婚約破棄された悪役令嬢は、唯一無二の笑顔を知る

神楽坂ゆい

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「セシリアが慈善活動を? そんな話、嘘だろう」

 

王太子ライナスは、学園や貴族たちから寄せられる報告に、納得がいかない様子だった。
自分が婚約を破棄した相手が、実は裏で善行を重ねていたというのだ。

 

「しかし、殿下。最近はセシリア様を擁護する証言が増えております。孤児院の関係者も、彼女が資金援助や寄付を行っていたことを口にしています」

 

側近の貴族が静かに進言する。
ライナスは不機嫌そうに眉をひそめ、机に手を突いた。

 

「そんなはずがない。あいつは高慢で、人を見下すような言動をしていた。だからこそ、俺は王太子妃に相応しくないと断じたんだ」

 

「ですが、もしかすると人前でわざと“悪役”を演じていただけかもしれません」

 

「……馬鹿な」

 

ライナスは言い返そうとするが、気持ちが揺さぶられるのを感じる。
あの日、舞踏会でのセシリアの態度は確かに酷いものだった。
だが、その場に至る前までの彼女は、そこまで冷酷な言動をしていたわけではない……。

 

「殿下、もしかしてマーガレット様からの情報に踊らされた可能性もあります。セシリア様への悪評は、バローズ家周辺で特に盛んでしたので」

 

「マーガレットが嘘をついていたとでも?」

 

ライナスは戸惑いの表情を浮かべる。
自分の決断を正当化してくれたマーガレットを、今さら疑うのは気が進まない。
しかし、事態はライナスの思惑を無視して動いていた。

 

「実は近頃、マーガレット様がセシリア様を陥れるために何か手を回している、という噂もあります。これも確証はありませんが……」

 

「……わかった。その件は俺のほうで確認する」

 

渋々ながらそう答えたライナスは、部屋を出て大きく息をつく。
そこへ、まるで待っていたかのようにマーガレットが姿を現した。

 

「ライナス殿下、ごきげんよう。セシリア様の件で、少しお話したいことがありまして」

 

ライナスはマーガレットを見て一瞬だけ苦い表情を浮かべるが、すぐに取り繕ったように微笑を返す。
今この場で疑いを向けるのは得策ではないと判断したのだろう。

 

「そうか。ちょうどこちらも、お前に聞きたいことがあった。例の“セシリアの慈善活動”の噂についてだ」

 

「……そのことでございますか。すべて作り話ですわ。あの悪役令嬢がそんな善行をするわけがありません」

 

マーガレットはきっぱりと言い切るが、ライナスの胸には微かな違和感が残る。
彼女の言葉を盲信できない自分がいるのだ。

 

「そうか……しかし、証言する者が次々と増えている。単なる噂話にしては、妙に具体的だ」

 

「きっとアレクシス殿下が裏で動いているのです。セシリア様を擁護し、殿下の評価を下げようとしているに違いありません」

 

マーガレットの言葉に、ライナスは眉をひそめる。
第三王子が自分の評判を落とすために行動している――そう断言されても、にわかには信じがたい。

 

「兄弟で争うつもりなどないが……アレクシスがそこまでするだろうか」

 

「殿下、お忘れですか。セシリア様はアレクシス殿下に取り入ろうとしているのです。彼女の思惑通りになれば、王太子の座が危うくなるかもしれません」

 

マーガレットは不安を煽るように口を続ける。
ライナスは少し考え込むように沈黙したあと、無理やり話を切り上げるように言った。

 

「わかった。とにかく、余が調べるまで変な動きはするな。いいな」

 

「……はい、承知いたしました」

 

マーガレットは不満げに一礼すると、足早にその場を立ち去る。
その背中を見送りながら、ライナスは徐々に大きくなる胸のざわめきを抱え込む。

 

(まさか、俺が間違っていたのか……? でも、今さら認められるだろうか)

 

プライドが高いライナスは、セシリアに対する誤解を簡単に解くことができないでいた。
その心の乱れが、今後の動きに大きな影響を与えるのは、もう目前だった。
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