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第六章 ベクトル
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「確かにそうですね。森山先輩、無表情で怖かったし、なに考えてるのかわからなかったし。その上、馬鹿みたいにいろんな才能持ってるもんだから気味悪いったらなかったですよ。今は表情も増えたみたいだけど、それはそれで気持ち悪いし」
カラカラと笑う要の頭を、小突くように叩いた。
「君、俺を嫌うのもたいがいにしなよ」
「嫌いだなんて。まさか」
その様子を、教師は目を丸くしながら眺めていた。
お互いを認識していたかどうかすら、怪しいぐらいの三人だ。
それが卒業してからここまで仲良くなるものだろうか。理由を聞いても、はぐらかされるであろうことは、理解できた。
(在学中に接点が無いからと言って、無関係とは言えないのか)
教師は、ぼんやりと、思考を浮かべた。
「それにしても先輩―。あれは逆に怪しいですよー?」
要は、楽しそうに森山の顔を覗き込んだ。松葉づえで歩く森山の速度に合わせながらの、帰り道。教師は「送ろうか」と言ってくれたが、それは丁重にお断りした。
「あれってなに?」
「だから。普通、覚えが無くても動揺するでしょ。警察に怪しまれてるなんて話」
「それはそれで俺らしくないんでしょ」
「ああ、ご自分のことがよくお分かりで」
ため息をつく。それにしても。歩くことが、こんなに煩わしく、もどかしいのは初めてだ。普通に歩けていたときの幸せをかみしめた。松葉づえを支える腕が痛い。筋肉痛になる、そう思った。電気の切れかかった街灯が、最後まで命を使い切ろうともがいている。
それから、要とはどうでもいい話題で間を持たせ、分かれ道で手を振った。
ポストのある曲がり角、ここからは柊とふたりの帰り道。この間は、要が家までついてきたが、本来なら柊の方が近所である。
しばらく沈黙が続いた。
「警察……、どうするの? ばれたってことでしょ……」
聞き取るのもやっとの、柊の声。
「ばれるのは、わかってたよ」
「え?」
「もう警察は確信してるんだろうね。あれが他殺だって。小細工に気付いたんだろう。画材店への聞き込み捜査も済んだって所かな。あんなの買う人なかなか居ないからね、印象的だったのかも」
「じゃあ、店員が森山が買ったって証言を?」
「さびれた店だったから、証拠なんて店員の記憶の中にしか無いと思うけど。制服で行ったのがまずかったかな。学ランなんてどこの高校も同じようなものだけど、ウチのはボタンの色が他と違うから……」
「店員が、波北の学生だって証言したってこと? あの高校でミナミ中の卒業生なんて数えるぐらいしか居ないわ」
「いいよ。数えられるだけの人数がいれば十分。決定的な証拠には、まだ遠いよ」
柊が不満げに森山を見る。
「どうして、そんなに余裕なの」
「はは。余裕じゃないよ。時間制限ができちゃったし」
「時間制限?」
「つまり。俺が捕まるのが先か、俺たちが復讐を果たすのが先か。そういうことでしょ」
「待って、どういうこと? いつか捕まるのは絶対だって言うの?」
顔面蒼白な柊とは逆に、森山は落ち着いていた。
「俺だって初めての犯罪だったんだよ? そんなうまく行かないよ。いつかばれる」
「そんな、だって……」
最終的には手を下してないとはいえ、フェンスを加工したのは事実。殺人の罪に問われれる可能性は高い。
「いや、これは逆にチャンスなんだよ。うまくいけば一気に犯人に近づける」
「犯人って、千愛を殺した……?」
森山は深く頷いた。
「今回の鷹谷の死はどう転んだってひとつの疑問にたどり着く」
「……疑問?」
「場所だよ」
ミナミ中学校の屋上。犯人はわざわざそんな所を犯行現場に選んだ。おかしいと思わないはずがない。
「その疑問を解決しようとするなら、どうしても三年前の千愛の自殺がちらつく」
必然だ。彼女もあの場所から飛び降りて死んだのだ。
「鷹谷の死は千愛と関連しているかもしれない。そこまで行けば、千愛の死について再捜査される可能性もでてくる」
千愛の時とは違い、今回は他殺説で捜査が進んでいる。三年前のように、うやむやにはされないはずだ。当時以上に念入りに調べられることが期待できる。
「でも、千愛の件は一度警察が自殺で片づけているのよ。わざわざ自分の間違いを確認するようなこと」
「確かに警察にとって都合の悪いことだよ。たとえ、千愛が誰かに殺されたことに気付いても、もしかしたら公にはしないかもしれない。……でも、いいんだよ」
森山は笑みを浮かべた。挑むような、強い目で柊の顔を覗き込む。
「もし真犯人にまで捜査が及んだとして、そいつが警察に見逃されても何ら問題無い。千愛を殺した奴は俺たちが殺せばいいんだから」
