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11 キュウ

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キュウ
シイの戸籍上の配偶者の名前は「キュウ」という。
彼を、一言で言えば「変わり者だ」。
「変わり者」とは言っても、シイとは違ったタイプの「変わり者」だ。
シイは第一印象では、他人から「取っ付きにくい」印象を持たれることが多い。
それに対し、このキュウという人物は、「飄々とした」印象を持たれる。
「彼の『童顔』の『飄々とした部分』これ等にコロっと騙されるのだ。だが、中身は抜け目ない。『抜け目が無い』という表現はややもすると、狡猾なイメージをもたれる。だが、不思議と彼にはそのイメージはない。茶目っ気があり、細かい事に気づくヤツだ。私は彼を気に入ってるよ。シイも見る目がある。」
シイが、「政略結婚」のお相手にキュウを選んだ事を知ると、BOSSはそう言った。
BOSSのキュウに対する評価は、概ね間違い無いだろう。
BOSSの仲間内でも、皆が彼に向けるオーラに「ネガティブ」なモノは感じない。
しかし、私は…何となく彼に苦手意識を持っている。
彼と私の間に、何か苦手意識を持たせる出来事があった訳ではない。
私の彼に対する苦手意識は、彼のオーラだ。
基本、彼のオーラは色の変化、オーラの自体の変化が乏しい。
変化が全く見られないという訳でないが、変化に乏しい状態では当然「読み辛い」のだ。
愚痴である事は自分でも百も承知だが、言わせて欲しい。
オーラが「読み辛い」。
「辛い」のだ。
それ故に解読に苦労する。
これが仕事の案件ならば、私自身の「メンタルの負荷」と「報酬」及び「分析結果への評価」が釣り合わない、「お断り案件」だ。
それは、シイとの「政略結婚」の話を初めて耳に入れた時も、キュウのオーラの変化は無かった。
シイは仕事の役目上、「既婚者」である必要がある状況だったと…6の章で述べた。
それは「既婚者」でないと「箔がつかない」

だから「既婚者となる必要があるという都合」に理解を示す「自分の都合の良い」相手と婚姻関係を結ぶ。
白羽の矢が立ち、「キュウ」が「都合の良い相手」に選ばれたのだ。
彼が選ばれた理由は、次の通りだ。
この婚姻関係に互いの両家の財産を含む、諸々の権利に干渉しない事。
シイの養父の一族と、姻戚関係が皆無である事。
この二つだ。
おまけに、このキュウという人物はシイと出会った時点では既に「既婚者」であり、既に「二人の妻」が居たのだ。
これもシイとの婚姻に有利に働いた。
『既に妻がふたりいるのだ…三人目と多少離れても寂しいとクレームを出される可能性は薄い。」
人というのは相手の状況を、自分の都合良く解釈する部分がある。
この「自己中な解釈」が「政略結婚」に対し、また有利となる。
更には、これまでに何度も登場した「結婚観」。
キュウの暮らす地域一帯は、「結婚観」が、「家族と一族の結びつき」だ。
つまりは、「シイの暮らす一帯と同じ結婚観」だった。
更に都合の良い事に、キュウには「二人の妻」及び、「婚外子」の『ゴウくん』以外、家族や親戚と呼べる人物は居なかった。
つまりは、三人目の配偶者との結婚に「ああだ、こうだとウルサイ親戚縁者が少ない。
これも「有利に働いた」のだ。
余計な補足ではあるが…キュウのふたりの妻は、シイよりも幼かった。
そこも「ウルサイ親戚縁者」ナシ…素晴らしい!と解釈されたのだ。
これらの要素から、キュウに対して婚姻の話が申し込まれたのだ。
しかも、これら状況を見極め、婚姻の申し込みを下したのは、シイ本人だ。
シイは、養父の部下でもあった為、BOSSの知り合いでもあるキュウとは、ある程度の面識はあった。
仕事で関わった事も…それなりにある。
仕事でキュウと接したシイ自身の「キュウ」に対する評価…それはBOSSと同じだ。
「彼、変わっているね…だが、飄々としている様は、物事へのこだわりが強く無く、柔軟だよ。仕事でもそれが出てるね。」
シイにしては、良い評価をキュウに対し下していた。シイのセリフからも、仕事上でだが…キュウの「柔軟」な部分に助けられた部分、これが大きかったのだと思う。

