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☖2七悪狼(あるいは、繋ぐ記憶の糸/意図せざりしもそれはフィロインテンツィオォネ)
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とは思ってみたものの。相手が、敵対している相手が。
「……良いかねそろそろ? まあまあどちらがどちらの軍門に下るか、それだけの単純な話さぁ……こうしていても始まらない。お互いの手の内は見えない、『先読み』が奏功するかも微妙、堅陣を組んだところでそれまた微妙……ってね。案外、『数で押す』、それが最善かも知れないよぅ?」
自分と「同じ側」の人間であるということを、どうしても脳が呑み込んではくれない。外見が、どう見てもそうは見えないからかな。いや、外観だけでは何も測れないってことを、そろそろ肝に銘じるべき局面かもだけど。とにかく牛男が滔々とのたまってくる事が、全然上っ面のスカスカな言葉群であろうことは分かった。それでこちらを……特にあたしを揺さぶってやろうって思ってんだろうことも察せられた。舐めないでよ侮らないでよ、って言ってやりたかったけど、そんな思考に付随する情報すらも出したくは無かった。から沈黙。目だけに力を入れたまま。そして声は絞って右斜め後ろのジェスに向かって静かに語りかける。
「ねえ……ここまでの『広さ』は今まであったってこと? 二十×二十……」
「心配召さるな」とか言ってくれてたけど、じゃあこの「大平原」での立ち回り方も体感してるのかな……その辺り、ちょっと聞いておきたいところではある。まだ何か、相手は様子見模様だし。こちらからも有効そうな手立てはまだ見つかっていないし。
「御意にて。その時は彼我合わせて百ほどの軍勢が入り乱れ、あやうく押し切られそうになりましたが」
気をつけなけらばならないのは、ほぼ常に「八方」に意識を向けていなければならぬことです……と続けられた言葉に、なるほどとなる。「盤面の端」が通常の「九×九」に比べて盤全体に対する割合が低いということ、よってほぼほぼ開けたところで戦わなきゃいけないってこと。でも今回は相手ひとり。相手を常に囲んでいられるというメリットの方が大きいんじゃとか思っちゃうけど。さらに「数で押す」、図らずも向こうから言ってきていることではあるけど。うん、それでもそれを鵜呑みにするほどスレてなくもない。痩せても枯れてもあの将棋会館という鉄火場で、神経を、本当に神経細胞をやせ細らせるほどに脳を使ってからこの場にやって来たのだから。
「野郎のあそこまでの余裕だか自信だかは、ハッタリのみとは思えねえ。逆に俺らに対してハッタリと思わせるようにあそこまでわざとらしく振舞ってまであると見るぜ」
ツァノンも向こう方から目を切らずに、そんな補足的なことを呟き、釘を刺してくれる。うぅんそうだよねー、喰えないもんなんだよねぇ壮年って一概に……指導対局とかでもさぁ、いやらしい手ばっかり序盤からカチカチに仕掛けてくるのが世の常だものねぇ……
でも、その余裕の出どころって、なに。
「水牛」がそこまで強いってこと? あたしも記憶が定かでないから何とも言えないけど、「獅子の居喰い」とかって奴ならぼんやりと覚えている。自分はそこから動かずにして、隣接する敵駒を取ることが出来るって荒唐無稽……そういう掟破りの「特殊能力」があるってことかな……でも、それだったとしてもそれだけで、そこまでの優位が生まれるとは思えないけど……「一対多」、なのよ、その方がきついでしょうよぅ……
思考は定まらない。けど相手がそこまで増長できてるってとこから鑑みて、何かあるってのは間違いないと思っておこう。その上で、
「……左と右、双方からなるべく同時で。本当の『様子見』で、仕掛けてもらえる?」
