高嶺の花と紅蓮の子

西園寺司

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エミリオの願い

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「エミリオには悪いことをしたな。」
リュードは自室で溜息混じりに独り言を呟いた。
エミリオが自分のことであんなに真っ青になるとは。
読み書きが苦手なことは今でも変わらないし、「誰でも」の中に自分が入ってないことなど多すぎて慣れてしまっていた。だがエミリオがそれほどまでに自分のことを考えていてくれているとは、嬉しいような、申し訳ないような複雑な気持ちである。
そういえば、書類仕事がまだ終わっていなかった。
リュードは破り終わった包装紙をゴミ箱に捨て、手紙を机の上に置いて自室を後にする。
エミリオに有り得ないと言われた部屋にしっかりと鍵をかけて足早に執務室へと向かった。


執務室にはエミリオのほうが早く着いていた。


「あ、隊長おかえりなさい!」


エミリオが気付いて駆け寄ってくる。


「ああ。葡萄酒ありがとう、エミリオ。」

「いえいえ、お安い御用です!皆喜んでましたよ!」

「そうか、それなら良かった。」


エミリオの話に応えながら席に着く。エミリオはもういつもの調子に戻っているようだった。


「後残ってる書類はこれだけですね!パパっと片づけちゃいましょ!」

「そうだな。」

「で、パパっと片づけたら隊長の部屋で一緒に葡萄酒飲みましょう!」

「ああ…。ん?」


あまりにも自然な流れの提案に思わず頷くリュード。


「今、了承しましたね!やった!じゃあ、これが終わったらグラス持って隊長の部屋行きますね。」

「待て、待て。私は了承していない。」

「ええ?さっきちゃんと『ああ。』って言ってたじゃないですか!了承してましたよね!ね!あれが了承じゃないって言うなら何だっていうんですか?」


こういうときのエミリオの頭の回転の速さは恐ろしい。それに相槌とはいえ了承してしまったのはリュードである。リュードは次の手を考えた。


「了承に聞こえたのなら仕方がない。だがこの書類仕事が終わっても今日の分の訓練が残っている。」

「はい!いつものメニューですよね!隊長と僕だったら夜までに終わりますね!」

「そうか、余裕が出てきたなら少し増やしても問題なさそうだな。」

「え、隊長直々にもっと僕のこと鍛えてくれるんですか!やったー!」

「…。」


エミリオは何としても引かないだろうとリュードは悟った。


「…嗜む程度にすると約束できるか?」

「はい、もちろん!」


エミリオが突然こんな提案をしたのは、先ほどの殺風景な部屋を見て、ふと怖くなってしまったからである。
リュードがふらっとどこかへいなくなってしまうのではないかと。
先ほどの部屋はいつ死んでもいいように、騎士団にはいらぬと言われたときにすぐ去れるように、整理整頓されている部屋に見えた。
リュードが命を大事にしていないとは言わない。死にたがっているとも思わない。
ただ、何かがあったときリュードは何の迷いもなく自身の命を差し出すだろう。
以前、エミリオが騎士団に入ったばかりの時に怪我をしたことがあった。その時リュードは何の躊躇いもなく自分のシャツの袖を破って応急処置をしてくれた。後でルペルにしっかり怒られていたが。
リュードはそういう人だ。もう少し自分に優しくしてもいいと思う。
この提案の裏に、酒などを楽しんで少しは自分のことを労わってほしいというエミリオの願いがあることをリュードは知る由もない。
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