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6.嘘つきヒーロー
④
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「あれ。那子、なにしてるの?」
「はっ? さやま……?」
突然現れた佐山は、向かい合う俺たちを前ににこりと微笑む。
那子は、「あ……」と言葉になっていない音を発しただけで黙り込んでしまった。
「……俺が那子に話しかけたんやけど、都合悪かった?」
負けじと作り笑いを張り付ける俺は、いったい何を意地になっているのか。
「梶さん、あなたも我慢強いですね。現状に不満があるくせに、まだ反撃して来ないんですか? 俺、待ちくたびれそうですよ」
「はあ? 意味がわかんねえよ。反撃してほしいってことか?」
眉間にしわを寄せる俺を、佐山がまっすぐ見つめる。
「そうです。俺は、それが見たい」
なんだ、こいつ。気持ち悪い。
「馬鹿にすんのもいい加減にしろよ、佐山。俺はお前の趣味に付き合う気はねえ」
「趣味。まるで俺が変態みたいじゃないですか。心外だな」
そう言って、苦笑する。結局、イタズラの延長線なのだろうか。
「那子、まだ弁当食べ終わってないだろ? 急がないと昼休み終わるよ」
「え、ああ。うん……」
俺を残して教室に向かう2人の背中。那子は一度だけこちらを振り返ったが、俺はその目をあえて見なかった。
それより、さっきの那子の言葉。たしか奇妙な点が混ざっていた。「みんなが森也を避けてたのは」。
あれを鵜呑みにするなら、俺は勘違いをしていたことになる。
いじめの入り口だと思っていたシカトには、全く違う意味が込められていたのかもしれない。
圭輔は、たまに何があるのかと不思議になるほど急いで帰るときがあった。
ホームルームが終わった途端、弾かれたように席を立つのである。何度か理由を尋ねたが、誤魔化されるだけで欲しい返事を貰えたことはない。
そして、今日もまたその日だったらしい。焦るように教室を出て行く圭輔を眺める。
「……?」
あいつ、昇降口とは逆の方向に歩いて行った。目的はなんなんだろう。ふと、とある考えが浮かんだ。つけてみるか。今となっては、それぐらいに罪悪感を抱く立場じゃないし。
指定かばんを掴んで、廊下に出る。ちょうど、ある教室に入っていく圭輔の姿が見えた。
あれは、たしか職員室だ。成績が悪いから呼び出しを食らっているのではないか、と一瞬考える。
だけど、そんな事情ならあいつが隠すのはおかしい。むしろ、ここぞとばかりに笑い話にして、俺たちを呆れさせただろう。
廊下の床板を小走りで進む。話し声が漏れてくることを期待して、職員室の戸に近寄った。
「今日職員会議無いやろ。付き合ってくれよ」
圭輔の声だ。よかった。普通に聞こえる。
「……ちょっと待て。書類完成させてからや。そんな焦る必要ないやろ」
都留だ。何の話だろう。
「もしかしたら、もうちょっとかもしれん。都留も思わんかった? この前行ったとき、あいつ……」
「まあな。確かに。それより、渋谷。これ印刷すんの手伝ってくれ」
「ああ、うん。印刷室?」
「おう」
やばい、戸を開けられる。慌てて、近くのトイレに逃げ込んだ。二人の足音が通り過ぎるのを待って、ほっと息をつく。
「……避けられとる、よな」
机に頭を突っ伏した。あれから2日。
村上くんに会うため2年の教室や、野球部の部室に訪問すること数回。しかし毎回姿はなく、クラスメイトらしき後輩に尋ねても濁されて終わりだ。
彼は明らかに俺を避けていた。ここまで来ると、やはり後ろめたいことがあって俺を遠ざけているとしか考えられない。
窓の外を見ると、ちょうど2年の男子が体育の授業でサッカーをしていた。村上くんを見つけるのは容易なことだ。彼はいつだって、先頭を切って走っている。
……しかし、いつもより覇気がないように見えなくもない。彼の特徴でもあるはじけるような笑顔が、その日は収められていた。
チャイムの音が聞こえると、俺は自動的に席を立つ。「起立」。号令に使われる声は、少しの緊張を帯びて、クラスメイトを動かしていく。
