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☗3五白駒まで、二十三手にて 矢宇宙羅 儚奈の勝ち(あるいは、いくつもの今日を越えて)
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そんなところで目が覚めた。
「……」
いや、寝てたっていうのとは断じて違うわけで、これはえーとこれは深い瞑想であって、緊張のあまり昨日よく寝れてないからなんてことは無いんだってばェ……
自分でも意味不明の微笑を浮かべたまま、うつむいてこっくりしてしまっていた体勢をそれとなく直して向き直ってみたら。
「……」
これでもかの呆れ半開き顔をした長い顔とかっちり相対してしまった。うぅぅん、「現実」に戻ってきたかぁ。いやだいぶ入り込んでいたねぇ、「あの時」のことに。
あの、荒唐無稽な「異世界空間」。そこでのあれやこれやの出来事。それが夢だったのか、そうじゃなかったのかは、実はいまいち分かってない。確かな記憶はあるんだけど、それが真実かどうかは、どう思考の底をさらっても、どうしても辿り着けないところに置いてあるかのようで、どちらとも言い切れないのであって。思い返すたびに舌の付け根に挟まったピーナッツの欠片がどうしても取れないようなもどかしさでうわぁあってなるから、もうどっちでもいいやの体で忘れられない「物語」として自分の心の中の本棚に立てかけるようにしてしまっておいた。
はずだったけど。まさかこんなタイミングで微細に思い出すことになろうとわ……
呼吸。呼吸を深く繰り返すんだ。寝こけて切れ負けなんて前代未聞過ぎてどんな叩かれ方をするのかも想定出来ないよ……
いや、そんなことに思考を割いている場合じゃないって。
負け負けで、どん底だったあたしに、確かに確かなる「道」を示してくれたあの体験……あれがあるからこそ、今の自分があるんだから。繊細で、純粋で、何らかの拍子で折れ砕けてしまいそうな危うさを秘めた少女だったあたしに、粘りもある剛直で熱せられた金属棒みたいな、そんな「芯」を背骨辺りに叩き突き入れてくれた「あれ」は、やっぱり夢まぼろしと片付けるにしては、鮮明に記憶野に焼き付けられ過ぎている気がする。
猫神さま、ジェス、ゼルメダ、スゥ、ポカ、ホンタ、ツァノン、イデガー、ヘペロナ、マカローニャン、牛男……今でも彼らの姿を鮮明に思い描くことも出来るし、何なら「局面」を通して語り合っちゃうなんてことまであるはある。
ま、であれば、大枠で「真実」ってことでいいかもね。正直どっちでもあたしはいいんだわ。よし、そしてその「異世界」でのあれやこれやが新鮮な風のようになって、脳裡を爽やかにしてくれた……この切り替えの速さとポジティブ思考もだいぶ板についてきた。であれば。
がらんどう顔を続けている相手に向けて、一度これでもかの笑みを振り向けてみる。想定外の表情だったらしく、そのいつもはクールな長面がびくと不随意に引き攣れるけど。盤外戦術とかじゃあないんですよぅ……
沖島 未有四冠。棋界の第一人者として二十年以上、圧倒的な存在感にて君臨しているのは分かり過ぎるほどに分かってはいるけれども、それは今この場では関係ないことであって。
「定時になりましたので、第三十三期、獅鷹戦第七局を再開します」
ひとつくらい、譲ってください、そのタイトル。
沖島四冠の眼鏡の奥から放たれる、迫力を増してきた視線を受け止めつつ、あたしは振袖の絡みを気にしながらも、しっかりと5五の歩を摘まみ上げる。
「先手、矢宇宙羅 儚奈六段、5四歩」
やってやる。自分のため、そしてあたしに力を与えてくれたみんなのために。
人生という名の混沌の局面を、恐れず、迷わずに進み続けるんだ。
あたしなりの、あたしだけの棋譜を、刻みつけながら。
(了)
「……」
いや、寝てたっていうのとは断じて違うわけで、これはえーとこれは深い瞑想であって、緊張のあまり昨日よく寝れてないからなんてことは無いんだってばェ……
自分でも意味不明の微笑を浮かべたまま、うつむいてこっくりしてしまっていた体勢をそれとなく直して向き直ってみたら。
「……」
これでもかの呆れ半開き顔をした長い顔とかっちり相対してしまった。うぅぅん、「現実」に戻ってきたかぁ。いやだいぶ入り込んでいたねぇ、「あの時」のことに。
あの、荒唐無稽な「異世界空間」。そこでのあれやこれやの出来事。それが夢だったのか、そうじゃなかったのかは、実はいまいち分かってない。確かな記憶はあるんだけど、それが真実かどうかは、どう思考の底をさらっても、どうしても辿り着けないところに置いてあるかのようで、どちらとも言い切れないのであって。思い返すたびに舌の付け根に挟まったピーナッツの欠片がどうしても取れないようなもどかしさでうわぁあってなるから、もうどっちでもいいやの体で忘れられない「物語」として自分の心の中の本棚に立てかけるようにしてしまっておいた。
はずだったけど。まさかこんなタイミングで微細に思い出すことになろうとわ……
呼吸。呼吸を深く繰り返すんだ。寝こけて切れ負けなんて前代未聞過ぎてどんな叩かれ方をするのかも想定出来ないよ……
いや、そんなことに思考を割いている場合じゃないって。
負け負けで、どん底だったあたしに、確かに確かなる「道」を示してくれたあの体験……あれがあるからこそ、今の自分があるんだから。繊細で、純粋で、何らかの拍子で折れ砕けてしまいそうな危うさを秘めた少女だったあたしに、粘りもある剛直で熱せられた金属棒みたいな、そんな「芯」を背骨辺りに叩き突き入れてくれた「あれ」は、やっぱり夢まぼろしと片付けるにしては、鮮明に記憶野に焼き付けられ過ぎている気がする。
猫神さま、ジェス、ゼルメダ、スゥ、ポカ、ホンタ、ツァノン、イデガー、ヘペロナ、マカローニャン、牛男……今でも彼らの姿を鮮明に思い描くことも出来るし、何なら「局面」を通して語り合っちゃうなんてことまであるはある。
ま、であれば、大枠で「真実」ってことでいいかもね。正直どっちでもあたしはいいんだわ。よし、そしてその「異世界」でのあれやこれやが新鮮な風のようになって、脳裡を爽やかにしてくれた……この切り替えの速さとポジティブ思考もだいぶ板についてきた。であれば。
がらんどう顔を続けている相手に向けて、一度これでもかの笑みを振り向けてみる。想定外の表情だったらしく、そのいつもはクールな長面がびくと不随意に引き攣れるけど。盤外戦術とかじゃあないんですよぅ……
沖島 未有四冠。棋界の第一人者として二十年以上、圧倒的な存在感にて君臨しているのは分かり過ぎるほどに分かってはいるけれども、それは今この場では関係ないことであって。
「定時になりましたので、第三十三期、獅鷹戦第七局を再開します」
ひとつくらい、譲ってください、そのタイトル。
沖島四冠の眼鏡の奥から放たれる、迫力を増してきた視線を受け止めつつ、あたしは振袖の絡みを気にしながらも、しっかりと5五の歩を摘まみ上げる。
「先手、矢宇宙羅 儚奈六段、5四歩」
やってやる。自分のため、そしてあたしに力を与えてくれたみんなのために。
人生という名の混沌の局面を、恐れず、迷わずに進み続けるんだ。
あたしなりの、あたしだけの棋譜を、刻みつけながら。
(了)
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