高嶺の花と紅蓮の子

西園寺司

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謎の贈り物

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その翌日。
リュードとエミリオが執務室で書類仕事をしていると、慌てた様子で部下たちが部屋になだれ込んできた。


「た、隊長!取り急ぎご報告が!」

「なんだ?」

「隊長宛に荷物が届いておりまして…」

「荷物?」


荷物など届く覚えのないリュードは首を傾げた。


「ああ、あれじゃないですか、隊長!ルペル大隊長が何か隊長に送ってくださったのかもしれませんよ。」

「ルペルが?」


ルペルとは昨日会ったが、荷物を送るなどそんな話は一言もしていない。


「隊長だって人間なんだから荷物くらい届くよ。そんなに慌てなくても。あ、それとも急ぎの荷物だったりする?」


エミリオのフォローになってないフォローに騎士たちが反応する。


「いや、それが!ただの荷物だったら良いのですが、差出人の名前がエレーナ・ヨハネとなっておりまして…。」

「なんだって!?エレーナ・ヨハネ!?え、ええ?危険物かもしれないから触らないで!」

「「「「は、はい!」」」」


エミリオの指示に部下たちは勢いよく返事した。なぜ、ここまでエミリオや部下たちが慌てふためいているのか。


「エレーナ・ヨハネ…。ヨハネ?宰相殿のご令嬢か?」


この国の現在の宰相の名字が確かヨハネだったはずだ。娘がいるとは聞いたことがあるが名前まで知らなかったリュードはエミリオに問うた。


「そうですよ!現宰相、シュベルク・ヨハネ様の一人娘、そしてヨハネ侯爵家の次期当主!シュベルク様にも負けず劣らず聡明な方だって噂ですよ。」


ヨハネ侯爵家は代々続く由緒正しき貴族だ。ヨハネ侯爵家は勉学に秀でたものが多く、歴代の宰相も数多く務めてきた。


「何故、そのような方が私に。」

「隊長が分からないなら、僕らもわかりませんよ!侯爵家の名を騙って隊長に危険物を送り付けたのかも。アイガスとかならやりかねない!でも、本当に接点無いですか?」

「ああ。」

「じゃあ、ますますその荷物怪しいですね…。開けてみたら刃物がぎっちりとか…。」

「いや、待て。」

「え?」


リュードは何かに気付いたようだった。


「待て。エミリオ。そのエレーナ嬢は今おいくつくらいだ。」

「17、8だったと思いますけど。」

「髪の色は?瞳の色は?」

「僕も友達から聞いたり、肖像画でしか見たことありませんから定かではないですけど、髪の色は確かブロンドで、瞳の色は忘れちゃいました。え、会ったことあるんですか?」

「いや、分からない。だが、昨日の方も金だった。」

「え?いや、そんなまさか。でも、もしかしたらもしかするかも。だからあの手紙にも名前を書かなかったのか!確認しに行きましょう隊長!」

「ああ。」


そうしてエミリオとリュードは執務室を出て玄関へと向かった。
玄関に着くと少し大きな小包が置いてあった。小包を慎重にひっくり返す。そこには昨日の手紙に書かれていたのと同じ美しい字でエレーナ・ヨハネと書かれていた。


