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第一章
幕間 とある領主の企み
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——東門騎士団本部、執務室にて
蠟燭が一本だけ灯る薄暗い静かな部屋で、壮年の男性が一人椅子に座り本を読んでいる。
彼は都東門領域の領主、フリデリック=レーナルト。少なくとも今は、この地域を統べる男だ。
彼の立場は今、非常に危うい。
あくまでも彼は兄が死んだ事により暫定的に領主になったにすぎず、後一年もしないうちに才能あふれる姪にその地位を奪われるのだから。
騎士団で彼に対しての忠実な部下は騎士ただ一人である。
逆に言えば、彼女が従っているからこそ辛うじて権勢を振るえているとも言える。
そんな現状を快く受け入れられる為政者など、この世に一人としていないだろう。
もちろん、彼もこの現状をよしとしていない。だから今日、策を弄した。
ドアのノックが鳴り、一人の女性が部屋に入ってくる。
黒い髪を後ろに縛り、細く切れ長な瞳をしたこの女性こそ東門騎士団の最高戦力、カンナ=シュタインマイアーだ。
「ただいま戻りました」
恭しく頭を下げ、膝をつく。
「どうだった?」
男は労いの言葉すらかけずに事の顛末を問う。
「滞りなく。全て手筈通りに済みました」
「素晴らしい!」
男はやおら立ち上がり手を叩く。
「死んだのか?」
「恐らくは……。ただどちらにせよ、魔力供給を絶った上で一人漆黒の悪魔の前に置き去りにしましたので無事ではないでしょう」
ただ淡々と、今日の出来事を説明する。そこに一切の罪悪感は含まれていない。
「ふむ、出来れば確証が欲しかったがそれもまた良いかも知れないな。エレノアの様子は?」
顎に手を当て考えを巡らせながら問う。
男にとってはこちらが本命だ。
「精神は憔悴しきっています。今は治療の最中です」
男は大きく頷き椅子に座る。
「死なれては私の責任問題になりかねないからな。だがこれで私の策は成ったな。心の支えを失ったエレノアに領主など務められるはずがない」
男は下卑た笑みを浮かべる。
「ただの従者が居なくなっただけでそこまでのダメージがあるでしょうか?」
騎士が単純な疑問を投げかける。
「ある。奴はあれを家族だと思っている。そこらの従者とは違うのだ」
「はぁ……」
やや納得のいかない様子の騎士を見ながら、男は手元の紅茶に口をつける。
「漆黒の悪魔達の魔法、どんなものか分かったか?」
「漆黒の悪魔については、信じられない速さで動く事以外は……。ナギサについては殆ど完全に把握しました」
「そうか、それは良い事だ」
本来ならば大戦果である強力な敵の魔法判別について聞いても、あまり関心を示さない。
男にとっては、そんなもの二の次であるからだ。
フリデリック=レーナルトにとって重要なのは、今の席に居座り続けることだけだ。
「ナギサの魔法は回数制限のある自動復活でしょう。対策は容易にできます」
「ほう?」
紅茶から口を離し、興味深げに騎士を見つめる。
「殺さなければいいのです。瀕死のまま捕まえて拘束してしまえばどうということはありません」
その言葉を聞き、男は楽しげに笑う。
「それもそうだ。流石、王国最強の騎士だな」
「ありがとうございます」
騎士が頭を下げる。
「……それにしても、【大崩壊】も近いというのに魔鉱は減るばかりだな」
男がため息をつく。
実際、ここ最近は自由同盟の散発的な攻撃で多くの小規模魔鉱を失っている。
「申し訳ございません。我ら騎士の不徳の致すところです」
「いや、君はよくやっているよ。私が思うに、西の連中がくさいな」
西の連中、というのは要するに西門領域の騎士団の事だ。
彼らは最近代替わりがあったばかりだ。
「裏切っていると?」
男が首を振る。
「そこまではわからないがね。匂いがするというだけだ」
「匂い……ですか?」
騎士が首を傾ける。
よくわからないといった様子だ。
「そう、裏切りの匂いだ。弱い者はそれを嗅ぎ取って生きていかないといけないからね。経験でわかるんだよ」
「閣下は弱くなどありません」
騎士が勢いよく否定する。
「その気持ちはありがたいがね、私は弱いよ。弱い者は、自分の弱さを認めて生きていかなければならないんだよ」
男が勢いよく紅茶を飲み干す。
「それに私は、弱さを恥だと思っていない。この弱さを含めて私だからね」
男はそう言うと、椅子から立ち上がる。
「どちらへ?」
「寝る。明日からまた忙しくなるからね」
