22 / 51
第六章 ベクトル
①
しおりを挟む
――それは突然崩壊した。
「なあ、蝦名。お前まさかマリカに惚れてるとか言わないよな?」
「な訳ないよねー。さすがに身の程はわきまえてるよねー、とっしー」
妙に馴れ馴れしく、ショータが俺の肩を叩く。
なんだよ。そんな事まで介入してくるのか? 俺に光が当たるのがそんなに気に食わないのか? 俺には彼女が必要なんだ。
「……そんなの、関係ないだろ」
声が震えてしまう。ああ情けない。
「ちょいちょいちょーい、調子に乗ってちゃいけないよ?」
声のトーンとは裏腹に、ショータの目は鋭くなる。
「お前、ふざけんなよ?」
ヨウイチの顔が引き攣る。今にもキレそうな彼を前に、俺の動悸が激しくなる。情けない情けない情けない。なんでこんな奴に俺は……!!
「マリカとお前なんて釣り合う訳ねーだろ、自惚れんな」
「つーか、とっしー。マリカちゃんが本気で君の味方してるとでも思ってんの?」
は? 何を言ってるんだ? 芳沢 マリカさんは……、彼女は……、俺の、唯一の……。
「うっは、ウケる。かっわいそー。こんな不敏な奴見たことねー、俺」
ショータが面白くて仕方ないとでも言うように、爆笑する。なんだこれ……? いや、違う。芳沢さんは、芳沢さんは、俺の……。
「残念だったな。マリカな、あいつ彼氏いるから」
……え。
「はい失恋ー、とっしー、ドントマインドっ」
……そう、なのか。いや別に……。その可能性は十分にあるとわかっていたし。付き合いたいなんて大それたことを考えている訳ではなかったが……。そうか。特定の奴がいるのか。彼女の中での特別が。
あ、やばい。涙……。駄目だ。此処で泣いたら終わりだ。ここぞとばかりに笑われる。それだけは絶対に許されない……。
その瞬間。教室のドアが開いた。
「ヨウイチー」
……え。
「今日さ、部活ないから一緒に帰ろ……って、あれ?」
……何これ。
「……芳沢さん?」
「うわ、出た。蝦名 敏也。何、ヨウイチまたイジメてたの?」
うわ、出た? 蝦名 敏也?
蝦名くん、とキラキラ笑ってた彼女の顔が、汚いものを見るように歪む。この子は本当に、あの芳沢さんなのか? 嘘……、なんで……。体中の感覚が奪われる。バランスが取れない。
「……あ」
「やっばいよ、マリカちゃん! ナイスタイミング! 才能あるんじゃない?」
「あはは、何の才能よ?」
倒れて尻餅をついた俺を見下しながら。芳沢 マリカは笑った。蔑むように、ニヤニヤと、笑った。
「おら、虫けら。マリカは俺のだから。人の女に手ぇ出すなよ」
……こんな事って。
「手ぇ出すって何の事?」
「あんねー、とっしーはマリカちゃんに恋しちゃってたんだって」
「はあ? あははは、恋とか! きもいから。何言ってんの」
「お前がからかって相手するから、馬鹿が本気にすんだよ」
「え、マジなの? つか、あんなの本気にするとかありえないんだけど」
ああ、思い出した。この女。いつか「蝦名の呪い」だとか言って騒いでた奴らの一人だ。なんで気づけなかったんだろう。
「うわ、泣いてやがる。汚ねえ涙落とすなよ、床腐るからよ」
「ひゅー、ヨウイチ、性格わるいねえ」
……こんな残酷なことが、あっていいのか。
**
自分は何に追いつめられているのだろうか。
胸、というか腹のうえ辺りだ。何かがつっかえているように重い。
黒い。苦しい。原因を見つけ出せなければ、解消しない。
柊はため息をついた。息を吐いている間だけは楽になれる。黒い何かが体から抜けていくような気分。それも一瞬だけなのだが。
「なんか元気なくない?」
そう言って顔を覗き込んでくる彼の言葉は的確のはず。だけど、しっくり入ってこない。解消させたいと願っているくせに、動き出せない。何をするにも億劫で。
「広報はどう? 出来そう?」
ずしっと。さらに重くなった。ものすごく嫌な部分に、触れられた気がした。原因は、それなのだろう。広報。そのものじゃなくて。
――偏見で追い出すのは間違っていますし。
本当の自分を見られる機会なんて、無かったから。千愛をいじめた私。自殺に追いやった私。噂だけが広がった、嘘の私。そんな、誰もが否定した私じゃなくて、此処に居る「私」を見ると。そう彼らは言った。どうしてだろう。それが辛い。
ずっと望んでいた筈なのに。表現が合っているのかわからないけど、空虚だ。その正体なんて、気づきたくはなかったのに。
「なあ、蝦名。お前まさかマリカに惚れてるとか言わないよな?」
「な訳ないよねー。さすがに身の程はわきまえてるよねー、とっしー」
妙に馴れ馴れしく、ショータが俺の肩を叩く。
なんだよ。そんな事まで介入してくるのか? 俺に光が当たるのがそんなに気に食わないのか? 俺には彼女が必要なんだ。
「……そんなの、関係ないだろ」
声が震えてしまう。ああ情けない。
「ちょいちょいちょーい、調子に乗ってちゃいけないよ?」
声のトーンとは裏腹に、ショータの目は鋭くなる。
「お前、ふざけんなよ?」
ヨウイチの顔が引き攣る。今にもキレそうな彼を前に、俺の動悸が激しくなる。情けない情けない情けない。なんでこんな奴に俺は……!!
