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「アデル様、少し散歩でもしませんか。王宮の外庭は今バラが見頃ですよ。」
フレデリックがそう提案してきたのは、わたくしが書類手続きで再び王宮を訪れたときのこと。わたくしは怪訝に思いながらも、断る理由が見つからずうなずいた。
「わたくしに用があるのでしょう? 早く話してくださる?」
「ええ。けれど、その前に一息つきましょう。あなたはいつも肩肘張っているように見える。」
わたくしは一瞬ドキリとする。そんなところまで見抜かれているとは。フレデリックは優雅な足取りで、わたくしをバラ園の一角へ案内する。
「ここは静かでいいですね。」
「はい。人目が少ないので、ゆっくり話せます。」
フレデリックは振り返り、わたくしの瞳をまっすぐに見る。どこか穏やかながらも決意を秘めた眼差しに、思わず緊張が走る。
「アデル様が苦しんでいるのは、よくわかっています。周囲から悪女扱いされて、真実も言えないまま。」
「……わたくしは別に苦しんでなんかいませんわ。」
「そんな強がりは、もういいのではありませんか。あなたには、あなたの生き方があるでしょう。それを貫くのも一つの道ですが、孤児院や子どもたちを放っておけないのでしょう?」
わたくしは目をそらす。フレデリックの言うとおり、孤児院へのデマが広がるのは放っておけない。でも、わたくしが行動すれば悪女であることが崩れ、さらに混乱を招くかもしれない。
「あなたはどうして、そこまでわたくしのことを気にかけるの?」
「あなたの隠された優しさに触れたからです。最初は興味本位でした。でも、知るほどに『このまま誤解されたままでいいのか』と考えるようになりました。」
フレデリックは小さく笑い、わたくしから視線を外す。少し言葉を選ぶようにして続けた。
「私個人としては、あなたの力になりたい。宰相代理の息子という立場も、いずれは王に仕える身かもしれません。だからこそ、王国の未来を背負うロラン殿下と、その周囲の人たちを正しく理解しておきたいのです。」
「殿下の周囲の人たち……わたくしもその一人、ということかしら。」
「はい。あなたはロラン殿下にとって特別な存在だったはず。今の関係がどうであれ、それは変わらないと思います。」
わたくしは胸が痛む。特別な存在――かつてはそうだったかもしれない。でも婚約破棄が現実となった今、その言葉は空虚に思える。
「もし、あなたが再び殿下の隣に立ちたいと望むなら、私はできる限り助けます。あるいは、ただ名誉を回復して平穏な日々を取り戻すだけでも構いません。」
「どうしてそんなに親切なの?」
「あなたが可哀想に見えた、とは言いません。むしろ、もったいないと思うのです。こんなにも人への思いやりがあるのに、それを隠して生きるなんて。」
フレデリックの真摯な眼差しが、胸に突き刺さる。わたくしは思わず口を噤み、バラの甘い香りに逃げようとする。
「……わたくしは、自分を救うよりも、まず孤児院の子どもたちを守りたい。あの子たちは何の罪もないのに、デマに巻き込まれてかわいそうだわ。」
「では、そのための行動を一緒に考えましょう。誤解を解くだけではなく、背後で糸を引く者を突き止める必要がある。」
わたくしは静かにうなずく。自分の身がどうなるかはわからないけれど、見過ごせないのも事実だ。フレデリックが差し伸べてくれる手は、今のわたくしにとっては救いかもしれない。
「わかったわ。フレデリック、あなたに協力をお願いするわ。わたくしの“優しさ”がバレないようにうまく立ち回って頂戴。」
「もちろん。ですが、いずれバレても構わないくらいの気持ちで臨んでいただければ、なおありがたい。」
フレデリックの言葉に答えられず、わたくしはバラの美しさを見つめる。バレても構わない――いつかそう思える日は来るのだろうか。少なくとも、今のわたくしにはまだ勇気が足りない。それでも一歩を踏み出さなくては、何も変わらないのかもしれない。
フレデリックがそう提案してきたのは、わたくしが書類手続きで再び王宮を訪れたときのこと。わたくしは怪訝に思いながらも、断る理由が見つからずうなずいた。
「わたくしに用があるのでしょう? 早く話してくださる?」
「ええ。けれど、その前に一息つきましょう。あなたはいつも肩肘張っているように見える。」
わたくしは一瞬ドキリとする。そんなところまで見抜かれているとは。フレデリックは優雅な足取りで、わたくしをバラ園の一角へ案内する。
「ここは静かでいいですね。」
「はい。人目が少ないので、ゆっくり話せます。」
フレデリックは振り返り、わたくしの瞳をまっすぐに見る。どこか穏やかながらも決意を秘めた眼差しに、思わず緊張が走る。
「アデル様が苦しんでいるのは、よくわかっています。周囲から悪女扱いされて、真実も言えないまま。」
「……わたくしは別に苦しんでなんかいませんわ。」
「そんな強がりは、もういいのではありませんか。あなたには、あなたの生き方があるでしょう。それを貫くのも一つの道ですが、孤児院や子どもたちを放っておけないのでしょう?」
わたくしは目をそらす。フレデリックの言うとおり、孤児院へのデマが広がるのは放っておけない。でも、わたくしが行動すれば悪女であることが崩れ、さらに混乱を招くかもしれない。
「あなたはどうして、そこまでわたくしのことを気にかけるの?」
「あなたの隠された優しさに触れたからです。最初は興味本位でした。でも、知るほどに『このまま誤解されたままでいいのか』と考えるようになりました。」
フレデリックは小さく笑い、わたくしから視線を外す。少し言葉を選ぶようにして続けた。
「私個人としては、あなたの力になりたい。宰相代理の息子という立場も、いずれは王に仕える身かもしれません。だからこそ、王国の未来を背負うロラン殿下と、その周囲の人たちを正しく理解しておきたいのです。」
「殿下の周囲の人たち……わたくしもその一人、ということかしら。」
「はい。あなたはロラン殿下にとって特別な存在だったはず。今の関係がどうであれ、それは変わらないと思います。」
わたくしは胸が痛む。特別な存在――かつてはそうだったかもしれない。でも婚約破棄が現実となった今、その言葉は空虚に思える。
「もし、あなたが再び殿下の隣に立ちたいと望むなら、私はできる限り助けます。あるいは、ただ名誉を回復して平穏な日々を取り戻すだけでも構いません。」
「どうしてそんなに親切なの?」
「あなたが可哀想に見えた、とは言いません。むしろ、もったいないと思うのです。こんなにも人への思いやりがあるのに、それを隠して生きるなんて。」
フレデリックの真摯な眼差しが、胸に突き刺さる。わたくしは思わず口を噤み、バラの甘い香りに逃げようとする。
「……わたくしは、自分を救うよりも、まず孤児院の子どもたちを守りたい。あの子たちは何の罪もないのに、デマに巻き込まれてかわいそうだわ。」
「では、そのための行動を一緒に考えましょう。誤解を解くだけではなく、背後で糸を引く者を突き止める必要がある。」
わたくしは静かにうなずく。自分の身がどうなるかはわからないけれど、見過ごせないのも事実だ。フレデリックが差し伸べてくれる手は、今のわたくしにとっては救いかもしれない。
「わかったわ。フレデリック、あなたに協力をお願いするわ。わたくしの“優しさ”がバレないようにうまく立ち回って頂戴。」
「もちろん。ですが、いずれバレても構わないくらいの気持ちで臨んでいただければ、なおありがたい。」
フレデリックの言葉に答えられず、わたくしはバラの美しさを見つめる。バレても構わない――いつかそう思える日は来るのだろうか。少なくとも、今のわたくしにはまだ勇気が足りない。それでも一歩を踏み出さなくては、何も変わらないのかもしれない。
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