曖昧なディレクションに、即応でOKの意と思われるハンドサインを後ろ手で送ってきてくれたのは、マカローニャンとヘペロナ。先ほどのツープラトンのようにいけたらだけどね。そう上手くは行かないと二人とも分かった上でまずは先陣を切ってくれようとしている。それは無駄にしないから。あたしが、見極めるから。
【対局開始】
誰かが移動しようとした瞬間から「対局」ってのは始まるってわけなんだろうか。飛車角のしなやかな跳躍が左右に割れたかと思った瞬間、闘いの幕は切って落とされたわけで。
「まずはお手並み拝見といきますんだよっ」
「その余裕ヅラをまずは歪ませるってねっ」
マカローニャンは右真横に五マスくらい横っ飛びしてから、まっすぐに突進を始め、ヘペロナは左斜めに軽やかにスキップするかのような歩様で跳躍をかましていく。目標となる「水牛」は未だ腕組み姿勢でこちらを、あたしを睥睨したまま。大駒ふたりが迫っているのに。何で? それは本当の余裕? それともそう見せたい? うぅん、日本人で将棋指すでしょとか言っといて何だけど、どうも分からない、この牛男の思考構造が。そこにこそ、何かがあるのかもだけど。ひとまずは、見定めっ。
「……」
「……」
飛車角の、それぞれの軌道が牛男のマス目で焦点を結んだ。一瞬の空白の、溜めのような間をおいて、マカローニャンとヘペロナの小さな体躯がまばたきひとつの合間に接近したネオジム磁石のような速度と精密さで急接近する、その間には、まだ腕組みしたままの牛男。その余裕……ここはあたしが先読みしとくべきだっ。
「【10一飛】【15二角】っ!!」
あまり言い慣れてないそんな大きさの数の指し手の読み上げを先行して言い放っておく。さっきからずっと数えていた。「二十×二十」の盤面を。牛男の「所在地」を。【10七牛】。盤面のほぼ中央寄り。やや奥面寄り。間違えないように、頭に刻み込んでおいた。そして初手。動く気配すら見せなかった牛男に、その確信的な揺ぎなさに、こちらの肚も決まっていた。おそらく、
「「……ッ!!」」
確かに入った手ごたえはあったんだろう。マカロ&ヘペロの顔に同じような困惑が浮かんだから。だよね。今度は膝下をしならせて放っていた飛び蹴りがクロスしたその着弾点で、薄ら笑いを浮かべたままの牛面が微動だにもせず見えたから。ノーダメージ。うすうす分かっていたことではあるけれど、じゃあどうしたらいいのかってのは……猫先生、本当に何か情報無いの?
「おや、おや、『我々』と相まみえるのは初めてかと推察するねぇ、そのような向こう見ずな初手はぁ……しかしてしかして。そちらの女子高生のお嬢さんはむむむ? その後のフォローが迅速適確だったねえ……はてさてこれはどう受け取ったらいいのやら、やらだぁ……」
咄嗟に飛車角共に牛からは遠くに避難させていたあたしだけれど、牛男からは反撃の素振りの欠片も見られなかった。過剰反応し過ぎた? いやでもううん、二人を万が一でも危険に晒すことはしたくないしっ。でもって、一気に口調が粘っこくなってきたよ、「女子高生」とかゆう単語とかもわざとらしく使って。うぅぅん、その牛の鼻っ柱を殴りたぁぁい……
とにかく、こちらの攻撃は効かないことが分かった。いや、「効かない」なんてわけが無いとは思う。そうじゃないと、いくら何でもでしょ。まがりなりにも「法則」「ルール」がある世界と言っていたから、何かしらの「方法」はあるはずだ。しかし猫神さまは黒い全身の毛の一本いっぽんが震えているの分かるくらいに、あたしの隣の隣のマス目でぺたんとおしりを付けてわなないているばかり……ちょっともう頼れそうは無いから自分で察していくしかないのかな……何かこの世界にいざなわれる時はさんざん調子いいこと言ってたくせに……