さて、柔軟な対応。
この部分について、シイから…ひとつ聞いたエピソードを下記の通り。
シイの養父は「地域一帯を治める領主様」的存在である、と前に説明した。
と言う事は、ある程度の想像がつくだろう。
養父同様、「他の地域を治める領主様」も存在するのだ。
領主様同士の関係は…「あちらの領主様とは仲が良い」が「こちらは仲が悪い」が当然ある。
BOSSの「親しい知人達、領内の部下及び親戚縁者」が集まった席での事だ。
宴もたけなわ、となった辺りで「誰と誰が同盟関係で、誰と誰の間が敵同士」…といった類の話題で大いに盛り上がり、ヒートアップしそうな雰囲気が醸し出してきた頃だ。
BOSSがヒートアップする様に、少々困った顔を見せ始めた。
BOSSは、基本穏やかな性格をしているのだ。
そういう類の人間にありがちな…「怒るとちょっと厄介」な部分はあるが…。
そのBOSSの……困った顔を見て、キュウが言った。
「領主様も人間だからなあ~そりゃ、馬があう合わないは…あんだろうな~お、鳥姿が段々増えてきたな…「鷹狩り」一番ベストタイミングだ。だよな?」
BOSSは嬉しそうに、宴を締めて「鷹狩り」に皆を促した。
彼の「柔軟」は「出る杭は…」的が要素が薄い。
そのせいだろうか?彼はBOSSを含め、様々な分野の人々と交流があった。
一応は断っておこう。
私は彼の「柔軟」な部分を「賞賛」する為に、この話を出したのでは無い。
『あちらの領主様とは仲が良い』が、『こちらの領主様とは仲が悪い』
こういう類の事は「領主の代替り」でも変化が起きる。
そして、この比較的近隣の「領主の代替り」が発生した時、困った事が起きた。
「代替り後の新領主様」が、BOSSに対し、あからさまな敵意を示して来たのだ。
代々より、そこの領主様とBOSSの治める一帯は「姉妹都市」と呼ばれる程、友好的な関係だった。
おまけに、BOSSは「新領主様」と、幼い頃は「仲の良い幼馴染」といった間柄だった。
BOSSがストレートに尋ねても、「新領主様」は、マトモに取り合ってくれない。
マトモに、とは言ってもだ…「新領主様」は、礼儀を欠いた行動をする人でないそうだ。比較するものでは無いと分かってはいるが、その点は、同じ「幼馴染」とは言っても…サンとは大違いだが。
「新領主様」は、マトモな返事を寄越さない代わりに、形式ばった「挨拶文書」を、BOSS宛に送り付けて来る。送り付けられた「挨拶文書」は、当然の如く家紋入であるが、ご丁寧にも「香水」が振られていた。
「新領主様」の「ぶっきらぼう」だが「丁重」であるという…矛盾を感じる対応に、BOSSは大いに悩んだ。
「新領主様」への表敬訪問をBOSSが望んでも、にべもなく断られる有様に…BOSSの治めるこの領内では、「新領主様」に対して妙な噂まで出始める。「新領主様」は「引き篭もり糞ニート」と。
「新領主様」がそう言った状況では、私の「オーラ分析」は「役立たず」だ。
*****
「この香りに…意味があるんじゃない?」
思い付きに近い口調で、シイが言った。
シイの手には、「新領主様」が送ってきた「挨拶文書」が握られている。
「ほら、これ…「新領主様」に代替りしてから、BOSS宛に送られた文書の第一号。…香水無しだよ。対する…第二号の「挨拶文書」は、香水有り。」
シイが二枚の文書を、私の顔の前に突き出した。
「本当だ」
第二号目の「挨拶文書」から放たれる、独特の香水の香りが私の鼻腔を擽ぐる。
しかし、私とシイの「ふたりだけ」で分かったのは、ここまでだった。
「ダメ元で、「キュウ」に何か分からないか聞いてみるか。偶々仕事でこっちに来てるんだ。『三人集まれば、文殊の知恵』と言うし。」
一瞬だが、私の中で…シイの提案に対して躊躇が生まれた。
一ミリ程度の躊躇ではあるが…。
だから、シイの案を私は受け入れた。

