少女たちの地獄(カレイドスコープ)~価値なしと言われた令嬢たち~

宮野夏樹

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第2章 虚構の地獄(フィクション・ヘル)~奇跡を偽造した令嬢は、嘘の劇場の幕を引かない~

第1話 奇跡は利回り三割で売買される

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 祈りとは、沈黙の演出だ。私は大理石の床に膝をつき、睫毛を伏せる。光は計算通り、天窓から斜めに落ち、金糸の髪を祝福めいて照らした。ざわめきは自然と鎮まり、息を呑む音だけが大聖堂に満ちる。

 ―――本日の参列者、二千三百。貴族は一割、商人二割、残りは民。噂の拡散係数は高い。ここは投下に適した市場。

「神よ、どうかこの子にお慈悲を」

 母親に抱かれた病の子へ、私はそっと手を伸ばす。翡翠の瞳に涙を宿し、声を震わせる。人々が望む“聖女”を、寸分違わずなぞるために。

 奇跡は起こらない。だが、期待は確実に育つ。

「……あ、ああっ!  お顔に赤みが……!」

 母親が歓喜に震えた。聖水に混ぜた微量の発熱剤が、狙い通り子供の頬を染めたのだ。祈り終えた瞬間、聖歌が響き、誰かが嗚咽した。十分だ。今日の目的は達成した。



 控えの回廊、告解室の奥で、ノア・エグザルティが待っている。異端審問官。私の舞台監督。

「次は三日後。失明の老兵がよろしいでしょう」
「殉教譚が付くなら、なお良いですわ。視神経を一時的に活性化させる劇薬の準備を。五分だけ視界が戻れば、彼はそれを神の慈悲と呼ぶでしょう」

 淡々と資料を差し替える彼の手つきに、感情はない。信用できる。彼は真実ではなく、整合性に忠実だ。

「魔力反応は?」
「皆無。ですが、照明と香の配合で十分“降臨”を演出できます」

 奇跡は共同制作物。失敗すれば、彼の経歴も私の未来も燃える。だから裏切りはない。

 告解室を出ると、そこに第一王子ジュリアン・ル・ブロワがいた。純粋で、疲れ切った目。今は予算編成期―――心が最も柔らかい。

「無事でよかった、セレスティーヌ。君を案じていた」

 私は安堵の微笑みで、彼の手を包む。

「国のために、どれほどお疲れでしょう。どうか、ご自身もお労りください」

 彼が私の手を取り、痛ましげに涙を浮かべる。その姿を、祈りを捧げる民たちが見つめている。王子の悔恨と聖女の慈愛。この絵画のような構図こそが、議会の頑固な老人たちの財布をこじ開ける最強のパスワードになる。

「施療院が足りませんの。救える命が、祈りの列で溢れてしまう」
「……私にできることは?」
「民のために、ほんの少しのお力添えを」

 愛の告白は、署名に変わる。



 その夜、施療院新設の予算が通った。私室で窓を開け、海の向こうを思う。数字で国を切り取り、敵を量産した女――アストライア・フォン・オズワルド。効率は最高、だが長期運用に向かない。恐怖と正論で動く国は、いつか疲弊して止まる。

 私は違う。愛され続ける。愛は枯れない資源だから。

 机上に置かれた次の資料――施療院建設の受注業者リストに目を落とし、胸に手を当てる。選定されるのは、もちろん私の息がかかった商会。

 祈るように、微笑む。奇跡は信じさせた者勝ち。そして、信じた分だけ――利回りは跳ね上がる。




 祈祷室の地下に降りると、空気が変わる。香も聖歌もない。ここでは神は沈黙し、数字だけが正直だ。ノア・エグザルティの執務室。石壁に囲まれた簡素な空間で、彼はすでに帳簿を広げていた。私は聖女の外套を脱ぎ、椅子に腰掛ける。微笑みは、地上に置いてきた。

「施療院新設費、初年度予算は想定通りです」

 ノアの声は乾いている。

「王家名義で拠出、実施工は第三聖域監督下。資材調達と運営委託は―――」
「『白百合商会』ね」

 私が続きを言うと、彼は頷いた。白百合商会。敬虔な寄進者の皮を被った、私の商会。寄進という名の「無償の出資」を、信仰という名の「洗浄機ロンダリング」にかけ、利権という名の「配当」として回収する。金は聖堂を一度通り、祈りに洗われてから、私の掌に戻る。神への祈りは、私にとって最高効率の投資活動に過ぎない。

「利益率は?」
「初年度は抑えます。二年目以降、施療院の増設を理由に段階的に引き上げ、独占体制を固めます」

 私は帳簿に目を落とす。美しい流れだ。信仰が集まり、予算が生まれ、利権が固定される。これは詐欺ではない。制度化された奇跡だ。

「……アストライアなら、こうはしないでしょう」

 ノアが、ふと禁忌の名を口にする。

「ええ。彼女は数字で国を解体する」

 私は低く答える。

「無駄を切り落とし、誇りを砕き、赤字を焼き払う。正しいわ。正しすぎる。かつて彼女は、私の祈りを『統計的に無意味なノイズ』と切り捨てたもの」

 感情を排した合理。魔力のない私に、逃げ道はなかった。

「だから私は、逆をやるの。彼女がデフレなら、私はインフレ。彼女が最も信頼する『数字』そのものを、私の物語うそで支配してあげる」

 ノアは眉一つ動かさない。

「嘘は、いずれ破綻します。膨らませすぎたバブルのように」
「真実も、人を救わないことがあるでしょう?」

 声は冷たい。だが、迷いはない。

「私は生き残る必要がある。魔力のない聖女候補は、失敗した瞬間に不採算部門として処分される。だから国そのものを、私の債務者にするの。切り捨てられないほど、巨大で甘美な利権に」

 沈黙。ノアはペンを走らせ、淡々と承認印を押す。

「……それが、あなたの目的ですか」
「目的は三層構造よ。これは一番下」

 指を一本立てる。

「生存」

 二本目。

「対抗。彼女が掃除した後のまっさらな土地に、私は嘘という金箔を貼った建物を増築するの」

 三本目。

「救済」

 ノアが、わずかに視線を上げる。

「真実を知って絶望する民に、パンを配るのがアストライア。私は、パンがなくても満たされる『夢』を売る。真実で不幸になるくらいなら、私の嘘で幸福に浸ればいい。……どちらが残酷か、地獄の底で彼女と答え合わせをするのが楽しみだわ」

 私は静かに笑った。聖女の微笑みではない。捕食者のそれだった。

「舞台は整います。奇跡の準備は、三日後」
「ええ。次はもっと大きく」

 地上では、祈りが続いているだろう。神は沈黙し、人は救われ、金は流れる。それでいい。私が救うのは、真実ではない―――世界そのものだ。極上の嘘で。
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