――それでは勇者:儚奈よ、その無限なる『将棋パゥワー』にて、群がる野郎どもに『神の一手』を繰り出しつつ、スコカンとカマしてやるのですにゃよぉぉぉぉん……
まだヒトの姿をしていたネコルさまの腕に抱かれて。そんな甘くも奮い立たせられるようなこと、言われた事は覚えてる。記憶力はちょっとしたもんだし。ん? 少し、何かが思い浮かびそうな気配がする……とか考えている暇はやっぱり無かったわけで。
「……ッ!!」
ふらりと、斜めに一歩踏み出した、と思ったら牛男はそこからまたもの急な突進。ジグザグ。それもランダムな振れ幅で、左右に反復横跳びのような、太い牛首を左右に小刻みに振りながらという有難くないオプション付きの気持ちの悪さの挙動で迫ってきた。やっぱり、あたしを狙って。引く……しかない。こちらから前方、斜め右左に飛び出しても絡め取られそう、だから。でも真っ直ぐ後ろにしか引けないから、それもあまり良い手とは言えない……
逡巡していたら、
「ボケがッ!! ハカナ殿を狙って来るのは見え見えなんだッ!! させねえよォぁッ!!」
ゼルメダ。装束の色が残像を伴って中空に黒を刷きつける。あたしと牛男を結んだ直線の真っ只中に小刀を閃かせながら瞬時に「現れた」と思った瞬間、横になぎ払っていたその斬撃の軌道は確かに一分のズレ無く牛男の喉笛を通過したはずなのに。
「ははぁ、『見え見え』に敢えてしてるわけだよぉ、キミらには一片たりとも興味は無いのだからねえ。あはははははは、それにしてもそれにしても。『異世界無双』って奴はやはり気分がいいものだねえ、今までくだらないルールに則って一手ごと、ちまちまと『九×九』の狭い盤面で交互に指していたのが本当に阿呆らしく思えるよぉ、そう思わないかい、『ハカナどの』ぉ?」
そんな余裕だけを浮かばせた牛面があたしの名前をねちゃつく言い方で中空に紡ぎ出した時には、その隆々とした太い腕がゼルメダの身体を上空へと掬い上げるように吹っ飛ばしていたわけで。くっ……思わず頭に血が上ってしまったあたしが後方へ退く流れの中で一瞬、止まってしまった。それがいけなかった。
「……」
彼我距離ふたマスまで詰められていた。あたしの目の前で、血走った牛男の瞳がかちりと開かれ、不気味な顔貌をこちらに晒す。と同時に握られたその右拳が黄金色に輝き始める。先ほどまでとは何か、根本的に違う気配を感じた。それにこれって……ぐちゃぐちゃになってしまった思考の中で、迫る、浅黒い毛に覆われた拳……身体が、身体が動かない……っ。
刹那、だった……
「……興味ないところ恐縮ですが、こちらも貴殿に合わせるつもりは毛頭無いので」
あたしの背後から、肩越しに青白鎧に包まれた腕を伸ばして、突っ込んで来た巨大な拳に人差し指を伸ばして触れるようにして遮っていたのは、銀髪を優雅に揺らせたジェスだった。殊更に何ごとも無さげに。殊更に馬鹿にするように丁寧に。指一本じゃとてもじゃないけど防げないよ、とか思ったあたしの目の前で、
「な……ッ!! このクソ下郎がぁぁっぁぁッ!!」
初めて激昂を見せた牛男の吠え声が空気を震わす。その瞬間、ジェスの身体も黄金色に染まると、輝く球体となって牛男の右拳に吸い込まれるようにして消えていっちゃったけど。
「……ッ!!」
感情を押し殺し、あたしはふっと意識が途切れたような牛男の突き出されたまま震える右拳をかすめるようにして、左斜め前方へと思い切り走り始めている。遠くへ。一歩でも遠くへ行くんだ。ゼルメダ、ジェス、絶対に助けるから。絶対に牛男を。
「全員、一斉攻撃ッ!! そいつの脚を止めて!!」
……この場で倒して、あなた達を取り戻すから。
あたしの号令に、即座に動いてくれたのは桂馬。軽やかな跳躍は正に「桂馬飛び」。右斜め、横一前二の方向へ踏み出した瞬間には、左斜めの牛男に向けての後ろ回し蹴りをカマしてくれていた。その痛烈そうな蹴撃はやっぱり牛男にはまったく効いていないみたいだけれど、ほんの少し、時間をあたしに。お願い。