――「気付かれた」という焦りより、「余計なことをするな」という嫌悪感が勝った。
水曜日の6時間目はロングホームルームだ。内容は担任に一任されているらしく、よくわからない詩を読まされたり、ディベートをしたりと、都留の気まぐれだ。
この日、号令を終えて着席した俺たちに、都留は言った。「今日はお前らに話がある」。
クラスメイトの背中が強張っている。都留に顔を向けながら、その意識は俺に向いている。
「このクラス、ややこしいことになっとるやろ、今」
言葉が落とされたと同時に、俺は息を止めた。公開処刑だ。
子どもの人間関係に、大人の口出しが許されるのはせいぜい小学校低学年までだと思う。
中学生の俺たちにとって、拗らせた関係はある意味聖域だ。誰にも触れられてはならない。
当人同士だけが、その繊細な空気をかき乱さないように、注意深く、過ごしていく。少なくとも、第三者に名付ける権利なんて無いのだ。この、あえて曖昧にぼかした関係を。
「いじめか?」
だから、それは禁句だった。
加害者にも被害者にも、都合の悪い言葉。俺にとっては、せめて自分の中だけで留めておきたかった事実。
いや……。那子の声を思い出す。「避けていた」。もし、あれが本当なら、此処は……。
「宮原 優里も」
はっとして、顔を上げた。なぜ、今、あいつの話をする……。
「あいつがいつまでも帰ってこられへんのは、この教室のせいとちゃうんか?」
クラスメイトの反応なんて、視界の外だった。目の前の担任が落として行く言葉が、俺の醜い感情と絡まって、どんどん、どんどん……。
「お前ら、ずっと仲良いことだけが取り柄やったのになあ」
都留。お前も結局、そうなのか。
なぜ俺は都留を、教師なんて生き物を、信頼していたのだろうか。
俺が生徒である限り、「先生」ほど邪魔な敵は居ないというのに。
教師にとって此処は所詮、職場だ。金を稼ぐための場所。割り切った空間。教室が世界の全てである俺たちとは価値観が違う。
教室は、俺たち生徒の持ち物だ。教師《たにん》にどうこう言われたくない。
ーー理解しているよ。責任も持っているよ。
奴らは平気で嘘を吐く。それが嘘だとも知らないで。その幸せな脳を、俺たちが馬鹿にしていることも気付かないまま……。
「はっ? さやま……?」
突然現れた佐山は、向かい合う俺たちを前ににこりと微笑む。
那子は、「あ……」と言葉になっていない音を発しただけで黙り込んでしまった。
「……俺が那子に話しかけたんやけど、都合悪かった?」
負けじと作り笑いを張り付ける俺は、いったい何を意地になっているのか。
「梶さん、あなたも我慢強いですね。現状に不満があるくせに、まだ反撃して来ないんですか? 俺、待ちくたびれそうですよ」
「はあ? 意味がわかんねえよ。反撃してほしいってことか?」
眉間にしわを寄せる俺を、佐山がまっすぐ見つめる。
「そうです。俺は、それが見たい」
なんだ、こいつ。気持ち悪い。
「馬鹿にすんのもいい加減にしろよ、佐山。俺はお前の趣味に付き合う気はねえ」
「趣味。まるで俺が変態みたいじゃないですか。心外だな」
そう言って、苦笑する。結局、イタズラの延長線なのだろうか。
「那子、まだ弁当食べ終わってないだろ? 急がないと昼休み終わるよ」
「え、ああ。うん……」
俺を残して教室に向かう2人の背中。那子は一度だけこちらを振り返ったが、俺はその目をあえて見なかった。
それより、さっきの那子の言葉。たしか奇妙な点が混ざっていた。「みんなが森也を避けてたのは」。
あれを鵜呑みにするなら、俺は勘違いをしていたことになる。
いじめの入り口だと思っていたシカトには、全く違う意味が込められていたのかもしれない。
圭輔は、たまに何があるのかと不思議になるほど急いで帰るときがあった。
ホームルームが終わった途端、弾かれたように席を立つのである。何度か理由を尋ねたが、誤魔化されるだけで欲しい返事を貰えたことはない。
そして、今日もまたその日だったらしい。焦るように教室を出て行く圭輔を眺める。
「……?」
