Replica

めんつゆ

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第六章 ベクトル

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――それは突然崩壊した。

「なあ、蝦名。お前まさかマリカに惚れてるとか言わないよな?」

「な訳ないよねー。さすがに身の程はわきまえてるよねー、とっしー」

妙に馴れ馴れしく、ショータが俺の肩を叩く。

なんだよ。そんな事まで介入してくるのか? 俺に光が当たるのがそんなに気に食わないのか? 俺には彼女が必要なんだ。

「……そんなの、関係ないだろ」

声が震えてしまう。ああ情けない。

「ちょいちょいちょーい、調子に乗ってちゃいけないよ?」

声のトーンとは裏腹に、ショータの目は鋭くなる。

「お前、ふざけんなよ?」

ヨウイチの顔が引き攣る。今にもキレそうな彼を前に、俺の動悸が激しくなる。情けない情けない情けない。なんでこんな奴に俺は……!!

「マリカとお前なんて釣り合う訳ねーだろ、自惚れんな」

「つーか、とっしー。マリカちゃんが本気で君の味方してるとでも思ってんの?」

は? 何を言ってるんだ? 芳沢 マリカさんは……、彼女は……、俺の、唯一の……。

「うっは、ウケる。かっわいそー。こんな不敏な奴見たことねー、俺」

ショータが面白くて仕方ないとでも言うように、爆笑する。なんだこれ……? いや、違う。芳沢さんは、芳沢さんは、俺の……。

「残念だったな。マリカな、あいつ彼氏いるから」

……え。

「はい失恋ー、とっしー、ドントマインドっ」

……そう、なのか。いや別に……。その可能性は十分にあるとわかっていたし。付き合いたいなんて大それたことを考えている訳ではなかったが……。そうか。特定の奴がいるのか。彼女の中での特別が。

あ、やばい。涙……。駄目だ。此処で泣いたら終わりだ。ここぞとばかりに笑われる。それだけは絶対に許されない……。
その瞬間。教室のドアが開いた。

「ヨウイチー」

……え。

「今日さ、部活ないから一緒に帰ろ……って、あれ?」

……何これ。

「……芳沢さん?」

「うわ、出た。蝦名 敏也。何、ヨウイチまたイジメてたの?」

うわ、出た? 蝦名 敏也?

蝦名くん、とキラキラ笑ってた彼女の顔が、汚いものを見るように歪む。この子は本当に、あの芳沢さんなのか? 嘘……、なんで……。体中の感覚が奪われる。バランスが取れない。

「……あ」

「やっばいよ、マリカちゃん! ナイスタイミング! 才能あるんじゃない?」

「あはは、何の才能よ?」

倒れて尻餅をついた俺を見下しながら。芳沢 マリカは笑った。蔑むように、ニヤニヤと、笑った。

「おら、虫けら。マリカは俺のだから。人の女に手ぇ出すなよ」

……こんな事って。

「手ぇ出すって何の事?」

「あんねー、とっしーはマリカちゃんに恋しちゃってたんだって」

「はあ? あははは、恋とか! きもいから。何言ってんの」

「お前がからかって相手するから、馬鹿が本気にすんだよ」

「え、マジなの? つか、あんなの本気にするとかありえないんだけど」

ああ、思い出した。この女。いつか「蝦名の呪い」だとか言って騒いでた奴らの一人だ。なんで気づけなかったんだろう。

「うわ、泣いてやがる。汚ねえ涙落とすなよ、床腐るからよ」

「ひゅー、ヨウイチ、性格わるいねえ」

……こんな残酷なことが、あっていいのか。

**

 自分は何に追いつめられているのだろうか。
胸、というか腹のうえ辺りだ。何かがつっかえているように重い。
黒い。苦しい。原因を見つけ出せなければ、解消しない。
柊はため息をついた。息を吐いている間だけは楽になれる。黒い何かが体から抜けていくような気分。それも一瞬だけなのだが。

「なんか元気なくない?」

 そう言って顔を覗き込んでくる彼の言葉は的確のはず。だけど、しっくり入ってこない。解消させたいと願っているくせに、動き出せない。何をするにも億劫で。

「広報はどう? 出来そう?」

 ずしっと。さらに重くなった。ものすごく嫌な部分に、触れられた気がした。原因は、それなのだろう。広報。そのものじゃなくて。

――偏見で追い出すのは間違っていますし。

 本当の自分を見られる機会なんて、無かったから。千愛をいじめた私。自殺に追いやった私。噂だけが広がった、嘘の私。そんな、誰もが否定した私じゃなくて、此処に居る「私」を見ると。そう彼らは言った。どうしてだろう。それが辛い。

ずっと望んでいた筈なのに。表現が合っているのかわからないけど、空虚だ。その正体なんて、気づきたくはなかったのに。

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