Replica

めんつゆ

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第一章 噂

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「……なるほど。で、私は? 容疑者?」

「噂を鵜呑みにすれば、そうなるね」

「ほんと最低。で、真相を突き止めて、そのあと、犯人をどうしたいの?」

「……」

ぶつけた質問の答えは、なかなか返ってこなかった。

思わず訪れた沈黙に、柊はじっと耐える。

「俺は、そいつを、

殺す気でいるよ」

……殺す。

予想していたとは言え、なんて鋭利で残酷な言葉だろうか。

柊は、手に汗を握った。怖いだなんて、思いたくなかった。

「物騒なこと言うのね、人気者の生徒会長が」

かろうじて落とした声に、わずかな同情心が混じる。

「人気者にも秘密のひとつやふたつ有るよ。君にも都合がいいんじゃない? 秘密の共有をしようよ」

そう言って、森山はまた優しく微笑んだ。




『間違っているものは間違っていると』。

当たり前のように「自殺」にされた千愛の死。

それは、間違っているのだ。

千愛のかたきを討つのではない。

これは、千愛の夢の続き。

彼女の代わりに、自分が。

森山は柊から窓の外に目を移した。

……ずいぶん雨が強くなった。当分は、止みそうにない。











「で?」

「で。って何」

「結局昨日、転校生ちゃんと何の話してたんだよ」

「普通に学校説明だよ。なに、君ら本気で狙ってんの?」

「脈があるなら本気でいくよ!」

「ああ、ないない。全然ない」

「なんでわかんだよ! 学校説明しただけの奴がなんで脈あるかないかわかんだよ!」

「あー、めんどくさいい……」

 数学の教科書を開いて自分の頭に被せる。

しかし、そんなものでクラスメイトの騒ぎ声が遮断できるわけもなかった。

何でいちいち机を囲まれる必要があるんだ。森山は心の中で嘆いた。

「てかさ。あの子って実際性格どうなの?」

「……ええ? んー、見たまんまかなあ」

「おお、クールビューティー?」

「まあ、そんな感じ? あんまりおススメしないなあ、俺は」

 そう言って苦笑する森山に、ユウタは「へえ」と声を上げる。

「会長が他人をけなすなんて珍しいじゃん。なんかあんの?」

「……ないってば」

 まったく。たまに鋭い奴が紛れているから、困りものだ。


「あ」

「んん?」

「ほら、噂をすれば転校生ちゃんだよ」

 窓の外に、数人のクラスメイトに囲まれながら笑う柊の姿があった。

一時間目は体育らしい。みんな学校指定のジャージだ。

「ていうかさ。転校生ちゃんと一緒に居るの会長んとこのアレじゃない?」

「サツキとユリね。大事な生徒会役員をアレ呼ばわりすんのやめてくれる」

 サツキとユリは、生徒会のムードメーカー的存在だ。

柊に笑いかける彼女達を眺めながる。


「平和に過ごしたい、か」。そう、頭の中で呟いた。









それから数日、柊にとって忙しい日々が続いた。

新しい校舎に慣れるのは時間がかかるし、クラスメイトの名前を覚えることだって大変だ。

 それでも、楽しかった。

サツキとユリは親切にわからないことを教えてくれたし、日を追うごとに「友達」は増えた。

今日は四人と仲良くなった。今日は五人と仲良くなった……。

寝る前にベッドの中で、新規の友達の数を数える。

それが日課と化していたある日のことだ。



「おはよう。サツキ、ユリ」

 その日も、いつもと同じ言葉で一日が始まった。

この学校の生徒となってから、一度も欠かしたことのない、朝の挨拶。

ただ、この日を境にそれが自分の口から発せられることはなかったけれど。

悪い予感というものには、頭より先に体が反応するらしい。

「血の気が引く」というよりは、頭のてっぺんから冷たいものが降りてくる感覚。

心臓の調子が狂いだして、心なしか視界が悪くなる。

それからやっと、頭の中に文字が浮かんでくる。怖くて、信じたくなくて、躊躇しながら。

「知られた」と、ごく僅かな、でも果てしなく重い情報が入ってくる。

自分の中に予感を広げたきっかけが、その場面だけが切り取られて、脳裏に焼きつく。

自分を見るサツキとユリ、そしてみんなの目。

汚いものを見るような、蔑むような、冷たい目。

写真のように、動かなくて鮮明な、そんな記憶が刻まれる。

足も、手も、口も、縫いつけられたみたいに動けない。






「あれ、会長。その袋、画材店の?」

「ああ、そうそう。さっき寄って来たんだよ。ほら、俺アートとか好きじゃん?」

「初耳ですね。授業で使う絵具を買っただけでしょう」

 一時間目が始まる十分前。
この時間帯の下駄箱は毎日生徒でごった返す。

もう少し余裕を持って登校すればいいだけの話だが、それがなかなか難しい。

騒がしい空間で、森山と副会長のいつもながらの会話が展開されていた。

たまたま校門でお互いを見つけ、一緒にここまで来た次第である。

「……会長」

「ん?」

 教室へと歩を進めていると、副会長が突然低い声を発した。

不思議に思いながら、彼女の視線の先を辿る。

「……あ」

 言いたいことはすぐに理解できた。

教室に向かう生徒たちの波とは逆方向の、誰も居ない廊下。

物置部屋にしか繋がらない、ごく短いそれの一角に「彼女」はいた。

「ひいらぎ……」

何もせず、どこを見るわけでもなく、ただ突っ立っている。

まるで、表情をどこかに落としたような……。

生気の抜けた姿。

ああ、やっぱりこうなるか。

やるせなさが、痛みとなって胸の中を侵す。

「声かけに行きましょうか?」

「俺だけでいいよ」

「しかし……」

「いいから」

副会長は何か言いかけたが、森山の珍しく鋭い目を前に押し黙る。

「ごめんね」

 なだめるように軽く微笑んで、森山は柊のいる方へ足を向けた。




「予鈴鳴っちゃったよ?」

いきなり視界に入ってきたのは、例も外さず森山 有だ。

ひとりになりたいのに。
彼から顔を背け、柊はおおげさに溜息をついた。

空気を読まないのは故意に違いない。

「授業さぼるの?」

「…………」

 何も言わない柊に、彼は一方的に話し続ける。

 一時間目開始のチャイムが響いた。

あれだけ混雑していた下駄箱も、今はひとっこひとり見当たらない。

「あんた、なんか言った?」

「…………、なんかって……」

 さっきから俺いっぱい話してるよ、聞こえてなかった?
腕を組みながら首を傾げる森山。

同じようなやりとりを、ごく最近繰り広げた気がする。

わかっているくせに。彼のふざけた態度に苛立つ。

「そうじゃなくて。噂の話。三年前に広まった、私がいじめたから千愛が自殺したって事実無根の噂」

「……。ないない。約束したじゃん。そんなこと言いふらして俺に何のメリットがあるの」

 そうよね。呟くと、柊は笑った。

見ていられないほど痛々しく、自嘲的に。

「結局あの噂が消えることなんて無いの。どこかから必ず知られて、私をひとりきりにさせ……」

 声が途切れる。
……なみだ。それは彼女の話の続きを妨げた。

「なんで? ちがう。私は、こんなことで……」

 柊は拭った自分の涙を、知らない生き物を見るような目つきで眺める。

 今度こそ本当に見ていられなくて、森山は俯きながら顔を歪めた。

重苦しい沈黙が流れる。

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