あいつ、昇降口とは逆の方向に歩いて行った。目的はなんなんだろう。ふと、とある考えが浮かんだ。つけてみるか。今となっては、それぐらいに罪悪感を抱く立場じゃないし。
指定かばんを掴んで、廊下に出る。ちょうど、ある教室に入っていく圭輔の姿が見えた。
あれは、たしか職員室だ。成績が悪いから呼び出しを食らっているのではないか、と一瞬考える。
だけど、そんな事情ならあいつが隠すのはおかしい。むしろ、ここぞとばかりに笑い話にして、俺たちを呆れさせただろう。
廊下の床板を小走りで進む。話し声が漏れてくることを期待して、職員室の戸に近寄った。
「今日職員会議無いやろ。付き合ってくれよ」
圭輔の声だ。よかった。普通に聞こえる。
「……ちょっと待て。書類完成させてからや。そんな焦る必要ないやろ」
都留だ。何の話だろう。
「もしかしたら、もうちょっとかもしれん。都留も思わんかった? この前行ったとき、あいつ……」
「まあな。確かに。それより、渋谷。これ印刷すんの手伝ってくれ」
「ああ、うん。印刷室?」
「おう」
やばい、戸を開けられる。慌てて、近くのトイレに逃げ込んだ。二人の足音が通り過ぎるのを待って、ほっと息をつく。
「……避けられとる、よな」
机に頭を突っ伏した。あれから2日。
村上くんに会うため2年の教室や、野球部の部室に訪問すること数回。しかし毎回姿はなく、クラスメイトらしき後輩に尋ねても濁されて終わりだ。
彼は明らかに俺を避けていた。ここまで来ると、やはり後ろめたいことがあって俺を遠ざけているとしか考えられない。
窓の外を見ると、ちょうど2年の男子が体育の授業でサッカーをしていた。村上くんを見つけるのは容易なことだ。彼はいつだって、先頭を切って走っている。
……しかし、いつもより覇気がないように見えなくもない。彼の特徴でもあるはじけるような笑顔が、その日は収められていた。
チャイムの音が聞こえると、俺は自動的に席を立つ。「起立」。号令に使われる声は、少しの緊張を帯びて、クラスメイトを動かしていく。
――「気付かれた」という焦りより、「余計なことをするな」という嫌悪感が勝った。
水曜日の6時間目はロングホームルームだ。内容は担任に一任されているらしく、よくわからない詩を読まされたり、ディベートをしたりと、都留の気まぐれだ。
この日、号令を終えて着席した俺たちに、都留は言った。「今日はお前らに話がある」。
クラスメイトの背中が強張っている。都留に顔を向けながら、その意識は俺に向いている。
「このクラス、ややこしいことになっとるやろ、今」
言葉が落とされたと同時に、俺は息を止めた。公開処刑だ。
子どもの人間関係に、大人の口出しが許されるのはせいぜい小学校低学年までだと思う。
中学生の俺たちにとって、拗らせた関係はある意味聖域だ。誰にも触れられてはならない。
当人同士だけが、その繊細な空気をかき乱さないように、注意深く、過ごしていく。少なくとも、第三者に名付ける権利なんて無いのだ。この、あえて曖昧にぼかした関係を。
「いじめか?」
だから、それは禁句だった。
加害者にも被害者にも、都合の悪い言葉。俺にとっては、せめて自分の中だけで留めておきたかった事実。
いや……。那子の声を思い出す。「避けていた」。もし、あれが本当なら、此処は……。
「宮原 優里も」
はっとして、顔を上げた。なぜ、今、あいつの話をする……。
「あいつがいつまでも帰ってこられへんのは、この教室のせいとちゃうんか?」
クラスメイトの反応なんて、視界の外だった。目の前の担任が落として行く言葉が、俺の醜い感情と絡まって、どんどん、どんどん……。
「お前ら、ずっと仲良いことだけが取り柄やったのになあ」
都留。お前も結局、そうなのか。
なぜ俺は都留を、教師なんて生き物を、信頼していたのだろうか。
俺が生徒である限り、「先生」ほど邪魔な敵は居ないというのに。
教師にとって此処は所詮、職場だ。金を稼ぐための場所。割り切った空間。教室が世界の全てである俺たちとは価値観が違う。
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