Replica

めんつゆ

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第一章 噂

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「思ったより美人だったな」

「クールビューティーって感じ」

「わかる。年下には思えねえよな」

「大人っぽかったよな」

「……よかったね」

思いっきり浮かれるクラスメイトに呆れながら、森山は英語の宿題を必死に写していた。

目に入った文字をただ書きなぐる。
我ながら意味の無い馬鹿げた行為だと思う。

「おうい、会長―。呼んでるぞ」

 オサムの声に顔を上げる。

「……あ」

噂をすれば、だ。ドアの向こうに、柊 莉子が立っていた。

「え? あの子じゃん」

「会長、別に親しくないっつってたじゃん」

後ろで聞こえる声を無視して、ドアに向かう。

柊はといえば、相変わらず俯いたままだ。

(イメージと違うな……)

変な噂のせいで、向こうの学校に居られなくなった。
脳裏に副会長の声が過った。

三年という月日は彼女を変えるには十分だったのかもしれない。

「柊さん? 俺に用かな?」

「あ」

彼女は勢いよく顔を上げた。

それに、ふわりと笑ってみせる。

「えーと……」

話し出すのを躊躇する柊を見て、「ああ」と気付く。

クラスメイトの視線が痛い。

(まったく。みんな好奇心旺盛というか)

仕方ないなあ。

「三年の教室じゃ話しにくいよね。どこか違う場所に行く?」

柊は無言で頷いた。




一階の隅に、ひっそりと存在する数学教室。

その前で足を止め、彼は扉に手をかけた。

扉を引くと同時に、お馴染みの教室の景色が現れた。

数学という単語がひっついたからと言って、それは普通のクラス教室と何ら変わりはない。

森山は、一番近くにあった机に腰を下ろして、彼女が話し始めるのを待った。

長い沈黙。

時計の針だけが規則的に音を鳴らし、存在を主張していた。

「なにしてるの?」

数分後。遂に柊は沈黙を破った。

「何って……、いや何もしてないよ?」

しいて言うなら、座ってる? 

首を傾げる森山に、彼女は冷めた視線を送った。

「あんたが生徒会長なんて、信じられない」

「俺も、君が転校生なんて驚いたよ」

「あんたがいるって知ってたら、こんな学校来てない」

柊は吐き捨てるようにそう言った。

「え? 俺嫌われてたの? なんかした?」

「べつに。関わり無かったし」

しばらく温度差の激しい会話が続いた。

やっぱり、あの大人しい雰囲気は素じゃなかったんだなあ、と。ぼんやり考える。

彼女と、こんな風に会話した記憶はない。

だから本当は、どんな人間なのか、わからない。

「確かにね。同じ中学校出身って言っても、それだけだったよね。学年も違うし。でもお互い、相手のことをよく知ってた。でしょ?」

「…………」

「俺は柊のこと、千愛からよく聞いてた」

「…………」

千愛。

柊の表情が切なく歪んだ。

ふわりと柔らかく笑う顔が、鮮明に思い出される。

思い出すたびに胸が痛む。

ふいに感覚が無くなって、自分が今どこに立っているのか、わからなくなる。

「君にとって、千愛は何だった?」

その言葉を聞いた瞬間、柊はピクリと反応した。

「親友だった。それ以外にない」

彼女の力のこもった低い声が、響いた。

「そう」と頷く森山の声色から、温度が失われていることに気付く。

ついに本来の姿を現したか。

「なんで、そんな風になったの。あんなことがあったのに、何を思って明るい人になりきるの。普通逆でしょ」

「………そんな、いつまでも不幸ヅラしてる方が変でしょ。三年前だよ」

「不幸ヅラもなにも、森山 有ってもともと無表情で暗い人間だったじゃない」

「それ、本人に言っちゃ駄目なやつだよ」

「茶化さないで。大体、三年前だからって、そうやって割り切れるものじゃないでしょ。それぐらいのものだったの? そうよ、あんたにとって千愛は何だったの」

「……幼なじみ。それ以外にないよ」

 その答えに、柊は嘆息した。

「そんなんだからいけないのよ」

「なにが」

森山は意味がわからないという様に聞き返す。

しかし彼女は、目を伏せながら首を振った。

「終わったことよ。今更私が言うべきじゃない。千愛は……、死んだんだから」

「…………」

柊は、窓の外に視線を移して呟いた。

そんな彼女を、森山の、感情を宿さない眼が見つめていた。

「千愛は、もう居ないの」

青空を隠す黒い雲はしだいに広がって、ぽつりぽつりと、雨が降り始める。

「……君、何か知ってるんじゃないの」

「何かってなに」

森山の質問に、わざと冷たく返す。

「あいつが……、誰に殺されたのか、とか」

「殺された?」

予想外の言葉に、柊は眉をひそめた。

「変な言い方しないで。千愛は自分で死んだのよ。屋上から飛び降りて……」

「じゃあ、なんで千愛が自殺したのか。君知ってるんじゃないの」

「……どういう意味?」

この男も、やっぱりそれが言いたいのか。
今度は敵意を持って睨み返す。

「単純に、そのままの意味だよ」

「……じゃあ何も知らない」

「……ふーん」

不満げな相槌。

言いたいことがあるなら言えばいい。気に入らない。

それからまた。沈黙。

「ていうかさ。結局話って何だったの? よくわかんないけど、もう終わったわけ?」

次に口を開いたのは森山。

棘のある言い方。
それがなんだか虚勢のように聞こえてしまうから、戸惑う。

「……私、ここで平和に過ごしたいの」

「ん?」

触れられたくないくせに、結局自分からその話題を口にするしかない。

柊は諦めたように息を吐いて、話し始めた。

「森山、知ってるんでしょ。私の噂。口止めに来たのよ」

「……ああね」

ようやく納得した森山は、なるほど、と頷いた。

「べつに言う気ないけど。完全に信じてる訳でもないし」

「……ちょっとは信じてるんだ」

「そうじゃなかったら、君にこんな嫌な態度取らないでしょ。ほら、火のない所に煙は立たぬって言うしね」

「……最低」

嫌な態度、か。やっぱりわざとだった訳だ。

「ごめんね。傷つけてるの、わかってる。だけど、俺の中ではさ。どんな可能性も見逃せないんだ。千愛の死をただの自殺で終わらせるわけにもいかない」

「……どういうこと」

「あの子が死んだ原因を、探してる」

目の前の男の、伏せた顔を見つめた。

なにそれ。心の中で呟く。

三年前のこと、なんて言ったくせに。

結局このひとは全く処理できていないのだ。

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