「……」
分かった。全部、つながった。
猫神さまの言ってた「神の一手」。牛男の今の「黄金の一撃」。
あたしも「ここ」に落とされて来た時、咄嗟にやってたよね。その時は無我夢中過ぎて、よく把握してなかったけど。「黄金の輝き」を放つ一手を、あたしも確かに放っていた。初っ端の「戦場」、敵方の「王役割」を屠ったあの、一撃。掌がシビれるほどの、黄金の光の奔流の放射。
あれだったんだ。どんな相手でも、例え「異世界から転移してきた無双者」であろうと倒せる、必殺の一撃。自分の右手の甲を見やる。「白駒」と書かれた五角形の……「棋霊」の「紋章」って言ってた奴。初っ端のわやくちゃな「戦場」の後、気を失って目覚めてすぐの模擬戦の時、その時は真っ黒な色をしていた五角形が、
「……!!」
今は、その全部が、正にの「黄金色」に染まっていた。時間経過か、何らかの要因があるかは分からなかったけど、今、「神の一撃」をぶっ放せるってことが分かればいい。
そして……もっと自由に、もっと奔放に振舞っていいんだ。「無双」だから。やってやる。
あたしはその場のマスでくるりと後ろに向き直ってみる。うん、問題ない。あたしが向いた方が「前」だ。向き直れば、前方三方向、白駒は隙無く動けるんだから。
ようやくこちらに視線を振り向けた牛男と目と目が合う。思い切り右腕を引き絞るようにした体勢を取って見せてやる。ほんの少しだけれど、その牛眼が泳ぎ揺れたように、あたしには見えた。
あなたは今一発ジェスに放っちゃったから、次撃てるようになるまで何時間かかる? それとも何分? 何秒ってことはないよね。
……ま、そこまで時間はかからないと思うから。「秒読み」してくれてもいいけど? なんてね。
「……良いかねそろそろ? まあまあどちらがどちらの軍門に下るか、それだけの単純な話さぁ……こうしていても始まらない。お互いの手の内は見えない、『先読み』が奏功するかも微妙、堅陣を組んだところでそれまた微妙……ってね。案外、『数で押す』、それが最善かも知れないよぅ?」
自分と「同じ側」の人間であるということを、どうしても脳が呑み込んではくれない。外見が、どう見てもそうは見えないからかな。いや、外観だけでは何も測れないってことを、そろそろ肝に銘じるべき局面かもだけど。とにかく牛男が滔々とのたまってくる事が、全然上っ面のスカスカな言葉群であろうことは分かった。それでこちらを……特にあたしを揺さぶってやろうって思ってんだろうことも察せられた。舐めないでよ侮らないでよ、って言ってやりたかったけど、そんな思考に付随する情報すらも出したくは無かった。から沈黙。目だけに力を入れたまま。そして声は絞って右斜め後ろのジェスに向かって静かに語りかける。
「ねえ……ここまでの『広さ』は今まであったってこと? 二十×二十……」
「心配召さるな」とか言ってくれてたけど、じゃあこの「大平原」での立ち回り方も体感してるのかな……その辺り、ちょっと聞いておきたいところではある。まだ何か、相手は様子見模様だし。こちらからも有効そうな手立てはまだ見つかっていないし。
「御意にて。その時は彼我合わせて百ほどの軍勢が入り乱れ、あやうく押し切られそうになりましたが」
気をつけなけらばならないのは、ほぼ常に「八方」に意識を向けていなければならぬことです……と続けられた言葉に、なるほどとなる。「盤面の端」が通常の「九×九」に比べて盤全体に対する割合が低いということ、よってほぼほぼ開けたところで戦わなきゃいけないってこと。でも今回は相手ひとり。相手を常に囲んでいられるというメリットの方が大きいんじゃとか思っちゃうけど。さらに「数で押す」、図らずも向こうから言ってきていることではあるけど。うん、それでもそれを鵜呑みにするほどスレてなくもない。痩せても枯れてもあの将棋会館という鉄火場で、神経を、本当に神経細胞をやせ細らせるほどに脳を使ってからこの場にやって来たのだから。