*****
「ミモザ…だな、これは。」
キュウは「香水」の匂いを嗅ぐと、その種類を即答した。
「君は花に詳しいの?」
「今は少し落ち着いてきたが…一時、亜種中の亜種探しにハマっていた事は、あった……ああ、コイツのビニールハウスに…招き入れられてな。そういや、珍しいミモザの亜種について…嬉しそうな顔で語っていたな、ああ…覚えている。すげえ珍しい亜種だった。花はステレオイメージの黄色だが、葉が虹色なんだ…お前の目と同じだな…うん、そうだ覚えている。この強い匂い。」
鼻を軽くひくつかせて呟くキュウ対し、シイが尋ねた。
「コイツ呼ばわりしていいの?…「新領主様」は、君の好奇心を快く満たしてくれた相手じゃないか?」
「お前にだから言ってんだよ…」
キュウが低い声でつぶやいた。
「話が見えない。理解出来る様に言ってくれないか。」
シイのクレームに対し、キュウが組んでいた足を組み直した。
それから、顔をシイに近づけて言った。
「コイツ…お前達が「新領主様」と呼んでるヤツは、女だって事…お前知ってんの?」
そう言うと、文書に印刷された「新領主様」の名前を、シイの目の前に突き出した。
「いや…知らな、い…。正確に言えば、先入観を以て男性だと思っていた。名前も男性に良くある名前だ…しかし、偶に女性でも…この名前の人間はいる。うん、確かにいる、な。」
シイのオーラに、少しばかりの驚きの色が浮かぶ。

私も、シイと同等程度に驚いていた。
「って事は、オチチウエ様(BOSS)も…「新領主様」を女性と認識してないって事?」
キュウの目が、シイと私を交互に見た。
「知らないだろうね。『彼は何故…』と繰り返し呟いては、頭を抱えていたからね。」
シイは、抑揚の無い口調でキュウに答える。
それから、シイとキュウは「挨拶文書」を挟んだ状況で、お互いを見つめ合う状況となった。
私も「その状況のふたり」を見物する格好となる。
ふと、私は不思議な感覚に襲われた。
次の瞬間、シイのオーラが、変化の兆候を示す「予兆」的動きを示した事を…私が、自分の目の端に捕らえた…その時だ。
シイが、キュウの手から「挨拶文書」をシュッと取り上げた。
「どうもありがとう。」
キュウに礼を述べると、シイは颯爽と部屋を後にした。
私もキュウにお礼を述べ、シイの後に続こうと…口を開きかけた時だ。
「アイツって、結構…強烈なキャラだろ?」
「え?」
思いがけない質問に…私がキョトンとしてると、キュウが言った。
「『虹色葉っぱのミモザ』みてえに、あいつからは…独特の強烈な香りがプンプンするよ」
「不思議に似るんだな…虹色しか共通点ないのに」
変わった事を呟くキュウに対し…私は、リアクションに一瞬困った。
が、シイの後を早く追いかけたい気持ちが強かった為、キュウへの直接お礼の言葉を口にせず…頭を『ぺこり』とだけ下げて、シイの後を追いかけた。
*****

