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第一章 噂
③
しおりを挟む「思ったより美人だったな」
「クールビューティーって感じ」
「わかる。年下には思えねえよな」
「大人っぽかったよな」
「……よかったね」
思いっきり浮かれるクラスメイトに呆れながら、森山は英語の宿題を必死に写していた。
目に入った文字をただ書きなぐる。
我ながら意味の無い馬鹿げた行為だと思う。
「おうい、会長―。呼んでるぞ」
オサムの声に顔を上げる。
「……あ」
噂をすれば、だ。ドアの向こうに、柊 莉子が立っていた。
「え? あの子じゃん」
「会長、別に親しくないっつってたじゃん」
後ろで聞こえる声を無視して、ドアに向かう。
柊はといえば、相変わらず俯いたままだ。
(イメージと違うな……)
変な噂のせいで、向こうの学校に居られなくなった。
脳裏に副会長の声が過った。
三年という月日は彼女を変えるには十分だったのかもしれない。
「柊さん? 俺に用かな?」
「あ」
彼女は勢いよく顔を上げた。
それに、ふわりと笑ってみせる。
「えーと……」
話し出すのを躊躇する柊を見て、「ああ」と気付く。
クラスメイトの視線が痛い。
(まったく。みんな好奇心旺盛というか)
仕方ないなあ。
「三年の教室じゃ話しにくいよね。どこか違う場所に行く?」
柊は無言で頷いた。
一階の隅に、ひっそりと存在する数学教室。
その前で足を止め、彼は扉に手をかけた。
扉を引くと同時に、お馴染みの教室の景色が現れた。
数学という単語がひっついたからと言って、それは普通のクラス教室と何ら変わりはない。
森山は、一番近くにあった机に腰を下ろして、彼女が話し始めるのを待った。
長い沈黙。
時計の針だけが規則的に音を鳴らし、存在を主張していた。
「なにしてるの?」
数分後。遂に柊は沈黙を破った。
「何って……、いや何もしてないよ?」
しいて言うなら、座ってる?
首を傾げる森山に、彼女は冷めた視線を送った。
「あんたが生徒会長なんて、信じられない」
「俺も、君が転校生なんて驚いたよ」
「あんたがいるって知ってたら、こんな学校来てない」
柊は吐き捨てるようにそう言った。
「え? 俺嫌われてたの? なんかした?」
「べつに。関わり無かったし」
しばらく温度差の激しい会話が続いた。
やっぱり、あの大人しい雰囲気は素じゃなかったんだなあ、と。ぼんやり考える。
彼女と、こんな風に会話した記憶はない。
だから本当は、どんな人間なのか、わからない。
「確かにね。同じ中学校出身って言っても、それだけだったよね。学年も違うし。でもお互い、相手のことをよく知ってた。でしょ?」
「…………」
「俺は柊のこと、千愛からよく聞いてた」
「…………」
千愛。
柊の表情が切なく歪んだ。
ふわりと柔らかく笑う顔が、鮮明に思い出される。
思い出すたびに胸が痛む。
ふいに感覚が無くなって、自分が今どこに立っているのか、わからなくなる。
「君にとって、千愛は何だった?」
その言葉を聞いた瞬間、柊はピクリと反応した。
「親友だった。それ以外にない」
彼女の力のこもった低い声が、響いた。
「そう」と頷く森山の声色から、温度が失われていることに気付く。
ついに本来の姿を現したか。
「なんで、そんな風になったの。あんなことがあったのに、何を思って明るい人になりきるの。普通逆でしょ」
「………そんな、いつまでも不幸ヅラしてる方が変でしょ。三年前だよ」
「不幸ヅラもなにも、森山 有ってもともと無表情で暗い人間だったじゃない」
「それ、本人に言っちゃ駄目なやつだよ」
「茶化さないで。大体、三年前だからって、そうやって割り切れるものじゃないでしょ。それぐらいのものだったの? そうよ、あんたにとって千愛は何だったの」
「……幼なじみ。それ以外にないよ」
その答えに、柊は嘆息した。
「そんなんだからいけないのよ」
「なにが」
森山は意味がわからないという様に聞き返す。
しかし彼女は、目を伏せながら首を振った。
「終わったことよ。今更私が言うべきじゃない。千愛は……、死んだんだから」
「…………」
柊は、窓の外に視線を移して呟いた。
そんな彼女を、森山の、感情を宿さない眼が見つめていた。
「千愛は、もう居ないの」
青空を隠す黒い雲はしだいに広がって、ぽつりぽつりと、雨が降り始める。
「……君、何か知ってるんじゃないの」
「何かってなに」
森山の質問に、わざと冷たく返す。
「あいつが……、誰に殺されたのか、とか」
「殺された?」
予想外の言葉に、柊は眉をひそめた。
「変な言い方しないで。千愛は自分で死んだのよ。屋上から飛び降りて……」
「じゃあ、なんで千愛が自殺したのか。君知ってるんじゃないの」
「……どういう意味?」
この男も、やっぱりそれが言いたいのか。
今度は敵意を持って睨み返す。
「単純に、そのままの意味だよ」
「……じゃあ何も知らない」
「……ふーん」
不満げな相槌。
言いたいことがあるなら言えばいい。気に入らない。
それからまた。沈黙。
「ていうかさ。結局話って何だったの? よくわかんないけど、もう終わったわけ?」
次に口を開いたのは森山。
棘のある言い方。
それがなんだか虚勢のように聞こえてしまうから、戸惑う。
「……私、ここで平和に過ごしたいの」
「ん?」
触れられたくないくせに、結局自分からその話題を口にするしかない。
柊は諦めたように息を吐いて、話し始めた。
「森山、知ってるんでしょ。私の噂。口止めに来たのよ」
「……ああね」
ようやく納得した森山は、なるほど、と頷いた。
「べつに言う気ないけど。完全に信じてる訳でもないし」
「……ちょっとは信じてるんだ」
「そうじゃなかったら、君にこんな嫌な態度取らないでしょ。ほら、火のない所に煙は立たぬって言うしね」
「……最低」
嫌な態度、か。やっぱりわざとだった訳だ。
「ごめんね。傷つけてるの、わかってる。だけど、俺の中ではさ。どんな可能性も見逃せないんだ。千愛の死をただの自殺で終わらせるわけにもいかない」
「……どういうこと」
「あの子が死んだ原因を、探してる」
目の前の男の、伏せた顔を見つめた。
なにそれ。心の中で呟く。
三年前のこと、なんて言ったくせに。
結局このひとは全く処理できていないのだ。
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