無冠の皇帝

有喜多亜里

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【01】連合から来た男

35 旧型出撃しました

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「〝人を呪わば穴二つ〟って言葉を知ってるか?」

 スクリーンに緑色の瞳を向けたままギブスンが問えば、彼の左隣の操縦席にいるマシムもまた前を向いたままぼそぼそと答えた。

「別に呪っちゃいなかったよ。願ってただけで」
「何で願う?」
「おまえ、何でもそつなくこなすからな。どうしてもシェルドンのほうを応援したくなる」
「そつなくこなせて何が悪い」
「人によく思われない」
「おまえらー。せっかく新しい軍艦ふねに乗せてもらったのに、んな喧嘩すんなよー」

 艦長席にいるフォルカスが呆れたように苦笑いする。

「ほら、マシム。バックモニタに〈ワイバーン〉がちっさく映ってるぞ」
「おお〈ワイバーン〉! ちっさくてもかっこいいよ〈ワイバーン〉!」
「単純だなあ」

 マシムの左隣でキメイスも苦笑を漏らす。
 総勢四名。左も右もいちばん端のシートは無人のままだ。

「しかし、ブリッジの中にいると、〈ワイバーン〉にいるような錯覚起こすよな」

 ふとキメイスがそう言いながら後方を振り返った。

「まあ、〝サブシート〟がないから、違う軍艦ふねだってわかるけど」

 その言葉どおり、ブリッジの隅にあの〝サブシート〟三席は影も形もなかった。

「外は激しく違うけどな。特にレーザー砲関係。大佐が器用貧乏のギブスンをこっちに回したのもうなずける」
「器用貧乏って何すか、器用貧乏って」

 見るからに嫌そうな顔をして、ギブスンがフォルカスを顧みる。

「そのとおりだろ」

 フォルカスではなくマシムがバックモニタから目を離さずにぼそりと言った。
 一見、険悪なようだが、それだけ遠慮のいらない関係なのだろう。現に、罵りあいながらも相手を避けることはない。

「まあまあ。今日は〝実験第一弾〟みたいなもんだからさ。……全員、インカム装着。生きて帰りたかったら、大佐の指示に忠実に従え」
了解ラジャー
「耳慣れなくて、ものすごい違和感」

 フォルカスは独りごちてから、自分もインカムをつけた。

 * * *

「前方から、マシムの怨念を感じます……」

 〈ワイバーン〉の操縦桿を握っているスミスの顔は、明らかにこわばっていた。

「ああ。かすり傷一つつけただけで、確実に奴に呪われる」

 すでに艦長席を下りていたドレイクが、大真面目にうなずく。

「『連合』よりも、そちらのほうが恐ろしいと思ってしまう俺はおかしいんでしょうか……」
「うちの人間だったら正常な反応だ。マシムに呪われたくなかったら、〈ワイバーン〉に傷一つつけるな」
「イエッサー」

 ――こっちでこんなこと言われてるなんて、マシムは夢にも思ってないだろうな。
 だが、もし〈ワイバーン〉が傷ついたら、マシムに呪われそうな気はイルホンにもする。ということは、自分も〝正常〟らしい。
 今日はいつもの席にフォルカスがいない。彼一人いないだけで、ブリッジ内はかなり寂しくなる。しかし、イルホンの右隣にいるティプトリーは、寂しいどころか楽しくて仕方のない様子である。

(大佐……これじゃ逆効果だと思いますけど……)

 そうは思うが、口には出せない。
 そんなティプトリーとは対照的に、シェルドンは沈着だった。〝連弾〟や〝クレー射撃〟で自信をつけたのか、シートに座った瞬間から、戦闘モードに入れるようになったらしい。
 〝大佐〟が七人から五人となり、編制が変更されてから、初めての実戦。
 新型の無人艦は、左翼に砲撃艦四〇〇隻、右翼に同四〇〇隻、そして中央に護衛艦二〇〇隻の、計一〇〇〇隻が投入された。
 〈ワイバーン〉は中央の旧型無人砲撃艦群の最後尾にいたが、その前方には、周囲の無人砲撃艦と同じ外観を持った有人艦が一隻まぎれこんでいる。ここにこの軍艦がいることを知っているのは、ドレイク大佐隊と〈フラガラック〉のみである。
 関係者各位に多大な苦労と迷惑を強いたであろうこの通称〈旧型〉は、ドレイクたちがドックに見にいく前に、専用車両に牽引されて隊のドックに届けられてしまった。旧型の無人砲撃艦とまったく同じように見えるが、例の〝急所〟以外にも改良や補強がなされており、ブリッジはドレイクの注文どおり〈ワイバーン〉と同型、エネルギー容量は〈孤独に〉の五倍ある。つまり、〈ワイバーン〉よりもエネルギー容量は大きいのだ。

