で、手を繋ごう

めいふうかん

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第1章

偶然的に平凡な再会(8)

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涼さんはそっと手を離してから、ゆっくりと話し始める。

俺の左手はテーブルの上に置いたままだ。引っ込めてテーブルの下に隠してしまうのは、失礼な気がしたし、普通の顔をして、ハイボールのコップを持つこともできない。
きっと、手が震えてるから。

「ここまで話したからわかると思うけど、俺、男でも女でも好きになれるのよ。今まで付き合ってきた相手は女の方が多いけど」

涼さんはコップについた水滴を左手の指先で、つーっと下へ流していく。 
テーブルの上に小さな水たまりができると、お手拭きで拭いた。

何かすごいことをサラリと言ったよ、今。

「しょーちゃんと初めて会った時は、弟みたいで、ただ、ただ可愛かった。先輩の背中に隠れるようにして挨拶してくれたんだよ。あの時のしょーちゃん、何歳くらいだったのかな」

俺はしっかり覚えている。小学校3年生の時だ。
兄さんがバスケ部の同学年の友達と後輩の何人かを家に連れてきた。夏休みの合宿が終わってすぐ、夏休みも終わりに近い頃だった。

沢山いるお兄さん達が、人見知りだった俺にはただただ怖かった。
今思えば何が怖かったのかわからないが、あの当時は知らない人たちが怖かったのだ。

そんな中で、挨拶をするように母さんに強制された。
兄の背中に隠れていたのかは覚えてないけど、とても緊張して、怖かったのだ。
挨拶をするため、警戒をしながは近付くと、ニコニコと笑顔で応えてくれる人がいた。小さかった俺の前で膝を折り、頭をぐりぐりしてくれた。それが涼さんだ。

他の人も挨拶を返してくれたが、涼さんだけはしっかりと正面から接してくれた。
そして、兄とは違うふんわりとした優しさに、俺は心を奪われた。
それが誰にも語ることがなかった俺の初恋の始まり。


「で、恋愛の対象として見たのはしょーちゃんが高校生に入ってから。制服、中学の時はブレザーだったけど、高校に入って学ランだっただろう?」

俺は小さく顎を引く。
高校入学。
もしかしたら、それは、俺の頭をぐりぐりと撫でてくれなくなった時期と同じなのだろうか。

「学ランってヤバイよな。一気に男らしさが増すんだもの。可愛いしょーちゃんが、バリっと詰襟着ていてさ。俺はグッと胸を掴まれたわけ」

まるで瞼に当時の俺の姿が映っているかのように、涼さんは目を閉じてしみじみと言う。

「学ランって、魔物だね」

同意を求められても、僕は苦笑いすらできない。

涼さんは少しだけ波打った前髪を邪魔そうに、左手の指先で跳ねた。
涼さんは前髪だけ癖っ毛でウェーブががってる。若い頃から変わらない。

「だからって、どうこうしようと思ってなかった。だけど、先輩から釘を刺されたんだ。翔に近付くなって」

酔っ払いの俺の頭にはいまいちわからない。

「それって、兄は涼さんが男性も好きだって知っていたってこと?」

今度は涼さんがすっと顎をひいた。
信じられない思いで聞いていたが、これはまだ序の口だった。

「俺、大学で男と付き合っていたんだけど、それが大学で噂になって、先輩の耳にも入ったんだ」

それはいたたまれない。

15年ほど前なら、今よりもずっと同性愛に対しての偏見は強い。
とてもじゃないが、俺ならバイだとしても誰にも知られたくないかも。

「これはいい機会かと思って、親しい友人には告白したよ」

強がりと思えないほど、涼さんの話し方はあっさりとしたものだった。

俺とは違うんだな、涼さんは。
下手したらおれは大学を辞めてしまうかもしれない。

「先輩ね、同性愛に偏見はそれほどない方だったけど、しょーちゃんが男を好きなのだけは受け入れたくなかったみたい」

一瞬にして頭が真っ白になる。
デーブルに置いていた手を自然とぎゅっと握りしめた。

涼さんはチラリと視線を俺の手に向けてから、追い打ちをかけるために口を開く。

俺は涼さんの口から悪魔が出てくるように感じた。
耳を塞ぎたいのに、手が動かない。

「先輩、しょーちゃんが男性が好きだって気付いてたんだよ」

「う、そだ」

今、喋ったのは誰だ?
俺なのか?

「本当だよ。でも、大学生だった先輩は、しょーちゃんのことは思春期特有の気の迷いと思い込もうとしてた。いつか女性を好きになるって」

そんなわけないじゃないか。
気の迷いだったら、どんなに楽なことか。

口元が自然と歪む。

でも、それは本当に兄さんが言ったことなのか?

「だけど、しょーちゃんが家を出た時に認めたんだ」

「うそだ」

俺は壊れた人形のように同じ言葉を繰り返す。

俺が家を出ることを決めた時、兄は既に家を出ていた。俺からは報告しなかったが、母さんが話をした。だが、特に何か言っていたとか聞いてない。

いやいや、そうじゃくて。

俺が同性愛だと兄が知ってたなんて、そんなことあるわけない。一言も話してこなかったし、そんな態度を微塵もしなかった。

俺が心の中で気持ちを立て直しているのに、涼さんは容赦なく、それを崩していく。

「嘘じゃないよ。先輩、しょーちゃんとどう話していいのかわからないって悩んだ。最後までね」

涼さんの言葉が今までとは違う、冷たく響く。

「しょーちゃんのこと、修行僧みたいだって。人を好きになることを煩悩と捉えて、誰かを好きになることから耳を遠ざけ、目を伏せてる。一生懸命、恋愛から心を遠ざけるために、色々なものを削げ落として生きてるって」

兄さんを思い出す。

痩せこけた晩年の姿ではなく、結婚をして子供が出来た時の幸せな顔。
何も知らない、何も知らなくていい、ただただ幸せな人の笑顔だと、ずっと思ってた。

ずっと思って、憎らしいとすら思ってた。

なぜ同じ親から生まれて、俺だけがこんな思いをしているのか。
俺の苦悩の1つも知らないで、幸せそうに生きてる。

そんな風に時折、筋違いの憎しみを密かに抱いていた。

それなのに、それなのに俺のことを知ってた?

「俺ね、しょーちゃんが修行僧なんかじゃなくて、普通に自然体にしていられる時間を、今までにない時間を過ごさせてくれないかって頼まれた。その時計」

涼さんは尖った顎でオメガの時計をさした。
俺はもどかしいほどゆっくり時計に視線を動かす。

「先輩はそういう意味を込めて、しょーちゃんに遺したんだよ」

俺はしょーちゃんの話していることを理解する前に、両目から涙を流していた。
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