I don't like you, but I love you

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10 present day2〜エピローグ続き

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present day2~エピローグ続き

「I don't like you, but I love you」

『この部分の何が気に食わなかったの?』
原稿内にある…問題と思われる部分を指差して、私はシイに尋ねた。
しかし、私の質問にシイは答えなかった。
シイのオーラは、複雑な感情同士が絡み合っていた。
「戸惑い」「怒り」「悲しみ」「不安」「羞恥」「愛情」
それ等が…其々絡み合い『知恵の輪』の様相を呈し、解けそうも無さそうだった。
それから、其々の感情のオーラが、ゆっくり溶けて混ざり合い…なんとも言えない色と波紋を描いている。
その様子を見て、私は悟った。
『知恵の輪』状態になっている状況が、シイの感情を表している。
「自分でも分からない」のだ、と。
私は戸惑った。
『知恵の輪』が解かれる迄に、一悶着も二悶着もありそうだと感じたからだ。
私は戸惑いながらも、苛つきながらも落ち込むシイを宥めた。

*****
シイの静かな寝息が、もたれ掛かった私の肩にかかる。
私が「戸惑い」に対して、思いを巡らせる事に夢中になる中、シイはいつの間にやら…私の隣に移動していたらしい。
恋人時代と変わらないこの様子に、私は軽く笑う。
全く…人の気持ちも知らないで。
こんな場面を報道側にスクープされたら、それこそ「好き放題」「勘ぐり放題」の記事が出る危険があるだろう。
ああだけども…。
シイの穏やかな寝顔を眺めていると、「そのままにしてあげたい」気持ちが強まってくる。
その気持ちは、「寝る子を起こしたく無い」母親の気持ちに似ていた。
母親。
母親、ね。
『あなたの母親役なんて…望んで無い』
恋人同士だった頃は、そこも『別れ』の原因だったのだ。
だが、今はどうだろう?
成り行きとは言え、それを引き受けている。
おかしなものだわ、恋人同士の時は『母親役を無意識に求める』シイに対し、ちょっとした憎たらしさを…感じていたのだ。
そのシイの寝顔を、私はじっと見つめる。
すると…妙な気持ちが湧く。
その気持ちは、じわっと水面に佇む光に感覚が似てた。
私はシイを起こさぬ様、気にしながら溜息をついた。
ああ、そうね。
認めざるを得ないわ…。
シイと別れした後も、私はシイに対して何らかの『情』を持っている。
その情の名前は何だろうか?
『家族愛』
『友人愛』
ピンとこない。
だが、その情の根底にある『慈しみ』を、自分自身でも感じ取るのだ。
これが『愛』なのだろうか。
きっと、だぶん、そう…なのだろう。
シイへの『恋』は無くなったが、『愛』は残ったのだ。
今のシイも、きっとそうなのだろう。
『恋』は元より無く『愛』だけ残っている。

今はお互い『愛』しか残ってない。
だから、恋人同士の時よりも上手く言ってるのかな?

シイは、何かにつけて私を頼るのだ。
私を頼りにしてくる時のシイの中に、『幼子』を感じ取る事がある。
その時の彼女は、ほんの少し『オドオド』している。
もしかしたら、自分のそんな状態を『頼りなくて恥ずかしい』と思っているのかもしれない。
シイは、母親というものを…知らずに育った。
その影響だろうか?
『無条件で他人を頼る』という事が、苦手な様に感じる。
色々と、思いを巡らせていた時だ。
シイが、ハッと目を大きく開いた。
「起きちゃった?」
「…うん、いや…」
シイはそれだけ言うと…自分の手を髪の毛の中に入れ、地肌をくしゃくしゃと揉んだ。
そのせいで、被っていた頭巾らしき物がずれた。
私は軽く笑いながら、ずれた「頭巾らしき」被りものを直してあげた。
全く、これでは本当に「母親」だ。
シイの顔を覗き込む。
シイは浮かない表情をしていた。
「また、良くない夢でも見たの?」
「………うん」
私の質問を、シイが鈍く肯定した。
相変わらず、ね。
私は心の中で呟くに留めた。
『良くない夢』
言ってしまえば「悪夢」だ。

