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第3章
デートと就活と(2)
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涼さんの誘い方は、流れるような、それでいて強引だと俺は知った。
自宅に戻って5日経つが、荷物の三分の二はまだ段ボールの中だった。
彩の他にも、地元の友達と会ったりして、なかなか進まない。
いい加減に片付けようと決意して、とりあえず、中身を全て取り出して、箪笥の中や本棚に押し込んだ。片付けたというより、押し込んだという方が適切な表現である。
パソコンの設定も続け様に行う。
スマホがあるので、それほど不便ではないのだが、やはり履歴書や職務経歴書を作成するのにパソコンは必要だ。
ネットに繋いだら、友達から聞いた求人サイトに登録を始める。
これが、思いのほか、大変だった。
職務経歴書とほぼ同じことを入力しないとならない。途中で保存をして、また後で行うことにする。
スーツはどうしようか。
もちろん、今まで仕事で着ていたスーツは洋箪笥の中に吊るしてある。
今までの職場は、外出しない時、ジャケットにチノパンでもよかったので、スーツは3着しかもっていない。面接だけなら全く問題ない。
これから入社することになる会社も、今までと同様だったら買い足す必要はない。毎日着用だとわかった時に買っても遅くないし。
だけど、ちょっといいスーツが欲しかった。
気恥ずかしい話だが、涼さんのようなスーツが欲しい。
俺が着たって、あんなカッコよくなるとは思えないけど、欲しくなってしまった。
涼さんとお試しのお付き合いをすることになった日。
ラストオーダーになったお店を後にして、俺たちは外に出た。
散々、大泣きして、付き合うことを承諾したすぐ後のことだ。
駅の方に向かって歩いていく。
一緒に歩く時間はほんの5分ほど。
駅についたら、別の方向へと歩いていく。
少し不自然な距離を空けて横に並んだが、涼さんはそれには何も触れずに一方的に喋ってくれていた。
会社の近くの定食屋はサバの味噌煮が美味くて「おふくろの味」と社内で噂だったらしい。だが、作っていたのはインド人のおじさんだと知って、みんなで笑った。
そして、そのサバの味噌煮を今度、食べに行こうと誘ってくれた。
次々と話題を振って、俺があんまり考え込まないように、配慮してくれているのがわかる。
だが、俺は何と言葉を交わして別れようかと、そればかり気にしていた。
だが、駅に着くと涼さんはあっさり「おやすみ」と言って、立ち止まる俺を残して歩いていった。
呆気に取られて、彼の広い背中を見る。
どんどん離れていく広い背中を見ていると、急に物悲しい気持ちが芽生える。
理由なんてわからない。だけど、もう何かを失うのが怖くなっていた。
不覚にも、鼻の奥がつんっとした時、50メートルほど離れた涼さんがくるりと振り返った。
街灯も少ない暗い道で、涼さんの背広の中の白いワイシャツが映える。
俺は涼さんの表情を確認する為、自然と目を細めた。彼は軽く微笑んでいた。
離れていても、涼しげな目が俺を見ているのがわかった。
途端に、物悲しい気持ちが消え、身体が熱くなる。
それを察した訳ではないだろうに、彼は右手を頭より高くあげて振った。俺も右手を振り返すと、にっこりと笑みを浮かべる。
そして、颯爽と広い背中を見せて再び歩き出した。
俺は寒い夜の中、涼さんのグレーの広いスーツの背中が角を曲がって見えなくなるまで立ち尽くしていた。
あの時から、俺は涼さんのグレーのスーツが頭から離れない。
俺もあのグレーのようなスーツが欲しい。
涼さんみたいにベストは着こなせないから、背広とパンツだけでいい。
幾らするんだろうか?
10万とか軽くするのかな。
もっとかな。
値段なんて聞いたら失礼だから、どこのブランドか聞いてみよう。
俺はベットの上に転がしておいたスマホを手にした。
いやいや、待て待て。
彼は今仕事中だ。
急を要さないのだから、夜か、今度会った時にでも聞けばいい。
今度会った時・・・って何時だ?
あの夜から1度だけ、メッセージを送った。食事のお礼のようなものだ。それに対して、涼さんからも短い返事が来ただけ。素っ気ない訳ではないが、あまりの短さに落胆したのが本心。
忙しいのかもしれない。
そう思いながらも、不安がよぎる。
あの夜の出来事は夢じゃないよな。
俺は自然と腕時計に手をやった。
若かりし頃の兄さんの顔を思い出し、俺は直ぐにスマホを操作した。
『涼さん
こんにちは。
現在、就活中の僕としては
スーツを新調しようと思ってるのですが、涼さんはいつもどこのスーツを着てるんですか?
この前のグレーのスーツが素敵でした。
もしよければ、お暇な時にでもどこのブランドかご教示ください』
返信はすぐに来ないだろうと思い、気にしないで、求人サイトの登録続きを再開させた。
登録は本当に面倒なものだった。
再び、挫折しそうになったが、ここは踏ん張って最後まで頑張ってみた。
そんなことをしているうちに涼さんから返信が届いていた。
『スーツをお褒めいただき光栄です。
俺のスーツはブランドというより、決まったお店でオーダーしてます。オーダーといっても、ブランドスーツより全然安い。俺はいつも5万から8万くらいで作ってるよ。
もっとお手頃のもある。
買わなくてもいいから、一度、一緒に行かないか?
