来野∋31

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chrono-02:記憶力は、フラッシュ!これ鉄板の巻

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 ぴゅいーんぴゅいいーんというようなフィクション的な宇宙空間に響いてそうな高めの音がこの紺色のスペースにほんのり聴こえるけれど、真空でも無さそうだ。そもそも五感が曖昧になっていてよく分からない。ただ、

 先ほどまで確かにいた片側三車線の国道の交差点から、いまは混沌とカオスの交錯点みたいなところに浮き佇んでいることは分かった。分かったとて感はそれはそれで僕の大脳周りをぴよぴよ回り巡っているけれども。

「……ここは僕らの共有スペース。『ロビー』と呼ばれているよ」

 いやぁ。僕の目の前に浮かんだラメ紫全タイマンが、見慣れたようで鏡面的に見慣れない、聞き慣れたようで内部反響的に聞き慣れない、僕の顔と声でそうのたまってくるものの、言ってる意味とかそもそも何でこの状況的なことが皆目分からない。

「えっと、キミは、いったい、誰なんだい……?」

 面と向かって、しかも己のドッペル的な人物に向けて、そんな何かの台詞じみた問いをさせられるなんて、数瞬前の僕だったら想像もつかなかった。いや、今も僕の想像の幅を軽くまたぎ越された上での上から俯瞰されているかのような居心地の悪さを感じている……というかほんとに諸々の説明をしようか?

「僕は来野ファイブ。【観察力】の能力を請け負っている、君と同じ、『分身』のひとりさ」

 うぅん、供される言葉言葉がまったく僕の納得中枢に響いてこないのだが。でもさっき僕の事を「サーティーン」とか呼ばわってたよね……5とか13、それは各々に付けられた番号ナンバーってことでいいのかな……よく見ると僕の眼前の人物の全タイの胸元には白いゴシック体で【05】という数字が大書されているけれど。

「……」

 視線を降ろして自分の身体もチェックするけど、やっぱりの紫色の伸縮性の良さそうな奴をいつの間にか纏っていたよ、あれ? 本当に僕はどこかをやってしまったのかな?

「支配人格の隙が出来た瞬間に、ここに誘わせてもらった。けど、決して危害とか、不利を供するわけじゃあないんだ。そこは信用してもらうしかないけど……それよりも君とアスナにいま、危険が迫っている。それに対応することの方が、先決だ」

 「05」は殊更にゆっくり嚙み砕くような口調で言ってくるけどそうだよ。明日奈が……ッ!!

「僕らの『チーム』に加わることを宣言してくれ。それだけで、今はいい。そうすれば助かる。そうすれば、僕らも助かるんだ」

 言ってることの意味が分からない状態は続いていたものの、先ほど突っ込んで来たセダンとか、その軌道上にいた明日奈のこととかを鑑みると、考えている暇は無さそうだった。これが夢であるという一縷の望みはまだ捨てていなかった僕だけれど、夢なら夢でも、絶対にそうするほかは無いような気がした。

「入るよ入るッ!! だから、だから『助かる』なら助けてよ明日奈をッ!! 僕は僕でどうだっていいから、は、早くッ!!」

 僕の滅裂な叫びに、それでも満足そうな笑みを浮かべるもう一人の僕。

「能力を共有する。それで、君がアスナを……」

 急激に視界が狭まってきた。と思う間もなく僕の意識はまた断ち切られるようにして散

 ……

 迫る車体。でも僕は不思議と落ち着いていた。そうだよ、集中して考えれば、「道」は必ず見える、開ける。

「……!!」

 自分でも驚いていた。自分でも戸惑っていた。でもそんな感情を置き去りにするかのように、僕は右隣で固まり立ちすくんでいた妹の腰の辺りに右腕を巻き付けるように回し固定すると、左足を三十五センチ先に踏み込み入れつつ、腰を思い切り時計回りに四十五度捻り、そのままの勢いを殺さないように、背後にあったガソリンスタンドの腰くらいの高さ、目測七十二センチの仕切り壁の向こうへと高跳びのように身体を横倒しにしながらさせながら、ふわり飛び越え、飛び越させていたのだった……

