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6.嘘つきヒーロー
③
肘をつきながら、一時間目に使うノートを取り出した。
無意味にページをめくって、居心地の悪さをやり過ごす。授業がこんなに待ち遠しくなる日が来ようとは。
チャイムの音を聞きながら、ほっと息をつく。指定された座席に座って、解くべき問題を片づけていく。
そんな自由の利かない時間が一番過ごしやすい。このときだけは、F組の一員として紛れ込めるから。
シャーペンの芯をノートのページにこすりつける。
数学の時間は好きだった。計算が好きだった。余計なことはなにも考えずに済むから。
だけど、今はそうもいかない。涙をこらえて喉が詰まるたび、嫌な思い出がよみがえる。
――あいつも、こんな気分だったのかな。
そう考えると、自分の弱腰にも罪悪感を覚える。強いふりをしよう。せめて、あいつに恥ずかしくない被害者でありたいと思う。
昼休み。
昼食のカレーパンは喉を通らなかった。仕方なく、教室を出て目的もなく廊下を歩く。
ちょうどその時、スマホに着信があった。チカだ。確か、東京で合宿だと言っていたはずだが。
「もしもし、どうしたん?」
LINEはともかく、チカからの電話は珍しい。
「もしもし。梶 森也さんですか?」
「……は?」
一瞬、思考が停止した。ディスプレイにはチカって表示されていたよな? じゃあ、この声は……、この女は一体。
「だれ……、チカは……」
「妹さんなら、自分とこの応援よ。今、練習試合してるの。このスマホは借りてる。それより否定しないってことは森也本人ってことでいい?」
「……あんたは誰なわけ」
「練習相手チームのマネージャーよ。それより良かった。電話帳から探してもなかなか見つからないんだもの。まさか、しんちゃんで登録されてるとはね。似合わないあだ名じゃない」
「え、なに……、俺の知り合い? チカの友達?」
「満華ちゃんとは今日初めて会ったわ。亀之湖で梶っていうから、あんたの妹だろうとは思ったんだけど。
良い子よね。スマホ忘れたって言ったら快く貸してくれたわ。まさか、こんな使われ方してるとは思ってないだろうけど」
なんだ、誰だ。東京で合宿……。東京。まさか、転校前の……?
「それよりあんた、聞いたわ。野球部に入らなかったのね。うちのエースが気にしてたのに」
「エースって誰だよ。俺に何の関係が……」
「まだわからないの? 相変わらず薄情なやつ。蓮が不憫でならないわ」
「れ……、んって、まさか、
お前、凛歌……?」
声が上擦る。殺していた記憶が、突然生き返って俺を見つめる。その大きな目玉が俺の姿を捉える。途端、今まさに彼らと繋がっているのだと恐怖が襲う。電話を切るという選択肢すら思い浮かばないほどに、混乱していた。
ふふ、と不敵な笑い声が耳に入り込む。
「やっと気づいてくれた。声だけでわかってくれるかなって期待してたから少し残念よ。それより森也。久しぶりね。そっちの学校はどう? 楽しい?」
「だったら、なに……」
「冷たいこと言わないでよ。あれから私たち、あなたのことずっと心配していたのよ。向こうの学校でうまくやっていけてるのかどうか……」
「嘘はやめろ」
「相変わらず酷いわね。そう、あんたは楽しくやっているんだ。ふうん。蓮に伝えておくわ」
「……」
「ああ、それから。ちょっと気になったんだけど、あんたの妹さん、部で浮いているんじゃない?」
「え?」
「避けられてるっていうのかしら。お兄さんなんだから、気にしてあげた方がいいわよ。窓から飛び降りたりされちゃ、たまらないでしょ?」
くすくすと笑いながら、凛歌は「じゃあね」と電話を切った。
スマホの画面が通話中からホーム画面に戻っても、俺はそのまま動けなかった。
汗がひどい。もう、関わることなどないと思っていた。いつも思い出さないようにしていた。逃げ続けてた。
「電話、誰からやったん?」
「は!?」
ぎょっとして、振り返る。そこには、心配そうに俺の顔を覗き込む那子の姿があった。
「誰でもええやろ……。なに」
なんで喋りかけてくるんだ。罠なのか? 佐山たちが隠れて様子を見ているのか?