今日で仕事も落ち着く。
仕事も休めるし、しょーちゃんの予定の空いている日を連絡して。』
涼さんのメールを読んだ後、俺はつい声に出して「強引だな」と呟いた。
一緒に行かないか?と誘ってくれたけど、最後は行く前提で締めくくられれてる。
涼さんの強引な一面を初めて知った。
呆れながらも、俺は自分で気付かなうちに、にやにやと笑っていた。
自宅に戻って5日経つが、荷物の三分の二はまだ段ボールの中だった。
彩の他にも、地元の友達と会ったりして、なかなか進まない。
いい加減に片付けようと決意して、とりあえず、中身を全て取り出して、箪笥の中や本棚に押し込んだ。片付けたというより、押し込んだという方が適切な表現である。
パソコンの設定も続け様に行う。
スマホがあるので、それほど不便ではないのだが、やはり履歴書や職務経歴書を作成するのにパソコンは必要だ。
ネットに繋いだら、友達から聞いた求人サイトに登録を始める。
これが、思いのほか、大変だった。
職務経歴書とほぼ同じことを入力しないとならない。途中で保存をして、また後で行うことにする。
スーツはどうしようか。
もちろん、今まで仕事で着ていたスーツは洋箪笥の中に吊るしてある。
今までの職場は、外出しない時、ジャケットにチノパンでもよかったので、スーツは3着しかもっていない。面接だけなら全く問題ない。
これから入社することになる会社も、今までと同様だったら買い足す必要はない。毎日着用だとわかった時に買っても遅くないし。
だけど、ちょっといいスーツが欲しかった。
気恥ずかしい話だが、涼さんのようなスーツが欲しい。
俺が着たって、あんなカッコよくなるとは思えないけど、欲しくなってしまった。
涼さんとお試しのお付き合いをすることになった日。
ラストオーダーになったお店を後にして、俺たちは外に出た。
散々、大泣きして、付き合うことを承諾したすぐ後のことだ。
駅の方に向かって歩いていく。
一緒に歩く時間はほんの5分ほど。
駅についたら、別の方向へと歩いていく。
少し不自然な距離を空けて横に並んだが、涼さんはそれには何も触れずに一方的に喋ってくれていた。
会社の近くの定食屋はサバの味噌煮が美味くて「おふくろの味」と社内で噂だったらしい。だが、作っていたのはインド人のおじさんだと知って、みんなで笑った。
そして、そのサバの味噌煮を今度、食べに行こうと誘ってくれた。
次々と話題を振って、俺があんまり考え込まないように、配慮してくれているのがわかる。
だが、俺は何と言葉を交わして別れようかと、そればかり気にしていた。
だが、駅に着くと涼さんはあっさり「おやすみ」と言って、立ち止まる俺を残して歩いていった。
呆気に取られて、彼の広い背中を見る。
どんどん離れていく広い背中を見ていると、急に物悲しい気持ちが芽生える。
理由なんてわからない。だけど、もう何かを失うのが怖くなっていた。
不覚にも、鼻の奥がつんっとした時、50メートルほど離れた涼さんがくるりと振り返った。
街灯も少ない暗い道で、涼さんの背広の中の白いワイシャツが映える。
俺は涼さんの表情を確認する為、自然と目を細めた。彼は軽く微笑んでいた。
離れていても、涼しげな目が俺を見ているのがわかった。
途端に、物悲しい気持ちが消え、身体が熱くなる。
それを察した訳ではないだろうに、彼は右手を頭より高くあげて振った。俺も右手を振り返すと、にっこりと笑みを浮かべる。
そして、颯爽と広い背中を見せて再び歩き出した。
俺は寒い夜の中、涼さんのグレーの広いスーツの背中が角を曲がって見えなくなるまで立ち尽くしていた。
あの時から、俺は涼さんのグレーのスーツが頭から離れない。
俺もあのグレーのようなスーツが欲しい。
涼さんみたいにベストは着こなせないから、背広とパンツだけでいい。
幾らするんだろうか?
10万とか軽くするのかな。
もっとかな。
値段なんて聞いたら失礼だから、どこのブランドか聞いてみよう。
俺はベットの上に転がしておいたスマホを手にした。
いやいや、待て待て。
彼は今仕事中だ。
急を要さないのだから、夜か、今度会った時にでも聞けばいい。
今度会った時・・・って何時だ?
あの夜から1度だけ、メッセージを送った。食事のお礼のようなものだ。それに対して、涼さんからも短い返事が来ただけ。素っ気ない訳ではないが、あまりの短さに落胆したのが本心。
忙しいのかもしれない。
そう思いながらも、不安がよぎる。
あの夜の出来事は夢じゃないよな。
俺は自然と腕時計に手をやった。
若かりし頃の兄さんの顔を思い出し、俺は直ぐにスマホを操作した。
『涼さん
こんにちは。
現在、就活中の僕としては
スーツを新調しようと思ってるのですが、涼さんはいつもどこのスーツを着てるんですか?
この前のグレーのスーツが素敵でした。
もしよければ、お暇な時にでもどこのブランドかご教示ください』
返信はすぐに来ないだろうと思い、気にしないで、求人サイトの登録続きを再開させた。
登録は本当に面倒なものだった。
再び、挫折しそうになったが、ここは踏ん張って最後まで頑張ってみた。
そんなことをしているうちに涼さんから返信が届いていた。
『スーツをお褒めいただき光栄です。
俺のスーツはブランドというより、決まったお店でオーダーしてます。オーダーといっても、ブランドスーツより全然安い。俺はいつも5万から8万くらいで作ってるよ。
もっとお手頃のもある。
買わなくてもいいから、一度、一緒に行かないか?
今日で仕事も落ち着く。
仕事も休めるし、しょーちゃんの予定の空いている日を連絡して。』
涼さんのメールを読んだ後、俺はつい声に出して「強引だな」と呟いた。
一緒に行かないか?と誘ってくれたけど、最後は行く前提で締めくくられれてる。
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呆れながらも、俺は自分で気付かなうちに、にやにやと笑っていた。
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