そう言って部屋を出る。
騎士もまた、その後をどこまでも付いていくのであった。
蠟燭が一本だけ灯る薄暗い静かな部屋で、壮年の男性が一人椅子に座り本を読んでいる。
彼は都東門領域の領主、フリデリック=レーナルト。少なくとも今は、この地域を統べる男だ。
彼の立場は今、非常に危うい。
あくまでも彼は兄が死んだ事により暫定的に領主になったにすぎず、後一年もしないうちに才能あふれる姪にその地位を奪われるのだから。
騎士団で彼に対しての忠実な部下は騎士ただ一人である。
逆に言えば、彼女が従っているからこそ辛うじて権勢を振るえているとも言える。
そんな現状を快く受け入れられる為政者など、この世に一人としていないだろう。
もちろん、彼もこの現状をよしとしていない。だから今日、策を弄した。
ドアのノックが鳴り、一人の女性が部屋に入ってくる。
黒い髪を後ろに縛り、細く切れ長な瞳をしたこの女性こそ東門騎士団の最高戦力、カンナ=シュタインマイアーだ。
「ただいま戻りました」
恭しく頭を下げ、膝をつく。
「どうだった?」
男は労いの言葉すらかけずに事の顛末を問う。
「滞りなく。全て手筈通りに済みました」
「素晴らしい!」
男はやおら立ち上がり手を叩く。
「死んだのか?」
「恐らくは……。ただどちらにせよ、魔力供給を絶った上で一人漆黒の悪魔の前に置き去りにしましたので無事ではないでしょう」
ただ淡々と、今日の出来事を説明する。そこに一切の罪悪感は含まれていない。
「ふむ、出来れば確証が欲しかったがそれもまた良いかも知れないな。エレノアの様子は?」
顎に手を当て考えを巡らせながら問う。
男にとってはこちらが本命だ。
「精神は憔悴しきっています。今は治療の最中です」
男は大きく頷き椅子に座る。
「死なれては私の責任問題になりかねないからな。だがこれで私の策は成ったな。心の支えを失ったエレノアに領主など務められるはずがない」
男は下卑た笑みを浮かべる。
「ただの従者が居なくなっただけでそこまでのダメージがあるでしょうか?」
騎士が単純な疑問を投げかける。
「ある。奴はあれを家族だと思っている。そこらの従者とは違うのだ」
「はぁ……」
やや納得のいかない様子の騎士を見ながら、男は手元の紅茶に口をつける。
「漆黒の悪魔達の魔法、どんなものか分かったか?」
「漆黒の悪魔については、信じられない速さで動く事以外は……。ナギサについては殆ど完全に把握しました」
「そうか、それは良い事だ」
本来ならば大戦果である強力な敵の魔法判別について聞いても、あまり関心を示さない。
男にとっては、そんなもの二の次であるからだ。
フリデリック=レーナルトにとって重要なのは、今の席に居座り続けることだけだ。
「ナギサの魔法は回数制限のある自動復活でしょう。対策は容易にできます」
「ほう?」
紅茶から口を離し、興味深げに騎士を見つめる。
「殺さなければいいのです。瀕死のまま捕まえて拘束してしまえばどうということはありません」
その言葉を聞き、男は楽しげに笑う。
「それもそうだ。流石、王国最強の騎士だな」
「ありがとうございます」
騎士が頭を下げる。
「……それにしても、【大崩壊】も近いというのに魔鉱は減るばかりだな」
男がため息をつく。
実際、ここ最近は自由同盟の散発的な攻撃で多くの小規模魔鉱を失っている。
「申し訳ございません。我ら騎士の不徳の致すところです」
「いや、君はよくやっているよ。私が思うに、西の連中がくさいな」
西の連中、というのは要するに西門領域の騎士団の事だ。
彼らは最近代替わりがあったばかりだ。
「裏切っていると?」
男が首を振る。
「そこまではわからないがね。匂いがするというだけだ」
「匂い……ですか?」
騎士が首を傾ける。
よくわからないといった様子だ。
「そう、裏切りの匂いだ。弱い者はそれを嗅ぎ取って生きていかないといけないからね。経験でわかるんだよ」
「閣下は弱くなどありません」
騎士が勢いよく否定する。
「その気持ちはありがたいがね、私は弱いよ。弱い者は、自分の弱さを認めて生きていかなければならないんだよ」
男が勢いよく紅茶を飲み干す。
「それに私は、弱さを恥だと思っていない。この弱さを含めて私だからね」
男はそう言うと、椅子から立ち上がる。
「どちらへ?」
「寝る。明日からまた忙しくなるからね」
そう言って部屋を出る。
騎士もまた、その後をどこまでも付いていくのであった。
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