ね、と柊に語り掛けた。
「……森山は本当にぶれないね」
「なんの話?」
羨望を含んだ声に、首をかしげる。心当たりの無い言葉だ。
カラカラと笑う要の頭を、小突くように叩いた。
「君、俺を嫌うのもたいがいにしなよ」
「嫌いだなんて。まさか」
その様子を、教師は目を丸くしながら眺めていた。
お互いを認識していたかどうかすら、怪しいぐらいの三人だ。
それが卒業してからここまで仲良くなるものだろうか。理由を聞いても、はぐらかされるであろうことは、理解できた。
(在学中に接点が無いからと言って、無関係とは言えないのか)
教師は、ぼんやりと、思考を浮かべた。
「それにしても先輩―。あれは逆に怪しいですよー?」
要は、楽しそうに森山の顔を覗き込んだ。松葉づえで歩く森山の速度に合わせながらの、帰り道。教師は「送ろうか」と言ってくれたが、それは丁重にお断りした。
「あれってなに?」
「だから。普通、覚えが無くても動揺するでしょ。警察に怪しまれてるなんて話」
「それはそれで俺らしくないんでしょ」
「ああ、ご自分のことがよくお分かりで」
ため息をつく。それにしても。歩くことが、こんなに煩わしく、もどかしいのは初めてだ。普通に歩けていたときの幸せをかみしめた。松葉づえを支える腕が痛い。筋肉痛になる、そう思った。電気の切れかかった街灯が、最後まで命を使い切ろうともがいている。
それから、要とはどうでもいい話題で間を持たせ、分かれ道で手を振った。
ポストのある曲がり角、ここからは柊とふたりの帰り道。この間は、要が家までついてきたが、本来なら柊の方が近所である。
しばらく沈黙が続いた。
「警察……、どうするの? ばれたってことでしょ……」
聞き取るのもやっとの、柊の声。
「ばれるのは、わかってたよ」
「え?」
「もう警察は確信してるんだろうね。あれが他殺だって。小細工に気付いたんだろう。画材店への聞き込み捜査も済んだって所かな。あんなの買う人なかなか居ないからね、印象的だったのかも」
「じゃあ、店員が森山が買ったって証言を?」
「さびれた店だったから、証拠なんて店員の記憶の中にしか無いと思うけど。制服で行ったのがまずかったかな。学ランなんてどこの高校も同じようなものだけど、ウチのはボタンの色が他と違うから……」
「店員が、波北の学生だって証言したってこと? あの高校でミナミ中の卒業生なんて数えるぐらいしか居ないわ」
「いいよ。数えられるだけの人数がいれば十分。決定的な証拠には、まだ遠いよ」
柊が不満げに森山を見る。
「どうして、そんなに余裕なの」
「はは。余裕じゃないよ。時間制限ができちゃったし」
「時間制限?」
「つまり。俺が捕まるのが先か、俺たちが復讐を果たすのが先か。そういうことでしょ」
「待って、どういうこと? いつか捕まるのは絶対だって言うの?」
顔面蒼白な柊とは逆に、森山は落ち着いていた。
「俺だって初めての犯罪だったんだよ? そんなうまく行かないよ。いつかばれる」
「そんな、だって……」
最終的には手を下してないとはいえ、フェンスを加工したのは事実。殺人の罪に問われれる可能性は高い。
「いや、これは逆にチャンスなんだよ。うまくいけば一気に犯人に近づける」
「犯人って、千愛を殺した……?」
森山は深く頷いた。
「今回の鷹谷の死はどう転んだってひとつの疑問にたどり着く」
「……疑問?」
「場所だよ」
ミナミ中学校の屋上。犯人はわざわざそんな所を犯行現場に選んだ。おかしいと思わないはずがない。
「その疑問を解決しようとするなら、どうしても三年前の千愛の自殺がちらつく」
必然だ。彼女もあの場所から飛び降りて死んだのだ。
「鷹谷の死は千愛と関連しているかもしれない。そこまで行けば、千愛の死について再捜査される可能性もでてくる」
千愛の時とは違い、今回は他殺説で捜査が進んでいる。三年前のように、うやむやにはされないはずだ。当時以上に念入りに調べられることが期待できる。
「でも、千愛の件は一度警察が自殺で片づけているのよ。わざわざ自分の間違いを確認するようなこと」
「確かに警察にとって都合の悪いことだよ。たとえ、千愛が誰かに殺されたことに気付いても、もしかしたら公にはしないかもしれない。……でも、いいんだよ」
森山は笑みを浮かべた。挑むような、強い目で柊の顔を覗き込む。
「もし真犯人にまで捜査が及んだとして、そいつが警察に見逃されても何ら問題無い。千愛を殺した奴は俺たちが殺せばいいんだから」
ね、と柊に語り掛けた。
「……森山は本当にぶれないね」
「なんの話?」
羨望を含んだ声に、首をかしげる。心当たりの無い言葉だ。
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