「野郎のあそこまでの余裕だか自信だかは、ハッタリのみとは思えねえ。逆に俺らに対してハッタリと思わせるようにあそこまでわざとらしく振舞ってまであると見るぜ」
ツァノンも向こう方から目を切らずに、そんな補足的なことを呟き、釘を刺してくれる。うぅんそうだよねー、喰えないもんなんだよねぇ壮年って一概に……指導対局とかでもさぁ、いやらしい手ばっかり序盤からカチカチに仕掛けてくるのが世の常だものねぇ……
でも、その余裕の出どころって、なに。
「水牛」がそこまで強いってこと? あたしも記憶が定かでないから何とも言えないけど、「獅子の居喰い」とかって奴ならぼんやりと覚えている。自分はそこから動かずにして、隣接する敵駒を取ることが出来るって荒唐無稽……そういう掟破りの「特殊能力」があるってことかな……でも、それだったとしてもそれだけで、そこまでの優位が生まれるとは思えないけど……「一対多」、なのよ、その方がきついでしょうよぅ……
思考は定まらない。けど相手がそこまで増長できてるってとこから鑑みて、何かあるってのは間違いないと思っておこう。その上で、
「……左と右、双方からなるべく同時で。本当の『様子見』で、仕掛けてもらえる?」
曖昧なディレクションに、即応でOKの意と思われるハンドサインを後ろ手で送ってきてくれたのは、マカローニャンとヘペロナ。先ほどのツープラトンのようにいけたらだけどね。そう上手くは行かないと二人とも分かった上でまずは先陣を切ってくれようとしている。それは無駄にしないから。あたしが、見極めるから。
【対局開始】
誰かが移動しようとした瞬間から「対局」ってのは始まるってわけなんだろうか。飛車角のしなやかな跳躍が左右に割れたかと思った瞬間、闘いの幕は切って落とされたわけで。
「まずはお手並み拝見といきますんだよっ」
「その余裕ヅラをまずは歪ませるってねっ」
マカローニャンは右真横に五マスくらい横っ飛びしてから、まっすぐに突進を始め、ヘペロナは左斜めに軽やかにスキップするかのような歩様で跳躍をかましていく。目標となる「水牛」は未だ腕組み姿勢でこちらを、あたしを睥睨したまま。大駒ふたりが迫っているのに。何で? それは本当の余裕? それともそう見せたい? うぅん、日本人で将棋指すでしょとか言っといて何だけど、どうも分からない、この牛男の思考構造が。そこにこそ、何かがあるのかもだけど。ひとまずは、見定めっ。
「……」
「……」
飛車角の、それぞれの軌道が牛男のマス目で焦点を結んだ。一瞬の空白の、溜めのような間をおいて、マカローニャンとヘペロナの小さな体躯がまばたきひとつの合間に接近したネオジム磁石のような速度と精密さで急接近する、その間には、まだ腕組みしたままの牛男。その余裕……ここはあたしが先読みしとくべきだっ。
「【10一飛】【15二角】っ!!」
あまり言い慣れてないそんな大きさの数の指し手の読み上げを先行して言い放っておく。さっきからずっと数えていた。「二十×二十」の盤面を。牛男の「所在地」を。【10七牛】。盤面のほぼ中央寄り。やや奥面寄り。間違えないように、頭に刻み込んでおいた。そして初手。動く気配すら見せなかった牛男に、その確信的な揺ぎなさに、こちらの肚も決まっていた。おそらく、
「「……ッ!!」」
確かに入った手ごたえはあったんだろう。マカロ&ヘペロの顔に同じような困惑が浮かんだから。だよね。今度は膝下をしならせて放っていた飛び蹴りがクロスしたその着弾点で、薄ら笑いを浮かべたままの牛面が微動だにもせず見えたから。ノーダメージ。うすうす分かっていたことではあるけれど、じゃあどうしたらいいのかってのは……猫先生、本当に何か情報無いの?