 空中で身体をさらに十五度捻りきり、仰向けに自分の身体が下になるようにコンクリ地べたに落下していく。妹を、妹に怪我をさせるわけにはいかない。

 ぐいと抱き寄せた柔らかな身体をどこにもぶつけないように、反面、自分は受け身も取れずに伸ばしきった背中から落ちたので右肩甲骨と左腰骨をしたたかにぶつけながらも、結構な衝撃のそのコンマ二秒あとに来た仕切り壁を揺らがすほどの大音声の衝撃音の方が計り知れなく、それ以上の痛みが襲ってこないことに安堵して、空気が肺から漏れるようなため息を虚空に吸い込ませていく。

 呼吸を整える。僕の胸の上でまだ見て分かるくらいに震えている妹の柔らかな黒髪に、掌が汚れてないことを確認してからくっと押さえるように触れる。その感触に気付いた瞬間、諸々悟ったのか無言でぐいぐいと顔を擦りつけてきたけど。胸元に湿った熱。遠巻きの喧噪と、まだ事態が伝わっているか伝わっていないかのようなどよめきがようやく麻痺委縮してた鼓膜を震わせてくる……

 そして、僕はようやく深く息をひとつつけたわけで。

 その晩、

「あ、明日奈、そ、そのひ、膝は……ッ!?」

 僕らが帰宅してだいぶ経ってのち、ほろ酔い親父はのこのこ帰ってきて一発、そんな驚愕と不安のないまぜるドス利いたしゃがれ声をリビングに一歩踏み込みつつ発したのだが。

 医者に診てもらって診断書は書いてもらったものの、二人とも軽傷。一応脳波取って母親に迎えに来てもらって帰らされた。明日奈の右膝は少し擦れて赤くなっていた程度だったけど、消毒されて今は白い大きめの絆創膏が貼られている。そしておろおろとその巨体の前で太い十指をくゆらせながら職業不詳なミラーサングラスの壮年が、ひと昔前の茶色さを醸す長髪を震わせながら近づいてくるのだけれど。相変わらずだなほんと。

「……き、キサマがついていながらッ!! この阿呆めがぁぁああッ!!」

 明日奈から事情を説明されている時はふぅんふぅんと気色の悪い相槌をカマしていたのだけど、そこから一転して僕が野太い罵倒で責められるという、まあ通常進行的な流れになった。うん、なんかこう、解せない気持ちが真顔に表れてしまうのを抑えきれないよ……

「違うよお父さんっ、おにいちゃんは私を護ってくれたんだもん……こうぎゅっと横抱きにされた時……すごい頼もしくて、怖かったけど嬉しかった……」

 帰ってきてからはずっと僕の側で身体のどこかを触れ合わせるように寄り添ってきていた明日奈が、ソファの上で体育座りのような格好にて、顔を赤らめそうぽつりとつぶやきを漏らすのを、今度は相対している親父ががらんどうの真顔で聞いているという何とも言えないサマと僕が相対させられているよ……

「……」
「……」

 あんな目にあってなお上機嫌そうな妹に呆れるまでもなく、目の前の茶髪壮年と僕は、お互いをお互い排泄物を見嗅ぎするかのようないがんだ顔面を突き合わせて腐ったメンチを斬り合うという、目と目で通じ合う間柄を再認識させられるばかりなのだけれど。

 それよりも、あの「ファイブ」とか言ってた「僕」……あの、あそこの「意識空間」みたいなところにアクセスすることは出来ないのかな? とか、自分でも驚くほどのあの「奇想天外」に順応し始めている僕がいる。何かが……僕の中で変わった? それは、いったい、そして何故なんだろう……?

 思えばこうしてこの日を境に、僕の内なる「戦い」の火蓋は切って落とされた、いや、もう落とされていたのだけれど。僕はまだ割と呑気に構えていたわけで。
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