シイは幼少期から、この悪夢に悩まされてきた。
私はシイのメンタルを心配し、セラピーやら、カウンセリングやら情報収集しては、シイに勧める。
しかし、シイは頑固だった。

『悪夢を見るって事は…寝れてはいる。睡眠は取れてるから気にしないで』
そう言っては、悪夢を放置するのだ。
無論、恋人同士でいた頃からシイは『頑固』な一面があった。

「心許し合った愛するふたり」が寄り添いながら眠る、素敵な夜。

「悪夢」はそんな私達の毎日に、容赦なく顔をのぞかせた。
ふと、夜中に目を覚ます。
すると、シイが、ベットの向こう側で腰掛けながら…ぼーっとしている事があった。
その時のシイは『疲れた』表情を見せていた。

そして時折、シイは疲れた顔をしながら、自分が彫った『木彫りの漠』を…力無く眺めているのだ。
『悪夢を食べると言われる漠』
シイが漠に何かを縋っていた事は否定出来ないだろう。
シイの机に飾られた何体もの『木彫りの漠』達がそれを物語っている。

シイは私より年下だ、多分。
シイは、自分の生年月日が分からない。
それは、シイが生い立ちが複雑な事が要因だ。
シイの公式の生年月日は、シイが『一族の一員であると認められた日』になっている。
その事について…私はサンから一方的にだが、以下の通りに聞かされている。
無論、サンが一方的にシイの生年月日について語り出した理由は…『十八番』の「マウント」だ。

「知っている?今この世で…「私しか知らないシイの秘密」のひとつ!シイが公開している自分の生年月日って…本物じゃないの。私は本当のシイの生年月日を知っているよ!占星術的な生年月日ね!…シイが言っていたの『お前が生まれた日は、青いオーロラが見えた』って。本当のお父さんが、そう言ってたんだって!。で、私の父さんにその事を言ったら、『珍しいオーロラだ、滅多に出ない。確か、何かの記録にあったな』って。…で、調べたら、××年×月×日だったんだ!だからそれがシイの誕生日!父さんにもそれ言ったらさ…「戸籍登録はもう終わってしまったから…残念だ」だってさ!でもやっぱ、公式の登録のままでいいや!…だってさ、だってさ!…ホントの生年月日だと、私と同い年になっちゃう!私、シイは自分の子分だと思っているから、年下の方が扱いやすいや!!」

本当の生年月日であれ、公式の生年月日であれ…シイは私より年下だ。
そしてその年下のシイを、私は昔から「老成した子」だという印象を持っていた。
乗り気でないタスクを『己を無にして取り組む』姿だけが、私にそう思わせたのではない。
悪夢から目覚め、その余韻を引きずるシイの『疲れた表情』。
この印象の強さも「年の割に老成した人」というイメージを持った理由だ。

悪夢を見る事に悩む本人が、それに対して真剣に向き合う気が無い。
その内、私自身が夢の中で『悪夢とワルツを踊るシイ』の夢を見る様になる。
私の夢の中に登場した悪夢は、顔の無い『ドロドロの個体』だった。
それは、例えれば、チョコレートファウンテンに似ていた。
王子様であるシイが…『ドロドロ個体の悪夢』とワルツを踊り続ける。
そして最終的には、「悪夢」のドロドロに、シイが取り込まれる…という、何とも後味の悪い「悪夢」であった。
因みに、シイの毎日の「睡眠のお供」状態である「悪夢」は、毎回違うバージョンらしい。
「そのせいかな?…今だ、「悪夢」に慣れない。「悪夢」は「悪夢」でも毎回同じなら耐性が出来て、平気になるかもしれないのに…困ったものだ。」
その内、私は大好きな「チョコレートファウンテン」を気持ち悪いモノに感じ、自分の視界に映るのさえ、拒否反応を示す様になる。
それだけでなく「他人事」の様に「悪夢を見る自分」を語るシイに対して、私は堪らなくなり…シイのそういう部分から距離を置く様になった。
それが良くなかったのだろうか?
私達の関係に、変化が発現したのだ。
それを語るには、シイ「現在の結婚相手」について述べる必要があるだろう。
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