「大佐。ゼロ・アワーです」

 確実にいつもより張りのある声でティプトリーが言った。

「あいよ」

 ドレイクは軽く応じて、〈旧型〉の乗組員たちとそろいのインカムをつける。

「〈旧型〉の諸君、時間だ。一刻も早く終わらせて、新旧そろって基地に帰るぜ」
『イエッサーッ! ……やっぱこれだね!』
「声でかすぎ!」

 顔をしかめたドレイクは、今さらインカムの音量を調整した。

 * * *

 まるで何日も前からそうすると、すでに決めていたようだった。
 アーウィンは艦長席でモニタを一瞥すると、間をおかず言った。

「キャル。無人突撃艦一二〇〇隻、すべて敵の中央に突っこませて自爆させろ」

 ヴォルフは思わずアーウィンを見下ろしたが、キャルは即答した。

「承知しました」

 そのときには、モニタに表示された三個の無人突撃艦群は、敵陣に向かって飛んでいた。
 敵はそれらの無人突撃艦群はそれぞれの前方を狙っているとばかり思っただろう。
 だが、左翼と右翼は中央と共に、敵の中央――突撃艦・砲撃艦群約一〇〇〇隻の中へと突入し、敵艦艇に接触すると同時に次々と自爆していった。
 さらに、無人突撃艦群の何十隻かは、突撃艦・砲撃艦群の奧――護衛艦群約六〇〇隻の中へも潜りこみ、少しでも旗艦に近づこうとして自爆した。
 ――この艦隊は無人艦全部突っこませて、自爆させるだけでも勝てる。
 模擬戦前、ドレイクがそう言っていたのを、ヴォルフはふと思い出した。

「今のでどのくらい減らせた?」
「……約一二〇〇隻です。中央は護衛艦群約四〇〇隻だけになりました」
「同数ならまだいいか。……中央の無人砲撃艦はいつもどおりに、両翼の無人砲撃艦は敵の両翼が中央を援護できないように動かせ」
「承知しました」

 キャルが返答する前に、三個の無人砲撃艦群はもう動き出していた。

 * * *

「〝在庫処分〟だな」

 あっけにとられている部下たちに、ドレイクは苦笑しながら説明した。

「在庫処分?」
「殿下いわく、旧型の〝在庫〟が約一万隻あるそうだ。もともと突撃艦は使い捨てみたいなところがあったが、まさか自爆させるとはな。何にせよ、中央を薄くしてもらえたのはありがたい。……マシム、先頭切って突っ走れ」
『イエッサー!』

 両翼の新型無人砲撃艦群各四〇〇隻は、敵の両翼が中央の援護に回れないよう、すでに攻撃を開始していた。新型は機動性も向上しているようだ。
 中央の旧型無人砲撃艦群二〇〇隻はそれに乗り遅れた形となったが、そこから一隻の無人砲撃艦が飛び出すと、それにつられたように周囲の無人砲撃艦も速度を上げる。
 気がつけば、旧型無人砲撃艦群二〇〇隻は、その集団と〈ワイバーン〉の護衛がわりになっている集団の二群に分かれていた。

「ギブスン、せっかく殿下が中央削りまくってくださったんだ、でっかい〝穴〟あけて、ためしに旗艦撃ってみろ」
『イエッサー!』

 ――〝ためしに〟って……
 確かにそれも〝実験〟の一つではあるが、イルホンは引きつった笑みを浮かべずにはいられなかった。
 ドレイクの表現を借りるなら、今、旧型無人砲撃艦群の〝先頭切って突っ走〟っているのは、実は有人艦の〈旧型〉だ。もしかしたら新型並みかもしれない〈旧型〉を守ろうとして、本物の旧型無人砲撃艦たちは追いすがっているのである。ドレイクが〝健気〟というのもわかるような気がする。
 ――〝無人砲撃艦さん、今までさんざん撃ったり盾にしたりしてごめんなさい〟。
 ゆえに〈旧型〉は〝先頭切って突っ走〟り、旗艦に通じる〝穴〟を自力でこじあけようとしているのだった。

「スミス、打ちあわせどおり、〈旧型〉で落とせなかったらこっちで落とす。〝ごめんね、無人艦さん、マシムに呪われたくないから、今日も盾になってね〟と心の中で詫びながら前進を続けろ」
「……イエッサー」

 ――何ですか、それ。
 イルホンはツッコミを入れたくなったが、スミスの顔は真剣だ。本当にそう考えているのか、笑う余裕もないだけなのかは、イルホンにはわからなかった。
 スクリーンに表示された戦況図では、〈旧型〉は中央の右よりのいちばん層の薄いところを的確に砲撃していた。そこを無人砲撃艦たちも狙い撃ちしている。まるで〈旧型〉が彼らの指揮艦のようだった。

『大佐! 旗艦見えました! 〝ためしに〟撃ってみます!』
「おう、撃て! 最大出力で!」

 ドレイクが叫び返した、同時に〈旧型〉の正面にある大砲のような砲撃口から〝息吹ブレス〟を思わせる白い光があふれ出る。それは護衛艦を何隻か焼きながら、旗艦を斜めに貫通して爆発させた。

『大佐! 旗艦落とせました!』
「よし、よくやった! マシム、右翼の新型の中にまぎれこんで、こっそりお手伝い!」
『イエッサー!』
「シェルドン、前方の護衛艦群、〝全艦殲滅〟するつもりで撃ちまくれ!」
「イエッサー!」

 シェルドンは歓喜にあふれた声で応答すると、今度はたった一人で〈ワイバーン〉のレーザー砲列を操り、まだ何が起こったか把握できていない護衛艦群を撃ち落としはじめた。

(大佐……これはティプトリーへのサービスですか?)

