……?」
ハインツが絞り出すように声を出す。
ここ数日二人がずっと探していた騎士が、目の前で正気を失ったように立っている。
「助っ人を呼んじゃいました! これでも二対三で少々不利ですけど……」
助っ人って、どういうことだ?
「みなさん、ぼへーっとしてるけどわかってます? もう戦いは始まってるんですよ……!」
呆けている俺たち目掛けてナギサが槍らしきものを構えて飛んでくる。そして目の前からはトラウゴッドさんが突っ込んでくる。
どうやら、俺たちに心の準備をする暇はないらしい。
状況を整理する間もなく、戦いの幕が上がったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた
黒崎隼人
ファンタジー
★☆★完結保証★☆☆
毎日朝7時更新!
「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」
過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。
絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!?
伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!?
追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる