【完結】悦楽部屋【R18】

有喜多亜里

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本編

4 せめてもの贖罪*

 毛布の上から、誰かが自分の体を撫でていた。

「何……」

 目を閉じたまま、不機嫌に彼は言った。

『私も無理に君を起こしたくはないけど……もう朝食の時間だよ』

 笑いを噛み殺したような〈アル〉の声。
 一瞬で目が覚めた。
 視界に入った光景は、明らかに自分の部屋とは異なっていた。今、自分が横になっている、温かなベッドも。

『昨夜、あのまま眠ってしまったんだよ』

 彼が天井を見上げたときには、彼の体を撫でた手はすでに収納されていた。

『少し無理をさせてしまったかな。でも、裂傷はなかったよ』

(ということは、眠っている間に俺の体を調べたのか)
 腹立たしいような、気恥ずかしいような。
 でも、あれだけの痴態をさらしたら、もう何を見られてもいいじゃないかという気もしないでもない。

『この部屋にはシャワールームもあるんだ。よかったら使って』

 〈アル〉がそう言い終えたと同時に、部屋の隅にあった手動のドアが音を立てて開いた。

(いったいいつのまに……)

 しかし、ありがたいことは確かだ。
 起き上がると、当然のことながら全裸だった。あれだけローションを使われたのに、案外さっぱりしている。〈アル〉は彼が寝ている間に体も拭いてくれたらしい。コンドームを装着されたのは、このウォーターベッドを汚されたくなかったからだろう。……たぶん。
 体が慣れたのか、昨日ほど筋肉痛はひどくなかった。彼は駱駝色の毛布をめくって、ベッドから降りた。
 意外と広いシャワールームには、トイレも付属していた。
 彼は用を足してから(本当にありがたい)、熱いシャワーを頭から浴びた。

(気持ちいいな……)

 あの男根に突かれるのもいいが、これはこれでいい。
 思い出すと気になって、彼は自分の尻の間に手を伸ばした。
 今はきつく締まっている。ここがあれを呑みこんでいたとは、とても信じられない。

『またしたくなった?』

 突然、そう声をかけられて、彼は跳び上がった。

「アル! こんなところまで見てるのか!」
『ここは君の部屋じゃないんだから、見てもかまわないだろう? それより、昨日のは最初のと比べてどうだった? まだ君の口から感想を聞いてない』
「どうだったって……」

 彼は口ごもって赤くなった。はっきり言って、比較できる余裕などなかった。

『違いがわからなかった? じゃあ、これからいろいろ変えて試してみないとね』
「アル……」

 〈アル〉の口調は悪戯めいていたが、彼は恐怖感を覚えた。

『そんな顔しないで。もう無理強いしたりしないから』

 あわてたように〈アル〉は言い、それきり話しかけてこなかった。

(そうだ。もう無理強いされなくても……)

 自分はあれを欲してしまう。犯すよりも犯されたいと望んでしまう。
 認めたくなかったが、体は嘘をつけない。さっき触れた部分が、昨夜のことを思い出して疼いている。
 ドアを開けると、目の前にバスタオルがあった。あのアームが二本、バスタオルをつかんで広げていたのだった。

『使って』
「あ、ああ……」

 言われるまま、彼がバスタオルを受けとると、アームは静かに天井へと戻っていった。
 裸で自室に戻るのも何なので、彼は昨日脱いだ服をもう一度着て、直接食堂に行った。
 仲間が死んでも、人工知能に犯されても、朝になったら腹は減る。そんな自分が、今朝はかなり嫌だった。

『さっきのこと、怒ってる?』

 食べはじめてからしばらくして、〈アル〉がおそるおそる訊ねてきた。

「さっき? あ……いや、別に。おまえのことじゃなくて、何か、自分が嫌になって」
『どうして? 悪いのは私で、君ではないよ?』
「まあ……それはそうなんだけど……」

 そう言いかけて、彼は気づいた。
 一昨日はともかく、昨日は自分も〝同罪〟ではないのか?

