無冠の皇帝

有喜多亜里

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【01】連合から来た男

34 孤独に命名しました

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 〈ワイバーン〉のブリッジに全隊員を集合させたドレイクは、まず司令官から獲得した三枚のメモリカードを、それぞれの要望者――マシム、フォルカス、ティプトリーに手渡した。

「前回も言ったけど、それ、隊外持ち出し厳禁だから。勤務時間外にこっそり見るなり編集するなりしなさい」
「イエッサー」

 三人は上機嫌で斉唱する。

「それで、〝じゃないほう〟の名前候補のほうはどうなった?」
「いくつか出ましたけどねえ。投票というか話しあいの結果、一つに絞りました。あとは大佐が採用してくれるかどうか」

 〝撤退〟のメモリカードを上着の胸ポケットにしまいこみながら、生真面目にフォルカスが答えた。

「何だ、おまえらだけでもうそこまで決めちまったのか。つまんねえな」
「これが不採用になったら、ボツにしたの、また復活させますよ」
「ほう。で、おまえらの一押しは?」
「〈孤独に〉」

 ドレイクは拍子抜けしたような顔をしたが、すぐに怪訝そうに眉をひそめた。

「それ、軍艦ふねの名前か?」
「確かに、俺らの中でもそういう意見はありました。でも、よく考えてみたら、あの軍艦ふねにはぴったりな名前かなあと。俺らは知らなかったけど、大佐はあの軍艦ふねでたった一人で出撃したんでしょ? 最後の実戦では有人艦の中でたった一隻だけ出撃した――っていうか、させられた。その後〝〈ワイバーン〉じゃないほう〟と呼ばれても、シートをとられても、シミュレーターにされても、あの軍艦ふねは〝孤独に〟耐えつづけ、この前の模擬戦で有終の美を飾った。……という意味もこめて〈孤独に〉」

 小気味いいフォルカスの解説を、ドレイクは感心したように聞いていた。
 ――孤独に。
 言われてイルホンも思い出す。ドレイクが「連合」の艦隊二〇〇〇隻を殲滅するという〝採用試験〟を出されて、あの軍艦の艦長席を見下ろしていた後ろ姿を。イルホンをはじめ、様々な人間にサポートされてはいたが、あのときの彼は本当に〝孤独に〟見えた。

「なるほど。そう言われると説得力あるな。よし、じゃあそれに決定。命名者は誰だ?」

 フォルカスは他の隊員たちと顔を見合わせてから、全員でドレイクを手で指した。

「命名というか……最初に言い出したのは大佐……らしいです」
「え、俺?」
「シェルドンによると、大佐があの軍艦ふねで『孤独に砲撃訓練』って言ったんだそうです」

 フォルカスの言葉に、シェルドンが無言で何度もうなずく。

「えー、そうだったかあ? 覚えてないなあ」
「スミスさんといい大佐といい、最初に言い出した人って、案外自分じゃ覚えてないもんなんですね」
「でも、そうだとすると、俺は自分で自分に金一封出さなきゃならないことになるぞ」
「よかったじゃないすか。金を出さずに済んで」
「そりゃありがたいが、それも何だかなあ。……よし、ならシェルドンに金一封の代わりに〝特典〟プレゼント」
「特典?」

 ドレイクはにやりとすると、なぜかシェルドンではなくギブスンを見た。

「ごめんなあ。せっかくやりとげたのに。でも〝特典〟だからな」
「え……まさか」

 ギブスンは顔色を一変させ、マシムとティプトリーは陰で一笑した。

「今さっき殿下から、例の旧型の改装が明日には終わるって聞かされてきた」

 これにはギブスンだけでなく、他の隊員たちも表情を変えた。

「もう!?」
「今度は殿下に徹夜はさせなかったかもしれないけど、改装関係者には完璧無理させてるよね」

 無精髭の生えた頬を人差指で掻きながら、ドレイクは苦笑いする。

「でも、この〈ワイバーン〉も、想像を絶する突貫で完成させたはずですよ」

 さすがにフォルカスにはリアルに想像がつくのか、笑顔がこわばっていた。

「だからって手抜きして不具合が見つかったら、殿下から厳罰食らうのは目に見えてますからね。下手したら首が飛ぶ」
「俺、改装関係者にものすごく憎まれてるね。まあ、それはひとまずおいといて、〝お船〟が間に合うとなったら、うちの作戦も変更だ。もしかしたら新型のほうも間に合うかもしれないが、今回は旧型一隻だけを使う。というわけで」

 ドレイクは自分より少しだけ背の低いマシムの肩を笑いながら叩いた。

「マシム。〈ワイバーン〉を外から生で見たくないか?」

 * * *

 新型の無人砲撃艦の改装が完了したというメールがドレイクの端末に届いたのは、出撃する日の前日だった。ただし、そちらの改装は、コクマーの大気圏外にある宇宙港――ソフィアに併設された無人艦用のドック内で行われたという。

「増産中の新型の改装だからな。そりゃあ、無人艦用のドックで改装したほうが合理的だ。明日の帰りにそこに寄って、俺がその新型操縦して帰るよ」

 予約していた端末を仕事帰りに取りに寄るかのように、気安くドレイクは言った。

「え、大佐がですか?」
「旧型と一緒に、〈ワイバーン〉の後くっついてく」

 ――〈孤独に〉操縦できた人だから、同系の新型も操縦できるだろうけど……確か、ギブスンも操縦はできたはず。
 イルホンはそう思ったが、ドレイクは新し物好きでもある。単に新型を操縦してみたいだけのことなのだろう。

