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めんつゆ

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第七章 毒

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 せっかく授かった役割を完璧にこなしたかった。千愛なら絶対そうしたから。

「じゃあ最近やっと仕事に慣れてきたってこと?」

「そうそう。生徒会も学校の宿題も、全部にしっかり取り組む。理想的だよ」

 少しずつ「千愛」を形作っていく。これは、欠片を拾っていく作業だ。「間違っていることは間違っていると言う」。あとはそれを達成するだけ。

 自分の世界から「悪いもの」を排除する。そうすることで、やっと「千愛の夢」は完成するのだ。

「会長って完璧主義なのな。あ、生徒会と言えば。噂になってるよ、ほら、転校生ちゃん」

「ああ、噂になってるの」

 少しだけ。心が動揺した。

「なんだかもう、いろいろ飛び交ってて面白いよ。転校生が前の学校やめた原因は犯罪がらみだとか? しかも今は会長に取り入って生徒会を引っ掻き回そうとしてるとか? どうせ九割がた嘘なんだろ?」

「十割だよ。全然違う」

 「やっぱり?」と笑いながら、ユウタは両手に一つずつ黒板消しを持ち、それをこすり合わせた。

「やめてよ、煙が出るじゃん」

「チョークの粉だよ。ほら黒板消し、真っ白だ。あの先生ガリガリ書きすぎなんだよ。消す身にもなれっての。てか噂話の続きなんだけどさ。会長は転校生ちゃんが好きなの?」

「……好きって、どういう意味で?」

「ん? どういう意味って、恋愛的な」

「違うよ。彼女は仲間なんだ」

 やけにはっきり否定するもんだ。ユウタはそう思った。

「転校生ちゃんと一緒に居る時のアナタ、普段と全然違うって聞きましたよ、ボクは」

「……なにそれ」

「俺はいいと思うけどね。ほれ、黒板完了」

「あ、ああ、ありがと」

 いいって、なにが。おかしな奴。

「良い眺めだねえ。我ながら綺麗に消したもんだ」
「そおね。あ、黒板消し貸して。ウィーンぐらいは俺がやるよ」
「ウィーンってなに、クリーナーのこと?」

 「そうそう」と森山が頷けば、ユウタは彼の足元に目をやった。

「……いいよ、もう座ってな。その代わり脚が治ったら会長、俺のパシリね」
「ええー、一日だけなら良いけど」
「良いんかい」

 呆れながら笑うユウタに微笑み返す。

(ごめんね)

 恐らく脚が治る頃にはもう、全部終わってる。

 真っ暗な視界の中で、甲高い電子音が聞こえる。その音が、自分が設定した携帯電話のアラームで、今自分が眠っている状態であることを思い出すと、森山は瞼を持ち上げた。いつまでも鳴り続ける携帯電話を掴んで、音を止める。

 七時、二分。二分は自分の反応が遅れた分だ。森山は足を負傷して以来、普段より三十分早く起床するようにしていた。徒歩通学はさすがに不可能なので電車を利用しているのだが、結局駅までは歩いていくしか方法が無く、どうしても時間がかかってしまう。

 布団を畳むと、森山は洗面所に向かった。髪に軽くクシを通してから、寝ぐせのついている部分を水で濡らす。洗顔と歯磨き。その後にドライヤーで先ほど濡らした部分を乾かす。濡らしてからいきなり乾かすよりも少し時間を置いた方が良いと、クラスの誰かが言っていた。

 それから学ランに着替えて、朝の準備は完了だ。所要時間は、だいたい十五分。朝食を抜くようになってから、この時間はかなり短縮された。

「いってきます」

 誰も居ない玄関にそう告げて、松葉づえに体を預ける。

「!」

 ふと、森山は自分に被さる影に気が付いた。ゆっくりと、顔を上げる。

「…………」

「こんにちは。警察です」

 にこりと笑顔を作る、眼鏡をかけた男性。歳は四十手前、といった所だろうか。森山は、すっと目を細めた。

「いちいち職業を仰らなくても結構です。初対面じゃないんだから」

「……敵意むき出しだね。やめてもらおうか」

じっと、目の前の中年男を睨む。

「じゃあ、こういうの、やめてもらえませんか。俺、これでも好青年で通ってるんです。変な噂が流れたら困る」

 男は、辺りを見回した。ここはアパートの二階。薄暗いコンクリートが奥へと続く。時間が早いせいか、人の影は見当たらない。

「噂、ね。僕を嫌悪する理由はそれだけ?」

「わかりやすく回りくどいですね。あまり好きではありません」

 ボストンバッグを肩に掛けなおした。松葉づえを地面に押し付け、歩きだす。

「…………。僕がここまで来た理由は理解して貰えてる、と?」

「鷹谷でしょう。相変わらずですね。それとももっと先の話ですか?」

「もっと先?」

 中年警察官は、森山の速度に合わせて隣を歩く。

「……いや、いいです。まだそこで留まっているんですね。俺はなにも知りません。彼を殺す動機もない。これでいいですか?」

 エレベーターのボタンを押す。下へ。

「動機なら、あるだろう?」

「……それは?」

 森山は、今日会ってから初めて、男の目をしっかり見た。そして、初めて、男に興味を示す素振りを見せた。

「……あ、ああ。君最近仲良くしている子たちがいるだろう? ええと、柊 莉子と、蛯名 要」
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