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めんつゆ

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第七章 毒

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 なにやら手帳のページをめくりながら話す中年警察官。あの教師から聞いたんだろうな、と思いながら、森山はエレベーターに乗り込む。それに男も続く。

「……仲良い、ですか」

「聞くところによると、その二人は被害者に虐められていたとか。君、二人の代わりに復讐したんじゃないのか?」

「は?」

 眉をひそめ、男を見上げる。そんな森山に気付かず、彼は話し続けた。

「利用されたのか、協力したのか知らないが……」

「呆れましたね。どこまで都合よく解釈するんですか。他人の代わりに復讐? 人を殺してまでして? 三年も前のいじめのために?」

 ハっと、鼻で笑った。

「素敵な妄想ですね」
「…………」

 キレるかと思ったが、男は黙り込むだけだった。そこに、軽く感心する。
 立ち止まった彼を置いて、森山は駅に繋がる道のりを進む。

(被害者……、か)

 男の言葉の一部が、心にへばりつく。被害者。無機質な言葉だ。

(もっと先? 都合のいい解釈?)

 引っかかる言葉たち。男は、ひょこひょこと歩く背中を見つめた。ずっと奥にある答えを、少年は知っている。怯えることなく、堂々と、彼は待ち構えている。

 気が重い。柊は栄養ドリンクを喉に流し込んだ。食欲が無い。昼食のメロンパンは、一口かじっただけで放置している。

広報のネタが浮かばない。この時期は大したイベントも無いし、テーマが定まらない。転校生という特権を活かせば、なかなか斬新な切り口で書けそうなものだけど。

「とても雰囲気のいい学校で」「みんな良くしてくれて」「すぐに馴染めて」「今ではこの学校が大好きです」……、思いつく言葉はあまりにも嘘っぱちが過ぎる。白々しいにもほどがあるだろう。

読んだ人を不快にさせること間違いなし。どうしても、誰かに読まれると思うと何も出てこない。

「進んでる?」
「わ」

 森山だ。突然の出現に肩が跳ね上がる。いつから生徒会室にいたんだろうか。まったく気付かなかった。松葉づえを器用に操って、柊の隣にポジションを取る。そして、森山はパソコンの画面を覗き込んだ。

「あれ、真っ白じゃん。さては柊、寝てたね」
「そん」
「ごめん、冗談。思いつかないんだよね? ひとに読まれるのが怖い?」
「…………」

 どうして、この人はいつも。

「じゃあさ。なんで怖いの? 文章力に自信ない? 下手くそって笑われるのが嫌? 全然向いてないって生徒会のメンバーに失望されるのが嫌?」

「え」

 柊は、じっと森山の顔を見つめた。笑われる、失望される、そのシチュエーションを頭の中で思い描いてみる。

「それだけじゃないかも」

 確かに二つとも気分のいいものじゃないけど。どれも、しっくり来ない。例え上手くいったとして。今の私は生徒会の面々に認められることを望んでいるんじゃない。そのはずだ。

(そういうのはもう、捨てたんだから)

求めることは苦しいことだから。

今となっては、この広報だって適当に書いてしまえば良いだけ。じゃあ私は。なにに、こんなに。

「私には、書けない気がするの」
「うん?」
「私が、柊 莉子が書いていい文章が見当たらないの」

 息苦しい。自分で言っておきながら、意味がわからない。出口が見えない、答えが無い。その先が自分でも想像がつかない。それなのに、森山を見ると溢れ出す。この言葉は、どこから来るのだろう。

「私には何を書く資格もない」
「どういうこと?」
「この学校は楽しいとか、いい人ばかりだとか、私が言えば全部嘘。だって友達がひとりもいないのよ。わたしが独りぼっちだって、みんな知ってるのに、見え透いた嘘、惨めじゃない」

 そうだ。それが怖かった。私がこの学校について語るなんて、その行為自体がお笑いだ。晒し者になるだけじゃないか。

「広報ってのはべつに、この学校を褒めなきゃいけない訳じゃないよ」

「じゃあ、けなしてもいいの? 私はこの学校に居場所がありません。誰も相手にしてくれません。デマに翻弄されてクラスメイトをハブるなんて最低。なにも知らないくせに。むかつく。汚いものを見るような目つきやめてよ。あんた達の心の中の方がよっぽど汚いんだから……って」

 醜い言葉が次から次へと流れ出す。森山が聞いてるのに。てゆうか、森山に話してるんだけど。

「そんな風に書いていいの? ここが嫌い。みんなみんな大嫌いって、そんな風に」

せきとめることが出来ない。何かに憑かれたみたいに、汚染された感情が、垂れ流しにされる。

「いいと思うよ。書いてみな」

「え」

 柊は顔を上げた。うそだ。良い筈ない。

「柊。それは、本当に嘘じゃない?」

「どういうこと」

「むかつく、最低、大嫌い。それが柊の本当に叫びたい言葉なら、書いてみるといいよ」

「なに、それ」

「そこに居るのが本当に柊 莉子なのか、確かめてみて」

 わからない。わからないけど、森山にはなにか別の答えが見えていて。私がそれを知るには、言われた通りに動くだけ。

「ま、焦る必要は無いからさ。無理だけはしないようにね」

 森山の目線は、机の上の栄養ドリンクに向けられていた。

「無理なんてしてない、大丈夫よ。そっか、栄養剤みたいないつも飲んでないもの置いてたら変に思うよね」

 はは、と笑いながら森山の顔を見上げる。

「え?」

 笑い声が引っ込む。空気が、黙った。そこには、表情をなくした彼の姿。

「もりやま?」

 地面に吸い寄せられる小瓶。飛び散る滴、ガラスの破片。まるでいつかの記憶のように。

浮かびあがる映像。森山は頭をおさえた。

「ちあの……」
「千愛? 千愛がどうしたの?」
「千愛の不可解な栄養剤の服用」

 ずっと、どこかで見た光景だと思っていた。
自分の中の想像の景色だったんだ。千愛の栄養剤の話を耳にするたび、頭の中で小瓶が割れては、液体が飛び散った。蛯名 敏也の毒殺の話を聞いた時も。ふたつが妙にシンクロする。すべては繋がっているのだと言うように。

「まるで、千愛が飲んだのはただの栄養剤じゃなくて」

 そう。

「毒薬だったんじゃないかって」

「どく……?」

「そんな訳ないのはわかってる。警察だってその辺はしっかり調べているはず。千愛は転落死だ。それは間違いない」

 だけど。
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