「同じ字ですね…。」

「ああ。」


リュードが小包をあけると中からは葡萄酒の瓶が4本と便箋に入った手紙が出てきた。手紙に押してある封のマークはきちんと侯爵家のものだ。


「これ、ヨハネ侯爵家の領地の特産品ですね。」


エミリオは自分の目の前に葡萄酒を掲げながらそう言った。


「手紙は後で自室で読ませてもらう。その葡萄酒は、とりあえず自室に運ぶ。」

「手伝いますよ!隊長!」

「ありがとう、エミリオ。」

エミリオが葡萄酒を3本、リュードが葡萄酒を1本と手紙と包装紙を持ち、2人はリュードの自室へと向かった。

その道中でエミリオが口を開く。


「そういえば僕、隊長の部屋に入るの初めてかもしれません!」

「そうだったか?」

「はい!だからちょっとワクワクしてきました!」

「そんなに面白いものはないと思うぞ。」

「別に面白いもの目当てじゃないですよ、隊長がどんな生活してるか気になって!」

「普通に生活してるだけだが。」

「なんかそういうことじゃないんですよ。たとえば布団の重ね方とか、家具の置き方とか!」

「気になるか?」

「はい、隊長のことなら尚更!」

「そうか、期待に添えればいいが。」


部屋に荷物を運ぶという目的が、部屋の中を見るということに完全に変わったエミリオを横目に、リュードは自分の部屋の鍵を開けた。


ガチャ。


部屋の主である自分がまず先に入る。葡萄酒と手紙を机の上に置くと、手に持っていた包装紙をビリビリと破きながら部屋の外に立っているエミリオに声を掛けた。

「エミリオ、入ってきてくれて大丈夫だ。ここの机に葡萄酒を置いてくれないか。」


何故かエミリオは固まったまま動かない。ずっとリュードの部屋の中を見つめている。


「エミリオ?」


リュードが名前を呼ぶと、エミリオはふっと我に返ってぎこちなく喋りだした。


「あ、あの隊長。ここは本当に隊長の部屋ですか?」

「???ああ、私の部屋だ。」


ここはまごうことなきリュードの部屋である。口をパクパクさせながら、本当に自分の部屋かと問われた意味が分からない。

エミリオは急にふらふらと部屋の中に入ってくると手に持っていた葡萄酒を机に置き、リュードに開き直ってこう言い放った。


「有り得ないです。」


その言葉にリュードが面食らっていると、エミリオは部屋の中を見渡しながら喋りだした。


「え、隊長荷物少なすぎませんか?本棚に本が2冊だけってどういうことですか。しかもどっちも騎士団の仕事関係の本だし。それにどうしてハンガーにコートも何もかかってないんです?あ、剣かけに掛かってる予備の剣は荷物とは言いませんからね。家具も備え付けの家具以外置いてないし、趣向品だって置いてないし、お酒だって1本も無いし。」


エミリオはひと呼吸入れると、「失礼します。」と言って部屋のクローゼットを開けた。

クローゼットの中には防衛隊の制服が3セットと長さの違う短剣が2本入っているだけだ。あとは小さな箪笥が置いてあるが、中身は靴下とかハンカチだろう。


「私服とか無いんですか?」


エミリオが半ばリュードを睨みつけながら問う。


「あまり使わないからトランクに仕舞ってあるが。」


エミリオに睨みつけられる覚えのないリュードは真っ直ぐエミリオの目を見て答えた。


「隊長のトランクって、ベッドの下に見えるあれじゃないですよね。他にありますよね、さすがに。」

「いや、あれ一つだ。」


リュードがそう答えると、エミリオは頭を抱えてしまった。しばらくして立ち直ると、今度はリュードの肩をガシッと掴み、ゼロ距離でこう提案をした。


「あの!隊長!今度の休みの日は僕と買い物に出かけませんか!」

「ん?買い物?」

「はい!買い物です!隊長の私服を買いに行きましょう!」

「私服?買う必要ないだろう。特に理由も無いのに、ここを留守にするわけにはいかない。」

「出た!仕事人間!おかしいですって、私服があれに入り切るなんて!」


リュードはそもそもあまり休みを取らない。
エミリオが「休みを取ってください!」と泣きつかない限り自分からは取ろうとしない。取ったとしても駐屯所にいて自室で作業をしているか、訓練場で訓練しているか、厩舎で馬の世話をしているかである。
長年一緒にいるエミリオでも、リュードが私服を着ているところはもうずいぶん見ていない。

リュードはエミリオや部下たちが休みたいと言ったらおおいに休ませるし、誰にでも休日が出来るように組んである。以前に部下の一人が弟の誕生日で帰省して祝ってやりたいと一日休暇を申請してきた時には、プレゼントを買う時間が必要だろうと二日の休暇を与えたくらいだ。部下は怒られると思っていたらしく、大層喜んでいた。
ただ、リュード自身はそれで倒れたことが一度も無いのはさすがと言うべきか。

エミリオは少し考えた後、唐突に話題を切り替えた。


「隊長、このお酒たちはどうするつもりでした?」

「一人では飲みきれないから一本は私が頂いて、残りは食堂に置いておこうかと思っていた。」

「まあ一人では飲みきれない量でしょうから、そう言うと思ってましたけど。」


リュード宛の贈り物なので、形式的に一度リュードの部屋に持ってきたのだ。


「一人では飲みきれないから、皆で飲むよう伝えてくれないか?」

「分かりました。」


リュードが言えば皆恐れて飲もうとしない。エミリオもそれを分かっての了承である。


「じゃあ、これを食堂に運んできますね!」

「エミリオ。ちょっと待ってくれ。」


瓶を抱えて部屋を出ようとしたエミリオをリュードが引き留める。
くるりとエミリオが振り返った。


「どうしました?」

「お礼の手紙を書きたいんだが、私は普通の手紙の書き方や貴族の礼儀作法が分からない。どうか教えてほしい。」


リュードが頭を下げると、エミリオは大きく目を見開いて今度こそ固まってしまった。
状況を理解したエミリオが慌てふためき、その頼みを快諾するまで数秒とかからなかった。

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