「おや、おや、『我々』と相まみえるのは初めてかと推察するねぇ、そのような向こう見ずな初手はぁ……しかしてしかして。そちらの女子高生のお嬢さんはむむむ? その後のフォローが迅速適確だったねえ……はてさてこれはどう受け取ったらいいのやら、やらだぁ……」
咄嗟に飛車角共に牛からは遠くに避難させていたあたしだけれど、牛男からは反撃の素振りの欠片も見られなかった。過剰反応し過ぎた? いやでもううん、二人を万が一でも危険に晒すことはしたくないしっ。でもって、一気に口調が粘っこくなってきたよ、「女子高生」とかゆう単語とかもわざとらしく使って。うぅぅん、その牛の鼻っ柱を殴りたぁぁい……
とにかく、こちらの攻撃は効かないことが分かった。いや、「効かない」なんてわけが無いとは思う。そうじゃないと、いくら何でもでしょ。まがりなりにも「法則」「ルール」がある世界と言っていたから、何かしらの「方法」はあるはずだ。しかし猫神さまは黒い全身の毛の一本いっぽんが震えているの分かるくらいに、あたしの隣の隣のマス目でぺたんとおしりを付けてわなないているばかり……ちょっともう頼れそうは無いから自分で察していくしかないのかな……何かこの世界にいざなわれる時はさんざん調子いいこと言ってたくせに……
――それでは勇者:儚奈よ、その無限なる『将棋パゥワー』にて、群がる野郎どもに『神の一手』を繰り出しつつ、スコカンとカマしてやるのですにゃよぉぉぉぉん……
まだヒトの姿をしていたネコルさまの腕に抱かれて。そんな甘くも奮い立たせられるようなこと、言われた事は覚えてる。記憶力はちょっとしたもんだし。ん? 少し、何かが思い浮かびそうな気配がする……とか考えている暇はやっぱり無かったわけで。
「……ッ!!」
ふらりと、斜めに一歩踏み出した、と思ったら牛男はそこからまたもの急な突進。ジグザグ。それもランダムな振れ幅で、左右に反復横跳びのような、太い牛首を左右に小刻みに振りながらという有難くないオプション付きの気持ちの悪さの挙動で迫ってきた。やっぱり、あたしを狙って。引く……しかない。こちらから前方、斜め右左に飛び出しても絡め取られそう、だから。でも真っ直ぐ後ろにしか引けないから、それもあまり良い手とは言えない……
逡巡していたら、
「ボケがッ!! ハカナ殿を狙って来るのは見え見えなんだッ!! させねえよォぁッ!!」
ゼルメダ。装束の色が残像を伴って中空に黒を刷きつける。あたしと牛男を結んだ直線の真っ只中に小刀を閃かせながら瞬時に「現れた」と思った瞬間、横になぎ払っていたその斬撃の軌道は確かに一分のズレ無く牛男の喉笛を通過したはずなのに。
「ははぁ、『見え見え』に敢えてしてるわけだよぉ、キミらには一片たりとも興味は無いのだからねえ。あはははははは、それにしてもそれにしても。『異世界無双』って奴はやはり気分がいいものだねえ、今までくだらないルールに則って一手ごと、ちまちまと『九×九』の狭い盤面で交互に指していたのが本当に阿呆らしく思えるよぉ、そう思わないかい、『ハカナどの』ぉ?」
そんな余裕だけを浮かばせた牛面があたしの名前をねちゃつく言い方で中空に紡ぎ出した時には、その隆々とした太い腕がゼルメダの身体を上空へと掬い上げるように吹っ飛ばしていたわけで。くっ……思わず頭に血が上ってしまったあたしが後方へ退く流れの中で一瞬、止まってしまった。それがいけなかった。
「……」
