35 / 42
Ally-35:困惑なる★ARAI(あるいは、フィールso/ヘビーアビエーション)
しおりを挟むと、ちょっとうまくは言い表せない感じの何でかな感が胸焼けのように僕の中に、もわんと湧いたのだけれど。
行くちょらい、実行委員らの詰所がいにじょぉぁッ!! と、表面上はいつもの感じに戻ったかのようなアライくんではあったけれど、割と僕なんかもう付き合い長いからね、揺蕩う不自然さは察せられてしまうよ。振り向いたその、いつもは眼力がよくも悪くも漲っているその黒い瞳に、揺れ動く何かを感じ取ってしまう。
な、なんかあったの……? との僕の問いかけをひらりと交わすかのように、御大は肩にかけたいつもの赤白のスタジャンの両袖をはためかせながら、殊更勢いよく、この音楽室の前方に床から一段迫り出しているところに飛び乗ってみせる。そして、
「そん前に、ちょこと発表がばいがあるあちごッ!!」
わざとらしい直立不動で、その張り出した前髪を一度びよんと跳ねさせながら、少し上向いて言い放つ。でもその仕草にも何となくの無理してる感。ほんとにどうしちゃったの……?
「あー、突然だっど、我ぁの渡米がば決まっちょうらずッ!!」
何かを吹っ切るようなしゃがれた大声、それはいつも通り……とは思えなかった。何かうつろに響いたから。それに「渡米」って……ひとことも聞いてない。
え、渡米って……? と、僕ら四人全員を代弁してくれるかのように三ツ輪さんがそうおずおずと聞いてくれるけど。
「親父さんの義理の妹ごつ人がんな、ピッツバーグちゃるとこに住んどるもんとよ。で、一緒に暮らさねっかっちゅう誘いばを受けとったんば。で、まあ丁度いいがに思ってら、行ってみることにしちゃいうだけのことげに」
こういう平坦な言葉の流れは、アライくんが何か気持ちを抑えつけたり隠そうとしている時のものだ。
「お父さんの行方が分かったってこと……?」
との僕の問いに、んにゃ、とだけ答えると、言葉を探しあぐねてるのか、七分くらいで絞ったカーキ色のフライトパンツのポケットに両手を入れて前後に身体を揺らす素振りをしてから、
「親父さんは色々探したんげば、今はどこいるかわっかんねっど。だ、だど、その義妹さんの所にも何年か前に顔出したことがあるてなこと言っとっちゃらい。また来るがも知れんちょぉじ、そいも丁度いが」
そう取って付けたように言うけど、言いたい事が、よく分からないよ。でも僕は僕で、何かを返そうとはしたけれど、それはクッ、みたいな空気が漏れ出ただけで言葉にはならなかった。
「……そ、そいに、今いるとこに、あんま迷惑ばかけとぉ無いっつうが」
アライくんは詳しくは教えてくれなかったけど、今は遠い親戚筋の家(同じ京急長沢駅の最寄だけど招かれたことは無い)に居候のようなかたちで住まわっているそうだ。過去に何度も何か所もそんな「親戚筋」の家をたらい回されてたばい、みたいに笑い話のように語ってくれたことはあったものの。
「え、で、え? いつ行って、いつ帰ってくるって話なの?」
いやな予感はもちろん背中辺りにざわついていたけれど、僕は何とか平静を装って、目を合わせてくれなくなったその横顔の挙動をすがるように凝視しながら、そんな場違いとも思える言葉を発するしかないのだけれど。
「月曜の昼に羽田を発って、何やか一か所を経由してピッツバーグじょら事みとぉど。十五時間くらいかかるらしこんけっど、ま、飛行機の中で無茶くそ寝れる人間じゃこからいね、我ぁは。問題は無かよぉ」
ゴカカ、と乾いた笑い声を無理やり出してるけど。いや、そんなの知らないよ。いや、そうじゃなくて……
「日本には多分、もう帰らんじょき」
殊更に軽く言い放ったかに思えるその言葉は、僕の鼓膜には届いたけど、その音波をうまく言葉の意味に咀嚼することが出来なかったわけで。だもんで、
「え? 月曜って来週の? 今日水曜……え? あと五日? え、いやそんな急な……え? ほんと? ええ?」
いつかのリコ御姉様のように、言いたい事の上を上滑るようにして数多の「え」が声帯からどんどん発せられてしまう……きっと顔から表情も抜け落ちてるんだろう。
「こん『祭り』はぎりぎり間に合おばって参加ばできるがばち、御前らに要らんこつ考えさしち、変な空気にぼなるっちゃもアレじゃったご、黙っときたかったんだじょぼ、けど何ぞ、ここまでいやがらせばされちょまでやり切るこつも無かがっと、ふと思ったがで」
何で。何でそんなに感情を抑えて喋ってるんだよ……!?
「いや待ってよ。意味分からないから。なんで、なんの……?」
僕の喋る言葉も、もはや意味を為していないほどであったけれど。
「……これ以上、『元老院』ちょばに目ぇ付けられるのも、うまく無ぇじゃろがち。ジローもシアンも、他の二人も、まだまだこん高校での生活は長ぉなる。それにシアンのらは、あんのけったい三姉妹らと、『家族』やろがち。家族がいがみ合うっつぅのは、やっぱ良くねえな、とか思っちゃりがしたらぁよ」
口をひん曲げて笑みのかたちに顔を持っていこうとしてるけど、全然笑えてないから。
「な、わけでば。我ぁが代表者どして、ちょっくら元老院の方々らぁに、モノ申して来るばが。そんでもうちっとマシな部屋あてがわれたら良し、ダメならまたあの『動画』ばチラつかせて無理を通してくるばい。そんでのの恨み買うのんは我ぁだけで良かがっちよ、どうせすぐに消える人間ちょらいしが」
あの時は勢いでいけたけど、冷静に考えたらあれだけの動画で、本当にどうこうは出来ないって。それは分かってるでしょ? 分かってて……言ってるの?
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
隣人はクールな同期でした。
氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。
30歳を前にして
未婚で恋人もいないけれど。
マンションの隣に住む同期の男と
酒を酌み交わす日々。
心許すアイツとは
”同期以上、恋人未満―――”
1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され
恋敵の幼馴染には刃を向けられる。
広報部所属
●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳)
編集部所属 副編集長
●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳)
本当に好きな人は…誰?
己の気持ちに向き合う最後の恋。
“ただの恋愛物語”ってだけじゃない
命と、人との
向き合うという事。
現実に、なさそうな
だけどちょっとあり得るかもしれない
複雑に絡み合う人間模様を描いた
等身大のラブストーリー。
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる