Replica

めんつゆ

文字の大きさ
6 / 51
第一章 噂

しおりを挟む
「……なんで泣くのが嫌なの」

 必死に塞き止めようとする彼女に、遠慮がちに呟く。

視線を上げる勇気は無かった。

「……いけないことだからよ。涙は弱い人のものでしょう」

クラスの友達から突き放されることなんかより、もっと辛い経験をたくさんしてきた。

いじめられていたのはむしろ自分の方だ。

噂のせいで、残りの中学生活はずっといじめの標的だった。

誰も自分を信じてくれなかった。

「それに、泣いたら負けじゃない」

 自分に言い聞かせるような強い口調。

森山は、その言葉にピクリと反応した。いつだったか、自分も同じことを口にした。

「負けって、誰に負けたの? 何の勝負だったの?」

「は? そういうことじゃ……、なに? 馬鹿にしているの」

「『その言葉すきじゃないな。泣くのが恥ずかしいって思うのは、周りをみんな敵だと思っているから。本当は信頼してないから。誰かに涙を預ける勇気が無いから』」

 こんな時に出てくるのはいつだって、千愛の言葉。

ポエム気味で少しサムい、だけど真っ直ぐで綺麗な言葉。千愛の優しいまなざし。

いつも救われた。彼女のように生きたかった。ずっと。

「周りが敵……、大正解じゃない。私に、誰がいるって言うの」

 搾り出すような彼女の声は、すぐに嗚咽に変わった。

「俺、君に信頼されるのは、まだ無理だし、何より、俺自身、どっちかってと敵っぽいけど、俺、笑ったりしないよ。負けじゃないって。こっちが勝ったなんて思わないんだから、いや、それは違うな、でも、ええと」

支離滅裂。情けないな。

苦い思いが胸に広がる。

千愛ならこのあと、どんな言葉を繋いでいくだろう。

「ひいら……」

「くやしい」

 柊によって、森山の言葉は遮られた。

「くやしい……!! なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよ!!」

 それは、今までの苦悩を吐き出すような。心からの叫び。

「おさまらないの」

「……え」

 困惑したように、うつむく柊の頭を見つめる。

「このどうしようもない気持ち、何にぶつければいいの」

「…………」

「なんだったの、あの噂は。親友が死んだのよ。唯一の友達だったのに。

私のせいだって言ったのは誰。

どうしてみんなそれを信じたの。

そんなはずないじゃない。どうして私をいじめたの。

おかしいじゃない。あれは何だったの! 誰が! 誰が私を……」

 捲し立てたあと、柊ははっと息を呑んだ。

誰が私のせいだと、言ったの。

それは、もしかして。

この間の森山の言葉が、急に現実味を帯びて頭の中をうごめく。

「……森山、あんた、千愛は誰かに殺されたって言ってたわよね。

その誰かって、噂を流した奴じゃないの。

自分の罪を隠すために私を利用したんじゃないの。

私ははめられて、そいつの身代わりにさせられたんじゃないの」

 そうだ。他殺。

突拍子もない考えだと思ったが、この件の中に「ひとの悪意」が存在していることを、自分は身を持って知っていたのではないか。

「……確かに、それは十分ありえることだと思う。でも……、そうだとして、君は……」

「協力させて。森山、犯人を捜しているって言ったじゃない! 
その人間が千愛に直接手を下したのかはわからないけど、少なくとも私は被害者なのよ。復讐がしたい……。私にはその権利がある……!」

そう言って、彼女は森山につかみかかった。

本気だ。そう悟った。

自分を見上げる、復讐心に飲み込まれた目。

恨みを晴らしたい、その欲望に支配された目。

「……そうなるか」

 彼女の肩に手を置き、軽く押す。

少しだけ広がる距離。

「言っておくけど、俺は君を信じてないよ? もっと言えば、容疑者リストに入れたままだ。それでもいいの?」

「なんでもいい」

力強く頷く柊。

だけど。森山の目にはすでに彼女の姿は映っていなかった。






数日が経った。

自分の部屋で机に向かいながら、柊は溜息をついた。

クラスで柊に話しかけてくれる人はいない。

ほんの少し前の幸せは幻だったんじゃないだろうか。

あれから森山と話す機会が全くなかったわけじゃない。

しかし、千愛の件に触れることはなかった。

というより、彼は努めてその話を避けているように思えた。

協力を了承したのは、自分をなだめるための方便だったのかもしれない。

そんな気がして、苛立ちが募る。

犯人を捜す、という目標はシンプルながら、漠然としている。

何をすれば前に進むのか、見当もつかない。

森山の中には何かプランがあるのだろうか。

「ていうか、なんで殺されたって言いきれるんだろう」

 なにか証拠があるのだろうか。

それなら、森山から詳しく話を聞く必要がある。そうしないと、何も始まらない。

だけど。正直、
「犯人に心当たりが無いと言えば」

 嘘になる。

柊は大きく息を吐いた。

「予習進まない……」

 シャーペンを放り投げ、ベッドに倒れこむ。

時刻は夜の九時を過ぎていた。

「なんだそりゃあ。いい度胸してんじゃねえか、おい」

 いきなり飛び込んできた声に、心臓が縮まる。

窓の外の話し声。携帯電話で話しているのだろうか。やけに大きな声だ。

(この声って……)

 ちがう。似てる声なんてたくさんある。

だけど、彼と自分の家がそう遠くないのも事実。

震える手で、カーテンの隙間から外を覗く。

「!!」

鷹谷(たかや)。

確認した途端、声を上げそうになって、口を抑えた。

癒えることのない、むしろ開き続ける傷。窓から離れる。

 鷹谷。その単語から思い起こされるのは、あざけり笑う声。

嫌だ。

過去のことなのに、苦しくて仕方ない。体中が拒絶してる。

今更、自分の目に触れることがあるなんて。

中学を卒業してから関わったことなんて、もちろん無かった。怖い。姿を見ただけで、震えがおさまらない。

(なんでこのタイミングで……)

あいつの顔なんか、見てしまうんだろう。





 
「森山。話があるの」

 翌日。登校してすぐ柊は森山のもとへ向かった。

「なに? どうかした?」

 三年生の教室の前で話しているため、周囲の視線が痛い。

人気者の生徒会長といわくつきの転校生なんて、どう見ても異色の組み合わせだろう。

要件だけ話してすぐ帰ろう。

「あの、犯人、なんだけど、私、じつは、そのひと……」

 知っているかもしれない。

柊の言葉は飲み込まざるをえなくなった。

「会長!」

 副会長が慌てて駆けてきたからだ。

「え、あの」

 柊を一瞥してから、彼女は叫ぶように言った。

「ミナミ中学校で男子高生が事故死したらしいんです」

「……え」

ミナミは柊と森山の出身中学校だった。
柊は副会長を凝視した。

「中学校で高校生が? その男子高生って?」

「他校の生徒です。確か名前は……鷹谷」
「鷹谷!?」

 柊は目を見開いた。

まだあの鷹谷とは限らない。

でもミナミ中学校は彼の母校でもある。

それに昨日の。あの道は、鷹谷の家から中学を繋いでいる。

間違いない、あの鷹谷だ。

あの後、彼が、死んだ?

「あなた、知り合いなの?」

 副会長が胡散臭げに柊を見た。

「知り合いっていうか……」

 同じ中学。

自分をいじめていた張本人。

人生ではじめて、殺したいと願ったひと。

その彼が死んだ。

だけど、事故って。どうして。

(どうして鷹谷が、ミナミ中学校で?)

今はなにも、わからない。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

睿国怪奇伝〜オカルトマニアの皇妃様は怪異がお好き〜

猫とろ
キャラ文芸
大国。睿(えい)国。 先帝が急逝したため、二十五歳の若さで皇帝の玉座に座ることになった俊朗(ジュンラン)。 その妻も政略結婚で選ばれた幽麗(ユウリー)十八歳。 そんな二人は皇帝はリアリスト。皇妃はオカルトマニアだった。 まるで正反対の二人だが、お互いに政略結婚と割り切っている。 そんなとき、街にキョンシーが出たと言う噂が広がる。 「陛下キョンシーを捕まえたいです」 「幽麗。キョンシーの存在は俺は認めはしない」 幽麗の言葉を真っ向否定する俊朗帝。 だが、キョンシーだけではなく、街全体に何か怪しい怪異の噂が──。 俊朗帝と幽麗妃。二人は怪異を払う為に協力するが果たして……。 皇帝夫婦×中華ミステリーです!

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...