「このまま何も言わないでいたら、殿下がまたうちのドックまで届けさせちまうかもしれないな。イルホンくん、今言ったことまとめて、殿下に至急返信してくれる?」
「今回は簡単な内容なんですから、自分で返信してくださいよ」
「えー、殿下にうかつなことは書けないじゃん。そんなこと言いましたっけって後でばっくれられないし」
「口で言っても、ばっくれられないですよ」

 嘆息しながらも、結局イルホンはいつものとおり代筆をした。しかし、今回はドレイクのふりはしなかった。ドレイクは否定したが、旧型の改装があれほど早く完了したのは、あの追伸をドレイク本人が書いたと司令官が思ったからに違いなく、それで改装関係者に多大な迷惑をかけてしまったと反省したのだ。

(まさかあれほど効果覿面だとは……確かにうかつなことは書けない)

 もしかしたら、ドレイクもそれを自覚しているから、わざわざイルホンに代筆させて、二重にチェックを入れているのだろうか。

(すみません、殿下。いつも俺の代筆で)

 ドレイクの最終確認後、イルホンは心の中で詫びながら、代筆返信を送信した。

 * * *

「なぜ、私あてのメールだけは、いつも副官に代筆させるんだ。他の大佐からのメールには、自分で書いて返信しているくせに」

 キャルに転送させたドレイクからの返信を一目見て、アーウィンは不満そうに唇をとがらせた。

「話し言葉でしか書けないからだろう」

 呆れながらヴォルフが言うと、アーウィンは憤然と切り返した。

「私も話し言葉でかまわない!」
「……上官に話し言葉はまずい。とあいつは思ってるんじゃないのか?」
「同僚にならいいのか?」
「あいつ的にはいいんだろう」
「こんなことになるのなら、大佐同士にメールの許可など出さなければよかった。どうしてあの変態にばかり出すんだ。ダーナだけだ、どの大佐にも出していないのは」

 そもそも、メール検閲の主な目的は、反乱分子を摘発するためだったはずである。だが、最近のアーウィンはドレイクの監視に終始してしまっている。ここまできたら、もう完全に〝ストーカー〟だ。
 その〝ストーカー〟によると、模擬戦以降、ダーナ以外の大佐たちはドレイクあてにたびたびメールを送信するようになったという。アルスターのそれは、やはりドレイクにも何十隻か指揮してほしいという愚痴めいた要望なのだが、コールタン、パラディンのそれはほとんど〝相談〟だった。

 相談例一。先日の模擬戦で、元護衛仲間のダーナに何もしてやれず、とても悔しい思いをした。実戦で彼の手助けをしたいのだが、どうすればいいだろうか。
 相談例二。元マクスウェル大佐隊について。最初は護衛になって〝これで楽ができる〟と脳天気に喜んでいたが、そのことがもう苦痛になってきているようである。このままでは実戦のときが心配だ。何かよい対処法はないだろうか。

 これらに対するドレイクの返信(抜粋)。

 アルスターに対して。〝無理です。勘弁してください。できたらもうやってます〟。
 相談例一に対して。〝ダーナ大佐はあんた(たち)が思っているよりできる子です。あんた(たち)は〈フラガラック〉を守ることに専念してください〟。
 相談例二に対して。〝とりあえず、元マクスウェル大佐隊は無人護衛艦群のすぐ後ろにまとめて置いちゃってください。そうすれば、非常事態が起こっても起こらなくても、あんた(たち)の邪魔にはならないでしょう〟。

 ドレイクは真面目に書いているのだろうが、ヴォルフは一読して大笑いした。言っていることはまっとうなのに、どうして笑えてしまうのだろう。
 このような返信を受けとれる大佐たちを、アーウィンがうらやむ気持ちもわからないでもないが、やはり上官にこれは送れまい。ドレイクもそう思っているから副官に代筆させているのだろう。たぶん。

「やっぱり、あの模擬戦がきいてるんだろうな。おまえに検閲されるとわかっていても、つい頼りたくなっちまうんだろう。特にコールタンとパラディンは。もっとも、ドレイクのあの返信に満足したかどうかはわからないが」
「どこが不満だ。私には簡単な用件でさえ代筆だ。あの追伸くらいだろう、自分で書いたのは」
「他の大佐たちだって、おまえあてのは副官の代筆なんじゃないのか?」
「別にあいつらはいい。アルスターの副官はもっと文章力をつけたほうがいい」
「一応、アルスターから来たメールにも目を通してはいるんだな」
「結局、話すことも書くことも、あの変態のがいちばん面白い」
「面白いって……あの男は軍人であって、芸人じゃないぞ」
「そういう意味での〝面白い〟ではないのだが。……明日、ソフィアに寄るのか……」
「〈フラガラック〉まで寄っていったら、不審に思われるぞ」
「なぜ上官の私のほうがこれほど我慢しなければならないんだ」
「それを聞いたら、ドレイクは怒ると思うぞ、きっと」

 それからも二人はくだらない言い争いを続けていたが、模擬戦で〝勝利〟して以降、機嫌のいい(とわかりにくい)キャルが、最近滞りがちなアーウィンの仕事も黙々とこなしていたため、どこからも苦情の声は上がらなかった。
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