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6.嘘つきヒーロー
⑤
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仲が良い、だなんて。一体F組のどの表情に騙されていたいたんだ?
なにを根拠に、それが全てだと安心していた?
あんたの可愛がっていた教室は、ずっと前から、あんたを欺き続けていたんだよ。
「今更、優里って、お前。なに考えとうねん……」
気が付けば、クラスメイトの視線が俺に突き刺さっていた。
心の叫びが、外に漏れたことは自覚していた。もしかしたら、とんでもないことをやらかしているのかもしれない。そんな意識も、脳のどこかには佇んでいた。
ただもう、面倒くさかったし、余裕もなかった。
いろんなことが一気に押し寄せて、それらと真摯に向き合っていくのが煩わしくなったのだ。
いっそのこと、言いたいことをぶちまけてしまいたかった。
「3年間、優里のことなんか何も言わんかったやんか。おらんもんみたいに扱っておいて。今更……。優里を、その名前を出せば俺らの気持ちが変わるとでも思ったんか」
都留は、眉間にしわをよせながら、俺の話を聞いていた。動かない瞳は、彼の感情を伝えてはくれない。そんな男の態度に、俺が苛立つのは当然だったと思う。
「こんな時だけ、あいつの存在を利用すんなよ!」
クラスメイトの視線が痛い。都留が俺に向ける言葉を待つのも苦しい。此処に居たくない。
「森也!」
誰かが、俺の名前を呼んだ。だけど、振り返らずにそのまま教室を出た。
2年の教室の横を通ると、国語の教科書を朗読する声が聞こえた。どこに向かおう。じわじわと後悔が湧き上がってくる。
何をやっているんだろう、俺。次第に脚が前に進まなくなっていく。
出ていくにしても、せめて鞄を持ってこればよかった。これでは帰るにも帰れない。
ため息をついて、柱にもたれかかる。
さすがに追いかけて連れ戻すほど、都留もわからない奴じゃないらしい。そのまま座り込む。
「ショック受けてやんの」
結構好きだったんだけどなあ。都留のこと。
でも、それは先生としてか、と聞かれれば違うかもしれなかった。俺はあいつを、友だちだと勘違いしていたのだろうか。教師は教師なのに。
ああ、そうだ。こうやって落ち込んでいるのが、そもそも馬鹿馬鹿しいことなんだ。
「森也」
「は?」
抱えていた頭を上げる。俺を見下ろしていたのは、アイだった。
咄嗟に立ち上がる。多分、反射的に逃げようとしたんだと思う。
「待って!」
「なに……」
「聞いて欲しいことがあって!」
聞いて欲しいこと? それは、ロングホームルームを抜け出してまで、今言わなければならないことなのか?
だけど、アイの目は、真剣だった。いつもの嘲笑を孕んだ嫌らしさは消え去っていた。
「……お前、デカい声出すなよ。授業中やぞ」
今更、猜疑心を拭払することなど出来るはずがない。
相手は、あのアイだ。
だけど、彼女の表情の理由を知りたかった。頷いて、昇降口に向かう。
さすがに教室が並ぶ廊下ではまずいだろうと判断したからだ。
「さっきは、すごいと思った」
当たり前だが、授業中の昇降口には人影がない。
彼女の言葉に顔をしかめる俺を、アイがじっと見つめる。妙だな。いつもの強気な女王様はそこにいなかった。なんか、しゅんとしている、というか……。
「どうした?」
なんで俺がこいつに気を遣わなければならないんだ。
「さっき、あんなこと言ったってことは森也、優里と会ったん?」
その話か。納得して、「まあ」と頷く。
「いろいろ聞いたよ、その、クラスのこと」
「……そっか。じゃあ知ってるかもやけど、うちな、優里の友だちでいられることが嬉しかった。優里はもともと、あんまりクラスに馴染めてなくて、あの子の唯一の友だちっていう、肩書きっていうの? それがお気に入りで……」
「うん?」
首を傾げる。いったいこの話はどこに向かっているのだろう。
「だから、みんなが優里と仲良くなり始めたとき、嫌やなあって思った。圭輔と付き合い始めたとき、悔しくて、許せんって、思った」
「独り占めしたかった、ってこと?」
「そうやけど、なんか、もっと……。あのな、さっき気付いてもたんやけど。多分、優里にはうちしかおらんって思えるのが気持ちよかったんやと思う。うちは、だから……」
今にも泣きそうなアイの顔を見て、はっとする。アイが言いたいことに見当がついてしまった。
「優里がみんなに無視されはじめたとき、嬉しかったんよ!」
「アイ……」
もう、いい。言わなくていい。そう伝えたいのに、言葉が出ない。
「うちも、あの子に裏切られた一人やのに、それでも。ここでまた、うちだけ味方でいれば、今度こそ、優里にはうちしかおらんくなるって、それで……。だから、あの復讐、いじめだって、それの続きでしかなくて……。
さっきの都留先生の話だってそう。先生の言葉に腹を立てていたくせに、教室の中で優里を思って怒れるのは自分だけなんやと思うと、やっぱり気分が良かっ……、最低、わたし」
そこで彼女の言葉は一旦途切れた。アイの頬を涙がつたう。
「森也はなんなん……。なんで、怒れるの? 森也にとっちゃ、関係無いことやん。自分が今、大変な時期で、こんなことしたら、余計状況は悪化するかもしれんくて、森也ならそんなこと、わかってたはずやのに!
そうやって純粋に優里のことを心配できるの、ほんまにすごいなって思ったんよ。思ったし、それに、自分が情けなくて、どうしようもない……」
違う。そう言いたかった。
なにを根拠に、それが全てだと安心していた?