「これを養父に渡して、こう伝えてくれる」
キュウのアドバイス…と表現して良いものか不明だが、そこから数時間も経過しない内に、シイが私に頼んできた。
シイの手には、ミモザの小さな花束が握られていた。
無論、その葉は虹色ではなく…緑色。一般的なミモザの花だ。
「この件は…一旦、私にお預けけださい。そして「新領主様」との表敬訪問のお約束が叶った際は…BOSSが幼馴染同士『水入らず』のお時間を設ける事を…お約束下さい、と。」
シイの意図が不明だ。
私の中で不安が膨らむ。
私が正直にそう伝えると、シイは不思議そうな顔をして…前置きから始めた。
「これまでもそうだったが…君の方が、私よりも『恋愛事』の勘が働きそうだなものだけどね…私と君は『ツーカー同士、これで何が言いたいか…わかるよね?」
私は全くわからなかった。
シイに伝えると、シイは少々諦め顔を見せた後、先程の「『新領主様』が女である話」を語り始めたキュウ同様に足を組み直し、ぐいっと…顔を私に近づけて言った。
「過去の終わった恋は大っぴらにするものではない。未だ引きずった恋なら尚更そうだ。認識間違いない?」
そのセリフは『今までのシイ』を知る私に、驚きを与えた。
シイの口から告げられた「次のセリフ」は、私の驚きをより大きくするモノだった。
「養父は分からないか…『新領主様』は、今までの過剰な反応から推察するに、養父を男性として慕っていた可能性が高い。ああ、だけども…養父は自分の幼馴染が、女性だと知らない可能性が高いな…でなければ、「新領主就任祝」の品として「シルクトップハット」なんて贈らないだろうから。その贈答品を贈った後、『新領主様』の反応が神経質になった…拗ねてる、という表現が正しいかな…以上の事から新領主様は、養父に恋愛感情を持っていた可能性が高いし、今でもその感情に未練を引きずっている可能性が…ん、どうかした?」
驚きにポカンと口を開く私を、シイが心配そうに覗き込んだ。
「…いえ、何でもないわ。気にしないで。」
何故、「何でも無くない」癖に、「何でもない」という「嘘」が出たのか…。
自分でも分からない。
分からない。
変だ、変だ…だっていつも「分からない」という反応を示すのは、シイの役割だったはずなのに。
今回は、分からないという反応を示しているの…は私の方だ。
とはいえ、私が分からないのは「新領主様」の恋愛感情ではなく、シイの急激な変化なのだけれど。
私の戸惑いを置いてけぼりにして、シイはしゃべり続ける。
「養子とは言え、子である私からこの件を伝えるよりは、ロクぐらいの立ち位置の人物から言われた方がいいかと思って…君にお願いした次第だ。」
「………………承知したわ。」
承知したけど、承知してない。
不思議な気持ちで、私は伝書鳩を引き受けた。
*****

「BOSSが言っていたわ…『シイの心遣いに感謝するって』」
私のセリフに、シイが満足気に頷いた。
シイの表情もオーラも、自分の予想通りに事が運んだ時に見せる「満足」が見て取れた。
先程の「分からない件」の違和感を引きずりながら、私は言葉を続ける。
「香水」が「ミモザ」である事と、あなたの憶測を伝えたら、BOSSは少し涙ぐんでたわ。そしてこう言ったの。『そういえば、ミモザの庭園で幼い頃によく遊んだ。何故それを…忘れていたんだろう』と言ってたわ…BOSSは、幼馴染である『新領主様』が女の子だという事を…当時から知らなかったらしいの…幼少期の『新領主様』は、髪の毛が短くて、ズボンばかりを着用していた子だったらしいわ…BOSSは『新領主様』を、男の子だと思い込んでいた事を反省してたわ。」