彼我距離ふたマスまで詰められていた。あたしの目の前で、血走った牛男の瞳がかちりと開かれ、不気味な顔貌をこちらに晒す。と同時に握られたその右拳が黄金色に輝き始める。先ほどまでとは何か、根本的に違う気配を感じた。それにこれって……ぐちゃぐちゃになってしまった思考の中で、迫る、浅黒い毛に覆われた拳……身体が、身体が動かない……っ。
刹那、だった……
「……興味ないところ恐縮ですが、こちらも貴殿に合わせるつもりは毛頭無いので」
あたしの背後から、肩越しに青白鎧に包まれた腕を伸ばして、突っ込んで来た巨大な拳に人差し指を伸ばして触れるようにして遮っていたのは、銀髪を優雅に揺らせたジェスだった。殊更に何ごとも無さげに。殊更に馬鹿にするように丁寧に。指一本じゃとてもじゃないけど防げないよ、とか思ったあたしの目の前で、
「な……ッ!! このクソ下郎がぁぁっぁぁッ!!」
初めて激昂を見せた牛男の吠え声が空気を震わす。その瞬間、ジェスの身体も黄金色に染まると、輝く球体となって牛男の右拳に吸い込まれるようにして消えていっちゃったけど。
「……ッ!!」
感情を押し殺し、あたしはふっと意識が途切れたような牛男の突き出されたまま震える右拳をかすめるようにして、左斜め前方へと思い切り走り始めている。遠くへ。一歩でも遠くへ行くんだ。ゼルメダ、ジェス、絶対に助けるから。絶対に牛男を。
「全員、一斉攻撃ッ!! そいつの脚を止めて!!」
……この場で倒して、あなた達を取り戻すから。
あたしの号令に、即座に動いてくれたのは桂馬。軽やかな跳躍は正に「桂馬飛び」。右斜め、横一前二の方向へ踏み出した瞬間には、左斜めの牛男に向けての後ろ回し蹴りをカマしてくれていた。その痛烈そうな蹴撃はやっぱり牛男にはまったく効いていないみたいだけれど、ほんの少し、時間をあたしに。お願い。
「……」
分かった。全部、つながった。
猫神さまの言ってた「神の一手」。牛男の今の「黄金の一撃」。
あたしも「ここ」に落とされて来た時、咄嗟にやってたよね。その時は無我夢中過ぎて、よく把握してなかったけど。「黄金の輝き」を放つ一手を、あたしも確かに放っていた。初っ端の「戦場」、敵方の「王役割」を屠ったあの、一撃。掌がシビれるほどの、黄金の光の奔流の放射。
あれだったんだ。どんな相手でも、例え「異世界から転移してきた無双者」であろうと倒せる、必殺の一撃。自分の右手の甲を見やる。「白駒」と書かれた五角形の……「棋霊」の「紋章」って言ってた奴。初っ端のわやくちゃな「戦場」の後、気を失って目覚めてすぐの模擬戦の時、その時は真っ黒な色をしていた五角形が、
「……!!」
今は、その全部が、正にの「黄金色」に染まっていた。時間経過か、何らかの要因があるかは分からなかったけど、今、「神の一撃」をぶっ放せるってことが分かればいい。
そして……もっと自由に、もっと奔放に振舞っていいんだ。「無双」だから。やってやる。
あたしはその場のマスでくるりと後ろに向き直ってみる。うん、問題ない。あたしが向いた方が「前」だ。向き直れば、前方三方向、白駒は隙無く動けるんだから。
ようやくこちらに視線を振り向けた牛男と目と目が合う。思い切り右腕を引き絞るようにした体勢を取って見せてやる。ほんの少しだけれど、その牛眼が泳ぎ揺れたように、あたしには見えた。
あなたは今一発ジェスに放っちゃったから、次撃てるようになるまで何時間かかる? それとも何分? 何秒ってことはないよね。
……ま、そこまで時間はかからないと思うから。「秒読み」してくれてもいいけど? なんてね。
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