あんたの可愛がっていた教室は、ずっと前から、あんたを欺き続けていたんだよ。
「今更、優里って、お前。なに考えとうねん……」
気が付けば、クラスメイトの視線が俺に突き刺さっていた。
心の叫びが、外に漏れたことは自覚していた。もしかしたら、とんでもないことをやらかしているのかもしれない。そんな意識も、脳のどこかには佇んでいた。
ただもう、面倒くさかったし、余裕もなかった。
いろんなことが一気に押し寄せて、それらと真摯に向き合っていくのが煩わしくなったのだ。
いっそのこと、言いたいことをぶちまけてしまいたかった。
「3年間、優里のことなんか何も言わんかったやんか。おらんもんみたいに扱っておいて。今更……。優里を、その名前を出せば俺らの気持ちが変わるとでも思ったんか」
都留は、眉間にしわをよせながら、俺の話を聞いていた。動かない瞳は、彼の感情を伝えてはくれない。そんな男の態度に、俺が苛立つのは当然だったと思う。
「こんな時だけ、あいつの存在を利用すんなよ!」
クラスメイトの視線が痛い。都留が俺に向ける言葉を待つのも苦しい。此処に居たくない。
「森也!」
誰かが、俺の名前を呼んだ。だけど、振り返らずにそのまま教室を出た。
2年の教室の横を通ると、国語の教科書を朗読する声が聞こえた。どこに向かおう。じわじわと後悔が湧き上がってくる。
何をやっているんだろう、俺。次第に脚が前に進まなくなっていく。
出ていくにしても、せめて鞄を持ってこればよかった。これでは帰るにも帰れない。
ため息をついて、柱にもたれかかる。
さすがに追いかけて連れ戻すほど、都留もわからない奴じゃないらしい。そのまま座り込む。
「ショック受けてやんの」
結構好きだったんだけどなあ。都留のこと。
でも、それは先生としてか、と聞かれれば違うかもしれなかった。俺はあいつを、友だちだと勘違いしていたのだろうか。教師は教師なのに。
ああ、そうだ。こうやって落ち込んでいるのが、そもそも馬鹿馬鹿しいことなんだ。
「森也」
「は?」
抱えていた頭を上げる。俺を見下ろしていたのは、アイだった。
咄嗟に立ち上がる。多分、反射的に逃げようとしたんだと思う。
「待って!」
「なに……」
「聞いて欲しいことがあって!」
聞いて欲しいこと? それは、ロングホームルームを抜け出してまで、今言わなければならないことなのか?
だけど、アイの目は、真剣だった。いつもの嘲笑を孕んだ嫌らしさは消え去っていた。
「……お前、デカい声出すなよ。授業中やぞ」
今更、猜疑心を拭払することなど出来るはずがない。
相手は、あのアイだ。
だけど、彼女の表情の理由を知りたかった。頷いて、昇降口に向かう。
さすがに教室が並ぶ廊下ではまずいだろうと判断したからだ。
「さっきは、すごいと思った」
当たり前だが、授業中の昇降口には人影がない。
彼女の言葉に顔をしかめる俺を、アイがじっと見つめる。妙だな。いつもの強気な女王様はそこにいなかった。なんか、しゅんとしている、というか……。
「どうした?」
なんで俺がこいつに気を遣わなければならないんだ。
「さっき、あんなこと言ったってことは森也、優里と会ったん?」
その話か。納得して、「まあ」と頷く。
「いろいろ聞いたよ、その、クラスのこと」
「……そっか。じゃあ知ってるかもやけど、うちな、優里の友だちでいられることが嬉しかった。優里はもともと、あんまりクラスに馴染めてなくて、あの子の唯一の友だちっていう、肩書きっていうの? それがお気に入りで……」
「うん?」
首を傾げる。いったいこの話はどこに向かっているのだろう。
「だから、みんなが優里と仲良くなり始めたとき、嫌やなあって思った。圭輔と付き合い始めたとき、悔しくて、許せんって、思った」
「独り占めしたかった、ってこと?」
「そうやけど、なんか、もっと……。あのな、さっき気付いてもたんやけど。多分、優里にはうちしかおらんって思えるのが気持ちよかったんやと思う。うちは、だから……」
今にも泣きそうなアイの顔を見て、はっとする。アイが言いたいことに見当がついてしまった。
「優里がみんなに無視されはじめたとき、嬉しかったんよ!」
「アイ……」
もう、いい。言わなくていい。そう伝えたいのに、言葉が出ない。
「うちも、あの子に裏切られた一人やのに、それでも。ここでまた、うちだけ味方でいれば、今度こそ、優里にはうちしかおらんくなるって、それで……。だから、あの復讐、いじめだって、それの続きでしかなくて……。
さっきの都留先生の話だってそう。先生の言葉に腹を立てていたくせに、教室の中で優里を思って怒れるのは自分だけなんやと思うと、やっぱり気分が良かっ……、最低、わたし」
そこで彼女の言葉は一旦途切れた。アイの頬を涙がつたう。
「森也はなんなん……。なんで、怒れるの? 森也にとっちゃ、関係無いことやん。自分が今、大変な時期で、こんなことしたら、余計状況は悪化するかもしれんくて、森也ならそんなこと、わかってたはずやのに!
そうやって純粋に優里のことを心配できるの、ほんまにすごいなって思ったんよ。思ったし、それに、自分が情けなくて、どうしようもない……」
違う。そう言いたかった。
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