*****
「キュウ、先日は世話になった。君の力添えのお陰だ。問題は解決したよ。」
シイがキュウにお礼の言葉を伝えた。
その日は、奇しくも、「BOSSが『新領主様』である『幼馴染殿』との『水入らず』の会談」を果たした日だった。
シイにお礼を述べられ、キュウは一瞬キョトンとした表情を見せた。
彼の表情が言っている。
『何を言っているか分からない』と。
彼にとって「ミモザの件」は忘却の彼方である事は、オーラが見えなくても表情で判別できた。
そのキュウに対し…シイが屋敷の入り口に飾られた花を、顎で指した。
「おっ…おおっ!あれは…あれだな!つまりあれって事かっ!」
見覚えのある「亜種ミモザ」に、キュウの顔が少し綻ぶ。
話が通じた状況に、私も思わず笑顔になった。
「亜種ミモザ」は「新領主さま」…つまりは、BOSSの「幼馴染殿」手土産だ。
「キュウ、ひとつ教えて欲しい。」
亜種ミモザを微笑ましく見つめるキュウに、シイが声を掛けた。
「亜種のミモザの話のをした時の事だ…君は急に『コイツ…女だってお前知ってんの?』と、急に尋ねて来た。」
キュウが視線を、亜種ミモザから遠くへ遣って答えた。
「ん、ああ…そうだったけ、な?…あんまり覚えてない。ま、言った事にしておこうか…で?」
「養父の幼馴染が女性だという事が、今回の問題解決の糸口となったのだ…そこで、改めて君との会話を思い返し、疑問が湧いて来たのだ…もしかして、君はそこが解決の糸口だと…匂わせていたのか、と。」
シイの質問に…キュウはふっと笑った。
その笑い方は、いわゆる「少年漫画」に出てくるキザ役担当の見せる「フッ」という笑い方では無く、「思い出し笑い」に近かった。
「ああ、あれな!強烈なキャラなんだよ…ほら、噂をすれば、ほらっお出ましだ。」
今度はキュウが、顎で「噂」の人物を指した。
踊り場の大階段から、「幼馴染殿」をエスコートしたBOSSが降りて来た。
「こんな日が来るなんて…幸せ、もうっ…いや~ん!!」
「幼馴染殿」がBOSSのエスコートする手を解き、BOSSの腕に自分の手を絡ませた。
「初日だから、頂いたシルクトップハットの為に~燕尾服う~着ちゃったけど~明日は、あたしのお気に入りの「白いワンピ」にするの~それはね、バルーンスリーブのレースが~もうヤバいっ!って感じのお気に入りなの~。それ着るから普段のあたしを~MY sweet HEARTの目に…焼き付けて!うふっむふふっ!」
シルクトップハットを被る初老の紳士…「幼馴染殿」は冷や汗を浮かべるBOSSにしなだれかかった。
BOSSを愛おしそうに見つめつつ、微笑みを湛えた唇は赤い口紅が塗られ、白い化粧から青髭が浮き上がっていた。
シルクトップハットからは、溢れんばかりの「縦巻きロールヘア」が「しだれ柳」を連想させるかの如く、飛び出している。
シイは絶句して…その様子を見つめていた。
『思ってたんと違う』
シイの表情とオーラが、そう物語っている。
まあ、私も同じ事を思っていたんだけど。
「女だと言っていたではないか!」
シイが、キュウに向かって言った。
シイの声色には「驚き」の感情が、満タン状態だった。
そして「知りたい」を示すシイの緑オーラが…物語っている。
『君が「女性だと言った理由を説明しろ」と。』
「…性格が、女って意味だ…強烈なキャラって言ったろよ。」
キュウの言葉に…シイが溜息を吐いた。
シイのオーラに、戸惑いと悩みが発現している。
「シイ、何を悩んでいるの?BOSSに「あなたの幼馴染は女性だと」間違った情報を与えてしまった事?」
「いいや。」
シイは私の予測を即座に否定し、素直に悩みを披露した。
「養父にそこを咎められたとて…そこは今更だ。そこの正答は「謝る」以外ない。…BOSSの「幼馴染殿」を「ムッシュ」と呼ぶべきか…「マダム」と呼ぶべきか…それが問題だ。」
「男女問題」「恋愛事」となると…シイはやはり「分からない」のだと思った。
にしても、少しズレるわ、シイ…。
私は、自分の知っている「安定のシイ」に胸を撫で下ろす。