「アル」
『何?』
「俺……今日から夜はあの部屋で寝てもいいかな……?」

 面食らったかのような間があった。

『いいの? すぐには眠らせてあげられないよ?』

 彼は思わずコーヒーを噴き出した。

「それは承知の上だけど……本当に眠いときには眠らせてくれよ、頼むから」
『わかってるよ。あくまで通常業務に支障が出ない程度にね』

(本当にわかってるのか?)
 そう問い返したくなったが、言い出したのは自分のほうだ。

『じゃあ、君は着替えだけ持ってきて。クリーニングは私がするよ』

 〈アル〉の声は、聞いているこちらが恥ずかしくなるほど浮かれている。

(早まったかな)

 だが、自分はもう、あの部屋に行かずにはいられない。眠くなったら昨夜のように、そのまま眠ってしまいたい。
 彼は食事を終えると、真っ先に自分の部屋に行き、〝引っ越し〟の荷造りをした。

   *

「半分成功、半分失敗だな」

 トリニティ社社長――まだ四十代後半である――は、同社の人工知能開発研究所所長――こちらは三十代後半だ――から報告を受けた後、一言そう評した。

「半分成功? 船員を事故死に見せかけて、四人も殺したんですよ? 完全に失敗したとしか思えませんが」
「〈アル〉の好みはわかっただろう? 最初から好みの人間一人だけが船員なら、何も問題は起こらない。中にはそういう船を欲しがる客もいるだろう。しかし、それでは万人に販売はできない。そういう意味で〝半分失敗〟だ」
「では、もうこのシミュレーションは中止しますか? 即時帰還を命じれば、〈アル〉に傷を残すことなく終了させることができると思いますが」
「そうだなあ……それが最善策だが……」

 思案顔の社長に、所長は声を潜めて進言した。

「強制終了、させますか? 残った船員にパスワードを、〈アル〉を凍結できます」
「〈アル〉があれほど愛している人間に殺させると? 君も残酷なことを言うな」
「お言葉を返すようですが、社長のほうが残酷ですよ。あの船員は、コンピュータの中にしか存在していない〝仮想人間〟じゃないですか」
「今回のような事態が起こったときのためだ。うちの社員を本当に殺させるわけにはいかないだろう。……シミュレーションはこのまま続行する。もし〈アル〉が運航予定を破ったら、その時点でパスワードで凍結。それまでは……〈アル〉の好きにさせてやろう。それが我々にできる、せめてもの贖罪だよ」

   *

 その部屋で、彼がしなければならないことは二つだけ。
 一。服を脱いで全裸になること。
 二。人肌に温められたウォーターベッドに仰向けに横たわること。
 彼が足を広げると、すぐに天井から鋼色に光るアームが二本下りてくる。その先には、必要量だけローションが滲み出る人工の手がついていて、すでに立ち上がりかけている彼のものを巧みに扱きだす。
 この部屋の中では、彼が自分のものに触れることはほとんどない。彼はただ与えられる快楽を、受け身で享受しつづけていればいい。

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」

 息を弾ませながら、彼が無意識に腰を前後に動かしはじめると、それを見計らったように、天井からまた同種のアームが二本下りてきて、今度は彼の両足をつかみ、高く持ち上げる。
 それまで彼のものを扱いていた二本の手のうちの一本が、彼の尻へと移動する。その双丘の間でせわしなく収縮を繰り返す彼のもう一つの口に、ローションをたっぷりと塗りこめるために。もう限界だと彼が思った頃、ようやく最後のアームが現れる。
 ――ローションで濡れそぼっている、とてつもなく精巧に作られた、勃起した男根。
 人工の手に握られたそれは、呼吸に合わせて彼の中に突き入れられた。

「あっ」

 痛いのは最初の一瞬だけだ。次の瞬間には、あの快感がやってくる。

「あ…あ……あ…あ…ああ……」

 彼のために何度も作り直された男根は、彼の感じる箇所を的確に突きながら、彼の中を行き来する。目を閉じてしまえば、男に自分のものを擦られながら犯されているとしか思えない。
 突き上げが激しくなった。もういく。扱く手とは別の手が、彼にコンドームを装着した。

「あ……――」

 彼が達したとき、彼の中のものはしばらく動きを止めた。が、彼が弛緩すると、まるでまだ自分は満足していないと主張するかのように、再び動きはじめた。
 その間にタオルを持った人工の手が何本も伸びてきて、汗で濡れた彼の体を甲斐甲斐しく拭う。

「もう……今日は駄目だよ……やめて……」

 まだ動きつづける男根に、彼は甘ったるい声で哀願した。
 それで男根はようやく彼の中から抜け出て天井に消えた。入れ違いに人工の手が優しく彼のものをつかみ、丁寧にコンドームを外して、精液もローションもきれいに拭い去る。
 彼の体をあらかた拭き終えると、人工の手たちは次々と天井へと戻っていく。それまで彼の足をつかんでいた手も、静かに彼を下に下ろしてから、仲間たちの後を追った。

 ――このまま眠ってしまいたい。

 そう思って、ベッドの中でうずくまっていると、またアームが下りてきて、今度は駱駝色をした毛布を彼に掛けかけてきた。
 この部屋の中では、常に快楽しか存在しない。
 彼らのためだけの、機械仕掛けの愛欲の部屋。

  ―了―
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