「いや、様子がおかしかったから……。電話の相手、女のひとやったよね? 彼女?」
立ち聞きされていたのだろうか。先程の電話が原因で、俺の警戒心はいつも以上に膨れ上がっていた。
「どうでもええやろ。佐山になに言われた……。俺を馬鹿にするネタでも探ってんのか……」
「馬鹿にする? まさか。森也は勘違いしてるんよ。うちは、ただ単純に気になったから……」
「だから、なにを気にすることがあるねんって。よってたかって俺を陥れるつもりのくせに」
「待って! ちゃうねん、うちが、みんなが森也を避けてたのはただ……」
那子が声を荒げたのは、初めてだった。驚いて目を見開く。
訴えかけるような、真剣な顔。演技には、見えない……。
無意味にページをめくって、居心地の悪さをやり過ごす。授業がこんなに待ち遠しくなる日が来ようとは。
チャイムの音を聞きながら、ほっと息をつく。指定された座席に座って、解くべき問題を片づけていく。
そんな自由の利かない時間が一番過ごしやすい。このときだけは、F組の一員として紛れ込めるから。
シャーペンの芯をノートのページにこすりつける。
数学の時間は好きだった。計算が好きだった。余計なことはなにも考えずに済むから。
だけど、今はそうもいかない。涙をこらえて喉が詰まるたび、嫌な思い出がよみがえる。
――あいつも、こんな気分だったのかな。
そう考えると、自分の弱腰にも罪悪感を覚える。強いふりをしよう。せめて、あいつに恥ずかしくない被害者でありたいと思う。
昼休み。
昼食のカレーパンは喉を通らなかった。仕方なく、教室を出て目的もなく廊下を歩く。
ちょうどその時、スマホに着信があった。チカだ。確か、東京で合宿だと言っていたはずだが。
「もしもし、どうしたん?」
LINEはともかく、チカからの電話は珍しい。
「もしもし。梶 森也さんですか?」
「……は?」
一瞬、思考が停止した。ディスプレイにはチカって表示されていたよな? じゃあ、この声は……、この女は一体。
「だれ……、チカは……」
「妹さんなら、自分とこの応援よ。今、練習試合してるの。このスマホは借りてる。それより否定しないってことは森也本人ってことでいい?」
「……あんたは誰なわけ」
「練習相手チームのマネージャーよ。それより良かった。電話帳から探してもなかなか見つからないんだもの。まさか、しんちゃんで登録されてるとはね。似合わないあだ名じゃない」
「え、なに……、俺の知り合い? チカの友達?」
「満華ちゃんとは今日初めて会ったわ。亀之湖で梶っていうから、あんたの妹だろうとは思ったんだけど。
良い子よね。スマホ忘れたって言ったら快く貸してくれたわ。まさか、こんな使われ方してるとは思ってないだろうけど」
なんだ、誰だ。東京で合宿……。東京。まさか、転校前の……?
「それよりあんた、聞いたわ。野球部に入らなかったのね。うちのエースが気にしてたのに」
「エースって誰だよ。俺に何の関係が……」
「まだわからないの? 相変わらず薄情なやつ。蓮が不憫でならないわ」
「れ……、んって、まさか、
お前、凛歌……?」
声が上擦る。殺していた記憶が、突然生き返って俺を見つめる。その大きな目玉が俺の姿を捉える。途端、今まさに彼らと繋がっているのだと恐怖が襲う。電話を切るという選択肢すら思い浮かばないほどに、混乱していた。
ふふ、と不敵な笑い声が耳に入り込む。
「やっと気づいてくれた。声だけでわかってくれるかなって期待してたから少し残念よ。それより森也。久しぶりね。そっちの学校はどう? 楽しい?」
「だったら、なに……」
「冷たいこと言わないでよ。あれから私たち、あなたのことずっと心配していたのよ。向こうの学校でうまくやっていけてるのかどうか……」
「嘘はやめろ」
「相変わらず酷いわね。そう、あんたは楽しくやっているんだ。ふうん。蓮に伝えておくわ」
「……」
「ああ、それから。ちょっと気になったんだけど、あんたの妹さん、部で浮いているんじゃない?」
「え?」
「避けられてるっていうのかしら。お兄さんなんだから、気にしてあげた方がいいわよ。窓から飛び降りたりされちゃ、たまらないでしょ?」
くすくすと笑いながら、凛歌は「じゃあね」と電話を切った。
スマホの画面が通話中からホーム画面に戻っても、俺はそのまま動けなかった。
汗がひどい。もう、関わることなどないと思っていた。いつも思い出さないようにしていた。逃げ続けてた。
「電話、誰からやったん?」
「は!?」
ぎょっとして、振り返る。そこには、心配そうに俺の顔を覗き込む那子の姿があった。
「誰でもええやろ……。なに」
なんで喋りかけてくるんだ。罠なのか? 佐山たちが隠れて様子を見ているのか?
「いや、様子がおかしかったから……。電話の相手、女のひとやったよね? 彼女?」
立ち聞きされていたのだろうか。先程の電話が原因で、俺の警戒心はいつも以上に膨れ上がっていた。
「どうでもええやろ。佐山になに言われた……。俺を馬鹿にするネタでも探ってんのか……」
「馬鹿にする? まさか。森也は勘違いしてるんよ。うちは、ただ単純に気になったから……」
「だから、なにを気にすることがあるねんって。よってたかって俺を陥れるつもりのくせに」
「待って! ちゃうねん、うちが、みんなが森也を避けてたのはただ……」
那子が声を荒げたのは、初めてだった。驚いて目を見開く。
訴えかけるような、真剣な顔。演技には、見えない……。
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