しかし、「変化」は既にそこまで迫っていたのだ。

*****
「おお、そういや例の…婚姻の申し出の件だけど、な…いいぜ。」
キュウが帰り際に…思い出したかの様に、シイに話しかけてきた。
「承諾と、いう事?」
キュウの返答を知り、尋ねるシイのオーラは見慣れたビジネス色の「グレー」だ。
キュウもまた、いつもの如くオーラから感情が判別出来ない。
が、表情や声色は、雑談する時に見られる「平常心」そのものだ。
一般的に言われている「人生の一大イベント」である結婚。
ふたりとも…この調子で大丈夫だろうか?
私の中に、一抹の不安がよぎる。
「私は長くこの仕事をしない。私が引退したら君の都合で「結婚」を「解約」していい。」
「契約だな…ホント。お前さ、ファンクラブ作ってファンの誰かに…それお願いした方が簡単だぞ。」
飄々とした口調で、キュウがシイに提案した。
軽いジョークか?
クレームか?
彼がどう言った心境で、そのセリフを言ったかは不明だ。
が、彼のオーラは常に平常心状態である。
更に私は、今迄…彼のオーラの変化を目にする事が全くなかった。
変化が無いイコール平常心と判断したい。
が、トーク内容それ自体は「シリアス度強め」の内容だ。
オーラは嘘つかない。
それだけに「心が見えない」事は、ある種のもどかしさと不安を感じる。
「君の提案を採用したとしてもだ…ファン全員の身辺調査を行うのか?それは非効率だ。」
「だから…親戚縁者が薄く、「メンドクサクナイ俺」に白羽の矢が立ったんだろ~ちゃ~んと理解してるよ…つーか、お前、自分のファン多いって…ちゃんと認識してんのか、憎いねえ」
このふたりの会話は稀に…「悪友」同士のニイとシイの間の会話を、彷彿させ物がある。
だが、「ニイ、シイ悪友コンビ」の時と同様に…私は無邪気に彼等のやり取りを楽しめなかった。
楽しめない「何か」があった。
それは、このキュウという「変わり者」の…読めないオーラのせいだろうか?
「まあいいさ、承知してやる。…お前さ…女に分化したら、俺の子産めよ?」
キュウがさらり、と「ぎょっと」する事を言った。
彼等の周囲に偶々いた人々も、一瞬キュウとシイに対し「チラっ」と視線を遣った。
シイやサン一族の特殊体質事情は、「特別なシークレット扱い」ではない。
とは言え、全ての人間が知っている訳ではない。
『なんか、変わった会話してんな~ジョークか?』
キュウとシイに視線を遣った人々のオーラは、そう物語っていた。
「俺は女に分化すると思う。」
キュウはそれだけ言うと、サヨナラの挨拶も無しに…キョトンとするシイに背を向け、屋敷を後にした。
「大丈夫、シイ?」
『はてな一色に染まるオーラ』を放つシイに、私は声を掛けた。
「やっぱり、変わっているね、彼。」
シイは、私の問い対し、直接の肯定も否定も示さず応えた。
「え?」
「恋愛」「男女の事」というのは一般的に秘めるモノ…認識合っているよね?」
シイの『はてな一色のオーラ』の中に…「過去」を表すオーラが、皮一枚分ではあるが…薄らと出現した。
それを見て私はハッとした。
「ニイの座学」
「うん…ロクとは『ツーカー』で話が通じていいね。「結婚」は公式なモノだが…これは「公式認定前」だよね。だからこそ、私は養父と『幼馴染殿』の会談は『水入らず』と言う『人払い』をさせたんだ…キュウは人前で「秘めるモノ」を平気で口にするんだな…私には難しくて『正答』が分からない分野の座学だよ。」
シイのセリフの後半部分は「独り言」に近かった。
が、今度こそ私は何の言葉も発する事が出来ない程、固まってしまった。
だってやっぱり……この人分かってないんだもの…。
「変化」
さっき私が感じ取ったシイの「変化」は、やっぱり…気のせいだった。
「変化って…何が?」
私の独り言は、思わず口から飛び出していたらしい。
「気にしないで。」
私は笑顔を作って、シイに言った。
『あなたはやっぱり私の知っている『安定のシイ』だわ。』
私は心の中で呟いた。

それが、「大いなる私の思い違い」である事を、私は次章で知る事となる。
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