「マリカとお前なんて釣り合う訳ねーだろ、自惚れんな」
「つーか、とっしー。マリカちゃんが本気で君の味方してるとでも思ってんの?」
は? 何を言ってるんだ? 芳沢 マリカさんは……、彼女は……、俺の、唯一の……。
「うっは、ウケる。かっわいそー。こんな不敏な奴見たことねー、俺」
ショータが面白くて仕方ないとでも言うように、爆笑する。なんだこれ……? いや、違う。芳沢さんは、芳沢さんは、俺の……。
「残念だったな。マリカな、あいつ彼氏いるから」
……え。
「はい失恋ー、とっしー、ドントマインドっ」
……そう、なのか。いや別に……。その可能性は十分にあるとわかっていたし。付き合いたいなんて大それたことを考えている訳ではなかったが……。そうか。特定の奴がいるのか。彼女の中での特別が。
あ、やばい。涙……。駄目だ。此処で泣いたら終わりだ。ここぞとばかりに笑われる。それだけは絶対に許されない……。
その瞬間。教室のドアが開いた。
「ヨウイチー」
……え。
「今日さ、部活ないから一緒に帰ろ……って、あれ?」
……何これ。
「……芳沢さん?」
「うわ、出た。蝦名 敏也。何、ヨウイチまたイジメてたの?」
うわ、出た? 蝦名 敏也?
蝦名くん、とキラキラ笑ってた彼女の顔が、汚いものを見るように歪む。この子は本当に、あの芳沢さんなのか? 嘘……、なんで……。体中の感覚が奪われる。バランスが取れない。
「……あ」
「やっばいよ、マリカちゃん! ナイスタイミング! 才能あるんじゃない?」
「あはは、何の才能よ?」
倒れて尻餅をついた俺を見下しながら。芳沢 マリカは笑った。蔑むように、ニヤニヤと、笑った。
「おら、虫けら。マリカは俺のだから。人の女に手ぇ出すなよ」
……こんな事って。
「手ぇ出すって何の事?」
「あんねー、とっしーはマリカちゃんに恋しちゃってたんだって」
「はあ? あははは、恋とか! きもいから。何言ってんの」
「お前がからかって相手するから、馬鹿が本気にすんだよ」
「え、マジなの? つか、あんなの本気にするとかありえないんだけど」
ああ、思い出した。この女。いつか「蝦名の呪い」だとか言って騒いでた奴らの一人だ。なんで気づけなかったんだろう。
「うわ、泣いてやがる。汚ねえ涙落とすなよ、床腐るからよ」
「ひゅー、ヨウイチ、性格わるいねえ」
……こんな残酷なことが、あっていいのか。
**
自分は何に追いつめられているのだろうか。
胸、というか腹のうえ辺りだ。何かがつっかえているように重い。
黒い。苦しい。原因を見つけ出せなければ、解消しない。
柊はため息をついた。息を吐いている間だけは楽になれる。黒い何かが体から抜けていくような気分。それも一瞬だけなのだが。
「なんか元気なくない?」
そう言って顔を覗き込んでくる彼の言葉は的確のはず。だけど、しっくり入ってこない。解消させたいと願っているくせに、動き出せない。何をするにも億劫で。
「広報はどう? 出来そう?」
ずしっと。さらに重くなった。ものすごく嫌な部分に、触れられた気がした。原因は、それなのだろう。広報。そのものじゃなくて。
――偏見で追い出すのは間違っていますし。
本当の自分を見られる機会なんて、無かったから。千愛をいじめた私。自殺に追いやった私。噂だけが広がった、嘘の私。そんな、誰もが否定した私じゃなくて、此処に居る「私」を見ると。そう彼らは言った。どうしてだろう。それが辛い。
ずっと望んでいた筈なのに。表現が合っているのかわからないけど、空虚だ。その正体なんて、気づきたくはなかったのに。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
睿国怪奇伝〜オカルトマニアの皇妃様は怪異がお好き〜
猫とろ
キャラ文芸
大国。睿(えい)国。 先帝が急逝したため、二十五歳の若さで皇帝の玉座に座ることになった俊朗(ジュンラン)。
その妻も政略結婚で選ばれた幽麗(ユウリー)十八歳。 そんな二人は皇帝はリアリスト。皇妃はオカルトマニアだった。
まるで正反対の二人だが、お互いに政略結婚と割り切っている。
そんなとき、街にキョンシーが出たと言う噂が広がる。
「陛下キョンシーを捕まえたいです」
「幽麗。キョンシーの存在は俺は認めはしない」
幽麗の言葉を真っ向否定する俊朗帝。
だが、キョンシーだけではなく、街全体に何か怪しい怪異の噂が──。 俊朗帝と幽麗妃。二人は怪異を払う為に協力するが果たして……。
皇帝夫婦×中華ミステリーです!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる