婚約破棄された悪役令嬢は、唯一無二の笑顔を知る

神楽坂ゆい

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「セシリア様、お待ちください」

 

公爵家の裏門から出てきたセシリアを呼び止めたのは、第三王子アレクシスだった。
普通ならば正式な訪問として正門を使うはずだが、今回はあえて目立たない裏門を選んだように見える。

 

「……また殿下ですか。私は先ほど、執事を通じてお断りしましたよね」

 

セシリアは戸惑いを隠しきれないまま、アレクシスを見上げる。
薄暮に染まる空を背景に、彼の銀髪が淡く光っていた。

 

「ええ、会えないと返事を受け取りました。でも、どうしても直接お話ししたくて」

 

アレクシスは静かな口調でそう言い、セシリアの前に進み出る。
周囲を警戒してか、護衛の騎士たちには距離を置かせているようだ。

 

「あなたは、いつも無茶をしますね。そんなに私に関わったら、殿下ご自身が不利になるかもしれないのに」

 

セシリアは苦笑を含んだ声で言うが、アレクシスはまったく動じる様子がない。
むしろ意志の強さを感じさせるまなざしで応える。

 

「僕が不利になろうと、構いません。それよりも、あなたがこれ以上苦しむ姿は見たくない」

 

その言葉に、セシリアの胸が痛む。
誰かに真摯に心配されることに、慣れていないわけではない。
しかし、ここまで執拗に向き合ってくれる人はアレクシスが初めてだ。

 

「……私が苦しんでいるとでも?」

 

「ええ。あなたは、周囲の視線に押し潰されそうになっている。にもかかわらず、必死に“悪役”を演じている。その理由を知りたい」

 

「理由なんてありません。私は家門の恥さらしで、王太子殿下に捨てられた令嬢。だから、悪い噂に身をゆだねているだけ」

 

セシリアは淡々とした口調で言い放つが、アレクシスは首を振る。
その瞳には、彼女を信じて疑わない確信の色がある。

 

「本当は、家を守るためにそうしているんでしょう。僕には、あなたが意図的に自分を貶めているように見えます」

 

「……だったら何です? 私が何をしようと、殿下には関係ないはずです」

 

自分の秘密を知られるのが怖いのか、セシリアの口調が尖る。
だがアレクシスは少しも退かないまま、切実な表情を浮かべて言葉を続けた。

 

「セシリア、あなたの目的が家門を守ることなら、僕の手を借りてください。僕には王族としての権限がある。王太子派閥に飲み込まれそうな状況も変えられるかもしれない」

 

「そんな……殿下にそこまで頼るわけにはいきません」

 

セシリアは戸惑いを隠せずに瞳を揺らす。
自分のために、アレクシスが動いてくれるなんて考えもしなかった。

 

「どうか遠慮しないでほしい。これはあなたを救いたいという僕の意思でもあるし、ひいては国全体の安定にも繋がると信じています」

 

アレクシスの言葉には、確固たる決意があった。
セシリアは一瞬、心が揺れる。
家を守りたいという思いが強いからこそ、彼の申し出を受け入れたい気持ちもある。

 

(だけど、もし失敗すればアレクシス殿下にまで被害が及ぶかもしれない。私は……)

 

逡巡するセシリアを見て、アレクシスは優しく微笑む。

 

「あなたがためらうのはわかります。でも、僕はそれほど脆い存在ではありません。……今すぐ決断を求めるつもりはありませんが、いつでも力を貸す用意があります」

 

「……ありがとうございます」

 

セシリアはそっと視線を落としながら呟く。
彼のまっすぐな気持ちに触れ、心の中にほんの少しだけ灯火がともったような気がした。

 

「あなたが笑って暮らせるようになるまで、僕は諦めません。どうか覚えておいて」

 

アレクシスが穏やかに告げると、セシリアは静かに頭を下げ、踵を返す。
家門を守るための“悪役”という道は相変わらず険しいが、彼が手を差し伸べてくれるなら、もしかすると――そう思わずにはいられなかった。

 

公爵家を後にするアレクシスを、衛兵たちが丁重に見送る。
彼の胸の内には、セシリアへの想いとともに強い使命感が燃えていた。
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