 ティプトリーは自分の仕事をすっかり忘れて、シェルドンを見ていた。
 アルスター大佐隊とダーナ大佐隊は、新型無人砲撃艦群の速度にはついていけなかったが、敵の両翼を無人艦と挟み撃ちにするようにそれぞれ隊形を変化させた。無人砲撃艦の一部はさりげなく彼らに加勢している。

「もしかしたら、今回、殿下は粒子砲使わねえかもしれねえな……」

 ドレイクの呟きでティプトリーは我に返り、あわててモニタを見て顔色を変えた。

「大佐! 敵の残存戦力、もう七〇〇隻を切りますが、このまま攻撃を続けるよう指示が出ています! それと……」

 ティプトリーが何を言おうとしたのかは、イルホンにも見当がついた。

「〝実験〟好きは俺だけじゃないよね」

 ドレイクは苦笑いしてスクリーンを見た。
 新型の無人護衛ヽヽ艦二〇〇隻が、二隊に分かれて敵の両翼をめざしていた。

 * * *

 ドレイクがなぜマシムに〈旧型〉を操縦させたのかは、彼が『先頭切って突っ走れ』とマシムに命じた直後にわかった。

「本物の無人艦が追いつけないスピードって何?」

 うっかり安全ベルトをはずしてしまっていたフォルカスは必死で艦長席にしがみついている。

「〈ワイバーン〉では、実はセーブしてたんだな……」

 キメイスは安全ベルトはつけていたが、コンソールはまともに操作できそうになかった。
 一方、ギブスンはいつでもすぐに砲撃できる態勢をとっていた。が、そつがないというよりは、仕方がないと開き直っているように見えた。
 さすがにこのスピードになると会話もできなくなるらしく、マシムは無言のまま〝先頭切って突っ走〟りつづけた。
 決して何もない空間ではない。スクラップと化した船の残骸や破片がそこかしこに散らばっている。
 しかし、マシムはまったくスピードをゆるめずにそれらを回避していく。スクリーンに映し出される映像は、まるで創作物フィクションのようだった。
 〝突っ走〟った先には、無人突撃艦の自爆攻撃で四〇〇隻程度にまで減らされた、敵の護衛艦群があった。そのままそこに突っこんでいきそうな勢いだったが、マシムは射程圏内の手前で速度を落とした。

「キメイス、スキャンして層が薄いとこ調べて、マシムとギブスンに教えてやってくれ。できるもんならこの軍艦ふねで旗艦まで落としちまったほうが、その分〈ワイバーン〉が楽になる」

 大きく溜め息を吐き出してから、フォルカスは一息に言った。

了解ラジャー。……あ、ほんとにこれ、違和感あるな」

 ぶつぶつ言いながらもキメイスは作業を進め、マシムとギブスンのモニタにそのデータを転送した。と、それを見透かしたように、ドレイクからギブスンに〝穴〟をあけてためしに旗艦を撃ってみろという命令が下される。

「じゃあ〝ためしに〟行ってみよー。〈ワイバーン〉だったら、俺もここで半分手伝ってやれるんだけどな」
「嫌なこと思い出させないでくださいよ……」

 ギブスンは前を向いたままぼやくと、キメイスに教えられたポイントを正確に砲撃した。マシムもそのポイントを狙いやすいように〈旧型〉を動かしている。仕事は仕事と完全に割り切っているらしい。
 〈旧型〉の周囲にいた無人砲撃艦たちも同じポイントを狙って砲撃しはじめた。その様子を見ていると、あの中にもこの軍艦と同じように人がいるのではないかとつい思ってしまう。
 敵の両翼の砲撃艦群は、新型の無人砲撃艦群が抑えてくれていたので、〈旧型〉たちは護衛艦群の攻撃だけに注意して〝穴〟掘りに専念することができた。わずかに敵の旗艦が見えたとき、ギブスンはドレイクに報告し、言われたとおり最大出力で撃った。

「最大出力だと〝息吹ブレス〟になるんだな」

 驚いたように言ったキメイスに、「基本構造は同じだからな」とフォルカスがあっさり答える。

「とりあえず、この軍艦ふねでも旗艦は落とせることは確認できた。俺らの次の仕事場は無人艦群の中。この戦場である意味いちばん安全だ」

 マシムはドレイクの指示どおり、右翼の新型無人砲撃艦群の中に〈旧型〉を割りこませた。その後を追うように〝穴〟掘り仲間の旧型無人砲撃艦たちも合流してきたので、〈旧型〉は完全に無人艦群の中に埋没した。
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